そうそう昨日、散歩していてどぎつい花を見つけた。ブラシの花。確かにブラシの形。それにしても春の花は可憐でさわやかなのに秋の花はどぎつい。これからお彼岸に咲く曼珠沙華もそうだね。まるで最後の土壇場に厚化粧して出てきているようだね。これって何かの必然性があるんだろうな、きっと。このようなことを生命の進化と、生存の本能とからめて説明した人はいないのかな?どなたか心当たりがあれば教えてほしい。
今日の帰り道、いつものように駅から自転車に乗ってイトーヨーカドーの脇を通った。鈴虫の大合唱に「おお!もう秋だ!」と感じた。見上げるとちょっと前に満開だった藤棚には実がぶら下がっている。その中で鈴虫が合唱している。大都会では季節感がなく哀しい。でも、こういう一角があるとほっとするね。

秋は歌が似合う。「今は~もう秋、誰もいない海~~」、「小さい秋小さい秋~見つけた」とか「秋桜(コスモス)が~」とか、感傷にひたって歌いたい気分になるね。私は晩秋の田舎の広大な田んぼの稲刈りの後、もみの焼く匂いが大好きだった。
そうだ!この感傷こそ、昨日わけの分からなかったマルクスの「人間とは自然の有機体」という意味だ!有機体とは生きているものという意味。自然なしに生き物としての人間は生きられない。抵抗できない自然の大いなる懐の中の一部ということだね!きっと。
それに対し「自然とは人間の非有機的身体」とは、大都会の風景のことだ、自然の一部のみを科学と技術によって切り取り加工する相手としての死んだ(非有機体)自然。しかし、それだけでは人間は生きられない。自然の中の大いなる一員のはずの人間が「疎外」されている姿なのだ。マルクスは、切り出された石と人工物に囲まれたヨーロッパのあの狭苦しい都会と、大規模に発展する産業革命で、ぼろぼろに人間がないがしろにされていく中に「疎外」を見たのだねきっと。そして、ドイツの都会の周りには広大な森があり、そこにはどうしようもない自然の一部としての人間がいる。確かにこの関係は「人間と自然との関係はどうなってんの」を科学する環境科学の基本課題そのものだね。でもマルクスの時代は、ニュートン力学の勝利以来、「科学は神を超えた」として最も科学が権威を持っていた、人類史の中での科学傲慢の時であったね。しかし、そこでは人間が自然からはじき出される「疎外」が悲劇的でさえあった。だからマルクスは運動に走った。科学がそれを解決するには、実はあまりにも未成熟であった。でも今では科学が(すなわち人間が)知っていることより、知らないことの方が遥かに多いことを「ちょっと」自覚している。
90年代以降の環境科学はその最たるものだね。世界に、日本にこの名を冠した大学の教室は山のように出来た。ただ、まだ統一された学問としての体系は全然ないね。マルクスの時代より人間はちょっと賢くなっていると思いたいけれ、まだまだだね。
「環境科学とはなんぞや?」
秋の話題から、とんでもないところまで引っぱってしまった。初秋の土曜日の深夜。
さ~、来週から忙しいぞ!

秋は歌が似合う。「今は~もう秋、誰もいない海~~」、「小さい秋小さい秋~見つけた」とか「秋桜(コスモス)が~」とか、感傷にひたって歌いたい気分になるね。私は晩秋の田舎の広大な田んぼの稲刈りの後、もみの焼く匂いが大好きだった。
そうだ!この感傷こそ、昨日わけの分からなかったマルクスの「人間とは自然の有機体」という意味だ!有機体とは生きているものという意味。自然なしに生き物としての人間は生きられない。抵抗できない自然の大いなる懐の中の一部ということだね!きっと。
それに対し「自然とは人間の非有機的身体」とは、大都会の風景のことだ、自然の一部のみを科学と技術によって切り取り加工する相手としての死んだ(非有機体)自然。しかし、それだけでは人間は生きられない。自然の中の大いなる一員のはずの人間が「疎外」されている姿なのだ。マルクスは、切り出された石と人工物に囲まれたヨーロッパのあの狭苦しい都会と、大規模に発展する産業革命で、ぼろぼろに人間がないがしろにされていく中に「疎外」を見たのだねきっと。そして、ドイツの都会の周りには広大な森があり、そこにはどうしようもない自然の一部としての人間がいる。確かにこの関係は「人間と自然との関係はどうなってんの」を科学する環境科学の基本課題そのものだね。でもマルクスの時代は、ニュートン力学の勝利以来、「科学は神を超えた」として最も科学が権威を持っていた、人類史の中での科学傲慢の時であったね。しかし、そこでは人間が自然からはじき出される「疎外」が悲劇的でさえあった。だからマルクスは運動に走った。科学がそれを解決するには、実はあまりにも未成熟であった。でも今では科学が(すなわち人間が)知っていることより、知らないことの方が遥かに多いことを「ちょっと」自覚している。
90年代以降の環境科学はその最たるものだね。世界に、日本にこの名を冠した大学の教室は山のように出来た。ただ、まだ統一された学問としての体系は全然ないね。マルクスの時代より人間はちょっと賢くなっていると思いたいけれ、まだまだだね。
「環境科学とはなんぞや?」
秋の話題から、とんでもないところまで引っぱってしまった。初秋の土曜日の深夜。
さ~、来週から忙しいぞ!
