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口達者なだけの麻生党首討論/「政権交代は手段であって目的ではありません」は事実誤認(1)

2009-05-29 01:52:11 | Weblog

 

 5月27日、衆議院で行われた麻生と鳩山民主党新代表との党首討論の麻生の口達者なだけの言い分を俎上に載せたいと思う。「口達者なだけ」というのは、そのような印象だけしか受けなかったから、こう言うしかないのだが、「口達者」はその人独自の思想・哲学といった中身を持たないことによって成立させ得ることは断るまでもない。党首討論を追うにつれ、このことが明らかになってくる。

 党首討論の内容は5月27日(09年)付「毎日jp」記事、《党首討論:詳報》を参考引用し、党首・代表の強調したい言葉は蛍光ペンで、私自身の感想は青文字で記した。

 党首討論:詳報その1 鳩山代表「北朝鮮核実験は野党も与党もない 断固抗議」

 ◇鳩山代表  

 麻生総理とこのような形で党首討論ができることを大変幸せに感じております。私にとりましては4人目の総理大臣でございますが、国民のみなさま方が最も不満に思っていることとか、あるいは一番気にかかっていることとか、そういうことを国民のみなさま方を代表して私の方からお尋ねをし、また意見交換ができればと、このように思っておりますので、有意義にぜひ意見交換をしたいと考えております。

 その意味では、基本的には内政問題を中心にお尋ねをしたいと考えておりますが、やはり最初は北朝鮮の核実験のことに関して申し上げなければなりません。このことに関しては、私ども野党も与党もありません。北朝鮮のあのような行為に関しては断固抗議をしなければならない。その思いは同じでございます。従いまして、協力を申し上げるべきところは大いに政府にも協力を申し上げたい。その思いをまず申し伝えておきます。

 ただ、ちょっと気になっておるのは、このような大きな出来事が発生したときに、いかに情報というものを、入手をして、そしてそれをコントロールするかが大変重要なことだと思っております。言うまでもありません。北朝鮮は日本には事前に通告はなかったのでありますが、アメリカや中国には通告があったと伺っております。その事前通告、アメリカから日本に対してすぐに通告があったのかどうかということに関して、やや混乱しているように思われてなりません。中曽根外務大臣は、それはなかった、外務省の幹部の方もなかった、しかし一部の官僚の方はあったと、そんな話が伝わってきます。事実というものを国民のみなさんにお知らせ願いたい。

 こういう大きな出来事に対する情報の入手とコントロールは大変、この国の危機管理において大事なことだと、そう思っておりますので、ぜひみなさん方に、国民のみなさんに事実をお伝えいただきたい。 
 党首討論:詳報その2 麻生首相「どちらがふさわしいか党首討論で意見を戦わせたい」 ◇麻生首相

 まず新しく、代表に、再び代表に就任されましたことをお祝い申し上げたいと存じ上げます。党首討論は私どもの方からも、これまで民主党に何度も開催を申し入れてきていたところでもありますので、今回ようやく実現したので我々も喜んでおります。ぜひ我々、そしてどちらが内閣総理大臣としてふさわしいか、どちらの政党が、政権担当、担う力があるかということを、こういった党首討論という機会にいろいろ意見を戦わせていきたい。

 ただ、討論でありますんで、これは予算委員会等の質問にお答えするというだけではありません。討論というんですから、私どもの方から主張致しますし、私どもの方からの質問にも意見にも鳩山党首のご意見なり、民主党のご意見なりを聞かせていただいて、それで初めて討論になるんだと思っておりますので、私どもとしては、ぜひその点もあらかじめ、お話をさせていただいておかなければならないと存じ上げます。

 「どちらが内閣総理大臣としてふさわしいか、どちらの政党が、政権担当、担う力があるか」の有権者の一次的回答は各メディアの世論調査を通して既に出ている。次の首相に誰がふさわしいかで麻生よりも鳩山民主党代表、政党支持率でも自民党よりも民主党、比例区での投票先でも自民党よりも民主党と各質問項目とも上回っている。この党首討論でどのくらい覆すことができるかに賭けて持ち出した「どちらが内閣総理大臣としてふさわしいか、どちらの政党が、政権担当、担う力があるか」だろうが、最終的な答は選挙で出るものの、選挙を間近に控えたこの時期の有権者の判定を覆すのは至難の技なのは、中身のない口達者だけで成り立たせている討論から断定できる。

