せせらぎせらせら

日々思うこと

なるほど

2009-01-31 | ぎらぎら
―ニーチェは世の中の、とりわけそれをよくするための、役に立たない―
それってニーチェに限らず、俗に哲学的と称されるもの全般に言えることではないのか?
不毛だからこそ好いのではないか?


まだ学生だったある年の年末、帰省で愛媛に降り立った僕は空港から3時間かけて歩いて家まで帰った。
「Uクンは暇人だね、羨ましいわ~」
と年上の従兄弟が嘲笑まじりに言った。
つれづれに歩くといろんなことを考える。
一歩一歩頭が整理され、ルービックキューブのブロックが回転するように組み合わせが変わり、新しい思索と喜びが生まれる。
そういう思索は、ほとんど全て“とりわけ世の中をよくするための、役に立たない”。
そもそも別に僕は自分の思索を何かの役立てようと思うわけでも、ましてや世の中をよくするといった使命を帯びているわけでもない。
だから、そのことを嘲笑われる筋合いもなければ、逆にそれを責めたてる道理もない。
僕も彼もお互い好きなように生きているのだ。
その一件以来、僕と彼は真っ向から魂をぶつけ合うようなコミュニケーションを取らなくなった。
彼の胸の内は知らないが、僕は彼が言い放ったたったの一言で彼に対しての興味の大半をなくしてしまったのだった。

とかく、僕は不毛と不要を同一視する人とはウマが合わない性質のようだ。
僕はただ滑らかな曲線を描きたいのだ。

ギクリ

2009-01-31 | ぎらぎら
―ロマン主義的ペシミストが永遠や静寂や神を求めるのは、自身の苦悩や欠陥を世界の本質に由来するものとみなして(つまりは責任逃れをして)、それによって世界との逢着を錯覚するような慰み―

だってさ。
あいたた。

嘘つき

2009-01-29 | ぎらぎら
素人ながら、ある女性をモチーフに小説なんぞ書いてみようと一念発起して、まずは小説の何たるかから、ちらほらと考えている。

イソップの『オオカミ少年』は、たしか嘘を重ねた少年が村人の信頼を失ってしまう話だったと思うけど、不思議なことに、小説ってのは基本的には虚構であるニモカカワラズ、作者は信頼を失うどころか、社会的にはむしろ、ある種のオピニオンリーダーのような地位に見られることが多い。

要するに、少年と小説家の唯一にして決定的な違いは、“嘘の裏側に何を隠した”かだと思う。
少年は無意味な嘘を、小説家は有意義な嘘を仕立てるわけだ。
後者が直接的に伝えたいことを言わないあたりが、いわゆる奥ゆかしさなのだろうか。
隠されたお宝を発見する喜びが伝達力を高めるのだろうか。

僕はそういう大掛かりなメタファーが苦手だ。
なんせやったことないからね。

まず巧妙な嘘つきを目指そう。
無意味な真実もあれば、意味のある嘘もあるってことか。

その前に活字嫌いを克服せねばね。笑

きっと、意味なんてない

2009-01-29 | ぎらぎら
目の前でポテトチップスの袋を開けようとしていた友人に「一枚もらっていい?」と尋ねると、彼は快く開いた袋を差し出してくれた。
そこに手を伸ばした瞬間、忘れていた今朝の夢の記憶がフラッシュバックした。

僕が座った食卓の上にはフライドポテトが大量に並んでいる。
皿の上にポテトが山積になって、それが何皿も何皿も。
まぁいいか。
フライドポテトは嫌いじゃない。
ところが、一口食べてみると、このポテトときたら冷めてるわ、フニャフニャにふやけてるわ、味気ないわ!
こんなもん、こんなに食えるか!
なぜか異常に腹立たしい。
(僕は常日頃から怒りを不要なものと考えているが、夢の中では違うらしい)

で、目が醒める。

醒めながら、おかしなことを思った。
もし、生命がカオスの中に偶然出来た毛玉のようなものなら、いつか解きほぐされてカオスに戻るだろう。
それって、きっと懐かしい感覚なんだろうなぁ。

