朝日新聞 連載 「深流・安倍元首相銃撃事件」 第4回
山上徹也の伯父(77)は、病床に横たわる24歳のおいっ子を眺めていた。
2005年、海上自衛隊の任期制自衛官として長崎の佐世保を経て、
広島県内に勤めていた山上容疑者は、自殺を図った。
伯父は海自からの電話で知らされた。
「すぐに徹也の母親に連絡を取ろうとしました。だけど、どこにいるのかわからない。
旧統一教会に問い合わせると、『韓国にいる』と。結局、しばらく帰国しませんでした」
山上徹也の口から自殺未遂の理由が語られることはなかったという。
伯父は職場に事情を尋ねた。
「徹也への聞き取り結果を書面で取り寄せました。
そこには、旧統一教会によって自分や兄妹の人生がめちゃくちゃにされた恨み、
自分が死ぬことで保険金が兄と妹に渡るようにしたことが書かれていました」
自殺未遂の前、サラ金3社から計100万円ほどを借り、酒を飲み歩いていたことも知った。
その金は伯父がすべて返済した。
伯父が最後に山上徹也に会ったのはこの年の5月、関西地方の病院に転院していたときだった。
伯父は山上徹也を退院後に自宅に招いて一緒に暮らすことも考えたが、自分にも子が3人おり、断念した。
パソコンの購入費用として10万円を渡したきり、お互いの連絡は途絶えた。
3カ月後、山上容疑者は3年間の任期を終えて海自を退職した。
翌年9月、戦後最年少の内閣総理大臣が誕生した。安倍晋三氏、当時52歳。
父は元外相の故・安倍晋太郎氏、祖父・岸信介氏と大叔父・佐藤栄作氏は
ともに首相経験者という名門政治家一家の出身だ。
「毎日額に汗して働き、家族を愛し、地域を良くしたいと願っている、日本の未来を信じたい、
そう考えている普通の人たち、すべての国民のための政治をしっかりと行ってまいります。
本日、『美しい国造り内閣』を組織いたしました」
就任直後の会見で、安倍晋三新首相は力強く語った。
「2007年7月、測量士補。2007年10月、宅地建物取引主任者。
2008年3月、2級ファイナンシャルプランナー……」
山上徹也がかつて登録していた人材派遣会社によると、複数の資格を取得していた。
海自を退職後、奈良市に戻り、アルバイトや派遣社員として職場を転々とした。
実家ではなく、ワンルームマンションで暮らしながら、資格取得に励んでいた。
ちょうど、世界経済に大打撃を与えた「リーマン・ショック」(2008年)の前だった。
「書類には2013年にフォークリフトの運転技能講習修了ともあります。
どの職場も半年、3カ月、1年、4カ月と短い。
職歴欄には『人間関係』『上司と合わない』『後輩の指導が不得意』
といった面接時の採用担当者のメモ書きが残されています」
別の人材派遣会社の担当者が、そう教えてくれた。
「兄ちゃん、なんで死んだんや」悲劇再び
山上徹也は30代半ばで再び悲劇に見舞われる。
「てっちゃんはずっと泣いていました。『兄ちゃんアホやな、なんで死んだんや。
生きてたら何とかなるやん』って。あの姿は忘れられません」
一家をよく知る男性は、自殺した兄の葬儀での山上徹也の様子をはっきり覚えている。
山上徹也の当時の心境を知る手がかりは少ない。
ツイッターは2019年以前から使っていたとみられるが、
アカウントの一つは暴言や脅迫、
差別的言動に対するルールに違反したとしてツイッター社が同年に使えなくした。
直近のアカウントは2019年10月に開設された。
事件後の7月19日午前に「凍結」されたが、
朝日新聞が同17日午前に確認した時点ではフォロワー数は0。
自らがフォローした数も2と少なかった。
内容も独白に近いものが多いことから、他者とのコミュニケーションのためよりも、
自らの考えや気持ちの整理に使っていたのかもしれない。
(富田元治のブログと一緒、同じです)。
2021年4月には「信頼していた者の重大な裏切り」に気がついた、と投稿した。
誰からどのように裏切られたのかわからないが、同じ日の次の投稿でこのように続ける。
◆《こういう裏切りは初めてではない。
25年前、今に至る人生を歪ませた決定的な裏切りに学ぶなら、これは序の口だろう。
オレも人を裏切らなかったとは言わない。
だが全ての原因は25年前だと言わせてもらう。なぁ、統一教会よ》
アカウント名は「silent hill 333」。
これとよく似た「SILENT HILL」というタイトルのゲームソフトがある。
シリーズ3作目の主人公はカルト教団の司祭によって家族を殺され、復讐を誓う少女。
襲いかかる怪物を銃で倒していくホラーアドベンチャーで、2006年と2012年には映画化もされた。
山上のツイッターにはもう一つ、頻繁に登場する映画がある。
2019年10月に公開されたアメリカ映画「JOKER(ジョーカー)」だ。
舞台は貧困や差別がはびこり、治安が悪化する架空都市。発作的に笑い出す病を抱え、
コメディアンとして成功することを夢見て道化師(ピエロ)の仕事をしながら、
古びた集合住宅で献身的に母親の介護を続ける貧しい独身の中年男性・アーサーが主人公だ。
ある日、同僚に裏切られて失業。
発作をからかって暴行してきた3人組のエリート証券マンを拳銃で撃ち殺す。
ただ一人愛してくれていたと信じてきた母親の過去を知って絶望し、
殺人を重ねながらバットマンの敵役「ジョーカー」へと変貌していく物語だ。
終盤には、人気テレビショーの生放送に呼ばれ、ピエロ姿で憧れの司会者と対面する。
そして、テレビカメラの前で世の中の不条理や不満をこうぶちまける。
「心を病んで、孤独で社会に見捨てられ、
ゴミみたいに扱われた男を欺くとどうなるかわかるか? 今から教えてやるよ!」
街では、社会に不満を持つピエロ姿の無数の市民たちが暴徒化。
アーサー、いやジョーカーを取り囲んで拳を夜空に突き上げる。
その輪の中心に、自身を重ね置いたのだろうか。
山上容疑者は映画を見た後、火炎瓶を携え、ある場所に向かった。
第5回に続く。
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