 また麻生はこれは討論であって、予算委員会等の質問とそれに答える(=答弁する)、いわば質疑応答の関係ではなく、相互に意見を主張する関係にあると言っているが、このことはこの党首討論の最後にも持ち出している。

 党首討論が例え相互に意見を主張し合う形式のものであっても、このような形式は国会の質疑応答にも言えることで(言えないとしたら、国会の質疑応答には自己の意見・主張を含んではならないということになる)、わざわざ断る必要もないのにことさらに断っているのは世論調査のあまりにも不都合な結果を覆すには党首討論に賭けるしかないと思いつめるあまり、麻生の質問に対する鳩山代表側の意見のつまづきに期待し、そこに活路を見い出すしかないところにまで追いつめられている焦りからではないだろうか。

 哀れな麻生。


 ぜひ我々としては、今置かれております状況というのは、よく100年に一度と言われますように、極めて経済危機というものに端を発し、いろいろな危機が我々の前に存在しております。従って我々としては国民に対する、いわゆる社会保障と、そして国家としての安全保障と二つの保障というものが極めて大きな意義を持っている問題だと思っております。ぜひ、そのうえで我々としてはこの基本的な二つの保障という問題に対してはどのような考え方をお持ちであるかということが、我々としては最大の関心事であろうとも存じます。

 ぜひともその点を考えました時に、まず最初の安全保障の件に関して言わせていただければ、北朝鮮の核の実験、これは2回目の核実験であります。国連の安全保障理事会の決議にも、1718にも明らかに反した事件でもあります。そういったことに関しましては、断固、国際社会で一致して国際社会のメッセージとして北朝鮮にきちんとした国際社会の世論というもんを正しく伝えるというのが一番大きな意義であろうと存じます。この点に関しては双方違いがあろうとは思いませんが、その意味で今回の実験に関して情報がかなり早めに伝わっていたということは事実でございます。しかし、その事実をいつの時点でどうあったというのは、これは双方、この種の話はしない約束になっている、これまで来ております。

 これまでこの種の情報をあらかじめ何時何分に、いつ来たということを政府として申し上げたことは一回もないと存じますし、他国もそういったことは約束してお互いの情報に関してはきちんとしたことを言わないというのがルールでありますんで、私どもとしましては、その点はぜひご理解いただいておかなければならないと思っております。従いまして、我々としては、一番の問題は、この種の話が起きた後の問題として国際社会とどのような対応をするか、私は少なくともアメリカの大統領と話をし、韓国の大統領とも話をし、そしていろいろな他国との話等したうえで、国連におけます安保理の決議を速やかに実行すべく、ロシアの議長の時期ではありましたけれども、ロシア議長のきちんとした対応として今回の安保理決議は極めて厳しいものになる、いうものを今、目下我々が作った文章でこれは今作成しつつあるというところまできておりますので、一番肝心なのはこの種の問題が起きた後の対応が一番大事なんだと、私どもはそう考えております。 

 鳩山民主党代表の「事前通告」があったのかどうかのさして長くない質問に「事前通告」はあったが、それがいつされたかは
「この種の話はしない約束になっている」と答えるだけで済む遣り取りに対して、あまりにも饒舌すぎる「事前通告」ありの説明となっている。

 そして
「事前通告」よりも事後対応が一番大事なことだと言い、「私は少なくともアメリカの大統領と話をし、韓国の大統領とも話をし」たと、両者との話し合いがあったことを持ち出しているが、そのことを以って「事前通告」ありの証明にすり替えているような印象を受ける。

 大体が
「一番肝心なのはこの種の問題が起きた後の対応が一番大事」とわざわざ断ること自体が、「事前通告」に何らかの不備があった証明ではないだろうか。「事前通告」はあったが、「この種の話はしない約束になってい」ます、事後対応も大事です。現在国連安保理で鋭意・・・云々で済む回答である。 
 党首討論:詳報その3 鳩山代表「情報管理をうまくなさらないとこの国、もたないんじゃないか」

