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縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

「偶然の一致」から幸せになる!

2008-10-02 | 第十章「今ここでの恩寵」

 昨日は、父の命日で久しぶりに母と兄弟揃って、教会のミサに与かった。神父さんのお説教を聴いていたら、10月1日は聖テレジア(幼いイエスの)の日であることを知った。

 不思議なことである。

 10月1日は父の命日であり、長女のクリスチャンネームの聖人の日でもあった。そして、もうひとつ5年前に28年勤めた会社を辞めての初日でもある。

 40歳の私であれば、恐らくこうした「偶然の一致」に関心がなかったであろう。人生の上り坂では、偶然に関心を寄せる暇はなかったようだ。自分で切り開く!そして、自分の死はよそ事である。

 それが、中年を過ぎ人生の分岐点を過ぎてくると、ちょっと違ってきた。

 源氏物語では光源氏が政争の中で落ちぶれ、明石に身を寄せる時期がある。その後、偶然(夢など)に人生が反転し、返り咲きしていく。比較は難しいが、人生が自分の力ではなく、不思議な偶然によって決定されていくことに気づくと、「偶然の一致」に対する感受性が変わるようだ。

 ある「偶然の一致」を、無意味=確率の問題等、と考えるか、意味あり=神秘、恩寵等と考えるかは本人に任されていると思う。どちらを取るかは、その人の人生観に大きく依存する。今の私は後者である。

 そして、その「偶然の一致」をさらにどう思索するかも重要なようだ。普段得がたい幸福感を得られることもある。

<日常の現場4/4>

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