菅民主党政権が北方四島のロシア領土化にサジを投げていると思わせる質疑が昨8日(2010年10月)午前の衆院予算委員会で民主党の城井崇議員と菅首相、前原外相との間で展開した。
城井崇「続いて対ロシア外交について総理と外務大臣にお伺いいたしたいというふうに思います。メドベージェフ大統領の、北方領土への、訪問がありました。日ロ双方への、発展を損ねる、本当に残念な出来事だ、というふうに思っております。
政府でも既に様々な対応をしていただいていますが、これ、お伺いしたいのは、一時帰国をしていた、駐ロシア大使からの報告の内容、そして、外務大臣、通告はいたしておりませんが、大使が帰任したと、大使を帰任させたというふうに、伺っております。その意図も含めて、ご説明いただけますでしょうか」
前原外相「エー、今回メドベージェフ大統領が国後を訪問したということは、エー、国後を含めて北方四島は我が国固有の領土であり、四島の帰属を確定させて、平和条約を締結すると、いう我が国の考え方からすると、大変遺憾なことでございまして、エー、抗議をしたところでございます。
ま、今回の背景について、どのような、あー、国内的な要因、あるいは、あー、他の要因、含めて、あったのか、ということを、直接聞くために、イー、帰任をいたしまして、一定のヒアリングは、やったということで、エー、きのう、オー、エー、モスクワに、戻したと、いうことでございます」
城井崇「国内的要因というふうに今言っていただきました。エー、ロシアから見ますと、国内向けアピールと、いうことになるかもしれませんけども、これを国内向けと、いうことで、しておくわけにはいかない、と、いうふうに思っています。
今回のことをキッカケにして、北方四島問題への対応に於いてですね、領土問題が未解決なんだと、いうその前提そのものを、修正させるということをロシアにさせてはならないからで、あります。そもそも、このメドベージェフ大統領の、訪問について、なぜじっ、事前に、察知できなかったのか。それまでの、ロシアの言動にも、兆しはあったんじゃないか、ということ。この情報収集や、インテリジェンスの能力、強化が必要なんじゃないかというのがありますが、外務大臣のご所見を伺います」
前原外相「まあ、あのー、新聞報道等で、あるいは午後の野党側の質問等でも、エー、この問題をですね、えー、普天間の問題やあるいは、あー尖閣の問題を結びつけて、論じる向きがあるっていうのは承知をしておりますし、そのことについて私は、否定いたしません。ただ、あー、この、分析というものを、おー、客観的に、もう少し私はちゃんと見た方がいいと思います。
エー、先般外務委員でも、私は答弁いたしましたが、ロシアの政府高官等による、ウ、四島訪問は2005年から、極めて多くなっておりまして、今まで副首相、あるいは外務大臣、あるいは国防大臣、あるいはサハリン州知事に至っては、何度も、訪問をしているわけでありまして、2005年以降、かなり増えてきています。
で、なぜそこに問題が、そういった背景があるかと申しますと、エー、資源の価格が、上がってですね、エー、石油や天然ガスの価格が高騰して、資源開発国であるロシアが財政的に潤って、今までは手の、手がつかなかった、一番端のですね、エー、クリル、ウー、ま、千島列島、あるいは北方領土、マ、こういったところまでおカネを来ることになってきたと、エ、2007年にですね、エー、2015年まで、エー、の間、クリル、諸島社会経済発展連邦特別プログラムということで、予算規模は合計812億円、というものが投入されて、第一段階は今年で終了します。
で、第二段階は来年から5カ年計画で、さらに国後、択捉、色丹、含めた、ところのですね、インフラ整備。そして、エー、漁業支援、観光資源と、まあ、いうところに、カネ、おカネが、あー、エー、注ぎ込まれていってですね、結果的には我々が一番心配しているのはロシアが、あー、北方領土に対してそれ程おカネがいっていない場合には、そういったものを梃子に領土交渉が行い得た面もあった。
私もこの担当になってから、自民党がどんな領土交渉をやってきたのか、全部、つぶさに、研究をいたしました。エー、色んな交渉をしていたということは、分かりましたけども、そのバックグラウンドの根底には、やはり、経済的な、あー、梃子というものがありましたけども、逆に北方領土の、いわゆるロシア化が進んでいる、ということは、むしろ、これは領土交渉に於いては、エー、非常に我々にとっては難しい、局面が、エー、迎えつつあると、ま、あるということであるというふうに思っております。