 ◇鳩山代表

 質問にお答えいただけないのは残念でありますが。

 私ども、当然のことながら国民のみなさま方に政府がいかにサービスをするかということであり、このような北朝鮮の核実験という大きな問題がかかっている時は、いち早く国民のみなさま方に対してそれを知らせる義務があるのではないかと思っているわけであります。

 これを隠して、結果として知らなかったと言ったり、事前に知っていると言ったり。そのこと自体、麻生総理がお話しされるんだったら、それは言わないことになっているんだとすれば、みなさんおっしゃっているじゃないですか。知らなかったと言ったり、あるいは知っていたと言ったり、そのようなことに対してもっと情報管理をうまくなさらないとこの国、もたないんじゃないかと本当に心配でございます。

 安全保障の問題もいろいろとこれから将来、麻生総理とは、しばらくの間、党首討論が、機会があろうかと思いますので、その時に大いにやり取りをしたいと思っておりますが。

 私は、一番大事なことは、時の総理がこの国をどのようにしたいか。すなわちビジョン、理念というものがまずあって、この理念に基づいてどういう具体的な政策を作り上げていくか、これが極めて大事であるのに、どうも今までの自民党総裁、総理になられた時に、総裁総理になることが目的であって、なって何をやるかということがなかなか決まっておられない。だからこそ結果として、官僚任せの政治になってしまっているのじゃないでしょうか。私はそのことが一番心配でございます。

 私は、つい先日ありました代表選挙の時に……。

 (静かにしてください)

 私が申し上げたのは、友愛社会というものを建設をしたいということを申し上げました。このことに関していろんな批判の声も聞こえてきます。でも私は非常に、ある意味では古いけれども極めて新しいテーマだと、そのように思っているわけでございます。

 今この国に欠けているのは、社会におけるきずながずたずたに切れてしまっている。一人一人のみなさん方に居場所がない。これは大変深刻な事態だと思います。私は愛という言葉を用いましたが、きずなのある、居場所を一人一人が見いだして、みんなが役に立っているな、みんながそのことによって幸せを感じられる社会を作りたい。一言で言えば、人の幸せを自分の幸せと思えるような、そんな世の中にしたいと、そのように思っておりますが。少なくとも今の日本の政治はまるでそうなっていない。相手の幸せをねたんでみたり、人の、むしろ不幸というものを喜んでみたり、こういう世の中が結果として政治も悪くするし、社会も悪くしているんじゃないか。

 なぜそのような現実が起きてしまったか、総理におうかがい申し上げたい。
 
 口達者なだけの麻生党首討論/「政権交代は手段であって目的ではありません」は事実誤認(2)に続く

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口達者なだけの麻生党首討論/「政権交代は手段であって目的ではありません」は事実誤認(2)

2009-05-29 01:35:07 | Weblog

 

 党首討論:詳報その4 麻生首相「友愛は抽象論 現実は100年に1度の経済危機」 

 ◇麻生首相

 あの友愛という精神は昭和30年、確か鳩山一郎・内閣総理大臣の時に使われた言葉と思います。確か中学3年生ぐらいの時でしたけれどもかなり記憶が残っている言葉でしたけれども、私どもとしましては、その言葉をかなり大事に使われている。

 私は人に対する情愛というものを掲げられているということに関しましては、私どもは全く異論はございません。ただ、問題はこの種の理念、抽象論ということではございませんで、現実問題として我々は100年に1度という経済危機に直面していることは事実です。

 現実的に「問題」となっているのは「100年に1度という経済危機」であって、「友愛社会」といった「この種の理念、抽象論」ではない、「100年に1度という経済危機」という「現実問題」の解決が優先課題とされているということなのだろうが、その解決にしても、総理大臣自身の政治理念・政治哲学がベースとなる。いわば「現実問題」解決のそれぞれの政策は総理大臣の政治理念・政治哲学の影響を受け、それらが反映した政策となる。陰の権力者が存在していて、その傀儡・ロボットでなければ。

