「国民の生活が第一」の小沢代表が8月20日(2012年)の記者会見で竹島と尖閣諸島の領土問題で次のように発言している。
《8月20日小沢一郎代表 記者会見要旨》(山崎淑子の「生き抜く」ジャーナル!)
記者「韓国のイ・ミョンバク大統領が竹島を訪問し、香港の活動家が尖閣諸島に上陸した。そして、今、日本からもそれに対して地方議員の方が尖閣に上陸するなど、今後、対立がエスカレートする可能性も指摘されている。
小沢代表としては外交、防衛に関しては政府、国の責任でしっかり対応すべきだという主張をしていると思うが、今回のことをどのように捉え、日本政府は今後どのように対応すべきと考えるか。
小沢代表「二つの点からきちんと議論を進めなくてならない。
一つは、領土そのものの歴史的な事実を踏まえ、きちんと領土としての認定をした上での議論でなくてはならない。尖閣にしても、竹島にしても、歴史的な事実関係をきちんと確認した上での議論でないとただの政治的な駆け引きの問題に陥ってしまう。私は、尖閣も竹島も日本固有の領土であるという立場に立っているが、そう主張する場合でも改めてきちんと確認した上で議論すべきだ。
そういう前提に立ってのことだが、もう一つは政府の対応だ。以前、尖閣列島で中国の船が巡視船に故意に衝突させたということがあった。その時も政府は政府自身としての明確な対応をしないまま、こともあろうに沖縄県の検事正の判断ということで船長を結果として送り返しただけに留まった。今度のことも、領土に不法に侵入し、また、海上保安庁等の指示にも従わなかったとするならば、政府として、法治国家として、対応をしっかりとなすべきなのが本当だ。これを直ちに送還するというだけで、事を急いだというのはちょっと理解に苦しむ。
いずれの案件もただひたすら事なかれの、日中、日韓の間で波風立たないように、二国間の議論にならないようにというまったくの官僚任せの官僚的対応だ」――
小沢代表は言っている。明確に確認した歴史的な事実関係を武器の議論でなければ、問題解決はないと。
このことと違って、政府の対応は「ただひたすら事なかれの、日中、日韓の間で波風立たないように、二国間の議論にならないようにというまったくの官僚任せの官僚的対応」となっていると。
8月20日の記者会見から3日後の8月23日外交・安全保障に関する衆院予算委集中審議は竹島と尖閣諸島の領土問題が集中的に取り上げられた。
偶然の一致だろうが、小沢代表が主張する線に添って共産党の笠井亮議員が政府を追及した。「国民の生活が第一」の議員が小沢代表の意に応えて同趣旨の追及をして欲しかったが、NHK総合テレビの最近の国会中継は昨日が初めてで、沖縄選出の瑞慶覧長敏議員は異なる取り上げ方をしていた。
笠井亮共産党議員「尖閣諸島の問題は歴代の政府が1972年の日中国交正常化以来、本腰を入れて日本の領有の正当性を中国側にも国際社会にも主張してこなかったのではないのか。
このことについて菅総理は『正しい理解を得られるように今後共努力をする』と答弁。前原当時外務大臣も『これまでで言えば、歴代で大いに反省するところがある』と答弁。
野田総理、あれから2年経つわけだが、日本政府としてこの問題の正当性について主張するという点で、どういう努力をしてきたと総括するのか」
野田首相「これは委員のご指摘のとおりですね、尖閣については歴史上も国際法上も我が国固有の領土であるということは明々白々でございます。従って、解決すべき領有権の問題はないというのが基本認識でありますけれども、そうした自分たちの主張ということは例えば尖閣諸島に関する中国特有の主張に基づくことを行った場合は我が国の立場というものを一貫して明確にして参りました。
加えてですね、(原稿を読み上げる)こうした立場については国の内外で正しい理解を得るべく、政府HPを含めて対外発信。外交ルートを通した働きかけに加えて、累次の機会に外国メディアへの反論、あるいは書簡掲載や申し入れを実施してきているところでありまして、今後共、そういう努力を続けてまいりたいと思います」
官僚の書いた作文だから、「累次の機会」といった堅苦しい言い回しを用いたり、どのような書簡なのかという説明もなく、いきなり「書簡掲載」と言ったりする。
笠井議員「伝えている、そして主張していると言われたんですが、尖閣問題でどこまで突っ込んで遣り取りしているかっていうのは問われていることになると思う。一番肝心の領有権の歴史的・国際法的な根拠について、改めて整理をして、確認していきたい。
先ず尖閣諸島の存在というのは古くから日本にも中国にも知られていたけど、いずれの国の住民も定住したことがない無人島だった。そして1895年の1月14日、閣議決定によって、日本側に編入されたけれども、それが歴史的に最初の領有権行為であって、それ以来、日本の実効支配が続いていると。