先程、おー、委員がおっしゃったような、情報収集能力、もさることながら、エー、この、おー、北方領土のいわゆるロシア化と、いうものが、さらに強まっていることを踏まえて、北方、おー、領土の、交渉そのものを、根本的にやはり見直していくと、言うことが、私は大事なことであって、マ、そういった観点から、エー、様々な取組みを行ってまいりたいと、考えております」
城井崇「今、ロシア化という言葉が、ありましたけど、むしろ、マ、カッコつきですが、日本化と申しますか、我が国の不退的な取組み、オ、特にインテリジェンスを含めての不断の見直し、と言うところが、やはり重要であります。特に対ロシア外交で言うと、難しいですけれども、硬、軟織り交ぜた、対応が必要であります。
トップダウンの国であります。ロシアに於きましては、やはり首脳会談での関係修復と、いうところは欠かせないものになるというふうに、思っております。APECなど、あらゆる機会を捉えて、我が国の一貫した、抗議の、姿勢はもっと発信していく、べきであります。国際社会に訴えかける共に、ロシアに自制を求めていく、という枠組みをやはりつくっていかなければ、なりません。
その上で、我が国は四島の、一括返還を、求めると共に、経済協力の見直しなど、日本が持つ外交カードなど、最大限、使える形に、していくと、いうこと、の日頃からの、北方領土とのビザなし交流などを含めてですね、我が国の対応に重みと現実味はやはり支えていかないといけないと私自身は思っております。
以上を踏まえてですね、やはり今後であります。今後の対応をどうしていくか。特にAPECという大事なところを迎えます。首脳会談等の、取組みを含めまして、総理、お考えをお聞かせいただきたいと思います」
菅首相「エー、ま、このロシア、あー、元々はソ連と言われた、あー、時代にですね、エ、65年前に、イー、8月15日の、おー、終戦の後に、イー、軍事的に、イー、占領された、あー、ところから始まって、おります。エー、在住の、日本人が全部、日本に、ま、帰されて、そして、新たに、エー、別の地域から、あー、ロシア人が、あー、それらの島に、まあ、強制的に近い形で、移住を、させられた、と、聞いております。シー、今、前原大臣からも、ヲー、背景について色々ありましたが、私も私なりに、えー、多少の調査をいたしておりました。
シー、エー、そいう中で、え、ある時期までは、あー、住んでいる人たちも、おー、ソ連政府、あるいはロシア政府の、中央から、見捨てられるような思いがあって、エー、日本に向けた、日本の支援に対して、非常に、イー、その、おー、意義を、高く評価をしてくれていました。シー、ある意味、私が見たところ、オ、橋本内閣の頃、おー、エリツィン大統領でありましたけでども、その頃が、ある見方によれば、あー、大きな、変化をもたらす可能性があった時期ではないかと、いう見方もあります。
シー、つまり当時、エリツィン政権は、エー、スターリン批判的な姿勢を取っておりまして、スターリンがやったことを、かなり、イー、自国批判をいたしました。例えば、あのカチンの森の、ポーランドの、事件なども、ソ連がやったことをですね、かつてはナチがやったことと言っておりましたが、そうした意味で、スターリンがやった政策の、見直しをやっていた時期に、エー、北方四島についての、可能性が高まったという、見方が上がったわけですが、その後残念ながら、あ、また、あー、機運がどんどん冷えて、今申し上げたような、あー、段階に至っております。
一方で、資源的に言えば、エー・・・、ロシアは、エー、東に、非常にウエイト、おー、強めておりまして、経済的な面でも、おー、この地域を大変重視しております。シ、あの、長々とあまり申し上げても、これ以上、やめますけども、つまりは、つまりは(これまでエー、アー、といった間投詞をだらしなく入れて、言葉を短く区切り区切り熱意もなく喋っていたが、急に火がついたように強い語調となる。)全体的な、への中で、歴史的にもこの60年、100年への中で、今はどういう事態であるかということをしっかり把握して、そして、これからの大きな意味での戦略を立てていかなければなりません。
