投石日記

日野樹男
つながれて機械をめぐる血の流れ生は死の影死は生の影

日野樹男歌集(5)

2016年02月15日 | 歌集

日野樹男歌集(5)


■石の上に三年ほども長居して石の仲間となるも良きかな
■いくつかの石を比べてそのひとつ投げてわが手に兇器の重さ
■炎晝にわが身がありて影のあるあるいは影あるゆゑにわれ在るか
■いづみてふ地を突きやぶり湧ききたるみづほど人にらなるはなし
■生きゆくにいかなる擬態をなすべきやせめて人眞似だけは止めたく
■あを空をひとつの壁とおもふとき雲のゆきすぐ虜囚のごとく
■けふもまた重たき影を持ちかへり闇のかけらを夏の名殘りに

■われもまた愛國者たりその愛に世襲の王は含まぬなれど

■野に眠り目覺めに見ゆるあをぞらをきひつぎと思ふかなしみ
■浦島の龜にならひてかぶとむし買ひて放てばひとなつの幸
■絶望はまだまだ生きてゆく人がときどき選ぶひとつのあそび
■四つ足の二つを手にかへいま椅子に坐りてをるはさびしきわたし

■鏡中の眼鼻をすこしいぢくつて昆蟲の仲間に入れてもらへり
■わがいのちゆくへ不明のこのまひる影なき身もて影をさがしに
■粒なしてひかりはあるといふならばわが身を打てよ生きてある今
■ライオンの交尾をテレビに見てゐしがげに生殖は祕めごとたるべし
■すがた見の前にたたずむわれひとりその老人をまだうべなへず
■鳥病めば地に落ち魚は水に浮くわれは歌など書きて血を濾す

■ガソリンを賣りゐる店に燈はともりゆふやけ赤く慘事はまだか

■目へといひ尻へといふもみな彼ら四つ脚族のいのちのかたち
■かがみにはわれに似てゐてみぎひだり逆轉したる不機嫌な顏
■われ生きてこころのこりはこの影を地に刻みこむつひにかなはず
■ごきぶりやねずみやくもの繩張りにわれは四角く間借りしてをり

■この星の遠心力に耐へきれず眠る夜ごとにきつと浮かびて
■たいくつは廻轉木馬の廻轉を螺旋にかへて空ゆくほどに
■眞球にあらざる地球のこのゆがみ地球儀の噓けふは窓邊に
■この大地磐石なれどわが指にすこし掘られて身じろぐ氣配

■日の丸のただうつくしくはためくは君とぼくとが誓ふあをぞら

■膽嚢に石をいくつか持つことを空を飛べざる理由と記せり
■にんげんの足のみ靴と名をかへて靴屋の店に飾られてをり
■肉體をたとへばくるりとうらがへし内なる空確かめおかむ
■なきがらのかくも空なるその胸のあたりにかつてわれは棲みけり
■一脚の椅子がこはれてゆく日日をしづかにわが身あづけ見てをり
■われに父母父母にも父母ありいにしへは億兆超えて父母のいましき
■おはやうと言つてはみてもそのあとの他人の生に興味なきわれ

■死の恐怖さまざま言へど單純に何か痛さうそんな氣がして
■頑張つてくださいなどと言はれても機械まかせの透析暮らし
■どんぱちのどんとぱちとのあひまにも人は生まれて生きゆく戰爭
■眠りゆくわれはやすらふ者ならず夢に逢ふ人顏なきままに

■天體を浮かべてゐたる大いなるちからよわれは深く息して

 *江戸川亂步「人間椅子」
■戀ゆゑに椅子にひそみて棲むといふ小説ならずわが生にして
■捨てられて人間椅子のゆくすゑは人たるべきや椅子たるべきや
 *江戸川亂步「鏡地獄」
■球形のかがみの部屋をつくりゐるかれはわれなり發病以前の
 *江戸川亂步「芋蟲」
■もしわれに手足なければころころところがるあそび命せつなく

