「久しぶりだね」
そうかい?
「この何年かというもの、君は僕にまったく話しかけてくれなかったじゃないか」
忙しかったんだよ。
「あるいは君はもう、僕のことなんか忘れてしまっていたのかもしれない」
そうかもしれない。
「だけど今、こうして話しているっていうことは、珍しく君が僕の助言を必要としているっていうことだ」
まあね。否定はしない。
「上手くやっているつもりかい?」
何だい、やぶからぼうに。失礼な物言いだな。
「まあ聞きなよ。多少の回り道はしたかもしれないが、まあそれなりに名の知れた大学を出て、就職氷河期の時代に小さいがまあ安定したところに就職して、今の仕事ももう6年目だ。それなりに責任ある仕事を任されてもいる。初めてのボーナスを頭金に買った車はとっくにローンも終わっているが、大して手も入れずにまだまだ走る。結婚生活も3年目、夫婦ともにちょっと残業は多いかもしれないし、そんなに高給取りってわけでもないけれど、それでも年に2度3度は旅行に行って、週に1度くらいは外食か宅配ピザでも食べて、それでも3年間の貯蓄で、マンションの頭金くらいにはなる。都心から1時間半、私鉄の終点からひとつ手前の駅前にマイホーム。素晴らしいね。順風満帆ってやつだ」
何だ、皮肉かい。勘弁してくれよ。
「このくらい露骨に言ってやらないと、皮肉だってことに気づかないんじゃないかと思ってね。なにしろ、今の君ときたら、冬眠寸前の爬虫類みたいに鈍重きわまりないんだもの。それで、どうなんだい。上手くやっているつもりなんだろう?」
――つもりじゃない。上手くやってるんだ、実際。
「どうだか。君が思っているほど、甘いものじゃないと思うけれども」
その台詞はそのまま君に返してやりたいね。実際、ここまでは上手くやってきたのさ。それも、全身全霊を費やして、どうにか落下せずにきた、と、その程度のことだ。実際のところ、ほんの些細なきっかけで、すべてを台無しにしてしまう可能性が、常に僕の眼前で大口を開けて待ち構えているんだ。明日には僕は交通事故を起こすかもしれないし、何かひどい失敗をするか他人の嫉みを買ったかで、職場内で不利な状況に立たされるかもしれない。毎日が、先の見えない綱渡りのようなものだ。いつバランスを崩して墜落し、不幸な生涯を閉じてもおかしくはない。
「しかし君はその綱に必死でしがみついている。明らかに、かつての君が有していた軽やかさは失われている。十年前の君はきっと、落下することを恐れずに、その綱の上で華麗なジャンプを何度も繰り返すことができただろう」
君の言いたいことは分かるよ。つまらなくなった、って言いたいんだろう?
「そのとおりさ。そして、君自身がそのことを自覚しているからこそ、僕を呼び出したんじゃないのかい?」
まったくだ。それも否定しないよ。
「かつて、僕と二人三脚で世界を歩んでいた頃の君は、もっと果敢だった。様々な嘘を暴きたて、何事かを隠蔽しようとする幕を引き剥がし、世界の真の姿を見ようとしていた。真の姿なんてほんとうはどこにもないものだとしてもね。それは、必要なムーブメントだった。そんな君の牙は失われてしまったのかい?」
実に魅力的な挑発をありがとう。実際のところ、確認したかったんだ。あの頃の僕と、今の僕とでは、立ち位置が異なるということをね。そして僕はここに立つことを自ら選んだんだ、ということも。
「あの頃のポジションへ戻りたいとは思わない?」
空想しないこともない。でもそれは結局、夢物語だ。
「後悔はしていない?」
どうかな。まったくない、と言えば嘘だろうね。だけど、どちら側に立ったとしても、そこに僕の選択が介在している限り、いずれにせよ、後悔は避けられないものではないかしら。
「これが最後の選択というわけでもない」
それも分かっているよ。
「逃げ切れたというわけでもない」
分かっている。だからまた、君を呼んだんじゃないか。
「――ふうん。もっと錆び付いているかと思ったけれど、案外、分かっているじゃないか。それならどうして、そんなつまらない場所を自ら選んで固執するんだい?こちら側に、帰ってくればいいじゃないか」