例えば中ロの関係に於いても、おー、色々な指摘がありますけれども、しかし一方では中ロの間でも、経済的な問題でですね、色々と、そのー、オー、例えば、パイプラインを中国国内に通すのか、通さないのかと、色々な選択もあります。え、そうした資源外交の面で、一方では連携しながら、一方では我が国の要求を、しっかりと、ヲー、伝えていく。こういったトータルな戦略が必要だと思っておりまして、シ、是非今度のAPECのときに、どういう形になるかという、ことはありますけれども、単に一回の交渉や、一回の会談で、どうこうなるような問題ではない、深い問題でありますから、そうした65年に亘る、ウー、問題をしっかり踏まえて、エー、戦略を立てて、エー、四島返還のために、全力を上げたいと、このように考えております」
城井崇「ありがとうございます。今後日ロ首脳会談を含めて、様々な機会を捉えながら、厳重な抗議と共に今後についても真摯な対応をお願いしたいというふうに思います。
次に参ります」
(事業仕分けについての質問に移っていく)――
城井委員が前原外相に最初の方で「駐ロシア大使からの報告の内容」とロ大統領の国後訪問をなぜ事前に察知できなかったのかを聞いたにも関わらず、前原外相は直接答えていない。
菅首相にしても前原外相にしても、「北方四島は日本固有の領土」だと主張する絶対的立場に立っているはずだが、我が国固有の領土である北方四島の一つの国後島にロシア大統領にさもロシア領土ヅラされて乗り込まれながら、何ら怒りも憤りも腹立たしさも感じていないかのような淡々とした、何ら熱意もない答弁に終始していた。
菅首相は途中から声を大きくして力強い答弁を始めたが、「戦略を立てる」といった話の段になると、さも何か成しているように見せることができるからだろう、具体論を描いているわけでもないのに元気づいて勇まししいところを見せたに過ぎない。具体論でないのは後で説明する。
前原外相の分析――
ソ連、もしくはロシア政府が北方四島にカネを注ぎ込む余裕がなかった間は日本側には経済的な支援を梃子にして交渉の余地はあった。だが、ロシア政府が経済発展して自前でカネを注ぎ込む余裕が出てそうしている現状では経済的な支援という梃子は効果を失って、日本にとっては難しい局面を迎えつつある。しかもロシアによる資金投入によって逆に北方領土のロシア化が進んでいる。
だが、この分析はロシアの北方四島領土化の動きそのものの背景としてある理由ではない。単に経緯を述べているに過ぎない。
最初から北方四島を領土化することを国家意志としていた。一貫してこのことが背景として存在、北方四島に資金を注ぎ込む余裕が出て、自らの手で明確に領土化に動き始めたという経緯を取ったということであろう。
となると、これまで日本側の事実となっていなかった「北方四島は日本固有の領土」を日本側の事実とするために最初に取り掛からなければならないことは北方四島のロシアの領土化の阻止以外にはないはずだ。
日本が取組むべき戦略は北方四島のロシア領土化の阻止に向けた短・中・長期的な方策であり、そのことに尽きるはずである。いわばやるべき答は分かっているはずだ。
いや、2005年からロシア政府高官等の四島訪問が頻繁化していたことと、多分、四島の開発に向けた視察のための訪問だったのだろうが、2007年から2015年までの「クリル諸島社会経済発展連邦特別プログラム」を9カ年計画で策定、予算規模合計812億円を投入してインフラ整備、漁業支援、観光資源整備を開始、第一段階は今年で終了、第二段階は来年から5カ年計画で開始を情報として前原外相が把握している以上、やるべき答は分かっているではなく、既に分かっていたはずで、民主党政権は自民党政権を引き継いで取りかかっていなければならなかった。
自民党政権が北方四島のロシア領土化の阻止に向けた短・中・長期的な見るべき戦略を立てていなかったとしたら、2007年からロシアは北方四島の本格的な開発を開始していたのだから、民主党政権は政権交代の時点から経済的支援を梃子とした方策からの転換を図る新たな戦略を早期に構築し、北方四島のロシアの領土化の阻止に動いていなければならなかった。
政権交代から約1年2ヶ月経過している。だが、ロシア大統領が国後島を訪問してロシア領土であることを誇示したことに何ら打つ手を持たなかったばかりか、前原外相は「領土交渉そのものを根本的にやはり見直していくと言うことが私は大事なことであって、そういった観点から、様々な取組みを行ってまいりたいと考えております」と今後の取組みとしている、現在時点の無策の露呈は何を意味するのだろうか。
