ハーバード・ケネディスクールからのメッセージ

2006年9月より、米国のハーバード大学ケネディスクールに留学中の筆者が、日々の思いや経験を綴っていきます。

Spring Exercise -医薬品の安全性について考える④-

2007年04月27日 | ケネディスクールの授業

 

 FDA。公式にはFood and Drug Administration:連邦食品医薬品局。でも実際は・・・

 「Funded by the Drug industry At your expense!!」(あなたの犠牲の上に立つ、製薬業界からの手数料で賄われるFDA)

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 Spring Exerciseのテーマである「医薬品の安全性」。今日は、PDUFA(処方箋薬ユーザー手数料法)がもたらすもう一つの、そしてより大きな“副作用”である製薬業界からの手数料にフォーカスしていきたいと思います。

(2)手数料の副作用

 ① 「手数料依存症」

 米国における医薬品の予期せぬ深刻な副作用の相次ぐ発生によるFDAの信頼失墜により大きく影響を与えていると言われているのが、PDFUAによって導入された、新薬審査申請の際に製薬会社がFDAに支払う手数料。

 導入当初、手数料によってFDAは多くの審査官を雇うことができるため、FDAが新薬審査の「みっちり度」を犠牲にすることなく、「素早く度」を高める仕掛けとして機能することが期待されていました。

 しかし、よく効く薬もその服用回数を誤ると、“依存症”という副作用が出てくるもの。アメリカ議会がFDAに与えた“手数料という薬”もその例外ではありませんでした。

 というのも、新薬申請件数の増大と相まって、FDAが製薬会社から受け取る手数料も増加の一途をたどり、現在では、製薬会社からの手数料を元手に雇われたFDAの職員数は1,100名、全FDA職員のうち実に3分の1にまで達しているのです。つまり、現在FDAは、製薬会社からの手数料がなければ、通常業務をこなせない状態、すなわち“手数料依存症”に陥ってしまっているのです。しかも、PDUFAの副作用はこれでもまだ終わりません。“手数料依存症”よりもさらに恐ろしい副作用が顕在化しているのです。

 

 ②  「自律神経失調症」

 PDURAには、FDAの自律性を奪う恐ろしい「成分」が盛り込まれています。

 「FDAは徴収した手数料の使い道を製薬会社と相談して決めなければならない

 これは、PDUFA導入の議論の際、

「手数料という新たな負担を飲むんだから、その使い道くらいは、製薬会社に相談してもらわないとあんまりでしょう。」

という、製薬会社に雇われたロビースト(米国内で立法に影響を与えることを目的として議員に働きかける圧力団体(この場合であれば製薬業界)の代理人の総称)からの強力なプッシュと、製薬会社からの巨大な政治献金を背景に盛り込まれた条文です。

 つまり、現在FDAは、審査官の3分の1の人員配置を自分で決めることができず、製薬会社に“お伺い”を立てなければならないのです。この制約が医薬品の安全性にもたらす影響は甚大だと言わざるを得ません。というのも、製薬会社の思惑どおりにFDAが人員の配分を行ったら、医薬品の安全性は確保できないからです。

 何故でしょう?別に製薬会社が“悪者”だと言おうとしているのではありません。このことを理解するには、医薬品の市販後モニタリングの重要性と製薬会社の立場とを考える必要があります。

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  (A)市販後モニタリングの重要性

 FDAが新薬の安全性を確保する(予期せぬ副作用を最小限に抑える)ためには、市販前審査と市販後のモニタリング(PMS:Post Marketing Surveillance)にバランスよく人材を投入することが必要です。というのも、市販前の新薬審査には、如何に多くの審査官を投入しても避けられない以下のような限界があるからです。

- 製薬会社による新薬の臨床実験のサンプル数(被験者数)は、多くても数千人~一万人。一方で、ひとたび薬が市場に売り出されれば、それを服用する人は数十万人から数百万人にも達します。つまり、市販後に判明する全ての副作用を確認するのに十分な被験者を製薬会社が新薬開発の都度集めるのそもそも不可能です。

- 臨床実験にサンプルとして参加する人々は、通常健康な成人。しかし、市販後に実際にその薬を服用するのは、お年寄りや妊娠中の女性、あるいは子ども。でも、そういう人々を新薬の実験対象として集めるのは極めて困難です。

 こうしたことから、医薬品の安全性を確保し、副作用による被害を最小限に抑えるためには、市場に出回っている無数の医薬品から生じている恐れのある健康被害に関する情報を素早く、多く収集し、分析することが必要不可欠となってきます。

 現在、FDAはMedWatchという制度を使って、このミッションを達成しようと努力しています。薬を服用した結果、ラベルに書いていないような副作用を患った患者や消費者、あるいはそれを発見した医者や製薬会社はFDAのウェブサイト、電話、ファックス、あるいは手紙でFDAのMedWatch宛てに報告することが求められています。もちろん、全米から寄せられる様々な情報をチェックし分析するにはそれなりの専門知識を持った人員が必要となってきます。しかし、FDAは製薬会社からの手数料を元手に雇った審査官を市販後調査に配置することができないでいます。その理由は・・・FDAの人員配置に影響力を持つ製薬会社の立場を考えてみると明らかになります。

