gooブログはじめました!

写真付きで日々の思考の記録をつれづれなるままに書き綴るブログを開始いたします。読む人がいてもいなくても、それなりに書くぞ

ひ・ちゃくしゅつし・こんがいし・けっこん・かぞく・・・いま!

2013-11-13 19:40:10 | 日記
A.イエ社会は消滅しているのか?
 このごろゼミなどで女子学生と雑談していると、「結婚」というものをどう考えているかについて、以前とは大きく変わってきているような気がすることがある。いうまでもなく、ぼくの学生時代には当然であった誰もがいずれ結婚するものだ、と考える前提は消滅している。結婚はある年齢までにはしなければいけない、という意識もほとんど希薄である。それに比べれば、子どもはいずれ産んでみたい、という願望はそんなに変わっていない。そうすると、若い女性の前にある選択肢(ほんとは選択肢といえるかどうかも含め)は、昔よりずっと広がっているはずで、将来の自分の可能性を豊かにし援助してくれるような誰か(とりあえず異性として)に出会い、精神的経済的に向上するための結婚なら喜んでする、という結論に達するのは当然で、それは以前ととくに変っていない。シンデレラ的な夢のようなロマンチック・ラブを信じるほど、女性たちは愚かではないにしろ、男の犠牲になる気はもとより皆無である。
 問題は、それを実現できるチャンスが以前より狭まっていることだ。そこで、20世紀のうちは、とりあえず仕事をして自分の足場は固めておいて、いずれ完全に理想的ではないとしてもこの相手なら許せる男がいたら結婚しようと考えていたと思う。フエミニズムが女性の心に響いていた時代は、親たちが期待する古臭い結婚にこだわらず、あたしも一人前に働いてもっとイイ女になれるはずだし、結婚はそのうちイイ男に出会ったら考えればいい、とにかく頑張ろう!だった。そして順序は前後しても、子どもができちゃったなら、このへんで手を打つか、と結婚する人は多かった。
 しかし、今となってはそれがたやすく実現する状況にはない、ということを20歳になれば察知している。では、どうするか?社会学者山田昌弘が名づけた「婚活」は、それが出た頃は30過ぎた自覚的な女性の課題であった。しかし、どうやらそんな呑気なことは言ってられないらしいのだ。恋愛も結婚も出産も、高いハードルを自力で越えなければならず、自分だけを大事に愛してくれるイイ男なんて、待っていても現れない可能性が高い。少なくとも、社会学を勉強するほどの女性なら、それに気づいているはずだ。早くイイ男(どういう男が真にイイ男かを見極めるのは難問だが)をつかまえて結婚に持ち込むことが、女の人生を左右する、と考える女子大生が増えている、かもしれない。やっぱ、男好みの女になって、結婚してシロガネーゼ奥様になるのが勝ち!ですよね。ね!しかし、同意を求められても、半分は笑いながら、半分は彼女たちの未来を心配して、それは一歩間違うと旧い過去へ戻る道なのかもしれないよ、と思う。

