
少年は幼稚園が嫌いだった。
そこには大好きな母がいないからだ。
少年を置いて去ろうとする母に、顔をくしゃくしゃにして泣きつき、いつも母を困らせた。
幼稚園も3年目を迎える頃、少年の父は転勤になり家族で松山市に引っ越した。
そして少年は新しい幼稚園に通うようになった。
登園初日。
右も左も分からぬ少年に、1人の男の子が歩み寄った。
「幼稚園に来たら、まずこのノートにこうやってシールを貼るんだ」
友達ができ、少年はあんなに嫌いだった幼稚園を楽しいと思えるようになった。
新たな土地で萎縮していた少年の心に、その小さなシールの思い出が深く刻まれた。
27年後。
父親になった2人は、いつか自分たちの娘が互いに仲良く遊ぶ日を楽しみにしていた。
初対面の日、少年の娘サヨコは男の子の娘イチカの顔にシールを貼った。
あの日のことを誰が教えたわけでもなく。
「あの時のお礼だよ。」
日々は小説よりも奇なり。
でも明らかに嫌がってるな、イチカちゃん。(笑)