絹糸のしらべ

一絃の琴、きもの、文学etc…日本人のDNAが目を覚ます・・・

公立校でどこまでできるか

2006年03月08日 11時30分14秒 | 子ども
今週は国立大学の前期日程の結果発表がある。
後期日程は定員が極端に少ないので、ほとんどの子どもが
この前期日程に賭け、あとは私立などの滑り止めで
決着しようと思っているだろう。

下の子の小学校がひどい状態になってきているのは
前に書いたが、東京に居たとき(10年ほど前)すでに
隣接する小学校がいまのうちの小学校のような状態で
保護者が当番制で学校に見回りに行っていた。
(うちもそのうちそうなるだろう)

都市部では(特に東京)早くからみな公立校を見放し
中学は当然のことながら、小学から私学へ行く人も多いと思う。
皆、満員の電車に揺られて学校に行く…

一方、今自分のいる地域は、公立志向がいまだ根強く
地方では有名校といわれている男子私立校の編入などは蹴って
公立高校へ進むといわれている。

しかし、いつまでもは続かないだろう。
うちの地域は、まだまだいい地域と言われていたが、
全くこれがマシというなら他はどうなっているのだ?

こんな公教育の救世主か!?と思っていた「陰山英男」も
来春から立命館小学校の副校長になるという。
もっと自由な立場で、教える側(教師)の研修に取り組みたい
ということらしかった。
(立命館小というのは今春から開校する。この陰山氏就任予定が
 小学校の募集時期に合わせて発表されたのは何故か?)
驚くなかれ、この陰山氏がいるからという事で
校長をしている「土堂小学校」に県下から続々子どもが転入してきていたのだ。
(廃校寸前の小学校が、にわかに大所帯になった)
その人たちは、彼がいなくなってこれからどうするのだろう?
注:陰山英男さんは例の「百マス計算」の人

さまざまな問題が山積だ。
マスコミも責任大有りである(保護者の意識をカクランする)。
全国どこでも(多少の差はあれ)公立の小中高と普通に学習して
その先の選択肢が多々あるというのが好ましいと思うのはわたしだけなのか?
受験でいうと、国立大学を例にとれば、中学校で相対評価でオール3ならば
合格の可能性ありと考える。(私見です)
その際の鍵は「数学を捨てない」ということである。


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4 コメント

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現役の (長岡)
2006-03-08 23:38:09
高・中・小のこどもを持つ身としては、琴音さんがたびたび書いて見える学校関連の

話題は、私もよく考えますよ

いつもコメント入れようと思うんだけれど、簡略にはできない内容になりそうなので

ついついサボっています(笑)



ただ、荒れた学校も、ずっとそのままということはないようです

逆に、静かだったところがたった1年で荒れていくことももちろん。



私立志向も確実に進むでしょうね~

うちは、これからの子でなくてよかった~と思うのも本音です(笑)

私も、私立なんてお金持ちの行くところ、としか思ってなかったですが

なるほどなぁ~と思う部分も出てきました



でも、私立も公立も、いろんな人間(生徒も先生も保護者も)が集まっているのは一緒なので、

私立に入れとけばゼッタイ安心、というはずはないですよね



私は子どもの教育にそんなに熱心な親ではないので、たまに考える程度ですが、

熱心なかたはいろいろ頭痛の種が多そうですね
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おっしゃるとおり (琴音)
2006-03-09 08:24:50
ほんと、言われるとおり「ここへ入ったから大丈夫」

ということはないですね!

また、私立校は「カリキュラムは完璧!」かも知れませんが

中身がどうなんだ?というところもあるでしょう。

どこへ行ってもその子次第、ということは

永遠に変わらない定義みたいです。



この手の話って、やっぱり人それぞれ意見があるので

理解してもらおうと書いて、かえって誤解を招いたり

いろいろ・・・

面とむかって話していても通じないときあるから

文面だとさらにわかりにくいよね



まあ、固い話題はたまにしか頭に浮かんでこないしね・・・

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どこへ行ってもその子次第 (きまみ)
2006-03-11 00:53:24
ほんと、それにつきますね。

どんな、「その子」になるかが、親のあり方なのかなぁ



いろいろ、思うことはあっても、コメントできなくて、パソコンの前でいつもうなってます 

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「その子」を決める要素 (琴音)
2006-03-11 08:26:14
小さい頃はやっぱり保育者のあり方に左右されるけど

自我が芽生えてからは、その子どもが所属する世界

つまり周囲の認識に沿うよう、子どもなりに努力して

行くのでしょう・・・(社会性ということ)



どんなところにいても、自分自身を貫いていけるのは

ごくごく一握りの人間であり

そういう人こそ「どこにいっても」いいのでしょうね。



自分自身、そんな立派な人に到底なれないし

周囲に思い切り左右されるから

やっぱり、自分の子どもも

まわりに染まろうとする人間なのですわ・・・
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