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空華 ー 日はまた昇る

小説の創作が好きである。私のブログFC2[永遠平和とアートを夢見る」と「猫のさまよう宝塔の道」もよろしく。

銀河アンドロメダの猫の夢 22

2018-12-01 12:58:29 | 芸術

22  恐竜ティラノサウルス

  気がつくと、V迷宮街を過ぎて、林を通り抜けると、丘陵のような郊外の高台が見える。なだらかな緑の絨毯を敷き詰めたような高台に出ると美しい川が見える。その高台にある高級住宅地を訪ねる。

紹介状を持って、トラカーム一家を訪ねる。トラカームは豪邸に住んでいる。牧場とチーズ工場を持っている。大男のトラカームは彼の娘と二人の息子と住んでいる。

三人の子供の母レイトは死んだということになっているのだが、実は時の大統領の妻になっているのだ。

 

ヒットリーラ大統領はティラノサウルス教の信者である。山吹色の旗の真ん中に虎と恐竜の顔が左右対称に並んでデザインされている。これがここの事実上の国旗になっている。

夜の森の中で輝き燃える美しい目と筋骨隆々という美しい姿を誇りとする虎よりさらに強い恐竜ティラノサウルスは宇宙には強い意志があるという予言者スータ・ブレイの好みの動物であった。そして、この予言者はティラノサウルスこそ、トラ族の祖先であるというひどい妄想を抱き、それを華麗な詩文として書き残した。トラ族のヒトにこの詩文を愛する人が多くなり、恐竜は虎と関係がないという人を異端者として魔女扱いにした歴史がある。やがてこの妄想と偏見に満ちた詩文は後継者が出て、ティラノサウルス教として影響力を持つようになり、ヒットリーラがこれを信奉したというわけである。

もっとも、これを吹き込んだのは妻レイトで、これは魔界のメフィストがレイトにささやき、そういう指示を与え、政府の権力の実権はレイトが握っているという噂もある。彼女は凄腕である。

そういうわけで、ヒットリーラは、黄金色が好きである。黄金色は善であって、小判のような山吹色の顔つきの虎族の人達は善であるという考えを持つ。

  

レイトがトラカムと一緒に暮らしていた頃から、二人の間にひどい亀裂が走り、レイトが飛び出し、後に大統領夫人になるまでのいきさつには、一巻の長い物語になるようなことがあったらしい。我らはただの旅人であるから、それを色々の人の言葉のハシハシをつなぎ合わせて、想像するしかない。ともかく、レイトは若い頃、トラカームと出会い、その中で、長男トカと弟のカチと娘ラーラが生まれた。三人目の誕生のあとに、トラカームは前から考えていた結婚式をあげることで話し合っていた時に、レイトはその気がなく、そればかりかティラノサウルス教に入ったことで、トラブルになった。そしてレイトは家出した。

 

トラカームはその頃、親鸞の生まれ変わりである親念がこの惑星に舞い降りてきて布教しているという噂があり、その伝え響いてくる教えに共感していたので、ティラノサウルス教の考えに不信を持っていたのだ。

 

レイトは小柄であるが、外見は天使のような美しさを持っている。ブロンドの髪にブルーの瞳。花の咲くような微笑に、たいていの男はまいってしまうという。しかし、中身は相当違う。善など信じていない。それに対して、トラカームは立派な体格をしているが、性格はナイーブで優しく、善良である。

 

伝え聞く親念の教えによると、真理【ダルマ、一如、法蔵菩薩、如来、真如】は阿弥陀仏である。現象は無常で移ろっていく、しかし、生まれ消えていくその中に、悩める人々を救おうとする永遠の宇宙生命とも大慈悲心ともいわれる仏がいらっしゃるというのである。親念の教えの特徴は魔界のささやきに気をつけろということだろうか。

 トラカームが出てきた。大柄で、にこやかな表情をしている。

「レイトはね。外見は凄い美人でね。あれだけの美人はこの国にも滅多にいないというほどだ。わしは若い時には、一目ぼれでしたよ。しかし、中身に悪がある。一年ぐらい付き合っても、彼女の悪には気がつかない。

頭もいいからね。

  

あの悪はどこから来るのか、わしにもいまだ分からん所がある。あの奇妙な考え、ティラノサウルス教の教義の本質にある強者礼讃からくるのか、それとも生まれつきのものなのか。

二人の息子トカとカチそれに娘のラーラをいとも簡単に捨て、わしにピストルを突き付けて脅かし、ここを、飛び出して、今の大統領夫人におさまるまでは、長い物語ができるほど、波瀾万丈だった。それに、大統領の一目ぼれとそして、大統領がレイトが持っているティラノサウルス教の奇妙な考えにどうして毒されていくか、実に不思議なくらいだよ。

わしが思うには、こういう女の悪を知るには、まず言葉をよく観察することだ。

まず、人の悪口を巧みにやる。レイトの場合、大統領の前の恋人の悪口を巧みにやり、ヒットリーラはそれを信じ込んでしまった。彼は恋人と結婚する予定だったが、急速に心変わりして、別れ、美人のレイトと一緒になったというわけさ。

 

それに比べ、わが家の猫族のマカ夫人はここの広い家を切り盛りするために呼んだ家政婦さんだけれども、まるで観音菩薩のようだな。彼女は何をするにも誠実で、いつも美しい微笑をたたえている。娘と息子達は彼女に育てられたようなものだ。

長男息子のトカは大学を出て、市役所に勤め、エリートへの道を歩んでいるが、ティラノサウルス教には、つかず離れずという所か。

それにしても、次の息子がね、同じレイトの息子カチなんだが、どうもこれがレイトに似ているようで、わしは怖いと思うことがよくあった。

なにしろ、勉強はやらない。高校を中退すると、町をうろうろするでね。仕事もしないで、奇妙な会合には、出席するらしい。最近はそうでもないのだが、一時は、ヒットリーラの信条にも染まりかけてね。ゲシュタポなんかに憧れているようだった。怖いね。

一人娘のラーラはまあ心配は全くない。将来の結婚ぐらいかな」とトラカームは笑った。

 

 ラーラは十八才だつた。肩まで届くなめらかな金髪がよく似合う明るい娘だつた。目鼻立ちが整い、トラ族特有の黄色い肌に赤みがかった頬をして、意志の強そうな青い目と厚い唇を持っていた。

マカ夫人を助けてよく働く娘だった。自分の家の牧場に出たかと思うと、チーズ工場の手伝いに出る。トラカームもそういう娘を愛した。

  

レイトの夫ヒットリーラの親族に、V大佐がいた。彼の父親は銃を生産している工場を持っていた。V大佐は夫人を病気でなくし、次を探していた所、戦争の現場の食料の調達係の司令官として、チーズということを考えていた。それでチーズ工場を視察に来た時、ラーラが案内役になったのだ。

それで、大佐はラーラを気にいってしまった。

それ以来、大佐はトラカーム一家を訪ねてくる。

「わしらは、同族トラ族だ。わしの女房にラーラをくれんかの。わしはヒットリーラの親族だ。悪いようにはならんと思うがな」と大佐はトラカームに言った。この地方では結婚に親が口出す風習があったようだ。

「ちょつと待ってくれ。わしは純粋なトラ族ではない。ジャガー族の血も流れている。それでもいいのかね」

「わしは気にしない」

「猫族は」

「ま、冗談は言わないでくれ。猫族はヒットリーラ閣下があれほど嫌っているのだ。」

  

ここに猫族の青年コリラがいる。

中肉中背の青年だった。しかし中々魅力がある。吾輩もどこに魅力があるかと言われると困るが猫族の青年を沢山 見てきたが、この青年ほど調和のとれた人物は珍しいと思った。

全てが整っている。目鼻立ちに至るまで。

コリラがやってきた。

食卓を囲んで、みんなでわきあいあいのの雑談をしていると、コリラがラーラに寄り添って、キスのしぐさをしょうとした瞬間、大佐がストップをかけた。コリラは激しく反発した。そして喧嘩となった。

  

