昨日、くも膜下出血に4月に倒れて以来、寝たきりの母のこれからについて、
最近の母の様子を見に行ってくれているF病院の先生と、
3人の娘+母の現在のご主人と、家族会議があった。
母は、7月初めに今いる病院に転院して以来、
発熱があったり、
脳に水がたまってきていたり、
顔がすごくむくんでいたりで、
現状説明をはじめて!!聞いたうえで、
本当に今の療養がよいのかどうか、という
意見交換だった。
ご主人からの、現状の看護に不満=転院希望: もともといた大学病院のF病院に戻りたい、
という意見に対して、
「娘さんを含め、御家族全員で一緒に話をしてください」 という
呼びかけによる、ようやくの家族会議。
説明を聴いているうち、
当面の命を助けるために仕方なかった
母の気管切開は、もうこの装置を外すことができる望みが
ほとんどない、
(つまり口から食べること、話すことはもうできない)ということを
先生の話から感じた。
何もできない中で二女の私は思う、
土中の微生物や、微量要素のはたらきで、
植物が健康に育つように、
母に会って、娘達が今取り組んでいることを話かけたり、
身体に触れることや、友人、その他の助けも借りること、
そんなことで、絶望から、微量の希望をもとうとすることは、
私たち娘ばかりではなく、
世の中の、このように希望を失った脳疾患患者の家族にとって、
とても意味があるのではないだろうか。
どんなに 不仲な介護家族も、患者の生活の質を高めるために、
医療者と協力していく責任があると私は思う。
家族以外の人 を入れなければうまくいかない。
私の場合のような、崩壊家族の介護の困難さについては、
同居、婚姻関係の有無を問わず、また、洋の東西を問わず、
誰でも直面しうる 「身近な未来図」 だと思う。
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だから、敢えて、これから、
「母の好きだった松坂牛を一緒に食べたい!」
と娘は 強く願おう^^ とおもう。
Updown の繰り返しの中で、
「希望をもつことを伝える」 ことができるのは、 やっぱり幸いなのです。
I, in a distress, learning that my mother's physical condition
is likely to go no better in the future,
nevertheless, as a daughter, has made up strong dreams that we shall eat
mom's favorite, Matsuzaka beef some day together! Peggy