空華 ー 日はまた昇る

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青春の挑戦 19 (小説)

2022-01-12 16:26:34 | 文化


19
銀色のドローンは町の空中を滑走路のようにして、とまっている。市民の多くは広場のはじにある花壇の方に退き、驚きの表情でドローンと平和産業の人達のやり方を見守っていた。

「真実。何だ。それは。我々は具体的に大地を美しくする人を尊敬する善人だ。
我々の惑星のヒトは皆、善人だから特別にうやまう人などいない。
自分が善人であれば、良いではないか」というドローンからの声があった。
「ふむ。本当に善人なのか」
「お前達が地球に何をしてきたというのだ。絶滅危惧種の問題もある。あの強い虎ですら、かって十万頭もいたのに、もう三千頭しかいないというではないか。次々と生き物が滅びようとしているではないか。南極の氷が溶け、温暖化は進み、核兵器は長崎と広島に落とされた。そして軍拡が進んでいる。このまま行けば、百年後ぐらいまでの間に、つまり近い将来、人類が滅びる危機に直面することを知るべきだ。」


周囲にいた人達は彼らの会話を驚きの表情で聞いていた。
中に、背の高い中年の男が立ち、「そうだ。平和産業は無駄なことをやっている。
核兵器をなくせだと。それ以上に現実の世界を見ろ。中国や北朝鮮を見ろ。
日本は傍観して、滅びるのを待っていろというのか。平和産業のようなエネルギーがあるなら、ミサイルでも作った方がいいのではないか」

もう一人の小柄な若い男は 鋭い調子で激しく言った。
「それは間違っている。ミサイルを作って、何をしようというのか。相手の基地を攻撃しても、全てを破壊できるならば、理屈は通る。しかし、相手が地下に隠していたミサイルで反撃してきた場合、それを全て撃ち落とせるのか。不可能だろうな。これは全面戦争になり、日本の都市や原発がやられるだろう。
第一、このドローンは宇宙人かどうか怪しいな。誰かのいたずらではないか。核兵器をなくそうという涙ぐましい訴えをつぶそうという勢力はいるものだ。
そいつらの派遣したドローンだろう。」
その途端に、銀色のドローンは「あばよ」と言って、去った。
こちらがミサイルをつくれば、向こうもさらに強力な武器をということで、軍拡競争が始まり、この理屈も結局、全面戦争につながると松尾は思った。
群衆は集まって、あちこちでささやくように、時には議論している風景がみられた。
このドローンについて、あれこれ先ほどの男達のような意見が交換されていたのだろう。中野静子が再びヴァイオリンを弾いた。胸の中にしみていくような情熱と希望はあるという祈りの弦の響きは市民の顔に喜びを引き起こしたかのように、彼らの目は静かに釘付けになった。
われるような拍手だった。
AIロボット紀美子も静子の横に立っていた。
「その方は人間なのでしょうね。最近は人間に似たアンドロイド がいるからな」と、
中肉中背の初老の男が言った。
「アンドロイドロボットですよ。核兵器が全世界から、なくなれば、莫大な金が浮くし、その金を福祉にまわせば、今のような経済格差はなくなる。さらに人類は月世界、火星へと、良い未来を築けるではありませんか」と、松尾は言った。
「そのアンドロイドさんと人間の違いはどんな所にあるのかね。トイレに行かないとか、疲れないとかあるよね」と、口ひげと顎ひげのある中年のがっちりした男が言った。
そうすると、普段は無口な田島がたどたどしく話すのだった。「そのアンドロイドは同じものをつくれるということでしょう。
人間は一万人いれば、みんな微笑も違う。人間は細い弱そうな人でも、タフだったり、外見は筋肉隆々とした人でも、ひどく繊細な人がいたりと、一万人いれば一万人の体質の違いがある。悲しみや苦しみや喜びも人それぞれだ。そして性格と外見の違いを入れると、恐ろしく複雑な人間集団が生まれるのです。
そこへ行くと、アンドロイドロボットはいくら優秀でも、似たようなものしかつくれない。だからこそ、アンドロイドには人まねの芸術は出来ても、人間のような独創的な芸術は出来ない。人間こそ、真の芸術をつくることが出来る」
背の高い松尾は緊張したせいか、すこし赤みがかった顔付きで、情熱をこめて語るのだった。
「それから、人間は無位の真人になれる。ロボットはどうかな。そう、座禅をしてね、本当の自分が分かれば、全世界は一個の明珠を知る。そうすれば、社会が皆にとっていい方向に進める、一時的にマイナスになる人には生活保障をするとね。」
正弘がつぶやく。「座禅して、本当の自分に目覚めるという意味が分からない?」
松尾は素早く答えた「そう、あせっては、そういうこともありうる。まず、あせらず、ただ座る、そして呼吸に気持ちを集中する。座禅は本物の自己を知るチャンスさ。仏性について、いくら喋ってもイメージだけだとね。やはり君達の心の中に、本物の美しいいのちはある、ということだろうね。臨済録で言われている「無位の真人」に気がつく必要があるということだろう。それには、頭の中のお喋りをしずめることだと思う」