 (B)製薬会社の立場  

 安全な医薬品の製造・販売は、製薬会社の極めて重要なミッションであることは間違いありません。しかし同時に、彼らは株主に利益を還元しなければならない株式会社であり、そのために厳しい競争の中、できる限り多くの薬を売って利益を上げなければならない存在であることも確かです。

 その証拠に、PDUFA導入の際に製薬会社が主張した最大の問題意識は、「FDAによる市販前審査をできる限り早く終わらせて、多額の金と時間を投資して作った新薬を、如何に早く市場で売り出すか」でした。

 こうした問題意識を持つ製薬会社に、

 「手数料で新しく雇った審査官をどこに配置すればいいでしょーかねー?市販前審査ですか、それとも市販後の市場モニタリングですか?」

とFDAがお伺いを立てれば、

「そりゃー、市販前の審査でしょう。そこでしっかり素早く見てもらって、できる限り早くお客様に安全で効果のあるお薬を届けないと。」

と答えるに決まっています。FDAが市販後のモニタリングを如何に強化したところで製薬会社に何のメリットもないからです。

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  製薬会社の思惑どおりにFDAが人員の配分を行ったら、医薬品の安全性は確保できない理由は、FDAと製薬会社との間に上記のような相反する利益があるためです。

 そして、現在何が起こっているか。

 PDUFAに盛り込まれた「FDAは手数料で雇った新たな審査官の配置について製薬会社に相談して決めなければならない」とい条項のおかげで、FDAの市販前審査を担当する審査官の数はコンスタントに増えている一方で、市販後モニタリングを担当する審査官数は10年前とほとんど変化がありません。その結果、HHS(Department of Health and Human Service:米国)の内部監察官が実施した調査によると、FDAに全米から寄せられている、医薬品が原因とみられる健康被害に関する情報のうち常に60%が全く手つかずという状況に陥っているのです。

 ③ 「利益相反」

 製薬会社のFDAの医薬品の安全性審査プロセスに対する影響はこれだけにとどまりません。FDAの幹部に“第三者”の視点から新薬の安全性に対して意見を述べる機関であるFDA諮問委員会(Advisory Committee)の委員の多くが、研究費の援助等の名目で製薬会社との資金的な結びつきを持っているのです。

 現在、全米で安全性に関する懸念が高まっているMerck社のVioxxやPhizer社のBextraについて、FDAの諮問委員会が「市場で販売しても問題のない安全性を備えている」という誰もが首をかしげたくなる結論を出したことは昨日の記事でも触れましたが、以下に紹介するFDC Report2005年3月号の資料を見ると、何故そのような不可思議な結論が出されたのか、その理由が透けて見えるようです。

 ―製薬3社との利害関係の有無による委員の投票行動― 

☆ Bioxxの市販について 
  製薬会社と関係あり 残存(再開)9 対 撤去1
  製薬会社と関係なし 残存(再開)8 対 撤去14

☆ Bextraの市販について
  製薬会社と関係あり 残存9 対 撤去1
  製薬会社と関係なし 残存8 対 撤去12
 

 これで、今日の記事の冒頭に紹介した風刺絵のメッセージ

 「Funded by the Drug industry At your expense!!」(あなたの犠牲の上に立つ、製薬業界からの手数料で賄われるFDA)

にある“At your expense"の意味するところがお分かりいただけたと思います。ちなみに、2006年5月にWall Street Journal誌によって実施された世論調査によると、82%の米国消費者が「FDAの結論は科学よりも政治よって決定されている」と回答しています。一昨日紹介した「Thalidomide(サリドマイド)」の被害を食い止めた時に米国市民に賞賛されたFDAの評判と信頼はまさに地に落ちてしまったかのようです。

 以上が、Spring Exerciseのテーマである「医薬品の安全性」のキーポイントとなる「PDUFA:Prescription Drug User Fee Act」をめぐる問題点です。

 FDAが新薬の安全性を「みっちりと素早くチェック」できることを目指して1992年に導入されたPDUFA。しかしその“新薬”は、「手数料依存症」「自律神経失調症」そして「利益相反」という恐ろしい副作用を伴うものでした。

 そして現在、米国議会ではまさにPDUFAの改正、再延長の議論が行われています。議決は9月に予定されており、FDAは現在の“副作用”を克服できるような改正案とすべく議会に働きかけるとともに、国民の信頼を取り戻すために、内部改革を断行しなければならない状況にあるのです。

 折り返し地点まで来たケネディスクールのSpring Exercise。5人一組に分かれた各グループに課されたグループワークのタスクは、こうした状況を踏まえ、

-「FDAはどのような内部改革にどのような優先順位で取り組むべきか」

-「来るPDUFAの改正に向けて、どのように議会に働きかけるべきか」

という点について、FDA長官への報告書作成とプレゼンテーションを行うというもの。

 何とも熱いテーマです。


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