いずれもう一度そちら側に帰ることになるんだろうね。だけどそれは、今じゃないんだ。5年後か10年後か、ひょっとしたら何十年も未来のことかもしれない。それまで僕が無事に命をつないでいる保障だってどこにもない。それ以上は上手く説明できないけれど、そういうことなんだ。
繰り返すけれど、僕は別段気楽な立ち位置にいるわけじゃないんだ。毎日が綱渡りだ。かつてのように身を乗り出して深淵を覗き込む大胆さは、今の僕からは失われているかもしれない。だけどそこに、闇があることを知っている。僕らを飲み込もうと待ち構えているその闇の深さは、あの頃よりも、もっとよく分かっている。分かっているつもりだよ。
だから――君は、もう少し眠っていてくれても構わない。いずれ、僕が君を叩き起こすことになるのか、君が僕を穴ぐらから引きずり出すことになるのか。どちらかは分からないけれど、その時は、来る。だからそれまでは――
「ふうん。まあ、そこまで分かっているなら、僕から何も言うことはないね。じゃあ言われたとおり、おとなしく眠っていることにしようか。だけど、僕は君を忘れないし、君も僕を忘れられない。これは一種の呪いのようなものだ。逃げ場はどこにもない」
しつこいな。分かってるって。
「本当かね」
もっとも、僕自身が分かっていようがいまいが、「その時」が来れば否応なしに引き込まれることになるんだろうけどね。
「なんだ、分かってるじゃないか」
だから分かってるって言ってるじゃないか。
「ああ、そうだったね。――それじゃあ、とりあえず今は、おやすみ」
おやすみ。また明日。
※ このブログを書いている涼風のウェブサイト「涼風文学堂」も併せてご覧ください。
「涼風文学堂」は小説と書評を中心としたサイトです。
そうかい?
「この何年かというもの、君は僕にまったく話しかけてくれなかったじゃないか」
忙しかったんだよ。
「あるいは君はもう、僕のことなんか忘れてしまっていたのかもしれない」
そうかもしれない。
「だけど今、こうして話しているっていうことは、珍しく君が僕の助言を必要としているっていうことだ」
まあね。否定はしない。
「上手くやっているつもりかい?」
何だい、やぶからぼうに。失礼な物言いだな。
「まあ聞きなよ。多少の回り道はしたかもしれないが、まあそれなりに名の知れた大学を出て、就職氷河期の時代に小さいがまあ安定したところに就職して、今の仕事ももう6年目だ。それなりに責任ある仕事を任されてもいる。初めてのボーナスを頭金に買った車はとっくにローンも終わっているが、大して手も入れずにまだまだ走る。結婚生活も3年目、夫婦ともにちょっと残業は多いかもしれないし、そんなに高給取りってわけでもないけれど、それでも年に2度3度は旅行に行って、週に1度くらいは外食か宅配ピザでも食べて、それでも3年間の貯蓄で、マンションの頭金くらいにはなる。都心から1時間半、私鉄の終点からひとつ手前の駅前にマイホーム。素晴らしいね。順風満帆ってやつだ」
何だ、皮肉かい。勘弁してくれよ。
「このくらい露骨に言ってやらないと、皮肉だってことに気づかないんじゃないかと思ってね。なにしろ、今の君ときたら、冬眠寸前の爬虫類みたいに鈍重きわまりないんだもの。それで、どうなんだい。上手くやっているつもりなんだろう?」
――つもりじゃない。上手くやってるんだ、実際。
「どうだか。君が思っているほど、甘いものじゃないと思うけれども」
その台詞はそのまま君に返してやりたいね。実際、ここまでは上手くやってきたのさ。それも、全身全霊を費やして、どうにか落下せずにきた、と、その程度のことだ。実際のところ、ほんの些細なきっかけで、すべてを台無しにしてしまう可能性が、常に僕の眼前で大口を開けて待ち構えているんだ。明日には僕は交通事故を起こすかもしれないし、何かひどい失敗をするか他人の嫉みを買ったかで、職場内で不利な状況に立たされるかもしれない。毎日が、先の見えない綱渡りのようなものだ。いつバランスを崩して墜落し、不幸な生涯を閉じてもおかしくはない。
「しかし君はその綱に必死でしがみついている。明らかに、かつての君が有していた軽やかさは失われている。十年前の君はきっと、落下することを恐れずに、その綱の上で華麗なジャンプを何度も繰り返すことができただろう」
君の言いたいことは分かるよ。つまらなくなった、って言いたいんだろう?
