ハイチ地震、緊急調査チームを送ったのは日本だけではないのか

2010-01-18 10:13:07 | Weblog

 《民主党に夏の参院選挙で勝利させて、衆・参両院とも過半数のチャンスを与え、民主党政治を存分に発揮できる活躍の場を提供してみてはどうだろうか――

 民主党は民主党政治を存分に発揮できる衆・参両院の過半数を求めて、国民に夏の参院選での勝利を訴えるべきではないだろうか――》


 自民党は1989年の参院選で社会党に大敗、プラス連合の会を向こうにまわして参議員過半数割れ、それ以後、自民党分裂を受けた1993年の第40回総選挙でも過半数割れ、9カ月足らず野党に転落の歴史を抱えているが、2007年7月の参院選で民主党に敗れるまで戦後ほぼ一貫して、衆・参とも過半数を維持、自民党政治を恣(ほしいまま)とするチャンスを独占してきた。

 次は民主党にも衆・参過半数のチャンスを与えて、衆・参過半数下の民主党政治がどう展開されるか、じっくりと眺めてみるのもアリではないだろうか。


 中国の国際救助隊60人余が北京時間の13日午後8時30分に首都国際空港からハイチに向けて出発している。東京と北京の時間差は1時間程度だと言うから、日本時間の13日午前7時前の地震発生から約14時間前後の地震発生当日の迅速な出発となる。

 “緊急”と名づけた調査チームなど送らなかったからできた迅速性であろう。

 1月14日付「NHK」記事が〈アメリカ国務省によりますと、行方不明者の捜索にあたるチームが13日、被災地に入り、活動を開始したということです。〉と伝えている。

 この「13日」は同じ記事でハワイで行われた日米外相会談が「12日」となっているが、「asahi.com」記事では〈12日午前(日本時間13日未明)となっているから、現地時間の「13日」だと分かる。地震発生現地時間12日午後5時前翌日の迅速な被災地入り、活動ということになる。

 当然、アメリカにしても“緊急”と名づけた調査チームを派遣せずに実働部隊を直接派遣し、そのまま直接救援活動を開始したことになる。
 
 フランスの場合は1月14日付「毎日jp」記事がドミニカ共和国ヒマニからの現地報告として伝えているから現地時間なのだろう、〈ハイチの旧宗主国フランスは13日、がれき撤去の専門家65人と行方不明者の捜索犬6頭を派遣。〉と書いていることからすると、地震発生の翌日には派遣、1月15日付12時9分の「NHK」記事が〈アメリカやフランス、中国など各国から到着した救助隊が救出活動を続けていますが、〉と伝えていることからして、少なくとも現地時間地震発生2日目の14日には救出活動を開始していたことが分かる。

 フランスの場合も“緊急”と名づけた調査チームを派遣しなかった。

 1月14日14時5分の「asahi.com」記事が、現地入りする国際救援チームとして〈ベルギー、イスラエル、ロシアからは「野営病院」の資材を空輸している。〉と伝えていることからすると、現地時間13日か14日には各国とも既に活動を開始していることが分かる。

 一方日本は「インフラの被害が大きく、現地の情報がまったくつかめていないので、被災状況を含めてしっかり調査してきたい。 多くの被災者が出ているので、できるかぎりのことをしていきたい」として緊急調査チームを現地時間15日ハイチ入り予定で14日夜、成田空港から現地に向けて出発させている。

 多分「被災状況を含めてしっかり調査」した現地の緊急調査チームから電話報告何かを受け取り、討議を重ねたのだろう。外務省は国際援助隊医療チームを17日に現地入りさせる予定で16日に成田を出発させている。既に大活躍しているに違いないが、現地時間15日にハイチ入りし、一日かそこらの現地調査でしっかりと調査し、そのようなしっかりとした調査に基づいてしっかりとした報告を作成、日本に伝えて、その報告に基づいてしっかりと議論し、当初の計画を作成、その作成に基づいて医療チーム派遣を決定したのだろうが、果して一日かそこらで「被災状況を含めてしっかり調査」できたのだろうか。

 もし現地滞在の緊急調査チームから何の報告を受けないまま医療チームを出発させたとしたら、緊急調査チームの派遣は矛盾することになる。先進諸外国に後れを取ったことに気づいて、慌てて医療チームの派遣を決定したと疑えないことはない。

 例え緊急調査チームからの報告を受けた医療チーム派遣の決定だとしても、諸外国は緊急調査チームの派遣という手続きを取らずに直接救援チームを派遣していて、そのような手続きを取ったのは日本ぐらいのものだという事実は残る。

 また緊急調査チームの調査と医療チームなり、救助チームなりが派遣された現場の状況と違いがあったなら、緊急調査チームの調査は形式で終わる。実際の状況を知るのはそれぞれの現場に派遣されてその現場の状況に直面した者たちであろう。

 そういうことなら、既に訓練を受け、災害現場を踏んでいる者も含めているだろうから、各種情報・知識を身体に叩き込んでいるはずである。先ず災害現場に飛び込んで、直面した現場の状況に応じてどうしたらいいか、どうすべきか自身の知識情報と経験と技術を駆使・応用させながら事に当たると同時に仲間とも議論して、その現場にふさわしい行動のルールを自らも学び、相互に助け合って組み立てていく臨機応変の応用力さえあれば、災害現場が異なっても、格好はついていくものではないだろうか。

 なぜそういった直接行動が取れないのだろうか。

 時間との戦いを迫られる災害現場に関しても前以ての調査を必要とするということは、調査報告をマニュアルとして必要とすることであろう。逆説するなら、調査から得たマニュアルがなければ、満足に行動を取ることができないことを示している。

 自身の経験と知識情報を自分なりのマニュアルとして駆使して、それぞれの場にふさわしい自分なりの行動を創造していくことができないから、他者の作成したマニュアルを必要とし、そのマニュアルをなぞる行動しかできない。
 
 だからこそ、日本人はマニュアル人間だと言われてきた。現在、そういった言葉が使われることは殆んどなくなったが、マニアル人間であることから卒業できているわけではない。下が上の命令・指示をマニュアルとして従うだけ、なぞるだけの権威主義的行動様式から抜け出れない限り、マニアル人間であり続けるにちがいない。

 以前当ブログで書いたことだが、前サッカー日本代表監督のオシムの2003年の言葉が日本人のマニュアル性をよりよく言い当てている。

 「日本人コーチに即興性、柔軟性、創造性が欠けているから、選手にもそれが欠ける。コーチが変わらないと選手は変わらない。そういう指導者からは、創造性に欠ける選手しか生まれない」

 要するにサッカーの教え(マニュアル)どおりの動きしかできないと言っている。その場その場の攻守の局面に応じた直感的な臨機応変の動きができないと言っている。

 オシムと同じことを現日本チーム監督の岡田武史氏もかつて言っている。

 「コーチが言ったとおりのことをするだけではダメで、何をするか分からないというところがなければダメだ」

 「コーチが言った」ことをマニュアルとして、「言ったとおりのことをするだけではダメ」だと言っている。

 岡田監督の「何をするか分からないというところ」は、オシムの言う「即興性、柔軟性、創造性」を備えることによってよりよく表現可能となる。

 だが、残念ながら、そういったことに欠けている。災害の場合でも、調査というマニュアルを最初に必要とし、マニュアルに従った行動を求める。先に行動し、行動と共に調査を作り上げていく応用力を持たない。

 

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