安倍内閣改造の「わたし一人で決めなければならない」の「オオカミが来た」

2007-08-21 04:01:45 | Weblog

 安倍内閣改造・NHKニュース(07年8月19日/7:00~)

 NHK8月の世論調査
 支持率29%
 参院選の自民党大敗の主要な原因を問う。
 1.閣僚の不適切な発言――24%
 2.安倍首相の指導力 ――22%

 「閣僚の不適切な発言」に対して「適切」な対応で処理する指導力を発揮していたなら、傷口を最小限に抑えることができた問題だったろうから、有権者が意識していなかったとしても、二つの質問は重なり合う。辞任閣僚、自殺閣僚を最初は擁護した人事管理等を含めると、少なくとも40%、50%は「安倍首相の指導力」不足が原因となった大敗であろう

 参院選の翌日(7月30日)首相官邸
 安倍「人心一新というのが国民の声だと思います。然るべきときに、エエー、内閣改造、役員の一新を、ま、行いたいと思います。党として、こういう厳しい状況になったわけでありますから、一致協力して前に進んでいけるチームをつくっていかなければならないとおもいます」

 「党として、こういう厳しい状況になったわけでありますから」は自身が招いて「党」をも巻き込んだ「厳しい状況」のはず。主体は安倍首相自身の内閣管理、指導力等の能力が関わって招いた安倍内閣の「厳しい状況」ということだろう。「党として」で済ますのは自己責任の無化以外の何ものでもない。

 6日の官邸記者会見

 安倍「派閥の推薦を受けずに、内閣改造を行う。その方針に変わりはありません。推薦を受けると、推薦を受けて人事を行うという、そういう今までの、かつてのですね、やり方をわたしは取らないということは、申し上げたとおりであります」

 「そういう今までの」と一度言ってから、「かつてのですね」と言い直したのは、「今までの」とした場合、第一次安倍内閣の閣僚人事も含めることになるから、それを避ける意味からの言い直しであろう。実際にも、昨年の自民党総裁選前に政権公約の具体化や人事方針、歴史認識問題等についてインタビューした朝日の記事(06.9.7.≪自民総裁選06 安倍官房長官に聞く官房長官人事 派閥と無関係≫)で、自らが目差す閣僚人事方法について次のように述べている。

 <――組閣方針は。これまでの公明党枠や参院枠はどうしますか。
 安倍「全力投球内閣にしたい。派閥の推薦を受け閣僚を決める方法は取らない。バランスとチームワークだ。老壮青が力を合わせることが大切だ。公明党とは連立内閣の信頼信義を大切にしていく。参院が「この人で」と上げてきた人を決めるとは限らない。>

 「派閥の推薦を受け閣僚を決める方法」は「かつての」「やり方」であって、私自身のやり方ではないから、そういった「やり方をわたしは取らない」と宣言したのである。

 13日官邸記者会見
 安倍「私自身、よく熟慮をして、断行していきます。わたし一人で決めなければいけないと思っています」

 カメラに向けた目に笑みを見せて「断行」と言うとき言葉に力を込める。人事を誰にするかを「断行していきます」とは大袈裟に過ぎる。「わたし一人で決めなければいけない」の言葉と合わせると、連発した「私の内閣」の「私」と同じで、自己宣伝意識から自分を前面に押し出すための「断行」なのだろう。

 いずれにしても大敗の痛みをもう既にどこかに置き忘れた目の笑みに見えたが、あるいは挫けていないところを一生懸命見せようとした強がりの演技といったところだったのだろうか。

 8月19日(日曜日)アジア歴訪前の官邸での午前10時過ぎの記者会見。内閣改造について記者団から問われる。

 安倍「ま、基本的には、ええー、そういう方向で考えて、いきたいと思います。今、熟慮をしながら、あー、段々固めていると、固めていると、いうところです。ま、色々な観点を、おー、加味しながら、よく考えていきたいと思います」(終始口元に笑みを絶やさずにゆっくりと応じる)

 そしてアジア歴訪に旅立っていった。クーデターの盛んな国なら、飛行機が離陸した途端に反安倍派のクーデターが勃発して、以後安倍晋三は外国の空の下に暮らす身となったのではないか。

 安倍首相の記者会見を通してNHKが番組で伝えた安倍首相の意志は、推薦を受けて人事を行うというかつてのやり方は取らない、派閥の意向を無視して、「わたし一人で決め」るというものだろう。いわばこの安倍式閣僚人事方法は「全力投球内閣にしたい。派閥の推薦を受け閣僚を決める方法は取らない」との宣言のもと、既に第一次安倍内閣で実施済みであり、同じ方法を今回の内閣改造でも貫くとの姿勢を示したのである。

 だが、かく公言して憚らない安倍式閣僚人事はその最初のケースで言えば、その実態的な成果は番組でも批判を受けていたと解説していた「お友達内閣・論功行賞内閣」ということであって、それが自らが目差した「全力投球内閣」だったことになる。そのうちの特に目立った出来事が1年足らずの間に佐田行革相、松永農水相、久間防衛相、赤城農水相と3人の閣僚の辞任と自殺者1人を出し、その他失言閣僚を生み出したというものだろう。

 言っていることと実態との矛盾、あるいは小泉前内閣と安倍内閣が共同で招いた都市と地方の格差以上にひどい言っていることと実際の姿との格差はどう説明したら埋め合わせができるのだろうか。

 答えは簡単。言うことが実態として伴わない言行不一致、口先だけとしか言いようがないのではないか。

 「全力投球内閣にしたい。派閥の推薦を受け閣僚を決める方法は取らない」として行った閣僚人事に於ける実力の程、その正体が既にバレているのである。4人ものクビのすげ替えをアドリブで連発した「お友達内閣・論功行賞内閣」といったザマで推移した。ここで次の内閣改造を「派閥の推薦を受けて人事を行うかつての方法は取らない」、「わたし一人で決めなければいけないと思っています」と同じ手・同じカードを見せられても、俄かに飛びつくわけにはいかず、「狼と少年」の「狼が来た」と同じ効果――ウソの発信としか受け取ることができないのではないだろうか。

 再び同じ結果で終わるに違いない。安倍首相自身、口でどう言おうと、国民の生活よりも国の体裁を重んじる国家主義者である。国家に合わせて国民がどうあるべきかを規定しようとしている。国家に合わせた国民をつくろうとしている。国民の意識と遊離した国家優先の意識のもと、どう内閣を改造しようと、そのような乖離した意識が閣僚たちに自らの発言に無神経にさせたり、閣僚の疑惑行為を国民の批判に関わらず、それを無視して内閣の体裁を優先させるべくお互いに擁護したりするズレを再度生じせしめるだろうから、破綻を来たすのは時間の問題に違いない。

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