ふりかえれば、フランス。

かつて住んでいたフランス。日本とは似ても似つかぬ国ですが、この国を鏡に日本を見ると、あら不思議、いろいろと見えてきます。

“anosognosie”(病態失認)を理由に、出廷を拒むシラク前大統領。何が起きたのか?

2011-09-07 21:46:36 | 政治
議員に秘書はつきものですが、日本の国会議員の場合、公費で賄われる秘書は、政策秘書、公設第一秘書、公設第二秘書の三人。その給与を巡る公金流用事件が、時々指摘されてきました。実際、何人かの議員の名が取り沙汰され、中には辞職に追い込まれた議員、執行猶予付きの有罪判決を受けた議員もいました。名義貸しとも言われ、活動実態のない人を秘書登録し、その秘書給与を献金として受け取り、自らの活動費に回している議員は、かなりいるのではないかとも言われています。

政治家が考える錬金術は洋の東西を問わないのか、フランス政界でも同じような問題が裁判の場へと持ち込まれています。訴えられているのは、何と、シラク前大統領。パリ市長時代の市職員架空雇用(emplois fictifs)に関する嫌疑です。

シラク氏は1977年から95年までパリ市長を務めていましたが、同時に今日の与党・UMP(国民運動連合)の前身、RPR(共和国連合)の党首も兼ねていました。そこで、党の一部職員をパリ市が雇用した形にして、その給与をパリ市に支払わせていたとされる疑惑です。

架空雇用だとして、公金横領、背任の罪で起訴されているのですが、フランス大統領経験者が刑事事件で裁かれるのは、初めて! 当然のことながら、大きな注目となっています。当時の市長室長ら9人とともに起訴されているのですが、もし有罪になれば、禁錮10年、罰金15万ユーロ(約1,600万円)が科せられることになります。

裁判は今年3月に始まる予定でしたが、いったん延期。今月いよいよ始まったのですが、法廷に、肝心のジャック・シラクが姿を現さない。どうしたのでしょうか・・・3日の『ル・モンド』(電子版)が関係者や政界の反応を中心に伝えています。

ジャック・シラク(78歳)の公判が、9月5日にパリで始まったが、肝心のシラク前大統領は欠席した。そして、公判は今後、前大統領抜きで、継続されることになった。裁判所はジャック・シラクの病気のためという理由を受け入れ、また前大統領の代理を弁護士が務めることも容認した。「ジャック・シラクは今日、20年以上前のことを思い出せる状況にない」と弁護士は語っている。1時間余の討議を経て、第11小法廷の裁判長、ドミニク・ポート(Dominique Pauthe)は、容疑者の一人を欠いたままで公判を継続することを受け入れた。

『ル・モンド』が4日に公表したように、診断書によれば、シラク氏は、過去に関する質問に答えられないほどの脆弱な状態にある(病態失認という聞きなれない病名ですが、病気や麻痺があるにもかかわらず、自分は大丈夫と、その病気や麻痺を認識できない病気で、脳の認知中枢の損傷が原因だそうです。しかし、シラク前大統領の場合、過去を思い出せないということで、認知症の可能性も取り沙汰されています)。診断書を確認した、娘婿であるフレデリック・サラ=バルー(Frédéric Salat-Baroux)は、ジャック・シラクの健康状態はここ数カ月で急激に悪化しているようだ、と説明している。

とは言うものの、弁護士の公表した声明文によると、シラク前大統領は、パリの軽罪裁判所で今月5日から23日まで開かれる予定の公判に、弁護士が自分の代理として出席し、公判を継続してほしいと語っているそうだ(ということは、自分の病気を認識しているからこそ、代理出席を依頼している、と読めます)。しかし、シラク氏の弁護士、ジャン・ヴェイユ(Jean Veil)は8月末、もし裁判所がどうしてもと望むのであれば、シラク氏は出廷することになるかもしれないと述べていたのだが・・・

シラク氏抜きで公判を継続することになった、という事態の急転を受けて、関係者や政界からさまざまな意見が出されている。

・L’association anticorruption Anticor(反汚職団体・アンティコール)
パリ市の職員架空雇用と思われる件に関する裁判の損害賠償請求者である「アンティコール」は、3日、ジャック・シラクを出廷させるよう裁判所に求めた。「またぎりぎりの瞬間に策略がめぐらされた。目的は言うまでもなく、ジャック・シラクが被告として出廷しないで済むように、ということだ。理由は取ってつけたような逃げ口上であり、こんなにも遅くなって提出された理由だという事実が、その代理出席という要求の信頼性を失わせている」と、「アンティコール」の弁護を引き受けているジェローム・カルサンティ(Jérôme Karsenti)弁護士は語っている。

