だ・こーじの「いま、思い、考えること」

「目に見え心に思ふこと」をホンネのごとくフィクションとして綴ります。

11月8日(火)自己主張

2011年11月08日 | 日記
おはようございます。
学園祭が終わり、かたづけ日となった週明け月曜日。

午前中からアポをとって出かけたのですが、先方も週明けの忙しさから、しばし待たされていました。
新聞を見ていると、タイの洪水のニュースに加え、ギリシャもおだやかではないし、イタリアも追い込まれている。
なんだか地球規模で漱石の『草枕』ではありませんが「とかくに人の世は住みにくい」状態になっています。

ギリシャなんぞは、世界史的にみたら賢者の集団のように思っていましたが、
実際、日本以上に優秀な高学歴者が多いということをききます。
でも、いわゆる経済不安から就職ができていない。日本の学生たちも今年は就職が厳しいですが、
この展開はもう世界規模なんですね。
ただ、そんなときだからこそ、自分と向き合うことが大切なのかもしれません。

目が覚めてから、眠るまで、他人ばかりを見ている、などという言い方がありますが、
自分ってなんなのか、役立てることはないかな、ということを考えるときだと思うのです。
もちろん、そんな甘っちょろい考えですべて乗り越えられる問題ではないのですが、
自分の利害、既得権ばかりを守っていると、格差は広がるばかりです。
一教員としては、文科省が唱える「生きる力」だけではない、今、何が起きているか、そして、自分はどうすべきか、ということを考えさせることにあるように思います。
それは、古典文学を読んでいても、なぜ21世紀の自分が読むのか、どの教科もそう、なぜ学問をするのか、と、考えさせる機会をつくってあげることではないかと思うのです。
ただ、それをやみくもに伝え、指示するのではなく、やや矛盾していますが、見守ることに徹して、伝えられれば、と思います。

午後はアジトで原稿を書き、やっと出版社に配信。
学内に書類を出し、書類整理をしているところに、出張のためのチケットをスタッフが届けてくれたので、しばし政治談議。
政治家と秘書、官僚と政治家、どんな関係で何が決まっていくのか、なんて、古典とは別の世界を話して少し気分転換をしていました。

そんな中で、岩佐美代子先生の論文を拝読。
源氏物語の大尾の問題を扱ったものですが、教えていただけること、気づかせていただけることがあり、感謝をいたしました。

そういえば、ゼミ生のK嶋サンが来ると言っていたので、待っていたけど、来なかったなぁ。
学園祭には卒業生や保護者の方々から差し入れ。そして、なによりもK師匠から大量の差し入れが届きました。ありがとうございました。
そんなドタキャンもあった月曜日。
今日も充実した一日にしたいものです。

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