高橋靖子の「千駄ヶ谷スタイリスト日記」

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73年の原稿発見!「素顔のTレックス」

2005-04-30 | Weblog
グラムロック全集を編集中の熊谷朋哉さんから、私が当時書いた原稿が見つかったとメールがあった。以下がそれです。

素顔のT・レックス

TEXT:高橋靖子(スタイリスト)
初出:ミュージックライフ 1973年1月号

11月26日
早起きして一行を出迎えるために羽田へ。鋤田さん(カメラマン)は空港内へ入る許可をとったのでひとあし先にタラップ前まで出迎えている。私はファンのひとたちといっしょにロビーで待つ。マークが現れると大騒ぎになってもみくちゃ。マークもミッキーもまっ青な顔をしてどうにかハイヤーに乗り込む。ヒルトンのロビーにつくと、「いやー、びっくりしたよ。トニー(ロードマネージャーのトニー・ハワード)が、日本人はとっても静かで礼儀正しいっていうから、まさか死ぬほどの歓迎をうけるとはね……」などとメンバーがしきりに話している。マークは髪の毛を引き抜かれ、ミッキーは帽子を失くす。ピンク・フロイドのマネージャーとして日本通のつもりだったトニーも予想外のことに驚いている。でもマークはにっこり笑ってひとこと、「これがロックン・ロールというもんさ」。

11月27日
記者会見のまえに、マーク、ミッキー、ジューン(マークの奥さん)、トニー、東芝の石坂さん、鋤田さんたちと昼食。マークは上機嫌。ゆうべはさっそく何曲か作ったという。記者会見のあと部屋にいくとトニーとマークはむらさき色のヨーヨーで遊んでいた。そしてミッキーはケン玉がすごくうまいなどと話をしている。
ジューンと原宿へ行く、マークのためにお寺で使う組みひも(黒、ブルー、茶)を買う。ベルトにするそうだ。日本でどんな買物がしたいの? ときくと、ウェールズに寝室が13ある家を買ったばかりで、そのインテリアに使う置物が欲しいとのこと。それからリンゴ・スター夫妻への着物(どんなに高くても良い)、トニー・ヴィスコンティ、メリー・ホプキン夫妻に男の赤ちゃんが生まれたのでお祝いに日本刀一組、とのこと。ミルクやノンノン、ビギなどのブティックを覗いて、マークの写真が飾ってあるDJストーンを教える。

11月28日
鋤田さんがロンドン、ニューヨークで撮った写真を中心とした「T・レックス展」を見に西武にきてくれる。メンバー全員ここでももみくちゃ。
夜はいよいよコンサートの初日。楽屋へ行くとみんなシャンペンを飲んでいるが緊張はかくせない。マークは鏡のまえで5~6分でお化粧をすます。ミッキーの方はジューンに手伝ってもらっている。
マークが、鋤田さんと組んで本を出そうなどと言い出す。彼の写真に、僕が詩を書くとすごい本ができるよ、などと。

11月29日~12月2日
名古屋、大阪のコンサート。私は行かなかったが、マークはとても良かったといっていた。コンサートで、ガードマンがきびしくないので、聴きにきてくれたお客と一体になれたそうだ。

12月4日
最後のコンサート。みんな大分疲れてきたようで、突然地震が起こり、天井からさげておいた舞台衣装が揺れだした。これに一同びっくりし、特にデリケートな神経をもっているマークは窓をあけて外の様子をじっとうかがっている。ジューンは床に寝て地鳴りはしないかと耳を押しつけている。CCRのコンサートのときも地震があって、お客はかえってノッたのだというと一同いっそう興奮したようだ。

12月5日
マークの部屋に、原宿のキディランドの包みがいっぱい。仮面ライダー、ウルトラマン、改造人間、いろんな怪獣、回転汽車ポッポなど30~40種類。みんなマークが選んだのだそうだ。DJストーンにも寄ってきたよ、などといっている。

12月6日
あさ8時半チェックアウト。10時45分のJALでロンドンへ。
「またくるよ」「いつ?」「4月ごろ」。
これがマークの最後のコトバ。本当かな?

写真 (撮影・鋤田正義) マークの奥さん、ジューンと。多分武道館楽屋だと思う。時計が8時37分ぐらいうを指しているが、この時間は何の時間だったのだろう。

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4 コメント

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ガラス越しの遠景のようなリアルさ (shiori)
2005-05-01 02:43:21
 お宝原稿の発見! 何てエキサイティングなのでしょう。さすが、昨年デヴィッド・ボウイのアーカイヴ・シリーズを発刊し、最近「U2ファイル」(ともにSHINKO MUSIC)を見事にまとめあげたプロデューサー、熊谷朋哉さんですね。

T・レックスが来日していたなんて、Yaccoさんと彼らがここまで親密だったなんて、軽い眩暈を感じるほどです。

 マークが日本で作曲した作品は何という曲なのでしょう。ツアー中もちゃんと曲作りに励んだらしい彼にミュージシャンとしての健全さをを、自宅をウェールズに買っていたとは驚きですが、そこに飾る置きものを探したいなんて、ラブリーな家庭人らしさを見る思いで意外性が……。

 着物を購入というのもお約束とは思いつつ、ヘーッとのけぞりました。リンゴ・スターに何かお世話になってたのでしょうか。

 Yaccoさんの的確な観察眼が、彼らの日常の断片をまるですぐ向こうに見えるガラス越しの遠景のように、間近に感じさせてもらえてワクワクしました。
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今、ロンドンで、、 (Yacco)
2005-05-01 17:17:09
日本で作曲したのは、「20th Centnry Boy」が有名ですが、このへんのことをTレックスのファンクラブのかたに聞きたいと思ったら(私なんかよりよくご存知なので)、ロンドンに行ってるみたいです。

たった今、「Born To Boogie」のDVD化のイベントをやっているので、行かれたのでしょう。

溜池の東芝EMIのスタジオで録音した時私もいましたが、みんなラーメンを出前で取った、と言うような、くだらないことを覚えています。

リンゴ・スターとは親しくて、Born To Boogieの 監督はリンゴ・スターです。

奥さんだったジューンは世話女房的な、母性的な女性だったという印象があります。才能のある男のひとは

そういう女性にめぐまれるのでしょう。
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T.REXファンクラブです (Tabata)
2005-05-03 18:03:08
こんにちは、Yaccoさん。ロンドンから帰ってまいりました。詳細はのちほどメールさせていただきますね。

久しぶりにここを見に来たら、また素敵な思い出話と写真が載っていて、うれしくなりました。

マークが1972年に日本で録音したのは「20th Century Boy」と「Electric Slim & The Factory Hen」「Shock Rock」の3曲です。「20th Century Boy」はシングル盤で、後の2曲はアルバム「TANX」に収録されました。

「Shock Rock」はレコーディング時には「Street Back」という仮タイトルで呼ばれていたので、日本で録音されたことはあんまり知られていません。

そういえば、Yaccoさん、T.REX来日公演のパンフレットにも原稿をお書きになってましたよね。映画「BORN TO BOOGIE」のニューヨークでの試写会のお話を。よろしければ、またここで公開してくださいね。Yaccoさんの目を通して語られるT.REX、私も大好きです。
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私信でごめんなさい (Tabata)
2005-05-05 03:51:12
Yaccoさん、すみません。メール戻って来てしまいます。アドレス変えられたようですので、今度どなたかに聞いて再トライしますね。
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