大佐はコリラに切りつけた。しかしすらりと身をかわした身のこなしはすごかった。

それでも、相手はプロの軍人。

ハルリラが間に入った。

「待て。剣を持たないものに切りつけるとは卑怯ではないか。わしが相手をする。」

「今のは遊びよ。貴公はわしと勝負をしようというのか。陸軍きっての剣の使い手のわしとやるとはいい度胸だ。」

七分くらいしばらくバシバシ部屋の中でやりあっていたが、大佐の剣は宙に飛び、天井に突き刺さった。

「やめ。」とトラカームが言った。

「やるな。おぬし。しかし、後悔するなよ」

 

 夜は星空に浮かび上がる庭園の美しさを皆で話しながらも、心の中はみな大佐の復讐を心配しているようだった。その場にハルリラだけがいなかった。何か対策を考えているのだろうということが話題になった。

 

翌朝、百名の銃と剣を持った軍人を大佐が引き連れて門の前に現れた。

ハルリラは、このことを予期して前の晩に用意したことを始めた。

幻覚を利用した魔法のようだ。なんと門の前に進み出たのは恐竜ティラノサウルスだった。その巨体。グロテスクで逞しく強そうな恐竜だ。しかも、ヒットリーラが崇拝している宗教の神でもある。

ガオーという吠え声は獅子をも震え上がらせるに違いない。そして、前へ進むずしんずしんと響く足音と地響き。そして、口から煙幕を吐き出す、

軍人は驚き、大佐はあっけにとられ、門がハルリラによってあけられると、

「や、おはようございます。皆様、朝から、大勢の兵士が武装して人さまの邸宅に来るとは穏やかではありませんな。

ティラノサウルスに歯向かうと、そちらの方ではどうなるか皆様の方が、わし等よりよく知っている筈」

「いや、わしは話に来ただけだ」と大佐が言った。

軍人もヒットリーラの尊崇する恐竜とあって、足がすくんでしまったようだし、銃を向ける気持ちも薄れてしまったようだ。

「トラカームさんは今日はお忙しいのでお会いできないようですよ」

「そうか。分かった。今日は引き上げる」

大佐の指示で軍人達は引き上げた。

 

 邸宅の部屋の中。鯨油でともるシャンデリアの下の真ん中に、低い大きなケヤキのテーブルがあり、それを取り囲むように、ゆったりしたソファーがあった。トラカームと吟遊詩人とハルリラと吾輩はコーヒーを飲んでいた。

コーヒーはコクのあるうまい味だった。

テーブルの上にはランに似た赤と黄色の花が大きな花瓶にいけてあった。

 

「あの恐竜は魔法ですか」と吾輩は聞いた。

「ハハハ」とハルリラが笑った。

「幻の術よ。魔法の次元の故郷には、広大な緑地があって、そこにまだ恐竜が住んでいる。しかし、この恐竜は今では我らのペットみたいなものよ。

長い魔法の陶冶の歴史の中で、恐竜をどうやって手なずけるのか、研究が進み、今では異次元の世界から、今回のように、呼び出し、吾輩の意のままにする術まで編み出したわけだ。」

「なるほど、今はあの恐竜は異次元の魔法の故郷に帰ったわけだ」と吾輩はぼやいた。

  

「ティラノサウルスという恐竜を持ち出すとはハルリラさんも面白いことをやる。あれでは、軍人たちは表面上ティラノサウルス教に信奉しているわけだから、手向かうことはできん」とトラカームは言った。

「ティラノサウルス教の組織は少しおかしいな。優れた宗教は、親鸞さまは弟子一人もたず候と言ったことで有名であるように人間の間に上下関係を置かない。神仏の前に、人は平等だからだ。

ところが、とかく大きくなると、官僚組織のような上下関係をつくるようになるのはある程度は許容されるにしても、ティラノサウルス教はこの度合いが常軌を逸している。

まるで、軍隊みたいに上の人の考えを下に強要する。

下の人の自由な考えが許されない。

それから、全ての人に対する大慈悲心あるいはアガペーとしての愛がないのは致命的である。特に猫族に対する偏見は常軌を逸している。

 

わしは息子のカチがティラノサウルス教に感化されることを心配していた。

ところが、幸いなことに、カチはわしの言うことに耳を傾ける。それで、最近、丘の一番の高台に出来た寺の住職を訪ねてみてはどうかとカチに勧めてみたのだ。

わしもこの住職については友人から話をちらちら聞いていて、非常に深い関心を持っていた。カチが持ってきた話はわしの希望に沿うものだった。この惑星のわが国も良い方向に行くチャンスをつかむかもしれないと思ったのだ。

今の希望はその住職さまだ。名前は親念さまとかいったな」

「親念」

「そう」

「親念と言えば、地球で浄土真宗を開いた親鸞の生まれ変わりとか聞きますが」

「そうです。もう地球では、千年前の人なんです。ところで、その方の思想に、『往相』回向

と「還相」回向があることをご存じかな」

「ええ、ちらとなら、聞いています」

「『往相』というのは、こちらから浄土に行く。阿弥陀仏の慈悲によって浄土に招かれるということだと思う。『還相』というのは浄土からこの娑婆世界におりてくる。これは不思議な思想だな。地球の日本人がつくった偉大な思想でもある」

「それでその親鸞さまが浄土から、この惑星に舞い降りてきて、親念さまとなっておられるというわけですか」

「そうです。その通りなんです。気がついた時には、親念さまが布教を始めていたのです。息子のカチがこの間、訪ねて、その教えに驚いたと言っていました。彼のように、母親のレイトに似て、何か心に強さと悪を持っているような子供には、むしろティラノサウルス教に心服しても良さそうなものなのに、何度もあの変な集会に参加しながらも、結局はティラノサウルス教にはなじめない。それが親念さまの教えに感動し驚いたというのですから、わしも大変興味を持ちました。」

 

 「どうだね。マカ夫人。カチはいないかね。この地球から来られた方たちに親念さまの印象を話して欲しいと思っているのだが」とトラーカムは微笑して、聞いた。

マカ夫人は「あのう。カチさんはレイト大統領夫人の所に行ったそうですよ」と答えた。

「何のために」とトラカームは驚いたような表情をした。

「さあ」

「まさか。ティラノサウルス教の話を聞くためではなかろうかな」

「レイトさまがカチさんの母親であることを、どこかで知ったようですよ」

「なるほど。町の誰かが喋ることはありうるからな」

 

しばらくして、カチが帰ってきた。十七才ぐらいか。中肉中背で、お父さんほど大柄ではない。カチは勉強よりも剣道というところで、二段の腕前を持っている。

いつも棒切れを持ち歩いているので、 注意されたこともあるそうだ。

 

「どこへ行ってきたのだい。カチ」とトラーカム。

「好い所さ。」

「どこへ」

「親念さまの所へ」

「あら、レイト大統領夫人の所に行ってきたのではないですか」とマカ夫人。

「うん、彼女を親念さまの所に連れて行った」

「本当か。よくそんなことが出来たな」とトラカームは驚いたように言った。

「だって、彼女はぼくの母親だぜ」

「そりゃそうだ。確かにその通り。それで彼女の反応は」

「ひどく感動していたよ」

 

 「そんなことがありうるのだろうか。ティラノサウルス教の熱心な信奉者が親念さまの教えに感激する」とトラカームは驚いたような目をした。

「殺し合い、邪見に支配され、煩悩に犯されるといった五濁に満ちた悪世に住む人々は

お釈迦さまの真実のお言葉を信じなければならない。その言葉を聞き、喜びに満ちて

阿弥陀さまを信じることができた瞬間から もはや煩悩をほろぼさなくてもそのまま悟りの境地に導いていただけるというお話に彼女は感動したみたいですよ」とカチは言った。

「なるほど」

「つまり、煩悩があるまま、浄土に導いて下さるという教えが心に沁みたのではありませんか」

「そりゃそうだ。お前たち、二人の息子と娘ラーラを捨てて、あんなヒットリーラの元に走ったレイトのことだ。ちょうど、山吹の花が一杯咲いていた頃だった。彼女の頭は煩悩で一杯だったのだろう」                     

 

( つづく )

 

 

(紹介)

久里山不識のペンネームでアマゾンより

  長編「霊魂のような星の街角」と「迷宮の光」

  短編「「森の青いカラス」を電子出版(Kindle本)

水岡無仏性のペンネームでBeyond Publishing より [太極の街角」を電子出版。

 

 

 

 