 当り前のことだが、経営理念についても同じことが言える。産地を偽装し、原材料を誤魔化し、金儲けを優先させるのもその経営者にとっての経営理念であり、消費者の健康を考え、少しでも喜んでもらおうと安心安全・低価格の商品づくりに励むのも、その経営者の経営理念をベースとした経営姿勢からであろう。それぞれの経営理念は商品・製品に反映され、そこに集積する。

 いわば麻生が打ち出している各政策は麻生の政治理念・政治哲学の反映であり、それらの集積を受けている。それゆえ、最優先されるべきは目の前に横たわっている
「現実問題」であって、「友愛社会」といった「この種の理念、抽象論」ではないと切り捨てることができるのは、麻生自身が核とする何らかの見るべき政治理念・政治哲学を持たないからだろう。

 例えば定額給付金が公明党のゴリ押しで受け入れた政策であっても、受け入れる以上は総理大臣の使命として自らの政治理念・政治哲学の解釈を施して、それを加味した最終的な形へと整えて施行すべきで、そうしたプロセスを経ていたなら、所得制限を設けずに全員に支給する、いや、高額所得者に生活支援と言うのはおかしいから、所得制限を設ける、いや、生活支援から、景気対策の側面が出てきたから、所得制限をやめて全員支給にするといったブレは生じせしめることはなかったろう。

 他の政策でも見ることができるこのブレは麻生が見るべき政治哲学・政治理念を持たないことの裏返しである。

 麻生太郎に政治哲学・政治理念というものがあるとしたら、麻生財閥の家督相続者として生まれ、一般消費者が直接的な顧客である第三次産業ではなく、一般消費者を遠くに置いた第二次産業の麻生セメント(現:株式会社麻生)の元経営者らしく、そのことを自慢するだけあって、自身の地位や生活感に近いより所得の高い層を目線に置いた上位者優先の政治哲学・政治理念といったところだろう。

 このことは国民、いわば下を基準とした国家観ではなく、国家体制や民族、いわば上を基準とした麻生の国家観からも窺うことができる。

 勿論、
「現実問題」と妥協すると言うこともある。政治が利害調整を役目としていることからも、ある意味妥協の連続ではないか。だが、政治哲学・政治理念を持った上でのそれとの妥協と政治哲学・政治理念を持たない無節操からの妥協とでは結果が大きく違ってくる。社会的弱者を平気で切り捨てることができるのは、政治哲学・政治理念を持たない無節操からの妥協の産物であろうし、選挙対策からの弱者対策も同じ構図を描いた産物に違いない。

 それに伴いまして、多くの雇用の問題が発生してみたり、また住宅の問題が起きてみたり、また新たに朝鮮半島の脅威などなど、数え上げれば切りがないような現実論を抱えておりますので、それにどのように対応していくかは我々時の政権にとりましては最も重要な案件だと思っております。

 そのうえで私どもは、小さくても温かい政府ということを確か最初のころに、7カ月ほど前に申し上げて参りました。我々はきちんとした対応をしながらもということを申し上げて、政府は小さくすればいいというだけではないのではないかということも申し上げた。

 また最初に、我々はどのような形で国を、というお話がありましたので、我々はこの置かれている状況を、今後とも日本としては、ほころんできているいろんな福祉の面に関しましても、我々はきちんとやっていかなければならないということを申し上げているのであって、我々としての理念がないとおっしゃられるなら、私どもこそきちんとした理念というものをそれなりに申し上げておりますし、そして現実問題として政権交代と言われますけれども、政権交代は手段であって目的ではありません。

 「政権交代は手段であって目的ではありません」――「政権交代」「手段」として政権担当を「目的」とすると言いたいのだろうが、【政権】とは「政府を構成し、国の統治機関を動かして実際に政治を行なう権力」(『大辞林』三省堂)のことを言うのだから、【政権交代】とは「政府を構成し、国の統治機関を動かして実際に政治を行なう権力」の交代を言う。

 いわば
「政権交代」とは単に政権を握る政党を代えるという意味ではなく、代えた上に政権を担当することまでを含んでいる。だから、政権担当能力の有無が「政権交代」以前から問題となる。その能力の有無に対する国民の判定は各種世論調査で刻々表され、最終的には選挙で決着を見る。

