涼風野外文学堂

文学・政治哲学・読書・時事ネタ・その他身の回り徒然日記系。

3.私は、臓器を提供しません。

2009年06月30日 | 時事・社会情勢
 すっかり間が空いてしまいました。相変わらず、ブログの更新どころか、自宅でパソコン立ち上げる時間がほとんど取れない状況ですが、それに加えて最近は、時々パソコンを起動することがあったとしても、ブログ書かずに、次の小説の構想を練ったりしていたもので、気がついたらもう2ヶ月のご無沙汰です。サボりすぎや。
 ちなみに、ラノベ書こうと企んでおります。以前から構想練っていた「ガンズ&ソーサリー市民革命前夜もの」とか「腕っぷしの弱い小国の第二王子もの」とかを一旦全部お蔵入りにして、新たに「インテリジェントソードに半分乗っ取られながら殺し合う強化人間もの」みたいな殺伐としたやつを考えています。まだ資料集めの段階で、執筆に着手するまでには当分かかりそうですが。

 旬を過ぎた感がありますが、臓器移植法の話などを。
 職場で臓器移植法の話題になり、そういえば自分もドナーカード持ってたナァ、と思って財布から取り出してみたところ、署名の日付欄には「平成11年3月9日」と書いてありました。カードは端っこのフィルムが少々めくれてはいますが、あと十年は戦えそうです。てか、どんだけ物持ちいいんだ自分。

 私の持っているドナーカードは、いちばん初期型のやつで、今コンビニとかに置いてあるやつとは絵柄とかは全然違うのですが、日本臓器移植ネットワークのホームページで確認する限り、裏面の記入欄の作りは、10年前も今も違いはないようです。
 そして、私のドナーカードは、表題に掲げたとおり、「3.私は、臓器を提供しません。」の欄に○印が付けてあります。繰り返しますが、署名の日付は平成11年3月9日。つまり、私はここ十年間、一貫して、死後臓器を提供する意思がないことを、宣言し続けている、ということになるわけです。

 最初、このドナーカードを持とうと思ったとき(当時私は大学生でした<歳バレ)、正直、そんなに深く考えずに、3の欄に○を付けたのでした。当時の考え方は単純で、要するに、もう少しじっくり考えてから決めたかったけれど、とりあえず、考えがまとまらないうちは、臓器を提供しないことにしておく、という判断をしたのです。そして、「とりあえず『提供しない』に○付けて持ってるからー」と、母親と当時の彼女とに報告しておいたのでした。
 さて、あれから十年。当時の彼女は今や妻になってしまいました。臓器移植法改正案衆院通過のニュースを見ながら、私は隣に座った妻に、「相変わらず『提供しない』に○付けて持ってるからー」と報告しています。この十年間、私なりに色々なことを考えた結果、1や2の欄に○を付ける、という決断には至りませんでした。
 臓器移植により助かる命があるということは理解しています。私も、もし自分の近しい人が重篤な病に冒され、命を繋ぐ道は臓器移植より他にない、と言われたときに、無事に臓器移植がされて命が助かりますように、と祈ってしまうのでしょう。また、特に子どもの臓器移植に顕著な例ですが、国内で臓器移植ができない以上海外に渡るほかなく、法外な資金を用意して移植を受ける日本人が、諸外国から批判の種になっているとすれば、それも理解できる話であり、現に海外渡航して移植を受ける以外に選択肢のない人たちが存在し、また、海外移植の道は徐々に閉ざされつつある以上、国内での移植の道を開かねばならず、それは国際的な要請でもある、ということも、もちろん理解できます。
 しかしそれらの現実に直面してもなお、臓器提供者となることを躊躇する何かが、圧倒的に不気味な何かが、私の眼前には横たわっているのです。