夢の内容もさておき、醒め際の降って沸いた思索も全くもって意味が分からない。

もし、僕がカオスの中に偶然出来た毛玉のようなものなら、その毛玉が見る夢に意味なんてないに違いない。

ぼくは本が読めない

2009-01-23 | せらせら
19時から、渋谷でミキコアラマータのライブがあるというので、部屋の片隅にある十数冊の本の中から一冊を適当にバッグに入れて、足早に家を出た。
僕は読書の大半を電車の中でする。
大半と言っても、読むのは多く見積もってもせいぜい年に3、4冊といった程度だから、一般的にはきっと「本を読まない人」の部類に入るに違いない。
電車の中で読むのが主だから、基本的には文庫判サイズのものを、しかも古本屋で気が向いたときに気が向いたものを購入する程度の本好きだ。
俗に本嫌いとも言う。
電車で向かいに座った人に「あ、俺もそれ読んだ」とか「はは、今更そんなもん読んでんの」なんていう表情をされるのも癪だから表紙はことごとく裏返している。
だから、いったん部屋に置いてしまうと、もうどれがどの本かなんてすぐには分らなくなるし、実際、僕にとってはどれがどの本であったっていい。
ただ開いたところに綴られてある、著者の人生哲学を巧みにカムフラージュした物語を追うだけなのだ。
それぐらい軽いノリの気まぐれ読書が僕にとっての読書の全てだ。
そもそも僕にしてみれば、活字が眠気を誘うのは学生時代にすでに十分すぎるほど立証されている。
それから、これは最近気がついたことなのだけれど、活字はちまちまと極小の文字で書かれたものほど強烈に眠気を誘う。
重ねて言うと、古くなってページが色褪せている上に古い口調が綴られた志賀直哉さんなどは特に不眠がちな人にもお勧めだと思われる。
僕は一時期、よく直哉さんの子守歌で心地好く眠りについた。

都心に向かう電車に乗り込んだ僕は、さっそくネクラ系椅子取り心理ゲームを展開する。
化粧に抜かりのないこの二人の女性はおそらく多摩川を越えていくだろうから、この席を狙っても無駄骨だ、とか、この古着好きくんはスーパーの袋から野菜が覗いている、つまり駅前にスーパーもないような冴えない郊外の駅で降りるに違いない、狙い目だ、とか。
こういう子供っぽい遊び感覚で生きてるから、僕はいつまでたっても駄目な奴なのだ。
が、遊び心を忘れてしまっては何事も面白くない。
人生を暇つぶしだという人もいるくらいだ。
遊びに勤しむ人生があっても悪くはない。
とにかく僕の読みは当たって、二駅目で僕はちゃっかり席を確保した。
隣に1.5人分の席幅を占拠する巨漢が座っていて、七人掛けシートに六人が座って余った端数分のスペースが僕と巨漢の間に空いていた。
そこを目掛けて細身のスーツの女性が歩み寄ってきたが、幅が足りないことを悟ったのか、諦めて僕の目の前で立ち止まった。
気まずさから少し詰めてはみたけれど、やはり一人分には足りず、仕方なく僕はさも申し訳いという目で女性を見た後、そそくさとバッグから本を出して開いた。


開かれた本は山田詠美さんの『ぼくは勉強ができない』だった。
なんとも感慨深い。
この本は僕が本を読まないことを知った響子が、これなら読みやすいよ、と言って勧めてくれた本だ。
そして、おそらく僕が自分のために買った最初の本だ。
その頃、僕は渋谷のカフェでバイトしていたので、まさに今乗っているのと同じ田園都市線に揺られながら読んだ本だった。
内容に関しては、もうほとんど記憶になかったが、時田くんの言動に逐一、はは、と嘲笑まじりに共感する感覚には何か懐かしい感覚が蘇ってくる。
今となっては、それがまたなんとも複雑な心境だ。
架空の人物とは言え、ひねくれた高校生の思考に共感してしまう自分。
同時に、共感とは少し離れたところで別の自分が問う。それでいいのか、29歳!?と。(まぁ当時の山田さんの年齢を考えれば、いいのかもしれない。)
・・・ああ、そうだ、前にこの本を読んでからもう10年近く経っているのだ。
それを思うと、ますます感慨は深まっていく。
変わらないものと、変わってしまったものの間で厚みばかりを増し続ける半透明な隔壁が無性に歯痒く、忌々しく、限りなく愛おしい。
あの頃、この電車に揺られていたものは、もうどこか遠くに行ってしまった。
ただ、山田詠美を「ヤマダエミ」と読んでいた響子には「いや、これはエイミと読むらしいよ」と一言、言ってやりたい。
僕は響子の他愛無い勘違いをいちいち訂正しながら、意地悪く笑うのが好きだった。
そうすると響子は「もう、いちいちうるさいなぁ」などと、ふて腐れて見せるのだった。


ミキコアラマータのライブは好かった。
すごく好かった。
ミキコの吹くへたくそなトランペットの音にもならない音は、僕の中の整理のつかない苦しみを癒してくれる。
ステージの上で汗だくになって全力で精神を肉体に表出させる表現者たちの姿が、僕の諦観じみた生き方に語りかけてくる。
「あんた、それでいいのかい?」
「うるさいな、わかってるよ。」
「じたばたするってのも楽しいぜ」
「知ってるよ!俺だって自分なりにじたばたしてる。でも、まだもうしばらくかかりそうなんだ!」
ああ、僕は何を苛々しているんだろう。
少し冷静に自分を見れば、この苛立ちは明らかに内側に向けられているのだ。
客席から見上げるステージの上がキラキラと眩しかった。
その光を見ていると、響子の死に対して頑なになっている自分がふっと馬鹿らしく思えた。
やはり時間とともに穴は小さくなってきているのだ。
それが消えてしまう前に、僕にはまだやらなければならないことがある。

帰りの電車で本の続きを読んだ。
途中で、なんと時田くんのクラスメイトが自殺してしまったが、そんなことにはお構いなしに電車はあっという間に僕の住む駅に着いた。
駅からの帰り道、雨が降っていたが傘を差すほどではなかった。
家に帰って頭を軽く拭いたあと、布団に潜り込んでさらに本を読み進めた。
が、それからどれほども読まないうちに僕は眠りについた。
やはり活字は眠くなる。
その厄介な事実は学生の頃からずっと変わらないものの一つだ。

今のところ、今年一番の衝撃!!

2009-01-19 | せらせら
小さい部屋の中で寄り添ってじっと寒さを凌いでいる。

寄り添っているうちになんだか幸せになって、じわじわと外側に幸せ色が滲み出してきたら食べ頃です。

蜜柑の色は幸せ色です。

先日、父が送ってくれた蜜柑が沢山あって食べきれないのでここ数日は仕事先で幸せのお裾分けをしている。

ビバ☆愛媛!









・・・と思っていたら!!

蜜柑のダンボール箱に「香川県産」と書いてあった!!

こいつは参りましたゼ!

「俺、実家が愛媛なんです」って言って配ってたのに。

ボスに「スーパーに売ってる蜜柑がこんなに美味いとは、さすが愛媛だな!」とまで言わしめたのに・・・、今更そんなことって!

こいつは言えないゼ。シラを切り通そう・・・。


悩み多きお年頃

2009-01-19 | ぎらぎら
暇人ゆえ、けっこうどうでもいいことに悩んだりする。

何故、中国の建築は屋根の端があんなに跳ね上がっているのだろう。

とか、

「也」という漢字は二画目より三画目の書き始めのポイントを上にしたほうが安定感もあるしスマートに見えるのに!一体何故だ!とか。

正月に親戚の叔父さんに中国旅行の写真を見せてもらったとき、建築と漢字に共通して顕れている中国人の鋭角への美意識の一端を垣間見た気がした。

よくよく考えると、バランス(調和)への美意識と言ったほうが的を射ているように思う。

強と弱とか剛と柔とか鈍と鋭とか光と陰と朦と鮮とか賢と愚とか。

塩の効いた昭和味ビスケットの甘さ。

日本の故郷は中国だ!


古典的記憶媒体

2009-01-19 | ぎらぎら
先日、空に刻み付けた記憶を辿って高校生の自分に行き着いた。
その朝、曇り空の下、遅刻気味に自転車を急ぎ走らせていると、突然、頭上に広がる鈍色の塊に押しつぶされるような感覚に襲われた。
訳も分からず恐ろしくなった。
日々が機械的に“繰り返される”。
ただそのことが怖かった。
恐怖とは、どこからやって来るのかさえも分からないからこそ恐怖なのだろう。

とにかく、思い返せば僕はその瞬間に刹那主義の洗礼を受けたに違いない。

幽春

2009-01-19 | せらせら
最近は過去を顧みることが多くて、ついつい青春ってなんだろうと考えてしまう。
世の中の価値基準を棚に上げて、絶対的に主観を妄信することだろうか。
信じられる物を探し出して、ダンボール箱に詰めていくことだろうか。
それは家庭を持つようになったらガムテープでぐるぐるに密封して押入れの奥に仕舞いこんでしまうようなものだろうか。
家を移るときに家族に見られないうちに捨ててしまうかどうかを迷うようなものなのだろうか。

また、昼過ぎに見上げる遥かに澄んだ空をふっと思い出す夜さりの中にあるような懐かしい幻想なら、むしろ紅春や幽春と呼んだほうがしっくり来るのではないか。



ちょっと想像して怖くなった。→そして思う。

2009-01-16 | せらせら
周知の通り、何かを手に入れるってことは、それと表裏一体の関係にある何かを失うってこと。
分かりやすい例を挙げると、人が富を手にしたとき貧、そして貧に付随する清は失われる。
またオトナになったらコドモではなくなる。とか。
失いかけたところでその重要性に気が付いた人は上手い具合に折り合いをつけながらそれぞれのベストバランスを模索しながら取捨選択を行う。
そういう行為って誰にでもできるわけではなくて、ゆとりのある人の一種の特権のようなものだと思う。
飢えに瀕して生命に危機が迫っているとき、人は選択の余地なく喰う。
仕方がない。仕方ないが「喰うこと」は確実に「手に入れること」に属する。
僕の知る限りそんな事を慮る人はそういないが、実はそれによって失うところは大きい。
その行為の延長で、人は文明を推し進め、経済を発展させ、生命維持のための屈強なシェルターを構築してきた。
ところが、それがどの時点か僕には計りかねるが、ある時点以降は仕方なくを越えてただ惰性にまかせて拡大だけを追い求め、いつしか必要以上のシェルターを作り上げてしまった。
その時点とは江戸時代だったかもしれないし、昭和初期だったかもしれない。
とにかく僕には今が必要以上であるように感じられてならない。
不景気だ恐慌だと言われる今でさえ。
誰もが、そうしなければならないような思い込みに囚われて、これといった目的地もないまま前進ばかりを良しとしてきた結果だ。

ふっと、この文明が実は巨大なバブルのような現象または幻想で、何かの拍子にパンッとこれが弾けた途端に人類が動物に戻り、正気の眼で僕らがいかに浮かれた生活をしていたか、どれだけ重要なことを見失っていたか、二度とは取り戻せないものをどれほど壊してきたか、そういったものを後悔とともに思い知るのではないかと考えたとき、僕はゾッとした。
急速に巨大化する利便の陰で、いまだ名も知られぬ欠如が膨張しているのかもしれない。

昔、日本文化には不足や欠如など、諸々の不具合を小さいうちに見出して俳諧に織り交ぜて味わうという数奇な風習があった。
侘び、寂び。
うらぶれて満ち足るを知る心。
現代文明がこれから向かうであろうミニマルの極致はすでに「和」の中に完成に近い形であったはずだ。
そこに回帰する上で僕らはそこに何を加味するか。
せっかく、ぐるっと大回りしてきたのに全く同じじゃああまりに味気ない。
「そこに何を加味するか。」それが現代人に課せられた難題なのだと思う。
僕は現代に即した侘び寂びの真髄を模索しよう。
蛇足にならないよう細心の注意を払って。