・元市長室長・レミー・シャルドン(Rémy Chardon)の弁護人、ジャン=イヴ・ルボルニュ(Jean-Yves Le Borgne)
ジャック・シラクがパリ市長当時の市長室長・シャルドンの弁護を引き受けているルボルニュ弁護士は、シラク氏抜きで行われる裁判に果たして意味があるのか、公正さが保てるのか自問している。「ジャック・シラク抜きで、他の9人、特に市長室のトップたちを裁けるのだろうか。私の発言する権限はどうなるのだろうか。大統領閣下、あなたが決めていた通りの契約書に私の依頼人がサインしたのはあなたの命令に従ってであることを認めますか、という質問が言えるのだろうか。」

右翼陣営からは、シラク前大統領の健康を気遣う声が多く出されている。

・ベルナール・ドゥブレ(Bernard Debré)
パリ選出の下院議員であり、医師のベルナール・ドゥブレは、民放ラジオ局・Europe1で、「ジャック・シラクとは数分なら話ができるだろうが、彼はいろいろ忘れているし、相手が誰かを必ずしも認識できていない。気泡の中にいるようなもので、さまざまな質問をぶつけることは、拷問に等しい。はたして、そこまでする必要があるのだろうか。これは良識の問題だ。老人が的外れな答えをしたり、質問の意味を理解するのに弁護士の助けが必要であったり、代わりに答えてもらったりするという悲惨なイメージを見せつけることになるだろう」と、語っている。

・ジャン=ピエール・ラファラン(Jean-Pierre Raffarin)
シラク大統領の下で首相を務めたジャン=ピエール・ラファランは、「この事件で、私を個人的に動揺させ、悲しませているのは、シラク大統領の健康状態だ。彼には大きな愛情を抱いており、彼の健康が損なわれているというのは、つらい知らせだ。ジャック・シラクは私に、裁判が結審してほしいと語っていた」と述べている。

・アラン・マルレックス(Alain Marleix)
下院議員であるアラン・マルレックスは、「ジャック・シラクをちょっと見かけたが、疲れているようだった。気の毒だ。大統領を12年も務め、その前に首相を何度か務め、いつも元気いっぱいだった。疲れ、消耗しているのだろう。大統領を務めた人を、裁判の被告席に座らせてはいけない」と語っている。

・ジャン=ミシェル・バイレ(Jean-Michel Baylet)
中道左派の左翼急進党(PRG:Parti Radical de Gauche)のバイレ党首は、「この裁判が欠かせないものなのか、どうしても必要なものなのか、確信が持てない。時代は変わった。ジャック・シラクが病気で、疲れ、これほどの裁判に耐えることができるような状態でないのなら、安寧を与えてあげるべきではないか」と述べている。

・クリスティアン・ジャコブ(Christian Jacob)
与党・UMPの下院幹事長のクリスティアン・ジャコブは、「ジャック・シラクの政治家としての意思は明確だ。裁判は結審まで行ってほしいと、彼はいつも望んでいる。その方針は変わらない。現在の彼の健康状態では、出廷することは難しく、弁護士が代理を務めることになるが、裁判を中止するなどということがあってはならない。代理出廷を依頼することは難しい決断だったが、彼は偉大なる責任感をもって決断した。しかし同時に、裁判が結審するまで続けられるよう、強固なる意思を示している」と述べている。

・・・ということなのですが、テレビのニュースが紹介していた映像によれば、シラク前大統領は、誰かに少し支えてもらわないと、一人ではしっかりと歩けないような状態です。歩幅も短く、よたよたした感じはぬぐえません。肉体的に、かなり齢を取った印象を強く与える映像でした。

また、しばらく前、社会党のフランソワ・オランド(François Hollande)前第一書記と一緒の折、多くの報道陣の前で、突然、選挙ではフランソワ・オランドを支持すると言い出しました。その時も上げた片手を側近でしょうか、脇にいた人に、まるで余計なことを言ったりするなといった感じで、押さえられていました。状況が正しく認識できていないのかもしれません。

78歳。長年、政界を生き抜いてきた・・・蓄積した疲労が、第一線を退いて、一気に出てしまったのかもしれませんし、緊張の糸がぷっつり、切れてしまったのかもしれません。

日本の政界では、かつて、スキャンダルなどの渦中に巻き込まれた政治家は、みな病院に逃げ込んだものです。また、都合の悪いことは、記憶から無くなってしまうものでした(「記憶にございません」)。フランスでは、病態失認になってしまうのかと、一瞬思ったのですが、ジャック・シラクの映像を見ていると、タイミングはあまりに良すぎるのですが、どうも本当に病気のように思えます。

もし、万一、これが芝居だとしたら、それこそ世紀の名演技なのでしょうが、たぶん、日本贔屓の前大統領の健康を素直に心配する方がよさそうです。

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