「そのとおりさ。そして、君自身がそのことを自覚しているからこそ、僕を呼び出したんじゃないのかい?」
まったくだ。それも否定しないよ。
「かつて、僕と二人三脚で世界を歩んでいた頃の君は、もっと果敢だった。様々な嘘を暴きたて、何事かを隠蔽しようとする幕を引き剥がし、世界の真の姿を見ようとしていた。真の姿なんてほんとうはどこにもないものだとしてもね。それは、必要なムーブメントだった。そんな君の牙は失われてしまったのかい?」
実に魅力的な挑発をありがとう。実際のところ、確認したかったんだ。あの頃の僕と、今の僕とでは、立ち位置が異なるということをね。そして僕はここに立つことを自ら選んだんだ、ということも。
「あの頃のポジションへ戻りたいとは思わない?」
空想しないこともない。でもそれは結局、夢物語だ。
「後悔はしていない?」
どうかな。まったくない、と言えば嘘だろうね。だけど、どちら側に立ったとしても、そこに僕の選択が介在している限り、いずれにせよ、後悔は避けられないものではないかしら。
「これが最後の選択というわけでもない」
それも分かっているよ。
「逃げ切れたというわけでもない」
分かっている。だからまた、君を呼んだんじゃないか。
「――ふうん。もっと錆び付いているかと思ったけれど、案外、分かっているじゃないか。それならどうして、そんなつまらない場所を自ら選んで固執するんだい?こちら側に、帰ってくればいいじゃないか」
いずれもう一度そちら側に帰ることになるんだろうね。だけどそれは、今じゃないんだ。5年後か10年後か、ひょっとしたら何十年も未来のことかもしれない。それまで僕が無事に命をつないでいる保障だってどこにもない。それ以上は上手く説明できないけれど、そういうことなんだ。
繰り返すけれど、僕は別段気楽な立ち位置にいるわけじゃないんだ。毎日が綱渡りだ。かつてのように身を乗り出して深淵を覗き込む大胆さは、今の僕からは失われているかもしれない。だけどそこに、闇があることを知っている。僕らを飲み込もうと待ち構えているその闇の深さは、あの頃よりも、もっとよく分かっている。分かっているつもりだよ。
だから――君は、もう少し眠っていてくれても構わない。いずれ、僕が君を叩き起こすことになるのか、君が僕を穴ぐらから引きずり出すことになるのか。どちらかは分からないけれど、その時は、来る。だからそれまでは――
「ふうん。まあ、そこまで分かっているなら、僕から何も言うことはないね。じゃあ言われたとおり、おとなしく眠っていることにしようか。だけど、僕は君を忘れないし、君も僕を忘れられない。これは一種の呪いのようなものだ。逃げ場はどこにもない」
しつこいな。分かってるって。
「本当かね」
もっとも、僕自身が分かっていようがいまいが、「その時」が来れば否応なしに引き込まれることになるんだろうけどね。
「なんだ、分かってるじゃないか」
だから分かってるって言ってるじゃないか。
「ああ、そうだったね。――それじゃあ、とりあえず今は、おやすみ」
おやすみ。また明日。
※ このブログを書いている涼風のウェブサイト「涼風文学堂」も併せてご覧ください。
「涼風文学堂」は小説と書評を中心としたサイトです。
読んでいてふと思ったのですが、私(馬頭親王)と涼風輝様が、偶然同じ電車に乗り合わせていても、たぶん、というか勿論、お互いがお互いであることに気付かないんでしょうねえ。
ネットでは、「これほど」と表現してもいいくらい交差している間柄だと思ってはおりますが、しかし想像することは出来ない……まだ我々は、共通の知り合いの一人すら持っていないのだから……
関係あるようなないような話ですが、今日、仕事帰りに、電車の中で同じ歳くらいのスーツを着たサラリーマンが、いまの世の中のこと、我々の少年時代のことなどを比較して語っておりました。わたしはずっとそれを立ち聞きしていたのですが、ふとその二人の「世界」とわたしの「世界」にはなんの接点もない、にもかかわらず彼らは、わたしにとってもよく見知った「世界」について語っている……というような不思議な感覚に陥りました。
そんなふうに、関東でも多くの他人に囲まれて、涼風氏は私の知らない生活を送っているのだろうな……同じニュースを見て、同じ月を見ているのかも知れないけれど……などとふと思いを馳せてみたり。
いえ、何が言いたいというわけではなく、ただぼんやり考えたことにすぎませんが。
すべて説明しなくとも、語り足りないところがあっても、まさにピンポイントで私の言いたいことを押さえて代弁してくれる、そんな馬頭様が大好きです(笑)。
いや、まさにその不思議な感覚なのです。交差しえたかもしれない世界、それなのに交差しえない世界、そこで「同じ月を見ている」ことのささやかな希望……それはまさに私が書きたいと思っていたことで、それを馬頭様にズバリ言い当てられてしまったようで、正直、このコメントを拝見したときにはどきりとしました。
で、同じことを涼風の言葉でたらたらと、12月11日付けの記事で書き連ねてみました。こういうのを「他人の褌で相撲を取る」というのですね汗々。