 例えばマラソンランナーとしてオリンピックのスタートラインに立ち、42.195キロのコースに挑みたいと思っているマラソンランナーがその目的を果たすためには、世界選手権か、東京国際、大阪国際、名古屋国際等の陸連が決めた候補者選考大会で好記録で優勝するか、それに準ずる成績を上げることとする条件をクリアしなければならない。

 彼にとって選考大会で好記録・好成績を上げることが手段で、オリンピックでマラソランナーとしてマラソンコースを走ることが目的だと言えるだろうか。選考大会で好記録・好成績を挙げることも目的であり、その目的を果たすことによって、オリンピックで走るという次の目的がついてくるのだから、選考大会で好記録・好成績を挙げることの中に既にオリンピック出場という目的達成は含まれているである。

 政権交代も同じで、その目的を果たして、政権担当という次の目的が付随してくるのだから、政権交代中に既に政権担当含まれている。
「政権交代は手段であって」という言い方はおかしい。

 言ってみれば政権交代は第一目的であり、政権担当、自分たちが考える政治を行うことが第二目的、そしてその政治によって、日本という国を経済をも含めて活性化して国民の生活を向上させることが最終目的であろう。

 自民党は日本という国を活性化して国民の生活を向上させるという最終目的を視野に入れず、経済的な国家経営の成立のみを優先的に視野に入れているから、いざなぎを超える戦後最長の好景気で各大手企業が戦後最高益を出しておきながら、一般国民は賃金が上がらず、その当然の反映として個人消費も活性化しない、国民の生活向上もないことを無視できた。


 従いまして、どのようなことを現実問題として民主党がなさろうとしているのか、そこが我々から見ますと、社会保障の問題も、また安全保障の問題も、極めて不安を抱かざるを得ないというのが多くの国民の気持ちだと思います。

 「どのようなことを現実問題として民主党がなさろうとしているのか」と相変わらず「現実問題」を持ち出す。「現実問題」以外は政治課題ではないようだ。

 そしてその点に
「極めて不安を抱かざるを得ないというのが多くの国民の気持ちだと思います」と懸念を示す。事実そのとおりなら、世論調査で民主党により多くのポイントを与えはしないだろう。より多くの支持を与えはしない。世論調査で次の首相も投票先も政党支持率も民主党が上回ったと言うことは、国民は麻生政権に「不安を抱かざるを得」ず、見切りをつけた、もはや政権担当能力なしと見た、判定したということを意味している。麻生太郎は世論調査を読み取る能力もないらしい。

 口達者なだけの麻生党首討論/「政権交代は手段であって目的ではありません」は事実誤認(3)に続く

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口達者なだけの麻生党首討論/「政権交代は手段であって目的ではありません」は事実誤認(3)

2009-05-29 00:39:10 | Weblog

 


 党首討論:詳報その5 鳩山代表「古い政治よ、さよなら」

 ◇鳩山代表

 いろいろお話をうかがいましたけれども、理念的なことは一切聞かれませんでした。残念であります。私どもは当然のことながら政権交代は目的ではまったくありません。スタートラインだと思っております。そこから新しい日本が生まれるんだと。そのスタートラインに我々は立たなければならない。私は、具体的な話がなかなか見えないとおっしゃるものですから、時間の制約はありますが、一つこういう具体例を申しあげたい。それは三鷹第四小学校の例です。

 そこでは当然、教師はおりますが、教師のほかに200名のボランティアの教師がエントリーされております。20人のクラスに1人の先生と3人、4人のボランティアの教師がついて、例えば分数の教育を行う時に、なかなか落ちこぼれが多く子どもたちが困っている。それに対して一人ひとり、個人指導をして、今はまさに落ちこぼれがなくなっている。子どもたちも満足をしてボランティアの人たちも子どもたちにも幸せを与えることにより幸せを感じている。

 私が先ほど申し上げたように、みんなが人の幸せを自分の幸せに感じることができる、それはまさに社会のきずな、あなた方は小さな取るに足らない小さなことだと思っているかもしれないけれども、これがこれからの日本を築き上げていく原動力だと思っております。