 この「不気味な何か」を私なりに解読してみようとするとき、私は、自分の近しい人たちの死について空想します。
 例えば、祖父の葬式を思い出します。私の母方の祖父は、見た目健康そのものだったのがある日突然心停止を起こし、ぽっくり逝っちゃいました。正直、報せを聞いて病院に駆けつけ、遺体と対面してもなお、祖父の死、ということがすとんと腑に落ちなかったことを記憶しています。通夜と葬式を終え、火葬場へ行き、火葬炉の鉄扉が閉じられる、がしゃん、という音がしたときに、ようやく、涙が出てきました。その瞬間、ああ、人が死ぬってこういうことなんだ、というのが、何となく分かったような気がしました。
 今にしてそのような体験を振り返り、喪の作業、なんていう便利なテクニカル・タームで説明してしまうのは、簡単です。しかし、その時私が感じた圧倒的な寂寥感、突然何かのスイッチが入ったように、音もなく、ただひたすら涙が流れ落ちる不思議な身体的感覚は、確かに、決定的な経験であり、ある何かと別の何かを分断する線上において起こった出来事でした。
 究極的に「固有の出来事」であり、誰とも共有することができないはずの「個体の死」が、社会化され、分有され、「個としての死」から「集団の中の死」に転換した瞬間。上手く説明できないのですが、それは私が自分の外側にあった「ある死」を、自らの内側に取り込んだ瞬間であったように思うのです。

 臓器移植をめぐる議論は、このような「他者にとっての/他者における死」の観点を欠いていて、不自然に合理的にすぎるような印象を受けます。そこでは、自らの肉体・自らの生命は自分自身のものであり、自分自身の完全なコントロール下に置かれる、という物語が、無批判で受容されているように感じられます。
 脳死状態となる前にその人がした、脳死となったときに自らの肉体をどのようにすべきか、という意思表示が、脳死状態になった後も、つまり自発的な意思表示というものが見込めなくなった後も、その人の「正しい意思」であると認められ、それを拠り所にしてその人の生命は「終わった」と判断されます。そこでは、当該本人を囲む他者たちが、他者たちにとってのその人の「死」のあり方が、どの程度省みられているのでしょうか。
 脳死に陥り、もはや快復する見込みのない一人の人間と、それを囲む近しい人々。多くの場合、脳死に至る原因は突発的な事故なのですから、家族や親族にとって、脳死は、容易に受け入れ難い事実であると想像できます。その際に、本人が、脳死となったときは臓器提供者となる意思を事前に示していたとするならば、そのことは、家族や親族にとって、彼らの大切な人の「死を急かす」ことになりはしないでしょうか。あえて過激な言い方をすれば、「どうせもう脳死で生き返りはしないんだから、早く臓器を摘出させろよ」という有形無形の圧力が、家族や親族に絶対に及ばないと、言い切れるでしょうか。

 私が自分の臓器提供に同意しない理由は、要するに、自分の大切な人に何かが起こったときに、その人の臓器を他人に提供したくない、という、独善的で矮小な感情が、自分の中に多少なりと惹起されるであろうことを否定できず、また、そのことを否定すべきでないと考えるからなのです。
 大げさに言えば、私が脳死や心停止に陥った際に、私の両親や妻や娘が、「そいつの肉体は放っておいても無駄になるだけだから有効活用させろ」というプレッシャーを受け、死を自分の内側に取り込んでいく十分な時間を与えられない事態に陥ることを、避けたいのです。
 臓器移植で助かる命があるということは、一般論としては歓迎すべきことでしょうし、助かる命のために自らの肉体を提供してもよいという自己犠牲の精神は、とても尊く、崇高なものです。しかしながら、私は、人間はもっと弱くて非論理的な生き物であると考えていて、そんな人間の弱さを、肯定したいと考えています。どうも、昨今の臓器移植をめぐる議論は、すべての人間に強靭な精神と論理的思考を求めているように感じられてならないのです。
 私がドナーカードの「1(脳死時の臓器提供)」や「2(心停止後の臓器提供)」に○を付けることがあるとするなら、それは、自分の死に際して、自分の近しい人たちが、このように「強靭で論理的であれ」というプレッシャーを感じることは、きっとないだろう、という確信が持てたときになります。そのように考えると、現状は、未だ時期尚早です。