銀河アンドロメダの感想  17

2018-10-27 09:29:55 | 芸術

  ダーウィンの進化論は今や常識となっている。何も生命のない所に、微生物のような生物が生まれることが奇跡に近いことであるのに、不思議な進化の坂をのぼり、恐竜が滅びると、哺乳類が進化し、やがて人類が生まれるのは奇跡の連続のようなことであり、そういう本は沢山あるようだ。それでも、アメリカの一部のキリスト教徒の中に、神がエデンの園にアダムとイブを創造され、それが人類の始めと信じている人達がいると聞いたことがある。人が何を信じるかは自由であるから、私の物語は虎や鹿やサイやキリンや猫が進化して、どんな文明をつくるのか想像してみた。

最近、この「進化」というのをテーマにしたようなある本がべストセラーになっているとか。人はやがて、神のような人に進化するというのらしい。

これをニュウスで見ている時には、東洋人にはそういう発想は昔からあったと思った。現に、徳川家康は日光東照宮に神として祭られているし、菅原道真は天満宮に祭られている。

古代には人に似た神々がいたというのは、日本だけでなく、ギリシャ神話にもある。

しかし、このべストセラーになった本は今の科学と医療が進めば、寿命まで生きるために、さまざまな病気を克服し、やがて人は百五十才を目指し、さらに不死をめざし。ギリシャ神話のような神々を目指すというように言っているとか、あくまでも、聞いた話だが、耳にしたことがある。

東洋人が古来、神仏というものを頭にイメージする時は精神的に優れた境地になり、宇宙の真実を悟った人を指すのではなかったのではないでしょうか。

神人を科学で作れるのだろうか。大いに疑問である。なんだか、昔の皇帝が不老不死を夢見たような、欲望の進化のような感じがする。そうなったら、また思いがけない新しい社会問題が出てくるだろう。

私はやはり、死があるのは生き物の当然の運命であり、道元が【生死は御仏のいのちなり】というのを受け止めて、寿命の中で、精神を陶冶するのが道ではないかと思うがどうであろう。

 

 

 17 神秘の生命

 

 吾輩とハルリラと吟遊詩人は戦場をあとにして、ササール公爵邸に向かった。

戦争をしているのに、公爵邸では華やかな舞踏会が開かれていた。音楽、宮殿の中の装飾から、舞踏会と吾輩は直感したが、沢山の若者が死んでいるのにという思いから、この無神経さには、あきれる気持ちで一杯になった。

 何もかも金でつくられているのかと錯覚するほど、金色でおおわれた宮殿には、明るいガスの光に照らされた、幅の広い金色の階段の両側の手すりには、花をいっぱい飾り、白が基調をなしている赤や紫の花が飾られ、手すりは金色に塗り、赤い絨毯を敷きつめてあった。金色の壁のアーチ型のくぼみには、大輪の百合の花と薔薇の花が宝石のような花瓶にいけられ、交互に飾られていた。百合は一番奥のがうす紅、中ほどのが濃い黄色、一番前のが真っ白な花びらという風に。

薔薇は百合と百合の間に、真紅から黄色、白、青色と大きく咲いているのだった。

 

金の階段の上の大広間からは 極楽浄土に鳴り響くというこの世のものとは思えない美しい音楽が不思議な形のない永遠のいのちの流れのように、階下の金色の空間にまであふれて来るのであった。

開いたドアの入り口から、垣間見られる華麗な衣装に身を包みダンスに夢中になる彼らはヒョウ族が多いと、吾輩は直感した。

何故なら、彼らは自分たちの祖先を誇るかのように、衣装の一部に黄色い豹の顔を縫い付けていたからだ。

 

マサールさんに別室に案内されて、吾輩とハルリラと吟遊詩人はマサールさんの娘であるササール公爵夫人に紹介された。彼女の周囲には金色に輝く身のまわりの驚くべき優雅な調度品があふれんばかりだった。

夫人の合図と共に、マサールさんは去り、交代にササール公爵が入ってきた。

公爵は典型的な豹族だった。黄色い顔。長いはしのような黒いひげが口の両側から突き出ている。目は鋭い野性味がある。

 

公爵が言う。「五十万も死んだ。あれはみんな伯爵の責任だ。作戦が悪い。塹壕が川に沿って長々とつくられた所で、突撃を繰り返すなど、わしなら絶対にやらん。わしなら、今、

偵察に時々使っている飛行船を、さらに開発して戦闘機にして、それを大量生産して、空から攻める。」

公爵はそう言いながら、壁の上にかかっている巨大な金色の時計に目をやり、

「もうそろそろ、帰ってくる頃だな」と言った。

公爵が手で合図すると、モーツアルトのような軽やかな音楽が流れた、我々がしばらく聞きほれていると、開けられた窓の外の方からブーンというかすかな音が聞こえた。

「来た。見てみろ、偵察から帰ってきた飛行船だ」と公爵は興奮したように言った。

 

窓の外の青空の中に、一転、鳥のようなものが飛んでいるかと思うと、やがて我々の前に姿を現した。銀色のクジラのような巨体を青空に浮かべ、少しずつ移動している。飛行船の下のゴンドラの中の三人の兵士が公爵に敬礼をした。

「どうですかな。ヘリウムで、あれは空に浮かぶことができるのです」と公爵は言った。

「私は、今、あのアルミニウムの飛行船から鉄の戦闘機へと発想をかえている。工場の研究所で試作品をつくっている。

確かに、原料の鉄鉱石が中立を保っている海と山の国に集中しているので、そこから大量に輸入するという難しい交渉があり、

さらに、我が国のその方面の技術はまだ未成熟なのは認めるが、それでも、飛行船よりはましな飛ぶ技術をつくり、数十台の戦闘機をつくることは出来ると考えている」

吾輩、寅坊は地球の戦闘機を思い浮かべ、公爵の言うのはまだやっと飛べる程度のものと理解した。それでも、この戦争には威力を発揮するというのが公爵の持論のようだった。

 「あんた達は銀河鉄道の客なんだそうだね。こんな愚かしい戦争をやっている所は他にないだろう。どうだい。あるかね」と公爵は言った。

「あります。地球の第一次大戦とよく似ています。大戦の場合は沢山の国が衝突して、もっと複雑でした。死傷者も物凄いものです。ただ、日本では、戦争成金が沢山出たという記憶があるくらいで、印象が薄いようです」

「どこがひどかったのかね」

「ヨーロッパです」

吟遊詩人は一呼吸おいてから、「人の心が戦争を生むのです」と言った。

「わしは戦争などしたくなかった。水の取り合いで、小競り合いが起きたので、我が国の面子があるからな。最初は小部隊で、威圧しておく程度にしか、考えていなかったのだが」

 

吟遊詩人はヴァイオリンを奏でた。

「お、君は音楽をやるのか」

「詩もやります。歌ってみましょうか」

「そうだな」

 

 理性は野に咲く薔薇の花

薔薇はいのちをいかしてこそ、胸にしみる美しい色となる

欲に支配された薔薇は煩悩の火

争う薔薇は知恵の絶壁より真っ逆さま

下は地獄の海

白いカモメは海を飛ぶ

戦闘機がカモメより優れているというのか

チーターは大地を疾走する

車はそれよりも優れているというのか

科学は薔薇の果実

武器は薔薇の迷える幽霊

それ故にこそ、軍縮にこそ理性を使うべき

ヒトの船頭は道を間違えるな

我らは船頭に行くべき道を指し示せ

  

「ゴールド国もグリーン国も同時に軍備を縮小することです。そういうことに、理性を使うべきなのです。戦闘機をつくる前に、話し合いが必要です。」と詩人は言った。

「軍縮ね」

「地球人もそういうことで悩まされました。

例えば、ゲーテやバッハ・ベートーベンを生んだドイツと優れた文化を持つフランスがたえず戦争をしていたという悲しい事実があります。そうなるのは、煩悩に支配された人が理性を道具に使い、軍拡に走った結果なんです」

「煩悩ねえ」と公爵はつぶやいた。

「地球のヨーロッパでは、戦争の歴史でしたよ。ことに第一次世界大戦はひどかった。滅茶苦茶な戦争だった。この惑星で、ゴールド国とグリーン国がやっていることは、地球での第一次世界大戦のミニチュア版とも思える。何十万という逞しい若者が機関銃や大砲の弾にあたり、死んでいく。愚かな戦争の見本みたいな戦争でした」

