■月の満ち欠け/佐藤正午 2017.7.24
第157回 直木賞受賞作
『月の満ち欠け』 を読みました。
佐藤正午さんの作品を読むのは、今回が初めてです。
月の満ち欠け/佐藤正午 [評者]斎藤美奈子
ネタバレを犯したかも知れません。スイマセン。ご注意下さい!
みづからは半人半馬降るものは珊瑚の雨と碧瑠璃の雨
小説 「月の満ち欠け」 は、煎じ詰めれば、早い話恋愛小説です。
誰かのことを考えて電車を乗り過ごしてしまうほど、それほど恋しい気持ちを抱いている人がいるなら、その人は幸せだと思う。その誰かに選ばれたあたしも幸せだと思う。だってあたしも三角くんのことは好きだから。今後、たとえふたりが会えば会うだけ不幸になっていくのだとしても、会っている時間は、生きている人なら誰もが経験できるとはかぎらない、ざらにない、貴重な人生の時間だと思う。
よくある恋愛小説ですね。またか、人妻との情事ね、と思われるかも知れません。
それでも、ぼくは二人の会話に笑ってしまいました。
うぶで多少のユーモアがいいですね。
君にちかふ阿蘇の煙の絶ゆるとも萬葉集の歌ほろぶとも
「吉井勇だ」
「誓うって、何を」
「それをおれに訊いてどうすんだよ」
「…はあ」
「はあじゃねえだろ。頼りねえなあ、サンカク。今度その人妻に会ったら、これが宿題の答えだと言ってやれよ。阿蘇の煙の絶ゆるとも、だ。万葉集の歌ほろぶとも、だ。この歌は、真心の贈り物だと言え。人妻は感動して泣くぞ」
「たとえ何が起きようとも、ですか」
「ああ、永遠にだ。たとえ百万回死んで生まれ変わっても、だ。そう言ってやれ」
「言うと泣くんですか」
「泣くに決まっている。そしたらぎゅっと抱きしめて一緒に泣け」
「いや、でも」
「なんだよ」
「また会えるかどうか、先行き不透明なので」
「見ましたけど」
「じゃあわかるだろう。おまえのアンナはさ、どっちかって言うとそっちのほうだ。『アンナ・カレーニナ』のアンナだよ。恋に溺れる人妻だよ。だいたい初めは、むこうが気にしてサンカクに会いに来たんじゃないのか、雨宿りのあと。な? 人妻のほうから積極的に仕掛けてるんだ。見てろ、夫の目を盗んでまたここに来るから。おまえは吉井勇の短歌用意して、好機を待て」
「……来ますかね」
「来る。人妻は絶対に来る。恋に溺れる人妻は」
「人妻人妻って、何回も言わないでもらえますか」
「安心しろ、おれは声がでっかいだけで口は堅いから。けど事実、人妻だろ? 一目、人妻だよあれは。……なあ、ところでサンカク」
ここで、いつもの下ネタ話になるが、ここからは略。
いつもの恋愛小説と異なるのは、......。
「神様がね、この世に誕生した最初の男女に、二種類の死に方を選ばせたの。ひとつは樹木のように、死んで種子を残す、自分は死んでも、子孫を残す道。もうひとつは、月のように、死んでも何回も生まれ変わる道。そういう伝説がある。死の起源をめぐる有名な伝説。知らない?」
「月が満ちて欠けるように」
「そう。月の満ち欠けのように、生と死を繰り返す。そして未練のあるアキヒコくんの前に現れる。」
起こりえない話を読ませてしまう、飽きさせないで楽しませるところが、佐藤正午さんの圧倒的な筆の力です。
ぼくのような老人になると、本を閉じた後に考えることは、必ずしもファンタジーのようにはなりません。
よからぬことが頭をかすめてしまう。夢がねえなあ、ご隠居。
『 月の満ち欠け/佐藤正午/岩波書店 』
第157回 直木賞受賞作
『月の満ち欠け』 を読みました。
佐藤正午さんの作品を読むのは、今回が初めてです。
月の満ち欠け/佐藤正午 [評者]斎藤美奈子
ネタバレを犯したかも知れません。スイマセン。ご注意下さい!