 すなわち、一人ひとりが何が幸せか感じ取れるような社会、居場所というものを持てるような社会を作り上げていかなければならない。しかしそれには今のこういう話を冷笑するような人たちの考え方を去っていただかなくてはならない。政権交代をしなくてはならない。

 すなわち今の、具体的に申し上げますが、今の麻生政権、連立政権ではございますが、官僚主導の政権ではありませんか。それに対して私たちは国民、市民、生活者に視点を当てた政権を作りたいんです、みなさん。もっといえばいわゆる「タックス・イーター」、税金というものを食ってばかりいる人たちに発想を求めるのではなくて、「タックス・ペイヤー」、税金を支払っている側に立って、その発想のもとで、一つひとつの政策を作り上げていく。中央集権的の発想があなた方にはまだあるのです。その中央集権的な発想をやめて、地域のことは地域に任せる、地域主権の国づくりに変えていく。それが私たちの考え方です。もっと分かりやすくいえば、みなさん方、業界中心の縦国家なのです。そういうものに対して我々は市民の連帯を大事にする横社会というものを作り上げていきたい。こういうことを私たちは革命的な志としてやらなければならない。

 一言で言えば「古い政治よ、さよなら」です。新しい政治を作るという発想に、どうしてもっと麻生政権、前向きになれないんですか。
 党首討論:詳報その6 鳩山代表「政治とお金 協力して法案の成立を図ろうじゃありませんか」

 ◇麻生首相

 今、三鷹小学校という一例を引かれたんですが、全体像がよく見えてこないんで、今一つそれを全国でやれるということをやる場合に、どのような、具体的にどのような政策にして、どのようなルールを作って、どのような予算をつけて、ということを具体的にやっていかないと、なかなか我々としては目に見えてこないんだと思っておりますけれども。

 三鷹小学校以外にもそういう例がないわけではありませんから、そういった意味では、今の例を申し上げられましたけれども、それだけではなくて、お互いにそれぞれの居場所を考えてるというような話も極めて抽象的ですんで、ぜひ現実問題として、いろいろな例を引かれるというのに伴って、それに合わせて政策を実現する、政策として具現化していくということが最も大切なんだと思っております。

 これが一番大切なんじゃあないんですか。政治家してるんですから。我々は学者しているわけではありません。評論家しているわけでもありませんので。現実問題をやらなければならないという立場におりますので、そういったものをきちんとして、我々はやっていかなければならない。また官僚目線というお話がありましたけれども、公務員には私は公務員としての仕事があると思っております。公務員というものは誇りを持って公のために、国家のために尽くすような誇りを持ってやれるようにしてあるというのが基本であって、官僚バッシングだけやっててもなかなかうまくいかないのではないか。

 加えて、官僚を使われる立場に今なろうと目指しているのでしょうから、その時には官僚ということを言われるというんであれば、官僚に対してぜひ、その公に尽くすという公務員というものをきちんと、その人たちをやる気にさせるような方法を、社長になられるおつもりなら、そういったものを考えておかれないと、とても役人、公務員というのは動かないと思いますよ。それが基本だと思っています。

 「全体像がよく見えてこない」とは恐ろしく創造力を欠いた男だ。「三鷹小学校」を一つの例として挙げて、非常に難しい問題だが、おちこぼれをつくらない教育を論じたのであって、麻生には理解できない。麻生の頭には経済上の景気回復問題しかないらしい。教育も親の学歴が就職や所得に反映し、それが塾に行くとか習い事するとかの子どもにかける教育費に影響して、教育格差問題を生じせしめ、そういったことが原因となって、できる子とできない子の成績格差を生み、できない子が落ちこぼれとなって、いじめや暴力を発生せしめるといった教育の荒廃問題を生じせしめている。このような教育問題が「やらなければならない」「現実問題」のうちに入れることができない。

 何たる恐ろしい日本の総理大臣であることか。

 公務員に関して言っている
「公のために、国家のために尽く」という考え方にも、国民を下に置き、民族や国家を上に置く上位者優先の政治理念・政治哲学を見ることができる。

 麻生にとっては政治家も官僚も“国民のために尽くす”を使命としているのではなく、
「公のために、国家のために尽く」を使命としている。これこそ鳩山代表の言う「官僚目線」であり、国家目線だと言える。