 

その時、秘書官が封書を持ってきた。公爵は我々の目の前で、開いてさっと目を通した。

「グリーン国から休戦の申し入れがあった」

「当然、休戦を受け入れるわけでしょうね」と吟遊詩人は公爵に聞いた。

「これは伯爵と相談しないとな。何事も国政の重要事項は二人で相談して決め、国王にお知らせし、それで裁可が出るという仕組みになっている」

「スラー伯爵は休戦に賛成していると聞いていますが」

「そんなことは初めて聞いた。」

吾輩は猫族の直感で、初めてというのは嘘だと思った。

「死者数が多いのは無理な突撃が多いというのは伯爵も認めている通りです。もうゴールド国だけで、五十万の死者。グリーン国の被害も大きい。彼らは憲法の制約があるから、戦争はしたくない筈。戦争は始まってしまうと、とめるのが難しいのは歴史の教えるところです。休戦の申し入れはチャンスです。話し合いに応じるべきですな」と吟遊詩人は言った。

吾輩、寅坊は豪華な宮殿の内部の装飾や絵画に目をやっていたが、視線を吟遊詩人に移した。詩人の目には、一種の緊張感があった。彼はさらに話し続けた。

「休戦を受け入れないで、断固、戦うべしということになると、兵士は疲れ切っているので、長いにらみあいに兵士がたえられなくなって、上の将軍もあせり、現場の指揮官も突撃に傾き、結局、収拾のつかない大戦争に発展して、地球の第一次大戦の西部戦線のように、死者二百万なんていうことになってしまいますよ」

「そんなになったら、若者がいなくなって、我が国は崩壊だ」

「休戦は、話し合いのチャンスです。優れた文化・長い歴史を持つ両国は、文化の交流をすべきです。芸術の交流です。そうすれば、人の心はなごみ、両国民に争うことの愚かさを自覚する余裕が生まれ、両国が同時に軍縮する土壌が生まれ、軍縮の話し合いも効果的に進みます。軍縮すれば、そのお金は福祉にまわせ、国民の生活は豊かになるのです。

それが出来ないのは、人の心には、天使も住んでいるけれど、時々、愚かな悪が顔を出すからですよ。親鸞の教えを聞けば、それが分かる」と詩人は言った。

「そんな教えはなんとなく分かります。面子やプライドが人の心に壁をつくるのです。それから、欲望。今回の場合は水、それに金鉱が欲しいという欲望。これはどうしようもないものだ。若者には、勇敢さを発揮する場面も必要だ。しかし、無謀は困る。それに、グリーン国とは、価値観がことなる。」と公爵は言い、影のある複雑な表情をして、にやりと笑った。

 吟遊詩人は気品のある表情を浮かべ、自分の理解した世界を話したいと言った。

「ほう、どんな内容ですか」

「偉大な考えは同じ真理に到達したとしても、異なった別の表現をとることがある。それで、表現や言葉が違うことで簡単に異端と思うのではなく、よく内容を吟味する必要がある。世界の聖者と科学が到達した真理は似通っているのです」

「例えば、どんな風な例があるのですかな」

その時、吟遊詩人は宮殿のバルコニーに出た。公爵も吾輩もハルリラもあとに続いた。ハルリラは剣を持っていた。

 

 そよ風が気持ち良かった。広い庭園には様々な美しい花が咲いていた。詩人はヴァイオリンを鳴らした。不思議な音楽だった。あらゆる野獣をも猫のようにおとなしくさせる力を持つ音楽であると同時に、この世にある薔薇や百合の美しい花園や緑の丘から見る澄んだ川や町並みを眼前に思い浮かべさせるような音楽でもあった。

すると突然、地震がきた。庭園に巨大な裂け目が出来た。大地は揺れていたが、不思議に心地よい揺れだった。

「地震」と吾輩とハルリラは同時に、声を出した。吟遊詩人は微笑した。

 大地の割れ目から、巨大なロケットのようなものが飛び出してきて、ふとそこの何もなかった庭園の真ん中に巨大なスカイツリーのような建物が生まれたのだ。ただ、建物は鉄筋のような硬さを感じるようでなく、そうかと言って木造とも違う、何か絹のような柔らかさと美しさを持つ不思議な感じだった。

その建物の美しさは全体に広がる金色一つとっても、金閣寺を圧倒するものである。他の赤や黄色や白の美しさも同じ、白は白鳥を思わせ、赤は夕日を思わせ、黄色は夏の向日葵を思わす、そうした美しい色でおおわれた建物は様々な飾りを身につけ、その飾りにはダイヤ、サファイア、を始めとする巨大な宝石が輝いている。

 「何だ。君は魔法を使うのか。吟遊詩人よ」と公爵は驚いたような顔をして言った。

「これは魔法ではない」とハルリラは興奮したように叫んだ。

「そうです。魔法ではないです。もともとあるものを視覚化したものです。永遠の美の幻ですよ。永遠の生命の幻と言ってもよい。幻というと、幻覚と思う人がいるが、そうではない。何故なら、我々人間も、幻のようなものですから。幻のようであるけれども、生き生きとしっかりリアルに生きておる。これを神秘の生命という。色即是空、空即是色ともいう」

「おや、あの神秘な建物の扉が厳かな音を立てて、光り輝き開いた」と公爵が言った。

 

 「展望台には、巨大な百合一輪が咲き、その横に大きなヒノキが立っています。ヒノキは樹齢おそらく何千年ともいわれ、百合は今の今を謳歌しています。百合の周囲には蜜蜂が歌を歌い、歌詞の中でいのちの素晴らしさを言っておりますが、これは蜜蜂の言葉が分からないものには分かりません。ヒノキには小鳥がとまり、この建物が永遠の生命の象徴であることを言い、そのいのちのさえずりを楽しんでいます」

「詩人の川霧さん。美しい百合とヒノキ。なんだか、別の映像詩に置き換えても良い気がするな。例えば、薔薇と樹齢数千年の大きなケヤキの木という風に」とハルリラが言った。

「うん、僕だったら、ランの花一輪とくすの木 」と吾輩、寅坊が言った。

吟遊詩人はうなった。「今の今という生き物と、永遠の過去から引き続いているDNA、こんなイメージはどうかね」

「君達は何を遊んでいるのかね」と公爵は不機嫌そうに、ぼやいた。

 

その時、展望台の方から、たえなる音楽が聞こえてきました。

そして、その音楽にのって、歌声が聞こえてくるのです。

「二仏並座。二仏並座。この世で一番美しいイメージ。永遠の過去に死んだ筈の多宝如来と釈迦牟尼仏が塔の中に並ぶこの世で一番美しい場面」

「吟遊詩人さん。そんなものをわしに見せて、どうしようというのかい」と公爵は言った。

「ここに宇宙の真理が表現されているからですよ。あなたはそのことを知りたがっていたのでしょ」と吟遊詩人は言った。

「わしにはさっぱり分からん」

「地球の東洋では、真理を表現するのに、こうした視覚的な方法をとることがよくあるのですよ。法華経という経典は日本の平安貴族に好まれ、平氏が厳島神社に奉納したことでも知られ、宮沢賢治が童話を書く際の基本のテーマとされたことでも知られているのです。

親鸞は阿弥陀仏を信仰していたようですが、同じことです。親鸞の教えによれば、人は阿弥陀仏という一個の生命体に包まれている。これを禅の道元は全世界は一個の明珠であると言ったのです。つまり、宇宙生命とも大生命ともいわれる方が一つ宇宙にいらっしゃる。ポエムならば、この生命が太陽になり、地球になり、動物になり、人間になると言うでしょう。」と詩人は言って、微笑した。

「そんな話は初めて、聞いた」と公爵はうなった。

 「こういう風な話はどうですかな。我々人間は兄弟【全世界は一個の明珠】なのに、何故に争うのか。我々は同じ映画・物語・歌に感動し、涙する同じ存在ではないか。

それなのに、何故争うのか。

ここに、人間の秘密があるのではないか。つまり、カントが言ったように、人間の認識能力には限界があるということです。つまり、人は正しく、世界を見ていない、顛倒して見る。これは人間の誤った見方であると、仏教では指摘しています。

