人は生育史を歩む過程で、独自の愛の原型が形成されるという。そして、それは、その人の愛の感じ方の源泉になり、様々な人生の場面に影響を与えるという。例えば、昨日の、幼い頃に家族で庭先で見た満月と団欒。それは、私の愛の原型の一つだろう。
そして、愛の原型が満たされていれば問題がないが、そうでないと愛の孤独を感じ、時には満たされないために心因性病理に陥るとも言われている(意外に愛の原型が凶器になったり)。それゆえ、生き甲斐の問題を考えたり、心の健康を考えたりする上では、愛の原型について自問自答することは意外に大切なようだ。
このブログでも繰り返し述べているが、他者は判りにくい。まずは、自分の愛の原型をいろいろ思い浮かべ、あれが自分の愛の原型かな?これが、そうかな?そんなふうに過去の楽しい思い出を散歩することが大切だと思う。
さらに、人は時間とともに変わっていくことを意識し、時々愛の原型を見直していると、自分の愛の原型に変化があることに気付く。ある出来事や経験も、視点が変わることで全く別のものに見えてくる。先の庭先の満月も。数十年前は単なる昔の思い出に過ぎなかったが、今は祖母の愛とか、祖先の愛とか、月の暖かさを感じてしまう。
この生き甲斐の心理学の勉強を始めた頃、これが愛の原型だと思ったことも、十年以上経つと随分変わった。これしかない!と思っていた場面が、ちょっと変なところもあったな(Aさんの打算に過ぎなかったところもあるので、ちょっと価値が・・・)とか。逆に庭先の月のように、祖母の愛が伝わるようになってコレクションの上位にくることも。
好きだった人も、当時はちょっと嫌いだったかなと思える人も、今健在な方も、もう亡くなってしまった方も、愛の原型のコレクションの中でイキイキと登場する・・・
愛の原型コレクション。時々思索することにより、散歩?を楽しむことにより、愛の原型のコレクションは豊かになり、日々の感情生活も豊かになるようだ。
旅と真善美② 10/10