歴史とドラマをめぐる冒険

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鎌倉殿の13人・スピンオフ小説「比奈の乱」・「承久の乱前夜」

2022-12-01 | 鎌倉殿の13人
後鳥羽上皇の願いを受けて、比奈は鎌倉に下向した。

義時とは直接文を交わしたことはないものの、比企の乱から18年、義時は京の比奈に、定期的に莫大な金銭を送ってきてくれていた。途中からは泰時の名で送られてきたが、義時の意向であることは間違いない。比奈はまずその礼を述べた。

「少しもお変わりになりませんね、小四郎殿」
「そうか、人には別人になったと言われるが」
「同じです。あなたはいつも鎌倉のことばかり考えて、そして疲れていらした」
「そうか」
「さて、今日は上皇様のお言葉を伝えに参りました」
京で比奈と後鳥羽上皇が懇意であることは、義時はよく知っている。
「文を託すまでの仲とはな。比奈、つらくはないのか」
比奈にとってはマツリゴトに関わることが苦痛であると義時は思っている。
「比企の一族のことは、すべて昔のことです」と言って比奈は笑った。そして一通の文を差し出した。
義時はそれを見た。「すべては比奈殿に聞いてほしい。尊成。」とのみある。
「随分と信頼が厚いようだな」
「私は鎌倉では天下無双の女房でございましたよ。さて上皇様のお言葉です。上皇様は窮しておられます。大内惟信殿と三浦胤義殿を首魁とする京都鎌倉党が、上皇に挙兵を迫っております」
義時は何も言わない。
「上皇様としては、北条義時追討の院宣は出したくない。鎌倉党は朝廷が西国地頭の任免権を持つことを望んでいる。ここはぜひ妥協してほしい、とのこと」
「比奈、知っておろう。地頭職は鎌倉の根本。それだけは叶わぬ」
「上皇様は、小四郎殿が思うようなお方ではありません。上皇様なりに民のことも考えておられる。戦は、民を疲弊させるだけだ。なんとしても避けたいと」
「お前に言われなくとも、上皇様がどんな方かは分かっておる。私も民のことは考えている。大内と胤義を斬れと伝えよ。それだけの覚悟がなくして、為政者といえようか」
「斬っても、西国守護の北条に対する不信感は消えません。大内様はかの平賀朝雅殿の叔父で、源氏の門葉、上皇様のもと、京にもう一つの幕府を建てようとしております」
「なるほどな、それでは上皇もなかなか扱いにくかろう。よし分かった。上皇様に伝えよ。大内ら謀反の輩はこの鎌倉が討つ。その上で、京の六波羅に探題を作り、上皇様と協力して西国を治める。鎌倉の武力の後ろ盾があれば、上皇様も思うように政治ができよう。ただし、地頭の件だけは絶対に譲らぬ。」
と言ったあとで
「とはいうものの、相談があればよくよく考えよう。」と笑った。
「分かりました。ありがとうございます。早速京に上って、上皇様にお伝えしましょう」
「もう帰るのか。つもる話もある。今宵だけでも泊まっていかんか」
「上皇様のお考えを聞いたら、すぐに鎌倉に下向しますゆえ、その時に。わたくしもつもる話はございます。では上皇様のもう一つ文をお渡しいたします」

小四郎殿、よくぞ妥協してくださった。これで民は救われる。これからは手を携えて日の本を治めていきましょう。院宣が出れば、あなたの命を奪うことになる。しかし鎌倉は混乱の極みに達し、やがてまた戦となるかも知れません。それは私の本意ではない。

「勝つ気でいるのか」義時は珍しく大声で笑った。「比奈、今の件は火急を要する。お前が京に戻るのを待ってはいられぬ。文をしたため、京に早馬を送る。長い旅だった。今夜だけでも泊まっていけ」
比奈はうなずき、にこりと笑った。

しかしその頃、京では、大内惟信、三浦胤義ら鎌倉党が、後鳥羽上皇に決断を強く迫っていた。後鳥羽上皇の煮え切らない態度を見た鎌倉党は、主戦派の順徳上皇とともに、北条義時追討の院宣を御家人たちに送ってしまう。
「なんということをしたのだ、守成」後鳥羽は順徳を殴りつけた。
「殴りましたね。生まれて初めてです。親にも殴られたことがないのに」
「しれ者が、われがお前の親ではないか」
後鳥羽は泣きくずれた。
「すまん、比奈。かくあいなった。もはや止められぬ。止められぬなら戦う。そしてわしは勝つ。鎌倉は焼け落ちるだろう。早く京に戻ってくるのだ」

比奈は京に上る途中で、後鳥羽の知らせを受け取った。急ぎ鎌倉に引き返し、太郎泰時邸に向かった。
「母上、母上の努力も、この太郎の努力もすべて灰燼に帰しました。もはや鎌倉は戦うしかない」
「太郎。私も心を決めました。こうなれば太郎が戦功を立て、時局を握る以外ありません。たった一人でも京に向かうのです。ためらっていては、御家人が動揺しましょう」
「分かりました。では私は評定では、強く箱根の関での迎撃を主張します」
「なるほど、そうなれば小四郎殿や大江殿は太郎に反発して、京出撃を主張するでしょう」
比奈は遠い京にいる上皇を思った。さぞ無念であることだろう。しかも上皇は負ける。なんとか命だけは救わなくてはならない。
「太郎、圧倒的な兵力を集結できるよう小四郎殿と図るのです。民を疲弊させてはなりません。ひと月で決着がつくよう、官軍を圧倒する兵力を持つのです」
「今、一人で京にいけと、、、しかし分かっております。鎌倉の大将が出撃すれば、諸国の御家人はそこに集結しましょう。迷っていることが一番まずい。」
比奈と太郎は、それから共に悲しげな顔で空を見つめた。泰時としてみれば、官軍に勝つ、そのことにほとんど高揚感はなかった。勝利のあとのマツリゴトをどうなすか。上皇をどう処遇するか。泰時の頭は、すでにそこに向かっている。
つづく。

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