人は物や人をばらばらに見る。切って見る。区別してみる。しかし、これでは自然を正しく見たことにならい。本当は、全て連なる不生不滅の生命なのではないか。【縁起の法】お釈迦さまはそういうことをおっしゃつたのではないか。そこからは、大慈悲心が生まれる。慈悲【アガペーとしての愛】を失えば、宗教は真理を見失い、堕落するということは歴史の教えるところです」

「ますます、分からなくなったような気もするが、一方でその教えに気持ちが魅かれるのはどうしたことか」と公爵は再び、うなった。

「アインシュタインが尊敬していたというスピノザという哲学者は大自然の中に神を見て、それを数学的手法を使って、そういう神の存在を証明した。この神とは、今風に言えば、不生不滅の生命のことであるという解釈も成り立つ。

この考えはゲーテやベートーベンにまで影響を与えている。」

「なるほど。」

「このように、考えると、スピノザの神とは、現代風に言えば、「大生命」のことである。「宇宙生命」のことである。この大生命が我々一人一人の中に流れているのである。これは仏教の考えとも合う。

これが分かれば、全ての人は兄弟であることが分かる。争う必要はないのだ。」

「大生命ねえ」

 吟遊詩人が独特の価値観を公爵に吹き込んだせいか、その効果はあったようだ。休戦が成立した。我々はマサール氏に挨拶し、吾輩とハルリラと吟遊詩人は、アンドロメダ銀河鉄道に戻った。

 我々は長いこと眠った。そして、目を覚ますと、吟遊詩人はにこりと笑った。

 

吟遊詩人はとたんにヴァイオリンを引き出した。

甘く美しくとろけるような音色、かくも不思議な音色がこの世にあるのかと思われるように、吟遊詩人の顔も音楽の世界に溶け込んでいるようである。

終わると、ハルリラが「それ。聞いたことがあるような気がする」と言った。

吾輩もある。

「チゴイネルワイゼンさ」

「そうだ。魔法の国で聞いた。若い女の人が百合のようにたたずんでいる路地で聞いたおぼえがある。それに、川のそばでもその人はぼおっとした感じでいた。でも、全てが薄ぼんやりとした記憶で、忘れてしまった。それが僕のチゴイネルワイゼンの記憶の全てです」

吟遊詩人は大きな声で笑った。詩人がこんなに大きな声をたてて、笑うのを見たのは初めてなので、吾輩は驚いた。

続けて、詩人はほほえみを浮かべながら、歌った。

 

「懐かしい故郷のこと忘れてしまったって

それは大変だ、剣の使い手よ

それは魔法の中毒だよ

でも肝心の所はおぼえている

川と路地

おそらくそこには魔法の花が咲いていたと思うよ

魂を吸い込むような深紅の薔薇に似た魔法の花がね

今は僕の友となった君よ、

しばしの惑星の旅を楽しもう」

 

 ふと、気がつくと、窓の外に白っぽいブルーの惑星が見えてきました。星があちこちに輝く中に、ひときわブルーの色を輝かせて、バレーボールの三倍ほどの大きさに見えてきたのです。

「地球に似た惑星ですね」

「うん、初めて、地球を見たガガーリンが『地球は青かった』と言ったけれど、あの感じですね。綺麗なものだ。」

「だが、外側は綺麗でも、中に住んでいる人間が綺麗とは限らない。ここが難しいところだ」

「人間が住んでいるの」

「銀河鉄道がとまる駅があるから、当然人間がいる。ただ、地球とは違って、虎に似た生き物から人に進化したようだ。」

ここの人間には、虎族、ライオン族、ヒョウ族、猫族という民族がいる。つまり、猫科の人類が住む惑星と、宇宙のインターネットの辞書には、分類されているようである。

 

 

 

                【つづく】

      

 久里山不識のペンネームでアマゾンより

  長編「霊魂のような星の街角」と「迷宮の光」

  を電子出版(Kindle本)

 水岡無仏性のぺんネームで Beyond Publishingより[太極の街角」を電子出版

 


銀河アンドロメダの感想  14 (黄金のサイのミニ彫刻)

2018-10-13 10:15:47 | 芸術

 全世界は一個の明珠である。これは道元の言葉である。彼は真理を悟ったのであろう。

仏性を悟ったのであろう。仏性とはどういうものであるか、言葉で言って相手を納得させることはできない。しかし、道元が死んだら、後世の人は道元が悟った内容を知ることが出来ない。ここは大慈悲心を起こして、言葉で表現することに挑戦するしかない。「正法眼蔵」がそれだろう。

だから、全部読んで理解しないと、著者の言うことが分からないような西欧の哲学書と違う。

この「全世界は一個の明珠である」という言葉から、道元の得た真理を悟る人もまれにはいるかもしれない。主客未分の世界というのが禅の常識的な言葉としてある。向こうに客観的な物質があって、こちらに自分がいる。その境界がなくなった時、そしてそれが意識されている時を座禅によって経験すれば、宇宙は自己と同一になる。その時、世界は一個の明珠が見えてくるのでないか。

この明珠はいのちそのものである。永遠のいのちそのものである。

ところが、人間は理性を持ち、向こう側にあるものを認識し、分析していることに慣れている。そうしないと、人間は生きていけない。人間だけでなく、生き物はすべてそうだろう。生き物の中で、対象物を分析するのに優れた能力つまり理性を持つのは人間だ、その理性がニュートンのように、万有引力を発見し、科学は量子力学を発達させ、今や科学は飛ぶ鳥を打ち落とす勢いで発達している。

アインシュタインはスピノザに影響されたアインシュタイン流の神を信じていたようである。

もし仮に、イメージの上で、アインシュタインの神が道元の言う「全世界は一個の明珠」に近いと仮定することが許されたとした場合でも、それでも大きな違いがある。それは、アインシュタインはそれを数学で表現できると考えたことであり、道元は勿論、数式なんて全く縁のないところで、座禅をして心身脱落し、「明珠」という言葉の奥にある神秘で深い深い躍動するいのちそのものを体験していたのではないかと思う。

 

 

14 黄金のサイのミニ彫刻

 

 ハルリラがある秘密の行動を企てようとしていたことはあとで吾輩にも分かった。

ハルリラは長老がアリサを妻にしたいと言った申し出を侮辱と受け取っていた様子から、何かしらのことを深くは考えていたのだろう。しかし、それは想像を上回る大胆な計画だった。

 ある日、吾輩と吟遊詩人の前に、ハルリラは不思議なものを見せた。

それは長老の一番大切な守護神だそうだ。純金で出来た小さなサイの彫刻だった。それはネズミか小鳥ほどの大きさであったが、まるで生きているサイのように見事なもので、純金で出来ていて、持つとどっしりとした重さを感じた。

「これは何」

「長老の一番大事なものさ。彼は黄金の魔法次元から来たというから、彼と会った時から、わしは彼のことと、黄金の魔法次元のことを調べていた。そうすると、長老はあの司令官たちを指図する指揮権を託されているが、その惑星の指揮権の象徴がそのサイの彫刻さ。金よりもその彫刻に価値がある。

それをなくしたら、長老は切腹ものさ。それを、わしは密かにあの銅山のビルに忍び込み、盗んできた。これで、長老と取引しようというわけさ。アリサを妻にしようなどというふざけたことを払い下げにし、もう一つ大事なことは鉱毒を流さないことと、彼らの軍が持つミサイルと特殊爆弾の廃棄による正常なビジネスだな。これを長老に約束させる」とハルリラが言った。

「凄いものを手にしましたね」と吟遊詩人、川霧が言った。

「具体的にどうやって、長老と取引するのですか」と吾輩は聞いた。

「ロス邸かカルナさんの家に呼び、そこで話をする」

 

 

 アリサとの結婚を望んでいる長老の思惑をハルリラから聞いたアリサとカルナはアリサの家に呼べば、来るのではないかと言った。電話はロス邸のを使わしてもらう。アリサが直接、長老を電話で誘うという段取りになった。

一人で来て欲しいというアリサの願いを、異星人サイ族の傲慢な力の過信からだろうか、長老は、この前の祭りの参加でこちらの様子が分かったということで、ある日、一人で、アリサ〔カルナ〕邸に来ることになっていた。

その時、ハルリラ達がこの晩さん会に参加することは絶対の秘密だった。リミコからもれると厄介だと思ったからだ。

 