 ゆえに鳩山代表の次の発言である
「極めて上から目線の麻生総理らしいお答えをいただいたなと思います」は極めて正鵠を得た、的確・妥当な反応と言える。

 少なくとも国民の福祉・利益を図って、そのことによって国家を成り立たせることを最大限の努力目標に置くべきだが、麻生はそうなっていない。鳩山代表の次の発言を借りて言うなら、経済的にも教育の問題でも国民の中から一人として落ちこぼれをつくらないことを最大限の努力目標とすることが政治の目的だということになるのではないだろうか。


 ◇鳩山代表

 極めて上から目線の麻生総理らしいお答えをいただいたなと思います。私は、もっと分かりやすく言えば、政府による解決は、これはお金がかかりすぎる、ある意味での悪平等という弊害に陥ると、それに対して市場原理というものにすべてを委ねると、今度は弱肉強食という世界に入ってしまう。悪平等と弱肉強食、これはどちらとも国民のみなさま方に幸せを与えるものではなかった。だから私たちは今、第3の道を模索しなければならない大事な時なんです。

 その発想はむしろ、今までボランティアとかNPOとかコミュニティースクールとか、なかなか大きな光というものが政治に与えられて来なかった分野に対して、もっともっと政治に、そういう政治の光を当てることによって、全体としてコストもかからないんです。ボランティアを中心として頑張れる社会なんですから。コストがかからないし、満足もより得られる、そういうさまざまな仕組みがいろんなところでできているんです。もっともっとまじめに、総理そして麻生政権を構築しておられる方は、そのことをまじめにご覧になっていただかないと大変であると。だからこそ私たちはやはり、分からない方々がそちらにおられると、政権交代してスタートしなければならない、そういう発想にならざるを得ない。

 私はここであえて申し上げたい。友愛社会の国家を築いていく時に、二つのことが必要なんです。それは一つは、いわゆる国民のみなさんに、そうは言ったって政治に対して信頼ないねと言われたら終わりですから、政治に対する信頼というものを回復させねばならないと。それからやっぱり、上から目線の官僚主導の政治というものを打破していかなければならないんです。この二つが我々の基点です。そしてその、今日、政治改革推進本部というものが開かれて、岡田本部長のもとで、我々は政治とカネの問題、確かに西松の問題ありました。反省の中から我々としては結論を出しました。

 これは……(ヤジ)うるさいですね。企業、団体献金をパーティー券も含めて、3年後には完全に禁止をするというのが一つです。それからいわゆるダミーの政治献金、政治団体からの献金、これは3年後ではなくて今からすぐにすべて禁止をする。それから世襲に関しても当然、制限をする。3親等以内、同じ選挙区からは出られないことを党規で決める。このことを私たちは、三つのことを決めましたが、ぜひ、これからですね、法案をすぐに準備をいたしますので、政治とお金の問題に関して、自民党さん公明党さん、与党のみなさんも協力して法案の成立を図ろうじゃありませんか、国民のために。
 党首討論:詳報その7 麻生首相 西松事件「国民目線から見ると理解しがたい」

 ◇麻生首相

 まず、基本的に官僚目線、上から目線というのがよく使われるお好きな言葉であるということはよく理解しておりますが、国民目線と、国民目線といわれる言葉を使われるんだったら、やはり国民からして最大の関心は西松の問題だと思います。この国民からの目線というものは、一番の関心事であって、これに対しては、鳩山代表として十分にその問いに対して、説明を果たされたと思っておられるのでしょうか。また、責任を取られたという話をされますが、責任を取られた方が、鳩山代表に次ぐ代表代行になっておられるのが、責任の取り方なんでしょうか。

 私から見ますと、なかなか国民目線から見ると、なかなか理解しがたいというのが正直な実感だと、私は、ほとんどの方がそう思っておられる。これは世論調査でもよく出てきている数字だそうですから、ぜひその意味で、きちんとした説明責任というのを十分に果たされていないと、これらのご質問に対しては、なかなか問題なのではないかと。