冥王星騒動ともいうべき様相になってきたね。自然科学の世界で珍しいね。一言、口を出したくなるね。でもこの騒動はいい面がある、と勝手に思う。だって、こんなにも話題になる。理科離れだ、科学離れだ、叫ばれている中でそうないよ、こんなこと。生活にはほとんど関係ないのに、お金にもならない、役に立たないのにこんなに騒がれるなんて。日本人はやはり潜在的には知識レベルが高いのだと安心する。それと、やはり自然科学は夢を売る商売である、と強く感ずる。「私たちはどこからきて、いまどこにいて、これからどこへ行くのか」ただただそれを知りたいためにあるのが自然科学。どんどん分かってきたから、いままでの知識は曖昧だった、それだけでは足りなくなった。だからもっとわかり易くしようと変えた。太陽系って、親(太陽)の周りを回るのはみんな惑星という家族だね。そこから冥王星がはじき出されたのではなく、家族を分けたのだね。ちょっと大きいヤツと小さい奴を。小さいのには惑星の前に別な字をつけただけだね。そうしないと家族が増えて増えて、名前を付けられなくなる。巨人の世界(木星より外の外惑星)の向こうにとんでもない数の小人の世界(今回の矮惑星)があると分かってきたのだからね。なにかガリバー旅行記みたいな話だね、本当に。小惑星も微惑星も、もうあるから残りの日本語は「矮小」の矮だけ。でもこれって同じ漢字文化圏でちゃんと相談したのか気になるね。下手にやるとまた騒動だよ。
しかし、今回、国際天文学連合はへたくそだったね。「太陽系の一番外側のことがどんどん分かってきて、すごい!おもしろい!我々の家族がどんどん増えている!その中に我々はどこからきたの?を知る秘密がある!」と世界に知らせることが一番大事なのに、定義にこだわり、多数決でやっちゃった。今、発見の真っ最中なのだから、あせらずもうちょっと議論を、論点を詰めればいいのにね。たかが2年の議論だよ。国連安保理の議論じゃあるまいしね。北朝鮮問題だってもう何年もやっている(ちょっと脱線)。排除の論理で4分の3の賛成なんてお粗末過ぎ。せめて9割は超えなさい、といいたいね。
そして、専門家はよしとしても、一般の人に「太陽系の家族が減って寂しい」という印象を与えてしまった。結果がどういう波紋を呼ぶかまで議論なんかしなかったね、間違いなく。人類の宇宙観を変え、その夢を売って商売を成り立たせてきた(税金を使って研究してきた)のにね。おまけに、最悪なことに、この冥王星を含めてカイバー帯(小人惑星が無数にある太陽系の一番外側)研究に命をかけてきた研究者の猛反発をかってしまった。
どうせ多数決で、科学は真理には到達しないからいいのだけれど。そしてこの騒動は騒動として、科学の普及に間違いなく貢献するのだけれど。もうちょっとね、ちゃんとしようよ、と同じ自然科学に生きる仲間として励ましたい気分だね。この騒動は科学と人間のドラマになるね。nature (科学の週刊誌)ウオッチだね。
それと反対の急先鋒博士(http://www.boulder.swri.edu/alan/)の人間模様もね。
しかし、今回、国際天文学連合はへたくそだったね。「太陽系の一番外側のことがどんどん分かってきて、すごい!おもしろい!我々の家族がどんどん増えている!その中に我々はどこからきたの?を知る秘密がある!」と世界に知らせることが一番大事なのに、定義にこだわり、多数決でやっちゃった。今、発見の真っ最中なのだから、あせらずもうちょっと議論を、論点を詰めればいいのにね。たかが2年の議論だよ。国連安保理の議論じゃあるまいしね。北朝鮮問題だってもう何年もやっている(ちょっと脱線)。排除の論理で4分の3の賛成なんてお粗末過ぎ。せめて9割は超えなさい、といいたいね。
そして、専門家はよしとしても、一般の人に「太陽系の家族が減って寂しい」という印象を与えてしまった。結果がどういう波紋を呼ぶかまで議論なんかしなかったね、間違いなく。人類の宇宙観を変え、その夢を売って商売を成り立たせてきた(税金を使って研究してきた)のにね。おまけに、最悪なことに、この冥王星を含めてカイバー帯(小人惑星が無数にある太陽系の一番外側)研究に命をかけてきた研究者の猛反発をかってしまった。
どうせ多数決で、科学は真理には到達しないからいいのだけれど。そしてこの騒動は騒動として、科学の普及に間違いなく貢献するのだけれど。もうちょっとね、ちゃんとしようよ、と同じ自然科学に生きる仲間として励ましたい気分だね。この騒動は科学と人間のドラマになるね。nature (科学の週刊誌)ウオッチだね。
それと反対の急先鋒博士(http://www.boulder.swri.edu/alan/)の人間模様もね。