 

 晩さん会の用意は出来た。長老はリミコと一緒に来た。

アリサが玄関で「今日は晩さん会で御友達も呼んでありますの。」と言った。

長老はちょつと笑った。リミコは何か厳しい顔になった。

「姉のカルナの企画なんですよ」とアリサが言った。

 

吟遊詩人とハルリラと吾輩はテーブルの席の所で立って、挨拶をした。

長老の誕生日だった。これはアリサがリミコから聞き、知っていたことなのだ。

「お誕生日、おめでとうございます」と我々はカルナと一緒にそう言った。

長老はさすがに、一瞬戸惑った様子だったが、「ハハハ。わしの誕生日か。誕生日を祝う習慣はわが惑星ではあまり一般的ではないが、ま、ありがたく受け取ろう。この国の文化を尊重するのも大切なことだからな」と言った。

 

 

 「では長老。これをご覧ください」とハルリラが黄金のサイの彫刻を見せた。

ハルリラの腰には彼の自慢の剣がさしてあった。

「何だ。これはわしの」と長老はさすがにぎょっとした驚きの表情をした。

「これを長老に誕生日プレゼントとしてお渡ししたいのですが。条件があるのです」

「条件」

もうその頃は、みんな多少のワインが回って、いい気持になっているようだった。

「そうです。アリサさんはあなたの妻になることは御断りしたいと申しております。まず、それを承諾していただきたい。アリサさんには画家の恋人がいらっしゃるのです」

「画家だと」

「山岡友彦か」

「よく知っていらっしやいますね」

「知っているさ。銅山の鉱毒をなんとかしろとよく言ってきている画家だ」

 

「それからですね。軍のミサイルと特殊爆弾を廃棄して、我が国と平和なビジネスに入るように司令官を指導していただきたい」

 

「ハハハ。ハルリラ。いつから、こんな交渉術を学んだ。お前のところののどかな、魔法次元でもこんなことを教えるのか」

「いえ、自然に思いついただけで」

「よくこのサイの彫刻を盗みおったな」

「今の話、お受けできますでしょうか」

「アリサのことは分かった。しかし、ミサイルと特殊爆弾は司令官の管轄にあるのでな。わしはただの説教師でな」

「巧みな説教師と聞いております」と吟遊詩人、川霧が言った。

「サイ族の魂を動かす術を黄金の魔法次元で習得なさったとか」

 

 

 長老は苦笑いをした。

「君は無茶な願いをしていると思わんか。武装解除しろと言っているようなものじゃないか。宇宙の旅は危険がたくさんあるのじゃ。惑星の文明段階も色々でな。わしらのより、強力な武器を持つ惑星がある。

そいつらと素手で交渉なんかしてみろ、皆、監獄行きさ。そして、いい見世物かさらし者にされてしまう。強いものの意見が通る、これが黄金の魔法次元の教科書に書かれていることじゃ」

吟遊詩人は微笑して言った。

「弱肉強食ですな。しかし、野獣の進化段階ならそれも分かりますけど、ヒト族に進化したからには、我々は文化を持ちます。文化は弱肉強食などという野獣の考えに支配されていては良いものは生まれません。

優れた文化、芸術は優れた宗教と同じように、優れた価値観を持ちます」

「良い価値観が相手を圧倒できるときはそれも分かる。しかし、やはり、相手に強い武器を見せつけられては、その良い価値観ですら、相手の良くない価値観で薄められ、

武力のないために悪い価値観を受け入れてしまうではないか」

 

 

 「黄金の魔法次元の価値観というのはどういうものなんですか」と詩人が聞いた。

「なるべく武力は使わず、ビジネスで儲け、みんなが豊かになることじゃ。みんなが幸福になることじゃ」

「豊かになれば、幸福になる」
「そうではないかな」

「人はパンのみにて生きるにあらずと言う言葉もありますけど」

「それは分かる。しかし、おぬし。そこまでわしに言うなら、おぬしに聞こう。おぬしの言う優れた価値観とは何だ」

「言葉では具体的に言うことは難しいでしょう。私が感じているのはあえて言えば、生命です。いのちです。神と言っても良い。真如とも言う。愛とも大慈悲心と言っても良い。虚空ともダルマとも言う。

人は言葉を言うと、すぐにその言葉にとらわれます。言葉は絶対の真実を示すことはできません。言葉は真実を指す指先のようなものです。その優れた言葉や優れたポエムから、真実を体得しなければなりません。」

詩人はそこまで言うと、微笑した。一息つき、長老の目を優しく見詰めて、言った。「そうした絶対の真実が我々の生きているこの現実の世界に表現されているということです。それを見いだすことが、人生修行なのではありませんか」

「心身脱落か」

「よく禅の言葉を知っていらっしゃいますね」

「わしは仮にも長老だぞ。心身脱落すれば不生不滅のいのちを手に入れることができるというわけか。

君はそれでそれを体得したのか」

「いえ、言葉とイメージでは分かってきましたけれど、まだ心身脱落は体得できないから、こうやって、旅をしているのです」

「旅が修行か」

「ま、そういうわけです」

「わしもな。よその国とビジネスをする。これが修行だと思っているのじゃ。貴公は何かビジネスを悪いもののように考えているが、それは心得違いだと思うがな。ビジネスがなければ、色々な物や食料が全ての人に行きわたることができないじゃろ。その公正なビジネスを邪魔する強盗や盗人は追い払わねばならぬ。そのために、武器は必要なのじゃ。そして、皆が豊かになる。これが黄金の魔法の次元の価値観じゃ。どうだ。素晴らしいだろう」

 

 

 「で、どうなんです。鉱毒の垂れ流しを中止することと、ミサイルと特殊爆弾の廃棄はだめなんですか」とハルリラが鋭く聞いた。

「それはな。わしもな。武器などなしに、素晴らしいビジネスが出来れば良いとは思っている。祭りで踊った時にな、そういう思いがふと湧いたものじゃ。しかし、無理だな。

ヒトは悪を抱えているから。魔界の誘惑にも弱い。そんな呑気なことでは面白いビジネスは出来んよ。夢物語を語りに、わしは宇宙を飛び回っているのではない」

 「それじゃ、この黄金のサイの彫刻はかえしませんよ」

 「かまわんよ。その代わり、ここと伯爵邸とロス邸、それに新政府の庁舎を砲撃するが、そんなことをしてよいのかね。わしも、長老といわれている身、そんなことはしたくはないのでね」

 

 

その時、吟遊詩人がヴァイオリンを取って、弓を弦にあて、不思議で美しい音色を奏でた。

「ほお、音楽か。やれやれ」と長老は独り言を言った。

 

詩人の声が響いた。

 

武器を捨てるなんて夢物語 ?

そうだろうか。

軍拡を進めればヒト族破滅もいつの日か

とため息がつくばかり。

 魔界の王者メフィストの高笑いが聞こえてくるようだ。

 

 勇気をもって、武器を捨てよう。

武器を持って、脅してビジネスしても、それは本物のビジネスか。

ヒトとヒトがこの世に誕生し、

言葉を交わし、愛を交換し、

真理の光がまばゆいほどに光るその道を歩く時、

ビジネスも心の通い合いとなる

物と物は多くの人に行きわたり、

食料は多くの人の胃に入る

飲み物は我らを酔わし、

果物は幸福のしるしとなり、

いのちは至る所に輝く

街角はカラフルな豊かな衣服であふれ、

人々の口元には美しい微笑がもどる

 

だからこそ、話し合い、武器は捨てよ。優しいビジネスは人に息を吹き返す。

平和は人にいのちの復活を約束する

 

 

         【つづく 】

 久里山不識

    

【アマゾンより、「霊魂のような星の街角」と「迷宮の光」を電子出版】

Beyond Publishingより【太極の街角】を電子出版【水岡無仏性のペンネームで】

 


銀河アンドロメダの感想  13(愛)

2018-10-05 09:53:18 | 芸術

  福島の原発事故の起きる前は、脱原発を言うと、色々な圧力があったということが、この不幸な事故のあとになってより鮮明に分かってきた。私も「いのちの花園」という脱原発の長編小説を平成2年に本として出版して、その後、中傷を受けたから、よく分かる。