所有者のいない土地に対しては国際法上先に占有していた、先占(せんせん)と言いますが、これに基づく収得、実効支配が認められていると。
この尖閣諸島を巡っては、中国政府が日清戦争に乗じて、戦略によって日本が奪ったなどと言っているが、そういうものではなくて、そういう点ではそこはよろしいでしょうか」
玄葉大臣が答弁に立ち、当時の国際法である「無住地先占の法理」に則った領有だと、笠井議員の主張に則って肯定する。
笠井議員「中国側は尖閣諸島の領有権を主張しているが、1895年(閣議決定)から(日中国交正常化2年前の)1970年までの75年間を見ると、一度も日本の領有に対して異議を唱えていない。抗議も行なっていない。
まさに日本の領有と実効支配は正当だということでよろしいでしょうか、総理」
野田首相「ご指摘のとおり、今の1895年から1970年台の初めまで、およそ80年近く、明確に中国が我が国の領土であると意思の表示は全くありませんでした」
笠井議員「そういう歴史的な問題について、国際法上の問題についても、私はやっぱり中国に対しても国際社会にも突っ込んで遣り取りする必要があるということを考えている。
この2年間で言うと、菅総理から野田総理に代わった。そして外務大臣、松本大臣、前原さんのあとなられて、玄葉大臣ということで、その間に日中の間で言うと、首脳会談、外相会談、電話を含めて、もう、30回以上やってるですかね。
そういうことで遣り取りされていると思うんですが、その尖閣問題を巡って、こうした突っ込んだ遣り取りをやってきたのかという問題について、どうでしょうか」
玄葉外相「元々尖閣には領有権の問題が存在しないという立場なものですから、我々は我々からそのことを特にですね、外相会談で具体的に歴史、国際法上の根拠を説明するということは私はむしろしない方がよいところがあります。
ただ、例えば、領海を侵犯された、侵入があったとかですね、そういうときに中国が独自の主張が出てきたときには、それは当然、且つ具体的にしっかり我々の立場というよりは、我々の立場というのは、もうさっきおっしゃって頂いたとおりなんですけど、具体的に話をする。
そういうことだと思います。
これは実は尖閣だけじゃない。例えば国際法上の根拠というものを南シナ海でも何ででもそうだが、きちっとやっぱり言っていくっていうことは、やっぱり大事なことだと思うんです。
力によって物事が全て決まったり、力による支配というのではなく、きっぱり法の支配、国際法上の根拠とか、そういうことをきちっと示していくというのは一般論で言えば、非常に大事だと思う」
この答弁にはゴマカシと矛盾がある。最初に「元々尖閣には領有権の問題が存在しないという立場なものですから、我々は我々からそのことを特にですね、外相会談で具体的に歴史、国際法上の根拠を説明するということは。私はむしろしない方がよいところがあります」と言った。
だが、領海侵犯された場合は、具体的に話すと。首脳会談や外相会談で黙っていた「歴史、国際法上の根拠」を領海侵犯した中国漁船や香港抗議船に説明してどうなるというのだろう。
あるいは在日中国大使や中国の外交当局に説明してどうなるのだろう。
先ずは説得しなければならない対象は会談の場での相手国の首脳であり、外相である。
誤魔化し、矛盾した答弁だから、「南シナ海」の問題まで持ち出して多弁となったばかりか、「法の支配、国際法上の根拠」の提示を「一般論で言えば、非常に大事だと思う」と、その重要性を一般論に貶めてしまった。
笠井議員「きちっと言っていくことは大事なんだけど、玄葉大臣。中国の問題で突っ込んでこちらからやると、つまり領土問題は存在しないと言ってるのに認めることになると。存在しないと言っているのに。
そういうことで踏み込んだ議論ができないということになって、中国に対しても国際社会に対しても歴史的にも、国際法的にも日本の領土であって、解決すべき領有権の問題は存在しないという主張をやっているというが、それじゃあ、やっぱり弱いんじゃないだろうか。
そこはやっぱり踏み込んで言わないと。そして本当にこのことについては正当性ということにならないんじゃないか。
日本政府が尖閣諸島の領有の歴史上、国際法上の正当性について、やっぱり国際社会や中国政府に対して理を尽くして主張するという、この冷静な外交努力を率直に言って、怠ってきたと。
存在しないということを以ってですよ、そのことは今回のような事態が繰返される根本にないものかどうか。つまり、そういう点で言うと、日本政府としての日本の領有の正当性について理を尽くして説くという点についてはさらに本格的な外交努力が必要ではないかと思うが、総理、如何でしょうか」
野田首相「尖閣の問題について、何か我が国が問題があるかのような問題提起をして議論するということは、それはやっぱりふさわしくないと思うんですね。基本的には領有権の問題は存在しないということでありますから。