収拾した情報が要求する何をなすべきかの対処・答に反して今後のこととしているスピードにしても無策に対応した遅滞なのだろうが、要求する対処・答自体を認識していない疑いさえある。認識していないから、無策と言う結果生み、当然、的確な取組みへのスピードを失う。
ロシアが資金的余裕がない間は経済的支援を梃子に領土交渉が行い得た面があった。だが、経済発展から資金の余裕を得てロシア自らが北方四島に資金を投入するようになり、日本の経済的支援を梃子にした領土交渉は難しい局面を迎えることとなった。
この経緯は日本側が交渉の術を失った姿を説明している。既に構築していていいロシアの北方四島領土化阻止に向けた戦略を未だ構築せずに「領土交渉そのものを根本的にやはり見直していく」と今後のこととしていること、熱意もない答弁に終始していたこと、ロシア大統領の国後訪問に対して前以て予想がついていたにも関わらず効果ある手を打てなかったことを併せて考えると、今後とも効果ある対策は期待不可能となり、内閣自身が意識していなくても、実際はサジを投げている状況を示していると言えるのではないだろうか。
そのような状況が日本側が交渉の術を失っている姿となって反映している。
このことは菅首相の答弁にも見ることができる。日本が橋本内閣時代、ロシアではエリツィン大統領時代、スターリン主義批判から自国批判が起き、北方四島返還の機運が高まったが、その機運は冷えてしまった。
だが、「クリル諸島社会経済発展連邦特別プログラム」が策定されたのは2007年であり、2007年以降、北方四島ではインフラ面でのロシア領土化が開始され、当然、心理面のロシア領土化を受けた措置、あるいはロシア領土化の国家意志に則った動きであろうが、それが今日まで継続され、さらに今後とも継続されようとしている。
一方日本では2009年9月に政権交代後の民主党政権が発足し、その後約1年2ヶ月経過している。この間、ロシアの領土化阻止に向けて何らかの措置を講じなければならなかったはずだが、そのことに反して菅首相にしても前原外相と同じく、「65年に亘る問題をしっかり踏まえて戦略を立てて四島返還のために全力を上げたいとこのように考えております」と、戦略の構築を今後のこととしている。
当然、「戦略を立てる」と言っている「戦略」が具体的内容を備えた具体論として述べたのではないことは誰の目にも明らかである。
ロシアの四島インフラ、その他の整備はロシアによる実効支配の確実化であり、その実効支配を通して領土化を確定するというロシアの国家意志の表れであろう。そのような意志の前に戦略の構築を今後のこととしているこの無策と、当然無策が強いることになる取組みのスピードの遅滞、「戦略を立てる」と言えば立派なことのように見せかけることができるからだろう、後半声を強めたものの、前半の熱意もない答弁の姿等を総合的に考えると、やはり打つ手を見出すことがないことからのサジを投げた姿しか窺うことができない。
ロシアは具体的な行動で北方四島の領土化を着々と進め、日本は何か問題が起きたときに「北方四島は日本固有の領土である」を抗議の発言とする、その決まりきった繰返しを相互の姿とする展開が今後とも続くことになるのではないのか。
もし続くとしたら、このことこそロシアの北方四島領土化にサジを投げた証明となる。
菅首相は橋本内閣時代に返還の機運のチャンスをさも逃がしたように言っているが、10月1日の菅首相の所信表明演説で、「経済低迷が20年続き、失業率が増加し、自殺や孤独死が増え、少子高齢化対策が遅れるなど、社会の閉塞感が深まっています。この閉塞感に包まれた日本社会の現状に対して、どの政権に責任があったか問うている段階ではありません。先送りしてきた重要政策課題に今こそ着手し、これを、次の世代に遺さないで解決していかなければなりません。それが、『有言実行』に込めた私の覚悟です」と高らかに宣言している。
菅首相が原則としたこの考えは経済、財政、社会保障の問題だけではなく、領土問題も「先送りしてきた重要政策課題」として含んでいて、「次の世代に遺さないで解決していかなければな」らない問題としていたはずであり、問題としなければならない立場にいるはずである。
政権交代した以上、交代した政権が果たすべき義務と責任を負わなければならない領土問題の解決を、「どの政権に責任があったか問うている段階ではありません」と言いながら、解決の機運を見逃したと橋本政権に責任を転嫁している。
自分自身に責任を置かずに他人に責任を置いている点からもサジを投げた姿を見て取ることができる。