原発問題の前には公害問題があった。四大公害裁判である。私の記憶では、水俣湾に流れこんだ水銀が原因でおきた恐ろしい病気であったが、地元の医療関係者が海のそばに工場を持つ会社の垂れ流す水銀に原因があると中央に訴えたが、政府の意向を受けた偉い肩書を持つ学者が「因果関係がない」と突っぱねたと記憶している。

そういうわけで、水俣病が工場の流した水銀に原因があると社会的に認められるまでに長い時間がかかったのだろう。

今回の原発事故でも、中央に協力的な肩書の偉い学者が、原発に批判的な学者の言い分を抑え込んだようなことがあったらしい。

ま、こういうことは、古来あった。西欧では、ローマ法王側の意見に反発したガリレオが圧力に屈したが、「それでも地球は回る」と言ったのは有名である。

ガリレオより時代が前の人で、ジョルダーノ・ブルーノがいるが、自分の意見を撤回しなかったために火刑にされた。火あぶりの死刑である。

今は先進国では、表立ってそういうことは出来なくなった。法治国家になったからである。

法律に触れないように、陰で嫌がらせをやるという風に変わっているらしい。

例えば、本来ならば、そこの大学の教授になれる人が助手しか進めないとか、私のように一介の無名の作家ということになると、ひどい中傷を流すとかされるのである。どこから流れるのか、原発のような場合は、それをやろうとしている権力側に賛成する人が何らかの組織とかSNSを使うことが予想される。これが民主主義の国のやることなのだろうか。

権力を持っている側の言い分は少し疑ってみるということが必要である。そういうシステムはアメリカの大統領をめぐる報道を見ていて、アメリカの法制度にはよく浸透しているという気がする。

大統領を監視する特別検察官なんてあるのもそうでしょう。その検察官を選んだ司法副長官が大統領を辞めさせるように動いたという噂も、正規の法の上にのっとてやられたというのだから、権力を監視する網はかなりのものだ。

国民の目はアメリカにも日本にもある。

しかし、日本は経済が安定してくると、権力者のいうことはお上のいうこととして納得してしまう傾向にないか。経済もそれは、物凄く大切である。しかし「もんじゅ」のように一兆円の無駄使いをしたことを忘れてはならないのだ。

こんな無駄遣いをして、格差が広がるような経済政策はやめてもらいたいものだ。

 

 

 

 

 13     愛

 

   伯爵は異星人の長老に、カント九条の話をしていた。我らは吾輩と吟遊詩人、川霧とハルリラそれに伯爵。向こう側にはリミコが長老の秘書として同席していた。

「異星人は何を狙っているのですか」と伯爵は細い目を少し押し広げるようにして、その優しい目の光に幾分の鋭さを含ませながら、優雅な語り口で喋っていた。「異星人は銅山と車の会社だけでなく、あちこちに忍者をはりめぐらしているというではありませんか。名目はビジネス。

今回のカルナさんの家にリミコさんを送ったのも何かの陰謀ではないのでしょうか。

銅山の幹部の半分は異星人ですね。

国のあちこちの会社に、異星人がみな鹿族に変身して、散らばっている。それで良い仕事をしているというなら、まだしも、リミコさんのように、カルナ邸の忍者とは 鹿族の何を知ろうしているのでしょうか。カルナさんとアリサさんの二人の話に、権力に不都合なことがあれば、新政府に報告し、何か取引でもしようというのではありますまいか。カルナさんは政府を批判するエッセイスト。結果としてそれを弾圧することに手を貸すとは、この国の市民の基本的人権をこわすことになる。こういうやり方を卑怯と思われないのですか」

「何も悪いことを考えているわけではない。サイ族と鹿族は文明と文化があまりに違いすぎる。良いビジネスをするためには、相手を知らなくてはならないではないか。それにサイ族が会社に入るのが何故悪い。民族平等ですぞ。

理解が深まれば、お互いのためになるのではないかな」

「問題はサイ族が鹿族に変身しているということですよ」と背の高い伯爵は小柄な長老を上から眺めるように言った。

「何。あれはお化粧ですぞ。何が悪い」

「お化粧と変身とは明らかに違う。例えば、密告のような悪い目的のために、変身するのは詐欺のような気がする」

「それは失礼ですぞ。それに考えすぎ。そういうのを邪推という」

 

 「スピノザ協会の調べたところによると」

「スピノザ協会。ああ、カルナさんの所属しているグルーブね。あそこは我らに最初から不信感を持っておるようじゃな」

「そりゃそうでしょ。リミコさんが忍者というのをカルナさんは感づいていたのですから」

「感づいて、親友扱いとは、中々のお嬢さんですな」と長老は笑った。

「そのスピノザ協会の調査では、お宅のサイ族が会社の幹部に入っている所では、過労死、パワーハラスメントによる自殺、税金のごまかし、こうした沢山の不正があるというではありませんか」

「そういうことは、サイ族のいない会社でも起きていますよ。この鹿族の国にもともとある構造的な問題ではないのかな。

だいたい法律で時間外労働の限度を月百時間認めるというような作り方を新政府はやっていることからして、過労死の問題は新政府の問題で、サイ族とは無関係だということをご理解していただけるでしょう。

たまたま、サイ族がいた所でも、あったということで。サイ族は わしの精神的指導が入っているから、そういうことをしないはずだ」

「本当ですか。だって、銅山と青銅器の車の会社をご覧になったことがあるのですか 」

「いや、ないが。長老は瞑想という修行があるので。そういう空気の汚い所は行かん。そういうことはみな司令官にまかせておる」

「瞑想とは迷走ではないのですか」

「何。そういういいがかりをつけるなら、わしにも言いたいことがある。環境税を我らの車の会社にかけようと運動しているのは、伯爵、お宅だそうだな」

「あの排気ガスはひどいでしょ。それで儲けようというのだから、環境税は必然的なものですよ」

「わしらの友好的なビジネスを邪魔するつもりなのかな」と長老は不機嫌な顔をして言った。

「友好的なビジネス」

「わしほど鹿族諸君に友好的な気持ちを持っているものは、そうはいない」

「何か、証拠でも」

 

 

 「鹿族のアリサを妻にもらいうけたいと願っている。わしは長老と言っても、まだ。五十代半ば。科学の力によって、筋肉の総合力はまだ三十代だ。」

なるほど、リミコの忍者活動はアリサの様子をうかがうことかと、吾輩は思った。

リミコは長老の一番の秘書。長老がアリサをどこで見染めたのか分からないが、そういうことで。リミコを送り込むことはありうるかもしれん。

なにしろ、長老は司令官に対して、精神的な支柱となる人物だけに、男女のことでやたらに動き回ることはできないということは吾輩にも推察できた。

 

「サイ族の長老と鹿族の娘の結婚。冗談でしょう」とハルリラが言った。

 

「それに、それはアリサさんのお気持ちがあるではありませんか」と詩人、川霧が言った。

「それで、カルナ邸に秘書リミコを送りこんだというわけか」とハルリラは徐々に語調が強くなってきた。

  

「世の中をよくしょうとする話とそういう男女の話とは全く無関係では」と伯爵は微笑した。

 

「さよう。無関係。 しかし、わしはそちらのお手代いをするのだから、そのくらいのわがままも許されるのでは」と長老は言った。

「そんなことはアリサさんが考えることでは」

「それはリミコが説得する」と長老は笑った。

 

 

  帰りの道々、ハルリラはアリサへの思いを喋った。夢遊病者のように、まるで熱に浮かされたように話すのだった。

 「異星人の長老がアリサを妻にしたいだと。ふざけるのもいい加減にしろ。彼は自国に自分の妻が一人いるではないか」とハルリラは怒ったように言った。

「長老に妻がいるというのは、今、あの館を出た時、魔法次元の電波で入れた情報だ。アリサはわしの理想とする女性だ。あんな奴に持っていかれてたまるものか。」

「リミコが説得するかもしませんよ」

「わしはリミコの忍者行為も許せないが、そんな風に長老の手先になってアリサを説得することのないように、リミコにあの家から出て行ってもらおう」

「それはそうだ。私からもカルナに話しておく」と吟遊詩人が言った。

  