 親子、家族、男女のあり方について、戦後の日本社会は大きな変化を遂げた、ということはいえるだろう。第二次世界大戦の終わった後に生まれたぼくも、戦前の日本社会がどういう家族観で営まれていて、それが「イエ」という秩序を基本にしていたこと、民法改正によって男女の平等、人権の尊重、差別の否定などが法律の上で原則的に認められた戦後になっても、われわれの生活の中に「イエ」の意識が根強く残っていたことは、日常的経験の中で知っていた。
 1970年代に社会学という学問を学ぶようになって、福武直、有賀喜佐衛門などの農村社会学、川島武宜の法社会学などの著作を読んで、戦前の日本社会が基本とした「イエ」社会が、近代の市民社会の論理とは相容れない要素を多分に含んでいるという指摘に頷いた。とくに、「イエ」社会が家産を管理する家長、その地位を受け継ぐ長男、そして重層的な「イエ」連合を基礎とする共同体、「ムラ」社会を支え、その下で多くの裏役割を期待される女性、娘、妻(さらにその秩序から弾かれる女性たち)に、重い犠牲を強いる構造になっていたことを知り、ぼくの母を見ていてまさにそうなっていた、と考えるようになった。
  現在の民法は、戦後の日本社会をどのような形にしていくか、という点で、「イエ」社会から人権と平等を基本とする近代家族の方向へと切り替える梃子の役割を担っていると思った。そしてその民法のもとで、戦後60年の歩みは、「イエ」社会の負の側面を克服する方向にすすんできたといってもいい。「イエ」の重圧に苦しんできたと思っていた日本の女性たちにとって、戦後の民法が実現した社会は「解放」だったはずだった。しかし、今の若者にとっては、「イエ」社会など想像もつかない遠い昔の物語にしか思えず、自分の親たちを見てもそんなことは考えたこともない。周りを見渡してみても、女の子たちは自由に着飾り、美味しいものを食べ、楽しく遊んでいるように見える。ただこれがいつまでも続くわけではない、ぐらいは感じている。さて、自分はこれまでやさしい家族、仲良しの友人、可愛いねと言ってくれるカレシと、ユルく日々を過ごしているだけでいいのだろうか?
  そこまできて、彼女たちが漠然と構想する未来は、どうも明るいとはいえない。では、これからの日本社会で、親子、家族、男女のあり方は、どうなっていくのだろう?自分の人生をどうするかは、基本的に個人の選択と自己責任、といえばそれはそうなのだが、その基盤を提供する法、そして社会システムの底に流れる思想は、時代と国家に依存する。困ったことには、今の日本で進行する事態は、個人を単位とする市民社会の自由と人権という思想を否定して、過去の「イエ」社会の方が望ましい、と考える人たちが政治的権力の中に巣食ってきたことだ。

 