これは大きく僕の個人的な嗜好による見解になるが、もし形而上学的な美の本質が“ささやかなるもの”にあるとすれば、美学の確立とミニマライゼイションの行く末が一致することになるはずだ。

簡素。

煙草と坊主

2009-01-15 | せらせら
煙草という物が世の中から疎外され始めてはや久しい。
僕にしてみれば、大衆化されすぎた喫煙文化がここにきて再び大衆によって敬遠されることで、煙草が新しい文化に昇華されていくような気がしている。

先の正月に、故郷の松山で一週間弱の休暇を過ごした。
1月5日の朝、祖父と叔父、叔母と僕で漬物や豆をおかずにして簡単な朝食を済ませた。
叔父は愛煙家であったが、数年前に苦難の断煙を敢行、それが見事に成功し、今では立派な厭煙家となってしまった。断煙の動機については僕の知るところではない。
とにかく、僕は朝食の後、庭へ出て2本ほど煙草を吸った。
灰皿には去年の9月に残した吸殻がまだ残っていた。
9月に帰郷したときには、あの木に登って枝を幾つか剪定したなぁなどと回想しながら、ふと楓の枝に目をやると、可愛げなテルテル坊主が連なって枝にぶら下がっている。空は清々しく晴れていた。
その向こうには視線より少し低いくらいのブロック塀を挟んで、年始のバス通りを忙しなく車が行き来していたが、無機質な境界線の手前には不思議なほどの静けさが吹いていた。なるほど、線を引くとはこういうことかと思った。
テルテル坊主たちは寒風に小さく揺れながら、必要以上の速さで時流を行き交う車たちを見守っている。
その慈愛に満ちた容姿が僕に地蔵菩薩の佇まいを思い起こさせた。
世間から切り離されたテルテル坊主と僕は束の間の深い時を過ごしたのでした。

小走りに
せせらぎはやみ
どこへ急く
末には同じ
海の静けさ

生きるとは
燃えて煙の
昇るさま
吹かれて消える
刹那の憂い


稚拙な歌心はさておき(笑)、このご時世に於いて煙草が俳諧に通じるツールとなるのは必然だ。
群がって浮かれる者には感じ得ない閑雅は孤独にほど近いところに潜んでいる。
現代的な侘び寂びの趣を生活の中に見た朝でした。

世の中、意外と問答無用。

2009-01-15 | せらせら
「ねぇ、今から海を見に行かない?」
「やだよ、面倒くさい。寒いし。」
「なら、私一人で行ってくる。」
「・・・わかった、行くよ。」
「そう。よかった。」

はっきり言って、人生に選択の余地などほとんどないに等しい。
何を良しとするか、どういう事態を回避するか、無数の選択肢を前にして、優先事項が明確で、天秤が正確に機能してさえいれば大抵のことは否応なく進んでいくのだ。
もし自らの優柔不断を苦に感じるならば、まず「生の意味」から回顧することをお勧めしたい。

ある悲劇

2009-01-14 | ぎらぎら
幼い頃から毎日毎日、大好きなドーナツを食べて育ったメアリーさん。

10歳になる頃には、彼女はキッチンに立ち台を持って行ってはたどたどしく自分でドーナツを作るようになった。

好きが高じて、ある日ついに食べきれないくらいの大きなドーナツを作ってしまった。

食卓の皿の上にちょうど顔くらいの大きさにポッカリと口を開いたドーナツを見ていたら、何故だかじんわりと涙が滲んだ。

その日を境に、もう二度と彼女がドーナツを作ることはなかった。



「それはとても悲しいことだ。」と誰かが言った。

「いいえ、それはありふれた美しいおとぎ話よ。」と誰かが言った。

「いや、ただ拡大専意の米国的資本主義に対する陰湿なアンチテーゼをそれっぽくメタファーした作り話だ。」と自嘲気味に僕が言った。