ブルーのコートを着た五十代の叔母さんが言った。「そんな呑気なことを言っていると、宇宙人にやられてしまうわよ。平和産業は宇宙人の敵にされてしまうわ」
「宇宙人?」と、松尾は言って、驚いたように、その市民を見た。
それから、松尾優紀は寒牡丹の方に、一瞬、視線を向けてからゆっくりした調子で言った。
「そう、脱原発から、核兵器を全ての国から廃止する。そこに、世界の市民が目覚めることが、今、大切なのでは」

「何しろマグネシウムは海水にあるからね。マグネシウムと水素おまけに、水資源も確保できるのじゃないかしら。マグネシウムや水素は燃料として可能な状態にすれば、脱原発の象徴になる可能性があるのではないかな。」と田島が言った。

哲夫 はAIロボット紀美子のそばに立っていた。「で、どうして、この話は広がらないのかな」
松尾優紀が言った。「これは、なかなか、難しい問題がからんでくるからじゃないかな。社会の構造がマグネシウム社会を受け入れる状態になっているかだよ。例えば、水素は水から、とれるから、簡単なようでも、あれを自動車のエネルギーにしようとしたら、日本のあちこちに水素のインフラをつくらなきゃ駄目でしょう。」
美恵が口を出した。「政府の援助が必要ということでしょう。」
松尾は頷いた。「そういうこと」
ロボット紀美子は無表情で言った。「政府の人も本当の自分に目覚めることが必要なのよね。」
ふと気がつくと、広場のはじにある一本の梅の木にいるメジロが鳴いていた。
松尾はスズメより小さく緑の羽を持ち、黒い目のまわりが白いメジロが好きだった。そのメジロが力強くさえずっているのを聞いて、何か勇気が湧くのだった。
 松尾優紀は自宅に帰ると、ウネチア物語の続きを書き始めていた。
オオカミ族の叙事詩のような詩の中にも出ていたように、オオカミ族が滅びた原因は武器の異常な発達であるが、その前に原発の事故があったということが想定されている。
松尾の後の回想によれば、これを書いていたのは1996年頃で、まだ福島の事故は経験していなかったので、彼の頭の中にあったのはスリーマイル島の事故やチェルノブィリである。ウネチア物語の核心の所はイタリアのヴェニスの町にあるので、いずれ行ってみたいという気持ちはあっても、それは今は無理。空想で書くしかない。


書き始めた時には、イタリアのヴェニスに行ったことがないのに、行った時のヴェニスの町の様子を頭に描いた。こういうことは彼は得意である。サンマルコ広場は広く美しいし、その周囲には寺院や美術館の建築の芸術品が集まっている。

そしてゴンドラに乗り、古い建物と建物の間の路地のように入り組んだ水路を行くと、向こうに湖のような海があって、対岸に壮麗な由緒ありそうな古典美を誇る建物が見える。

そして、ゴンドラが町の中を滑るように行く時のそよ風の心地よさも想像した。歴史的にも由緒ある古い建物も、この水の中に浮かぶと、不思議と生き物のように思えるのだった。