 「ああ、しかし」とハルリラは言った。「たとえ、長老が引き下がったとしても、アリサにはボーイフレンドがいる。彼は紳士だ。彼がアリサに言い寄ったら、わしは負けだ」

「誰ですか。そのボーイフレンドというのは」と吾輩は聞いた。

「山岡友彦だ。彼は銅山の鉱毒垂れ流し反対の旗手でもある。この国では伯爵と同じキリン族だが、芸術家でもあり、鋭くすばしこい。」とハルリラは言った。

「アリサさんとはどういう関係で」と吟遊詩人、川霧が聞いた。

「姉さんのカルナが山岡友彦と一緒に仕事をすることが多いから、カルナが妹のアリサに彼を紹介したともいえる」

「山岡さんはカルナさんの恋人が伯爵の息子トミーさんであることを知っているのかもしれませんね」と詩人、川霧が何か寂しげな物言いだったことに吾輩は気づきはっとした。

「カルナさんはエッセイシストだ。アリサさんはユーカリ語を学習し、翻訳を仕事にしているから、出版社との交渉が多い。山岡友彦は絵描きだ。この国で、画家で飯が食えるのは三人ぐらいしかいないが、彼はその一人。ことに、出版社との関係は深いから、そこでアリサさんと山岡友彦の接点が出てきたのかもしれない」とハルリラは言った。

 「山岡友彦さんのアトリエに行ってみませんか」とハルリラが言った。「彼がどういう考えなのか知りたい」

 

 

 山岡友彦のアトリエは湖のそばにあった。

煉瓦づくりの家の二階に広いアトリエがあり、そこから、庭園と向こうに広がる小さな湖とその向こうの森が見えた。

彼は背の高いキリン族だった。もともとはユーカリ国の生まれだが、青年時代にこちらの国の絵の伝統にひかれてやってきた男だ。細面で、首が太くハンサムで、耳が大きい。表情が豊かで、よく微笑した。目は細く、中の青い瞳は鋭かった。

「森の向こう側に、和田川が流れている。異星人の奴らが銅の鉱山を開発しているが、公害対策をしないものだから、鉱毒が流れっぱなし。全くひどい話だ。

森の向こうには車の工場もあるというが、何か得体のしれない正体不明の会社をつくっている。

『株式会社株田真珠』とか。

この国のマスコミを牛耳ろうとしている。給料はもの凄くよく、学生の憧れの的だが、この間、新入社員の若い男が過労で自殺した。

いったい新政府は何をやっているのだ。

カルナさんと伯爵の活動は尊敬しているが、わしは絵を描くのに忙しくてね。なにしろ、創作というのは魂をうばい、無我夢中になるからね。」

「その絵は」

アトリエの窓の横に大きなカンバスがあった。絵は風景画だ。森林に囲まれた銅山のような横穴があり、その上に車の会社があり、煙突からはもくもくと煙を吐いていた。

「鉱毒事件に反対ののろしをあげる絵画さ」と山岡友彦は言った。

「地球でも、水俣病、イタイイタイ病、四日市のぜん息など四大公害裁判があった」と吟遊詩人が言った。

「その被害者の心痛は大変なものだ。それに最近では、原発の事故があった。」

「何だ。その原発というのは」

「原子力で、電気をつくるのだが、地震と津波で甚大な被害を受けた。

放射能が人体にひどい害をもたらすことは以前から言われていたのだが、安全だと言う勢力が強かったのでね」

「ううむ。我らの文明段階はそこまで行ってないが、科学と文明が栄えると、文化も栄えるというのはうそのようだな。文明と文化は違う。文明だけだと、人間は傲慢になる。文化の中にある深い精神性を見失うからだと思う」

 

 

 「コーヒーをのみませんか」と山岡友彦は絵筆を置いて、テーブルの上のサイフォンに電気を入れた。

そのテーブルから大きな窓が見えて、窓から湖が見える。

湖の真ん中あたりで、ざわざわと大きな波が見えた。

「お、恐竜のうさちゃんがお目見えかな。

この惑星には、恐竜の子孫が一部、残っているのです。象か小さなクジラ程度の大きさものですが、草食系のせいか、おとなしいので、みんなうさちゃんと言って、仲良くしているのですよ」

「なるほど、」

「顔を出すと、ひどく首が長いでしょ。顔もけっこう可愛い。そういうのだけが生き残ったのです。この惑星では人間に進化した哺乳類はけっこういますけど、やはり、隣のキリン族のユーカリ国、それにこの国テラヤサ国の鹿族とウサギ族、まだ 熊族  リス族の国がありますがね。僕はこの国が好きでユーカリ国から移住してきたんですよ。なにしろ、絵画には偉大な先輩がいましたからね。しかし、最近、騒がしいことに、異星人なるものが銅山のあたりを占拠して、新政府となにやら交渉しているようですけど、困ったものですな」

「サイ族の長老をご存知ですか」

「ええ、噂は聞いています」

「アリサさんはご存知でしょ」

 

 

 「ああ、カルナさんの妹の。素敵な人ですな。私は鉱毒事件でカルナさんと話す機会がありましたから、二度だけ、アリサさんにはお会いしましたよ」

「たった二度だけ」

「うん、会う機会はたくさんあったけれどね。わしが遠慮したのよ」

「遠慮」

「なぜなのですか」

「そんなことはわしにも分からん。わしの昔の思い出がそうさせるのかもしれん」

「そのアリサさんを異星人の長老が妻にもらいうけたいと言っているのですよ」

「何」と山岡友彦はけわしい顔をした。彼はそんな顔をしながら、サイフォンで入れたコーヒーを花の模様の入った白い茶碗に入れて、我々に勧めた。

しばらくの沈黙があった。

我々はその沈黙の意味をかみしめながら、コーヒーを飲んだ。こくのある甘みと苦みの混じった舌にとろけるような味でうまかった。

「あんな異星人は追い出してしまえばいいんだ。それが出来ない新政府はだらしない」と山岡友彦は言った。

「追い出すと言っても、そうなると武力衝突ということになって、とてもかないませんよ。彼らはミサイルだの、特殊爆弾を持っていて、我々と文明レベルがちがいますからね」と伯爵は言った。

 

 

 「それよりも、カント九条をこの国にも、それから、異星人のサイ族の長老にもその意味を教えるのです。そうすれば、争いのないアンドロメダが誕生するではありませんか」

と伯爵は言って、カント九条の説明をした。

「アンドロメダは広いのですよ。そのカント九条は我が国に適用して、まず、この向日葵惑星に広めることですな。異星人には無理でしょ」

「なぜ」

「白隠が言ったように」と山岡友彦は微笑した。吾輩、寅坊は彼が白隠を知っていることに驚いた。白隠の名はこのアンドロメダの惑星にまで響いているのかという思いがあったからだ。

「つまり、彼が言うには、人間は仏であると。確かにその通りだろう。しかし、それは悟った人が言える言葉だ。現実の人間には悪がある。魔界のメフィストは常に魔の誘惑の手を伸ばそうとしている。だから、争いが起きるのだろう。武器を持ちたがる。戦争をする。異星人サイ族にはわしは不信を持っている」

「カント九条は人類・ヒト族の理想です。理想を実現するには、ヒト族に親鸞の言うような悪の自覚とその克服への努力が必要でしょうね。

大慈悲心に基礎をおいた粘り強い話し合いによる解決こそ、希望の未来につながる。その時、ヒトは宇宙の大生命・大慈悲心に包まれていることを自覚するのかもしれませんね」と吟遊詩人が言った。

 

「ニュースの時間だな。ラジオを入れてみよう」

数分、漫才のような会話がとまったと思うと、太い男の声、アナウンサーが言った。

「新政府のV長官は 異星人の長老と懇談したそうである。あくまでも平和裏にビジネスを広げていくという大枠は決まった」

鉱毒事件の問題解決の話はまるでなかった。要するに、この会談では無視されたのだ。異星人のとの間には、まだ未解決の問題は多いと、吾輩は感じざるを得なかった。

 

 

 「君はアリサが好きなんだろう」と山岡友彦はハルリナに言った。

「どうしてですか」

「これもわしの画家としての直観だ。君の剣を長老に突き付けて、アリサを守れば」と山岡友彦は言った。

 

             【つづく】

 

久里山不識

    

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 脱原発の長編小説「いのちの花園」は 検索で出て来ます。(ペンネームは野口古鏡になっています)