ふりかえれば、フランス。

かつて住んでいたフランス。日本とは似ても似つかぬ国ですが、この国を鏡に日本を見ると、あら不思議、いろいろと見えてきます。

アニェスは、なぜ殺されたのか?

2011-11-22 20:52:53 | 社会
今、フランスで、ある社会面の出来事(fait divers)が、政治家まで巻き込んで大きな関心事となっています。アニェス事件。その概略は・・・

11月16日(水)、オーヴェルニュ(Auvergne)地方、オート・ロワール(Haute-Loire)県にあるシャンボン・シュール・リニョン(Chambon-sur-Lignon)という人口2,800人ほどの村で、一人の女子学生が行方不明になりました。

その学生は、その村にある国際的にも有名な中高一貫校(collegè-lycée)、「コレージュ・セヴナル」(Collegè-Lycée Cévenal International)の寄宿生で、名前はアニェス(Agnès)。3年生(troisième:中高生は高校3年から下へ順番に、terminale、première、deuxième、troisième、quatrième、cinquième、sixièmeとなりますから、3年生は日本の学制では中学3年生)で、13歳。

この学校は、1938年にプロテスタントによって設立された私学ですが、非宗教的教育を行っています。地元の通学生(externat)と、フランス国内や外国からの寄宿生(internat)を受け入れています。生徒の出身国が30カ国にも及ぶ国際的な教育機関で、フランスで男女共学が一般的になる30~40年も前から男女共学を実施し、門も塀も設けない開放的な環境と、生徒一人一人の自主性を重んじる学風で知られています。また、平和と非暴力を教育の柱にしています。

行方不明になって3日目の18日(金)、家族はもちろんクラスメートや教員など多くの人たちの願いもむなしく、容疑者の明かした場所で、彼女の遺体が発見されました。13歳のアニェスは、殺され、犯され、そして、その遺体は焼かれていた・・・

その容疑者は、同じ学校の寄宿生で、17歳の1年生(日本風に言えば高校2年生)。どうして疑われたかと言えば、この学校に来る前に、性的暴行事件を起こしていたから・・・昨年8月、オーヴェルニュ地方の南、ラングドック・ルシヨン(Languedoc-Rousillon)地方、ガール(Gard)県で、やはり未成年の女性を暴行しています。その被害者は、幸運にも命は救われました。その事件により、当時16歳だったこの少年は、4カ月間、未決勾留され、精神科医による精神鑑定などを受けましたが、再犯の危険性は少ないとして、カウンセリングの継続を条件に、自由の身となりました。その後、コレージュ・セヴナルに寄宿生として入学。はじめは精神科医、その後は心理カウンセラーによる面談をきちんと受け続けていました。

フランスでは18歳から成人ですので、17歳ではまだ少年A。この少年は、父親が教師、母親が会計士というごく普通の家庭で、二人の姉妹とともに育ちました。今回の件については、犯行の一部を認めてはいますが、冷静で動揺のかけらもないようだと検察当局は述べています。

増え続け、しかも凶悪化している少年犯罪。その上、再犯が増えている・・・こうした事態に、政府は、そして他の政党は、どのように反応しているのでしょうか。

まず、取り締まる側のトップ、クロード・ゲアン(Claude Guéant)内相の対応を、21日、テレビ局・TF1の夜8時のニュース番組に出演した際の発言を中心に、21日の『ル・モンド』(電子版)が伝えています。

クロード・ゲアン内相は、アニェス殺害を認めている少年が男女共学の学校に入る前に性的暴行の容疑で取り調べを受けていた事実を指摘しつつ、再犯防止対策が機能しなかったこと(dysfonctionnement)を問題視している。

「昨年8月、被疑者は一人の少女を森に連れ出し、ナイフで脅して木に縛り付け、乱暴に数度犯した。このときは、被害者は殺されずに済んだが、少年は4ヶ月間、未決勾留され、精神科医による観察の結果、危険性はないということで、男女共学の寄宿舎に入ったのだ」と、内相は時系列的に説明した。

「この少年がどのような事件を起こしていたのか、受け入れ先の学校が詳細に知っていたのかどうか、疑わしい。結局、村長も、警察も、彼と面談していた精神科医も、彼が犯したことを知らなかった」と、内相は述べている。

内相は、犯罪者に対しては複数の専門家による観察・診断が行われること、情報が十分に共有されること、凶悪事件の容疑者については、司法判断が出される前に釈放しないこと、こうしたことが大切だと述べた。