そんな妄想に浸っていた土曜日の朝、電話がかかってきた。
「はい。どなたかな?」
松尾の耳の奥の方に中野静子のかすれた声が響いた。
「松尾さん?」と言う静子の声を聞くと、耳に彼女の弾くヴァイオリンの弦の響きが宇宙からの声のように、聞こえたのは不思議だった。
「ええ」
松尾は静子からの電話に戸惑いを感じながらも、ある種の喜びと緊張に包まれていた。
「もしもし、松尾優紀ですが」
「ああ、松尾さん。大変なことが起きましたのよ。御存知ですか」
松尾はその時、地震のことを言っているのかなと思った。彼の住んでいるマンションは地震に強いということがセールポイントで、住んでいたわけだから、この朝の程度の地震なら、大丈夫と思い、時計を見ると、まだ夜明け前の五時頃だったこともあり、また寝てしまった。なにしろ、昨夜は創作で夜中の一時まで、頑張ってしまっていたので、朝のその時刻では地震より、眠さの方が勝ってしまったようだ。
「伊方浜の原子力発電所で大事故が起きましたのよ」
「本当ですか?」 松尾は思いがけないことを言われてびっくりした。
「そんなに大きな地震でしたか」
「津波がなかったのは不幸中の幸いでしたけど。
こちらは震度五弱ですみましたけど、現地は震度六強ですから大変です」
「原発の事故は?」
「ニュースによるとかなりの規模ですわ。そして伊方浜地域周辺の住民八百所帯に避難命令が出たとか報道しておりますわ」
「なんともいいようがありませんが、震度六強となると、その程度には大丈夫なようには設計されている筈なんだと思いますが」
「そうなんですか」
「死者は出ているのですか」
「原発の敷地の中にいた人が何人か死んだみたいです。ニュースではその程度しか報道されていません」
「堀川さんのことが気になりますね」
「ええ、アリサさんのことも心配です」
「ともかく、次のニユースを聞いて状況把握をしてみます」
「はい、それでは又」
「さようなら」
電話は切れた。彼は応接間の方に回って、テレビのスイッチを押した。

それがまた、事故にまつわるものとしては、奇妙な目撃談を生むことになったようだ。原発に、火がのぼった後に、円盤のようなものが宙に浮かんでいたというのである。ただ、これを目撃したのは 爆発がおきて、放射能が外にまきちらされていた時だった。 それに、朝早いということで、三人の証言かあるのみだった。
三人の円盤目撃情報も報道されたが、確かな事実としてでなく、最初の報道では言わなかったようだ。原発の上空に円盤のようなものが宙に浮いていたというのである。
電話での中野静子の話を思い出すと、原子力発電所の方に調査に行っている堀川弁護士のことが脳裏に浮かんだ。

ニュースの後にも、臨時の番組が組まれ、伊方浜の原発事故の様子をやっていた。
地震によって、誘発されたような事故のようで、チェルノブイリやスリーマイル島を思い出させるような人為的ミスも重なったような事故のように報道されていた。
チェルノブイリもスリーマイル島の事故も大自然の驚異、地震と津波などなく、機器の故障と人為的ミスが主な原因で、その後、学者によって深く研究・学習され、日本では怖いのは地震と津波だけとなっていたが、地震に慣れっこの日本ではそれすらも恐れるに足らぬ技術力を誇っていたのはやはり傲慢のそしりを受けざるを得なかったのか、やはり想定外の恐ろしいことが起こるものだ。

原発の事故で、放射能がばらまかれるとなると、松尾優紀はどうしても広島の原爆による十万の死を思い出してしまうのだ。
アインシュタインは自分がE=MC2という偉大な式を発見したことが、人類の脅かす核兵器を生み出すことになることに反対した。そんなことを思い出すと、松尾は悲しみと鬱の状態になるのだった。それでも、道元のいう仏性を思い出して、人間は仏性に足場を置く限り、良い方向に舵をきる、良い方向に目を向ける。人類は釈迦によって、一度仏性という霊性に目覚めたではないか。
この困難を乗り切れない筈があろうかと思うのだった。

【つづく】


【コメント】
この小説は私が三十年前に自費出版した脱原発の小説「いのちの花園」に書かれた原発事故をモデルにしていますので、あくまでも、創作上のもので、悲惨で不幸な福島の事故のことは書かれていません。





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