但し領有権の問題が存在しないと言うことによって理を尽くして議論をする、相手を納得させるというところが思考停止になってはいけないと思います。
そこはちょっとやっぱり、これまで歴代の政権を含めて私共の政権を含めてです、どうするかというのは総括を進めなければいけないと思います。
例えば私も首脳会談のときにですね、先方の方から核心的な利益と重大な関心があると言われて、重大な関心の部分で尖閣に触れてきたときがありました。
私共の立場はしっかりと伝えました。そして伝えた上に、もう少し理を尽くして議論を突っ込んでいても良かったかもしれない気もします。
あの、そういうことも踏まえてですね、あの、状況によっては更に時間をかけて理を尽くすというような、そういうことも必要ではないかと思います」
笠井議員「まさに理を尽くして言うところが外交で言うと、一番添うところであり、一番大事なところだと思います」――
竹島問題へと質問を変える。
なぜ笠井議員は野田首相が「私も首脳会談のときにですね、先方の方から核心的な利益と重大な関心があると言われて、重大な関心の部分で尖閣に触れてきたときがありました。
私共の立場はしっかりと伝えました」と言ったことに対して、「どのような言葉を使って、日本政府の立場を伝えたのか」と問い返さなかったのだろう。
玄葉外務大臣の発言からも、野田首相発言の前後の脈絡から言っても、特に「伝えた上に、もう少し理を尽くして議論を突っ込んでいても良かったかもしれない気もします」と言っていることからして、「尖閣諸島は歴史上も国際法上も我が国固有の領土である」と原則的なことを伝えただけなのは明白だが、野田首相の口から直接言わせるべきだった。
いわば日本側の「尖閣諸島は歴史上も国際法上も我が国固有の領土である」とする原則的な主張に対して中国側が「釣魚島は中国固有の領土である」と応じ、中国側が先に「釣魚島は中国固有の領土である」と主張した場合は、そのことに応じて日本側が「尖閣諸島は歴史上も国際法上も我が国固有の領土である」とする原則的な主張の形式的・義務的なその場限りの応酬で済ませてきたということであろう。
結果、小沢代表が言うように、「いずれの案件もただひたすら事なかれの、日中、日韓の間で波風立たないように、二国間の議論にならないようにというまったくの官僚任せの官僚的対応」で終始したということになる。
野田首相の何という認識的怠慢であろう。
菅前無能も同じ認識的怠慢を繰返してきた。一例を挙げると、2010年10月4日(日本時間5日未明)、ブリュッセルで行われたASEMのワーキングディナー(仕事の話をしながら摂る夕食)終了後の温家宝中国首相と25分間の“会談”。
菅首相「だいたい同じ方向に歩いていたんですが、『やあ、ちょっと座りましょうか』という感じで、わりと自然に普通に話ができました。・・・・温家宝さんの方から原則的な話があったもんですから、私の方も領土問題は存在しないという原則的なことを申し上げた」(あさひテレビ記事)
要するに菅前無能にしても野田首相にしても、小沢代表が主張するように「歴史的な事実関係」に立った領有権正当性の議論を前面に持ってくるのではなく、「尖閣諸島は歴史上も国際法上も我が国固有の領土である」という原則的な立場を述べるだけの議論にとどまっていた。
ひたすら波風が立たない平穏無事を祈りながら。
原則論にとどまっている限り、中国漁船や香港抗議船の領海侵犯の同じ繰返しを続けることになり、一向に前へは進まない場所に逡巡することになる。
結果、尖閣諸島周辺の海域には膨大な量の石油資源・天然ガス資源埋蔵の可能性が言われていながら、エネルギー無資源国日本のエネルギーの問題解決にはつなげることができない宝の持ち腐れを延々と続けることになる。
野田首相は笠井議員の指摘を受けて、「もう少し理を尽くして議論を突っ込んでいても良かったかもしれない気もします」と今頃になって気づいたが、中国側はしたたかな外交術を身に着けている。野田首相が果たして実行できる指導力を発揮できるかどうかにかかっているが、他人の指摘で今頃気づくようでは、真っ当且つ積極的な判断能力を欠いていたということであり、そのような判断能力は指導力の第一番の資質としなければならない以上、それが欠けているようでは指導力は期待できないことになる。
折角の貴重な指摘を受けても、今後共、「尖閣諸島は歴史上も国際法上も我が国固有の領土である」の原則的立場を形式的・義務的に口にする、その場凌ぎが演じられる可能性の方が強い。
勿論、自民党政権、自公政権の日本の領有権正当性の議論に関わる認識的怠慢も非難されるべきだが、特に尖閣諸島中国漁船衝突事件以降の菅・野田政権の認識的怠慢は大きいものがあるはずだ。