みづからは半人半馬降るものは珊瑚の雨と碧瑠璃の雨
小説 「月の満ち欠け」 は、煎じ詰めれば、早い話恋愛小説です。
誰かのことを考えて電車を乗り過ごしてしまうほど、それほど恋しい気持ちを抱いている人がいるなら、その人は幸せだと思う。その誰かに選ばれたあたしも幸せだと思う。だってあたしも三角くんのことは好きだから。今後、たとえふたりが会えば会うだけ不幸になっていくのだとしても、会っている時間は、生きている人なら誰もが経験できるとはかぎらない、ざらにない、貴重な人生の時間だと思う。
よくある恋愛小説ですね。またか、人妻との情事ね、と思われるかも知れません。
それでも、ぼくは二人の会話に笑ってしまいました。
うぶで多少のユーモアがいいですね。
君にちかふ阿蘇の煙の絶ゆるとも萬葉集の歌ほろぶとも
「吉井勇だ」
「誓うって、何を」
「それをおれに訊いてどうすんだよ」
「…はあ」
「はあじゃねえだろ。頼りねえなあ、サンカク。今度その人妻に会ったら、これが宿題の答えだと言ってやれよ。阿蘇の煙の絶ゆるとも、だ。万葉集の歌ほろぶとも、だ。この歌は、真心の贈り物だと言え。人妻は感動して泣くぞ」
「たとえ何が起きようとも、ですか」
「ああ、永遠にだ。たとえ百万回死んで生まれ変わっても、だ。そう言ってやれ」
「言うと泣くんですか」
「泣くに決まっている。そしたらぎゅっと抱きしめて一緒に泣け」
「いや、でも」
「なんだよ」
「また会えるかどうか、先行き不透明なので」
「見ましたけど」
「じゃあわかるだろう。おまえのアンナはさ、どっちかって言うとそっちのほうだ。『アンナ・カレーニナ』のアンナだよ。恋に溺れる人妻だよ。だいたい初めは、むこうが気にしてサンカクに会いに来たんじゃないのか、雨宿りのあと。な? 人妻のほうから積極的に仕掛けてるんだ。見てろ、夫の目を盗んでまたここに来るから。おまえは吉井勇の短歌用意して、好機を待て」
「……来ますかね」
「来る。人妻は絶対に来る。恋に溺れる人妻は」
「人妻人妻って、何回も言わないでもらえますか」
「安心しろ、おれは声がでっかいだけで口は堅いから。けど事実、人妻だろ? 一目、人妻だよあれは。……なあ、ところでサンカク」
ここで、いつもの下ネタ話になるが、ここからは略。
いつもの恋愛小説と異なるのは、......。
「神様がね、この世に誕生した最初の男女に、二種類の死に方を選ばせたの。ひとつは樹木のように、死んで種子を残す、自分は死んでも、子孫を残す道。もうひとつは、月のように、死んでも何回も生まれ変わる道。そういう伝説がある。死の起源をめぐる有名な伝説。知らない?」
「月が満ちて欠けるように」
「そう。月の満ち欠けのように、生と死を繰り返す。そして未練のあるアキヒコくんの前に現れる。」
起こりえない話を読ませてしまう、飽きさせないで楽しませるところが、佐藤正午さんの圧倒的な筆の力です。
ぼくのような老人になると、本を閉じた後に考えることは、必ずしもファンタジーのようにはなりません。
よからぬことが頭をかすめてしまう。夢がねえなあ、ご隠居。
『 月の満ち欠け/佐藤正午/岩波書店 』
多分ご存じとは思いますけれど・・
梅林公園の傍らに「浮き世」という料理やさんがありました。
昔々、そこを気に入っていたらしい友人が計画する食事会で4回ほど訪れたことがあります。
昨年、岩盤が崩れる危険性を指摘されたとかで、ずいぶんあちらこちら探され、関市に「葉菜」という古民家を利用した創作料理店のお店を出されました。
「浮き世」時代とは異なり特徴のある品ぞろえです。
もう記事にされていましたっけ?
関市ということですが、何かの機会がないとなかなか訪問することが難しいと思います。
貴重な情報をありがとうございます。
話は、変わりますが、今年は猛暑です。
お体が大変だと思いますので、是非ご自愛下さい。