 麻生は狡猾にも西松違法献金問題に国民が関心を持って目を向けている様子を伝えるに「国民目線」を使っているが、鳩山代表がここで言っている「官僚目線、上から目線」とか、「国民目線」とかの「目線」と、麻生の言う「なかなか国民目線から見ると、なかなか理解しがたい」「国民目線」とは似ても似つかぬ別物である。

 鳩山代表が言っているところの
「目線」の主体は総理大臣や閣僚、官僚であって、国民ではない。意味するところは総理大臣や閣僚、官僚が主としてどこに目を向けて政治を行っているのか、主としてどこに目を向けて行政活動しているのか、結果として主として誰の利益に貢献しているのかの目の向けどころであって、鳩山新代表はそのことを問題にしたのである。勘違いも甚だしい。このようなとんでもない勘違いをするから、漢字だけではなく、空気が読めないと言われる。

 西松問題に現れている“政治とカネの問題”は小沢問題や西松という企業にとどまらず、遥か遠い過去から連続してなお断つことができていない問題だから、
「国民からして最大の関心」と言えるのであって、自民党の閣僚及び自民党国会議員も関わっているその連続性をも問題としなければならないはずだが、麻生は自己都合にも小沢一郎と民主党の問題だけに矮小化すべく企んでいる。

 いわば
「なかなか国民目線から見ると、なかなか理解しがたい」は小沢+民主党のみならず、自民党も大きく関わっている連続性をも対象としなければならない。

 以前、国会答弁で世論調査が必ずしも正しくないようなことを言っておきながら、
「世論調査でもよく出てきている数字」を言うのも、自己都合の発言と言うほかない。しかも自身の政策の不人気、不誠実な人格の不人気が原因となっている「世論調査でもよく出てきている数字」は取り上げず、都合で使い分けて平然としている。

 少なくとも今回の企業とか団体献金禁止を打ち出されておられますが、これは違法の献金の疑いで小沢代表の秘書が逮捕されたことがきっかけではなかったんですか。私どもからはそう思っている。従って現在の法律ですら守られていないという疑いがあるということだと思っておりますので、少なくともこの改正法の前に、現行法ですら守られていないところが問題なんだと思っています。従って秘書の……。

 (静粛に願います)

 秘書の違反を契機に、制度が悪いと言うのは論理のすり替えだと思います。私どもはそういった意味でぜひこの点に関しては十分な説明をされるというのが大事なんであって、そうしないと少なくとも違反の話を棚上げにして、制度の変更、というのは、これは単なる論旨のすり替えだと言われてもやむを得ないところだと思います。

 鳩山代表が意図し、麻生が言っている「秘書の違反を契機に、制度が悪い」、変えようというのは過去から現在まで自民党の閣僚及び自民党国会議員も関わっているその連続性をも問題としているからで、「論理のすり替え」でも何でもない。麻生は頭が悪いから理解できないだけのことである。

 また企業献金、世襲の話などいろんなご論議があり、私はいいことだと思います。ぜひこれまで議論を積み重ねて、少なくとも後援会は企業、団体からの献金は禁止になったわけですから、それを犯された方がそこにいらっしゃるわけで、そういった意味では、きちんとした決着をつけねばならない。

 私どもはきちんと、そういった疑いがあるから逮捕されたと思っております。ぜひそういった意味では、我々としては、きちんとした対応がなされるようにならないと、この話はなんとなく空理空論ということになりかねないという、そういう感じを思っております。

 また世襲の話が出ましたが、各党がいろいろなルールを作られるのは、いいことだと思います。私どもは少なくとも、安倍幹事長代理のころだったと思いますが、あのころから公募という制度を積極的に採用させていただいて、多くの地域で公募というものを正式にスタートさせていただいて、その支部でいろいろされる。私はその中から選ばれた方は、有為な方であれば、立派な支部、党の選択であって、私どもとしては、その党の中の論議としては、踏まえて行うべきだと思っています。

 また法律に関しては、言わしていただければ企業献金の話も法律の話ということだったと思いますが、それは先ほどお答えした通りです。

 口達者なだけの麻生党首討論/「政権交代は手段であって目的ではありません」は事実誤認(4)に続く
  

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