■圓を描き圓の内なるみづからをさびしと思ふ少年とコンパス
■風を受け石は立ちをり墓として人の名などは朽ちゆくものを
■死は一瞬の消滅なれど人は生きて死を思ふゆゑ死もまたつづく
■わが影のちつともわれに似てをらずつきあひかたを變へてみようか
■遠く見るをんながをとこを打つさまも聲とどかねば睦みあふごとし
■壁にわがかばねをひそと塗りこめて祕密めかして消えゆくさらば
■そびえたつ塔などあらばわが憂ひ救はれむかと探せど見えず
■巨大なる高架道路の貫きてふるさとまとめて石と化したり

■穴あればかならず蟲の巢食ふゆゑ耳鳴りやまずけふも生きゆく

■といふ假説そのまま宗は傳へてつひににであへず
■イエスなき十字架金にひかりゐて誰が磔刑の時を待つらむ
■先立ちて坂登りゆく君の背につばさを見たる日もありかつて
■風に飛ぶ種のゆくへを思ひつつ花咲くころに追ひつくあゆみ
■角を曲がるたびにそろそろ首をのべ次をうかがふ如きやまひなり
■死ぬ前にひとつ試しに飛んでみる飛べば飛べさうなけふの空
■轉居前あれほど身近にありし死が遠くなりゆく何たる不覺

■死んでのち腹など割いて見せたきはこころらに水のごときを
■陽や雲や飛行船などゆく空のうつくしきものは射程の外に
■淚ふと落つるゆくへをたづぬればU字管にてとどまるけはひ
■地球儀のかたちにつくるばくだんの時限裝置は日本のあたり

■窓といふ文字に心のあるほどにわれを見てゐる無數の窓が
■道の邊に花は咲くなりその花の名は知らねどもよろこびの花
■椅子に殘る尻のかたちの曖昧に去りにし人のうしろすがたも
■岩つばめならねば高き塔の家飛べざる子らがつぎつぎに落つ

■飛行船來たりて宙に浮かびゐるわが死はつひに待たれゐるかに

■腦について書かれし書物ひもとけどわが腦何やら納得できぬらし
■ひならし鳥やけものに人のまねさせてよろこぶ人にはならぬ
■たましひも吐息も口より出でゆきて殘るは蟲の棲みなすむくろ
■ある日ふとぷかりと浮かび出できたる腐爛屍體のごとき記憶や
■孤獨死の後のことなりわが部屋に指紋さへなきさびしさなりき
■人が鳥でありしむかしのうるはしき空よ地上は黃泉にかはらず

■寶籤買はねばあたらぬ紙切れを買つてあたらぬ北風の中
■古時計わづかに狂へるその癖をおのが時間と思ひ暮らせり
■たまごうむ鷄もたまごを喰ふ人も同じきさまに生きて死にゆく
■とくとくと處世のすべを説きしよりかの童顏の師を憎みき
■空を飛ぶ夢にはつねに結末がありて落ちゆく目覺めの中へ
■窓をとぢ窓の外なる風を見る見えざるものを見るはさびしき

■ちちははは天國なりてふ幼年に訊けばま白きあの雲の邊に
■噓多き日記なれどもその中のわれはわれより生き生きとあり
■この夜のわれの怒りを記憶せるかがみよ汝をいつか碎かむ
■さかしげに未來社會を語りゐる人らかならず數字を愛す

■冬の夜にひとつあかりを燈しゐるさびしきさまをいのちと思ふ

■ねぢれつつ乘りし電車の人臭く奴隷市場へ急ぐしづけさ
■卷尺ではかるたくらみにんげんの存在理由を數字に換へて
■凡凡とわが在ることをうべなへばこころざわめく何のいのちと
■考へてなほかんがへてかんがへて結論として無爲をうべなふ
■我といふこの一片もいづこにか宇宙の嵌め繪に置く位置あらむ

■いつの日かともに化石とならむため爬蟲の友と骨までからむ

■この冬はねぢにならうと約束しまはるまはるよ地球もわれも
■鏡中のわれとはこのごろ疎遠にて見知らぬふうに髭など剃りぬ
■生きゆくはさびしきことと膽嚢にいくつかの石育てつつをり
■地下街にゐて氣付かざり雪は降りつもらぬままにすでにやみきと

■死んでみて六十年でたいくつし次はしばらく生きてみるかな
■生きてみて六十年でたいくつし次はしばらく死んでみるかな