内相は、少年を“centre éducatif fermé”(再犯矯正施設:一般的なétablissement pénitentiaire pour mineurs・少年院とは異なり、犯行を繰り返す未成年犯罪者の矯正を目的とした施設)へ送ることになるだろう、と語っている。こうした施設は現在500人収容できる規模だが、未成年者による再犯の増加により、50%増やす必要に迫られている。同じ21日、内相の発言の前に、フィヨン(François Fillon)首相も、凶悪犯罪の容疑者である未成年者はすべて、司法の判断が下されるまで、こうした施設に収容しておくべきだと述べていた。

内相はまた、「何度か改正されたとはいえ、1945年の政令に基づいている未成年者に対する現行の司法制度を改革する必要がある。それも本質的な改革が求められている。来年の大統領選の後で、優先的に取り組むべき課題だ。17歳11カ月が裁かれる法律と、18歳が裁かれる法律とでは大きな違いがある」と指摘している。アニェスを殺した犯人の少年は、もうすぐ、今年末に18歳になる。

「未成年者に重罪を科すべきではないという感情に終止符を打つべき時だ。未成年の犯罪者は、18歳になっていないのだから大した罪にはならない、と思っている。司法の速やかな対応を期待したい。例えば、市民の価値観、モラル、社会の権利について考える研修などが考えられる。また未成年犯罪者に対する司法の決定はよりスピーディに行われるべきだ。未成年者重罪院は決定を下すのに、犯罪発生から5年も要している」と、内相は続けた。

・・・ということで、犯人の少年を引き受けた学校も、地域も、カウンセリングを担当している精神科医や心理カウンセラーも、少年が以前犯した犯罪を知らなかった、という内相の発言は「?」ですが、もし本当なら「!!!」です。確かに、プライバシーの問題もあるでしょうし、反省しており、犯罪を繰り返すとは限らない、と考えることもできるでしょう。それでも、村長など地域社会は別としても、カウンセリングの担当者や学校側は、転校して来てカウンセリングを受けている少年の背景は知っていてしかるべきだと思うのですが。人にすぐレッテルを貼るのが好きな日本人的感覚なのでしょうか。

ところで、今回の事件に関し、極右・国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン(Marine Le Pen)党首が、持論にひっかけてある提案をしています。20日の『ル・モンド』(電子版)が伝えています。

マリーヌ・ルペンは死刑の復活に関する国民投票を提案した。我々の子どもたちを殺すような人間には死刑が必要だと述べている。テレビ局・Europe 1の番組で、アニェスが殺された件について語る際に、そのような提案をしたのだ。13歳で彼女は殺され、昨年強姦に関わった17歳の少年が、アニェス殺しに関しても一部を認めている。

「犯罪に対する寛容主義に別れを告げるべきだ。また、未成年者による犯罪に関して、その法的処分が出るまでの期間を短縮すべきだ」と、来年の大統領選候補者であるマリーヌ・ルペンは主張している。

また、国民戦線党首は、死刑の復活について国民に問うべきだと語っている。「死刑の復活は、フランス人がしっかり考えるべきテーマだと思う。もし自分が大統領に当選すれば、死刑か、本当の意味での終身刑か、どちらを選ぶべきかという国民投票を実施したい。我々の将来を担う子どもたちを殺すような人間は、命で償うべきだ」と、語っている。

・・・ということで、死刑の復活を、と提案しています。持論なのでしょうが、未成年者による犯罪、それも再犯が増加し、また性的犯罪から殺人におよぶ事件も多発している現状で、こうした発言が有権者に受け入れられやすいという計算もしていることでしょう。人権の国・フランスも、ついに犯罪社会という現状には勝てず、死刑を復活させるのでしょうか。それとも、極右政党の選挙戦術で終わるのでしょうか。

犯罪の低年齢化、凶悪化・・・荒んだ社会になって来ているようです。もちろん、フランスだけの問題ではありません。多くの国々が抱える共通の問題。私たち、先の世代は、どこをどう間違ってしまったのでしょうか。子は親の背中を見て育つ。子は親を映す鏡。若者を批判し、取り締まればそれで済む、というわけではなく、若者の親の世代、あるいはその上の世代として、問題はどこにあるのか、どう解決すべきなのか、真剣に考えるべきなのではないでしょうか。