B.なにを保守するのか?
 昨日、結婚していない男女間の子(婚外子)の遺産相続分を法律上の夫婦の子(嫡出子)の半分とする規定を削除する民法改正案を閣議決定した、という報道があった。これは、最高裁が九月に同規定を違憲と判断したのを受けた対応であり、谷垣禎一法務大臣は記者会見で今国会で「一日も早い成立を目指したい」と述べたという。法案は婚外子の相続分を嫡出子と同じとするもので、一見世の中の現実的変化に対応した法改正で、問題はないかに読める。だが、これに関連して、出生届に嫡出子かどうかを記載する規定のある戸籍法の改正案提出は見送られた。民法改正案をめぐって自民党法務部会で一部の保守系議員から「家族制度が壊れる」などの異論が相次いだので了承が難航し、戸籍法改正は先送りになったという。
 「東京新聞」では「法務省は、父の家業に長く従事した子などを念頭に、財産の維持や増加に特別の貢献がある場合は、現行民法規定に従って相続割合が増えると指摘し、遺言によって財産の一定割合を特定の遺族に相続させることも可能と説明している」と付記している。同紙コラムでは「差別変わらない 怒り」の見出しで、戸籍法改正を見送ったことへの反対意見を並べている。出生届を出さないと、生まれた子どもはこの社会で人として扱われる基本的人権が保証されない。出生届を出すにあたって、親が法的に婚姻していない場合、戸籍に嫡出子と記載することができないので、婚外子と記入しなければならない。生まれた子どもは、それを自分の意志では選べない。これが法的な差別を招く。最高裁の判断は、純粋に法律論として「法の下の平等」原則に反するから、改めるべきだというものだ。たんに財産相続だけのことであるなら、実質的な利害は遺言や裁判で個別に処理する道もある。たいした財産もない庶民にとっては、とくに大きな不利益は想像できない。これまでの事例には、婚外子に生まれた事情が、過去のさまざまな歴史によって(たとえば巨額の資産家や政治家などが正妻以外に産ませた子が多くあったという過去の事実)、現実的な処理を必要とした法律的な問題が考慮されている。
  しかし、よく考えると現代の日本社会に生きている多くの国民にとって、問題はむしろ法律論ではなくて、「自民党の一部の保守系議員」が信念としている思想の方にあるような気がする。彼ら(あえて彼らと言う)は、婚外子に嫡出子と同等の権利を認めることは、「日本の麗しい家族制度を破壊する」と考える。その家族制度として想定されているものは、「イエ」を継承する息子が嫁を娶り、生まれた子どもが血統を守って先祖と親を敬い、子孫の繁栄を第一に考えて生きるのが理想という固定したイデオロギーである。それは、西洋起源のロマンチックな愛情で結ばれた両親とその子からなる近代核家族という概念からも、ちょっとかけ離れた社会モデルである。あえて推量すれば教育勅語に示される明治国家が作りだした「イエ」社会を、望ましい家族のあり方とするものだろう。夫婦相和し朋友相信じ、子は親を敬い妻は夫に仕え、謙虚に秩序を守り、天皇と国家に逆らわない。
  それがどうしていけないのだ、という保守系議員に対しては、こう言うしかない。21世紀日本の社会の現実を冷静に見てください。たとえばあなたの結婚生活、家庭をよく見てください。あなたの家庭で妻や娘や息子たちに「イエ」的原理を押しつけ貫こうとしたら、どんな事態が起こるか考えてください。「イエ」を維持するために嫁をもらって結婚して、子どもを産まない妻は失格だと難詰する親族がいたらあなたはどうしますか?そもそも子どもたちが結婚できなかったら、あるいは離婚という選択をした場合、「イエ」が想定する秩序は崩壊します。現代日本では、30代の未婚者は30%をこえています。大都市圏ではもっと多い。「イエ」的結婚制度が維持されていた時代には、表むきの一夫一婦制の裏で、まさに「イエ」的家族制度を維持するために、妾と呼ばれる婚姻制度から隠された性的関係と非嫡出子が不断に生み出され、それを家族制度を破壊する「不倫」の名で差別していたのです。実は陰で自分が合法的な「不倫」をやっている人が、表では「不倫はけしからん」と言っていた。それは道徳の問題ではなく、自分の利害を守るタテマエの問題だったからです。
 今の若者たちは、ある意味で女性を守る制度であった結婚からも排除されかかっている。保守系議員が前提とする、「麗しい家族制度」に誰もが参入することはできなくなっている。彼らのいう家族制度を維持することは、結果的にそこで保護される国民と排除される国民を分断することになる。日本の過去の「イエ」制度は、通常考えられている中国の儒教的倫理から来たものではなく(個人と血縁と普遍性を基本とする儒教の教えは、まったく違うものだと思う)、日本史でいう中世初期に開発農民としての武士が生き残るために形成した独特のもので、それを階級社会だった江戸時代に家父長的な社会システムとして整備したところから構築された思想だと思う。外来思想としての儒教や朱子学の倫理は、ただ言葉として輸入されたに過ぎない。明治維新は、それを部分的には否定し、部分的には拡大して焼き直した。親子、家族、男女という人間関係の基本的秩序については、武士や上層階級にだけ適用していた「イエ」秩序を、一般庶民の統治の手段として拡大し、明治民法に反映させた結果、昭和のはじめに完成したと思う。
 敗戦は、ある意味では完成していた「イエ」的秩序を根本から崩壊させた。そのとき人々は、とくに苦しんでいた女性たちは、次の時代が「イエ」的秩序以外の選択肢もある、ということに気づいてエンカレッジされたと思う。女には許されてこなかった自己表現、自己決定、生む性の肯定、男と対等の権利要求。そのとき結婚という制度は、選択肢のひとつになった。それから半世紀以上が経ち、グローバル化した世界の趨勢も子ども、女性、障害者、貧困者、移民難民など、理不尽な権力・暴力によって危険に晒されてきた人々の側に立って、よりよい未来を構想する流れができている。にもかかわらず「イエ」秩序を是とする人たちが、憲法も民法も無視した主張をしている。

 ぼくは保守思想一般を否定しようとは思わない。ぼくたちの課題を真剣に克服するためには、新しい流行の思想や大胆な変革だけを見ていては失敗する。過去の歴史や思想の蓄積を大事にして、「イエ」社会の秩序についても、歴史的に日本という社会が発展する重要なプラス要素になったと思っている。だからこそ、グローバル化した現代において、「麗しい日本の家族制度」という硬直した観念に拘泥する「一部の保守系議員」の妄想は、現実的にも政治的にも神経症的時代錯誤だと結論する他ない。現職総理大臣、安倍晋三氏がこのような観念になにか「美しい日本」の理想を重ねているとしたら(その疑惑はぬぐえないが・・)、ぼくもその一員であるトラッド・ジャパンを継承する「美の精髄」は、泥にまみれると思う。悲しいかぎりである。
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする