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思い立ったが吉日

たぶん魂の叫び

天馬騎士と竜騎士 其の6

2013年10月29日 | (FE)創作日記
 グダグダダラダラなので、ここからはできるだけ話をまとめていこうと思う。
 そういった意味でも以下。

 さきほどジュースを買いに出かけたのだが、いやいや、外に出ることは普通にあるが、以下のことを考えながら歩いたことは多分なかった。
 よく晴れていたから、なんとなく思ったのだろう。
 こうやって歩いている今、ドラゴンナイトに襲われたらどうなるんだろうか。

 ・・・
 うん。
 めちゃくちゃ恐ろしいのではないか。

 上空から唐突に、巨大な影が目の前に現れるのである。
 馬もビビるだろ。

 ただしこれはイメージでしかない。
 上空から滑空してきたとして、目の前で急停止してくれるなんて、どういう物理法則になるのか。あるいはこちらが攻撃・・・もとい大きな姿をしっかりと脳裏に刻み込めるように、わざわざ急ブレーキで減速してくれたというのか。

 滑空してきたスピードのまま通りすぎていくに決まっている。
 まあ、この通りすがりにこちらが切り殺されているか、突き殺されているか、食い殺されているか、突き飛ばされているか、掴まれているか。
 いずれか。

 ともかく上空から滑空してきて通りすがりに攻撃していく。
 という図柄をリアルに妄想すると、恐い。
 しかしそれは、前方から騎馬兵が槍を構えて向かってくるのも同じではないだろうか。

 たとえば車からロケット弾をもって身を乗り出した変な人や、鉄パイプをもったモヒカンのバイク乗りが向かってきたとすると。
 剣と魔法のファンタジーではないので、なんか違うと思う一方、竜にしろ馬にしろ、基本的には車やバイクやらの、そういった攻撃と一緒なわけである。
 というのも、車やバイクのそういった攻撃は、比較的イメージしやすい。
 別に北斗の拳は関係しない。
 単純に身近にイメージできるか否かの問題である。
 車やバイクによる攻撃は、よほどリアリティーのない描写でない限り、ありえそうだと納得して見られる。
 しかし竜はおくとして、馬の場合はどうか。
 馴染みがないというよりも、中途半端に知識を手に入れてしまうと、たとえば馬の速度とか、ほんとに乗ったまま戦って馬は疲れないのかとか、馬上で槍を振り回すとか、馬が攻撃されたら騎乗騎馬の意味ないんじゃね?云々。

 こうやって考えると、大河ドラマなどの近接戦闘シーンは、ほとんど動かない馬の上でめちゃくちゃに刀を振るっている、なんとも疾走感のない画面となっていることが多い。もちろん、近接に至る前の突撃シーンには見ごたえがあるが、そもそもそういった戦闘がありえなかったのではないかという昨今の風潮からすると、どうなの? という話である。
 
 少し話が逸れているので戻す。

 攻撃を受けた瞬間のイメージを考えるに、これが恐ろしいと思うのは、究極のところ、次の瞬間に訪れる死をおそれるからではないだろうか。
 恐怖における問題である。
 これも話が逸れていることにはなるが、しかし一方で、竜騎士、騎馬に攻撃されるのと、車、バイク乗りに攻撃されるのでは、同じ結果をもたらすにしても、イメージ上で受ける恐ろしさには違いがある。と思う。
 この違いはそれこそイメージの差になるわけで、それこそ人それぞれになってしまうのだが、騎馬兵が向かってくるよりも、竜騎士が向かってくるほうがより怖いと思うのは、自分だけではないだろう。
 だからこそ、このイメージを大切にするからこそ、物理法則やらなにやらを全て無視してでも、ドラゴンナイトに近接攻撃をさせる意味がある。


 読み返すといろいろと穴があるが、まあ、この程度で勘弁してもらう。
 ようは、騎馬兵よりドラゴンナイトのほうが強そうだし、恐そうだ。しかしいろいろ考えていると、ドラゴンナイトって存在させるのが難しいよなぁ、強すぎるし。
 だけど弱くすると、本末転倒でもあるし。
 困ったものだ。

 というわけである。
 なお、以上は酔っていない状態で書いた。

天馬騎士と竜騎士 其の5

2013年10月29日 | (FE)創作日記
 空を飛べる利点とは何か。

 地上部隊からは手の届かない場所にいられることだろう。
 だとすると、上空から地上部隊を攻撃することが最良の使用方法ではないか。

 さきほどドラゴンナイトの近接戦闘等の話を書いていたら、それこそ戦闘機のドッグファイトを考えるのが近道なのかとも思ったが、残念ながら近現代ミリタリー、戦車やら戦艦やら戦闘機やら、まったくもってわからない。
 好きなのはあくまで剣と魔法の戦闘であるから。

 話をもどすが、地上部隊の攻撃のとどかない上空からの攻撃をするのが、もしくはできるのが空を飛べる部隊の利点であろう。この場合、攻撃手段としては投槍、は数が限られるだろう。あとは弓矢か。こちらは槍よりも多くもてると思う。
 まあ、投槍もドラゴンの積載量次第になるわけだが、どちらにしても、こういう遠距離攻撃が一番じゃない?

 しかしそうなると、地上部隊は一方的にドラゴンナイトに倒されてしまう。
 命中率の問題を無視するが、ドラゴンナイトによる投槍、弓矢攻撃は地上にそれこそ雨のように降り注ぐかもしれないが、地上からの攻撃は届かない。

 圧倒的ではないか、わが云々。

 ゲームでは弓が弱点とかいってバランスをとっているが、しょせんゲーム。
 弓の射程外にいれば最強じゃん。というレベル。

 だから困る。
 そういった戦い方をするドラゴンナイトはリアルに敵なし。
 FEで言えばトラバント率いるマケドニア・・・は初代だった。トラキア最強じゃん。なのになぜ? となる。
 そういう意味で、ロードス島戦記ではドラゴンナイトはものすごく数が少ない。さらにドラゴンフィーバー(だったっけ?)とか、ハンデも課してくれている。

 だからといってFEにおけるドラゴンナイトを両手の指で数えられる程度にするには、トラキアなどの世界観が崩れてしまわないか?

 と思うと世界観のバランス取りがめちゃくちゃ難しい。
 たとえば、人の騎乗できるドラゴンはトラキアエリアでしか生存できないとしたら、トラキアは防衛戦では圧倒的だが他国に侵略できないとかできるのだが、ゲーム内で遠征とかしてくれたりするので矛盾してしまう。まあ、トラキアエリア以外で生存できるドラゴンは片手で数えられる程度、とか、そういった制限を加えれば、まあ、一応、多少ゲーム展開と矛盾するが、それなりに納得がいくのではないか。ただし、時間軸上でつながりをもつアカネイア大陸におけるドラゴンナイトとの整合性は保てない。まあ、無視すればいいのかもしれないが。

 それこそ竜騎士をFF的称号にして、ドラゴンに騎乗するという設定をなくしてしまえばいいのかもしれないが、何度も言うが、FEにおける竜騎士はドラゴンに騎乗する騎士だろ? である。
 この足かせはかなり厳しい。

 こうやってなんというか、真面目に考えてしまうと、ドラゴンナイトはありえない、という結論に至ってしまう。
 ああ。
 むかしだったらもう少し発想の転換でドラゴンナイトがありえる状況が考えられたのだろうか、と思ってしまう。どうなんだろう。

 ただ、現状で可能なのは、騎乗用のドラゴンの食糧について、基本的にトラキアでしか生育されない植物(もしくは動物とするには・・・)で、遠征は可能であるが、干し草のように、飼葉のような、そういう刈り取った状態では長持ちしない、という制限。
 つまり、食糧的な問題で大部隊を国外に出すことができないという制限がある。と。
 なお、ドラゴンはイメージ的に肉食じゃない? と思ってしまうが。そう言われると、もはや自分の才幹では手出しできない。

 以上、地上部隊の遠距離攻撃範囲外から攻撃可能なドラゴンナイトを設定してしまうと、敵なし状態の最強戦闘力になってしまう。
 しかし世界観的に数的制限をかけることはできず、扱いにたいへん困る。
 現状では食糧制限等をかけるしか方法が考えられない。

 なおペガサスナイトについては、またいずれ。

天馬騎士と竜騎士 其の4

2013年10月28日 | (FE)創作日記
 気晴らしにTVつけたらAKIRAやっていたので気持ちがそれた。
 しかもどうにも酔いが回らなくなった。
 飲んでも悪酔いするだけのようだ。
 こういうときは素直に寝るのがいいのだろうが、いま少し、なんともしようのない気持ちをハッサンさせたい。

 前回の続き、FEの戦闘シーンにおけるドラゴンナイトの戦い方を現実的に考えてみよう。

 空を飛べるドラゴンナイトが、相手を攻撃するために地上に降りてきて、空を飛べない相手と同じ空間軸で攻撃する。一応は、空を飛べるので飛べない相手より上空から攻撃できるかもしれないが。

 まず、ドラゴンってどの程度の速度なのだろうか。
 どっかの宇宙戦艦アニメかなにか、宇宙でドッグファイトとかナンセンスみたいなことを言っていた。広い宇宙、近接するなんてよほどのことだと。

 上空から滑空してくるに、いったいどの程度の速さなのか。
 逆に言えば、止まった状態からどの程度の時間でどの程度の速さになるのか。

 たとえば歩兵相手に上空から滑空してきて槍ないし剣で切りつけるとしたら。
 という話だけでも、総合的にありえないだろ? と思わないか?

 燕かなにか、鷹か鷲だったか。
 ああ、隼か?

 すごい早い速度で飛んできて獲物を見事に銜えるとか。
 でも人間には無理でしょ。

 ドラゴンの滑空速度がすごく速いとしたら、人間はその速度についていけない。これは攻撃をうける側だけでなく、攻撃する側についても言えるのではないか。早すぎてうまく攻撃をあてるタイミングが計れない、みたいな?
 まあ、これは剣を「振るう」ことを前提にした考えだからだろうか。槍による刺突として考えるならば、命中の角度?さえ合わせておけば、あとは前進するのみ、的な?
 まあ、具体的にわからないが、それでも、妄想の範囲内? 浅学でもこんなことを思う。
 槍が相手に当たったとしても、その反動はドラゴンの速度が速いほど大きいんじゃないの?

 バイクに乗って、左手にでも槍をもって、高速道路のようなまっすぐな道を、さて、たとえば150kmぐらいで走ろうか。
 いやいやさすがにこの速度で片手運転は怖いか。

 まあ、進める。

 で、左手に槍をもってバイクに乗って150km出して、では、止まっている的に槍をぶつけるとして、常識的に、バイクからふっとばされるんじゃないの? もしくは左腕が飛んでいくか?

 こういう話としたら、馬上槍試合を、それこそ調べたほうがいいのだろうが、速度的に考えれば、人間の能力を超えてしまうとどうしようもないわけである。
 馬の最高速度はいくらなのだろうか。
 知らないが、どうだろう、多分馬の最高速度で敵に槍を突き刺そうとしたら、無理なんじゃないだろうか。
 仮に上記が成立するなら、馬より速い速度のだせるドラゴンは単なるオーバースペックでしかない。

 以上は速度的な問題である。
 次に、ある程度の距離を滑空して攻撃するとしたら、しかしそれはある程度の速度がつくことになる。まあ、滑空の途中で速度を調整していわゆる馬並みにするとしたら。

 だったら馬でいいんじゃないの?
 とは単純に言えない。空を飛べるぶん、地形に左右されず、攻撃方向を簡単に移動できるんじゃないの? みたいなゲーム感覚。

 が、ドラゴンがこちら側から攻撃しようと方向を変えたとして、しかし馬だってすぐに方向かえられるだろ、としたら、とりあえず攻撃方向の優位性もとくにない。

 なお、あえて言わなかったが、あくまで一対一の戦いを前提としている。今のところ。

 で、馬でいいじゃん。

 と、ここで文章だけではわかりづらい現実としては、ドラゴンの大きさになる。
 ドラゴンがそれなりに大きい場合、よほど長い槍をもたないと、馬における刺突なんてできないだろう。まして剣なんて届かない。
 これについては、FEの戦闘アニメでさえ、リアリティーを考えてか、ドラゴンから身を乗り出して剣を届かせようとしている。
 かりにドラゴンナイトの守備力の高さをドラゴンゆえにするとしたら、剣で切りつける瞬間は、明らかに生身をさらけだした守備力低下状態だろう。
 まあ、攻撃するときに隙ができる云々。

 というか、正直なんとも、くだらない話をしている気がする。
 早い話、ドラゴンに騎乗した状態で槍もしくは剣等の近接武器で攻撃をしかけるのはナンセンスだという前提のもと、それでももしかしたら成立する状況があるのではないか、それらをすべて探り出そうと考えいているわけだが、

 くだらない。

 なんとなくでいいんだよ、という酔った状態からすれば、ドラゴンに騎乗した戦士が近接武器で近接戦闘をするのはナンセンスである。というか不可能である、と思う。

 ああ、オチをさきに書いてしまったが、馬並みの大きさ程度のドラゴンであれば、刺突の槍は届くだろうから映像的には一応サマになる。か?
 しかし、FEにおける騎乗用ドラゴンは、明らかに大きい。
 騎乗した状態で槍による攻撃範囲は、さてはて、どんなものなのか。

 なお、滑空して刺突ができるとして、角度が水平の場合、上記、馬並みなら馬でいいじゃん。飛んでいるから方向を変更できるとしても、水平状態に入った状態で、そこから方向転換とか、まあ、できるんだろうが、やっぱり無理でしょ。
 では、水平ではなく、上空から

 \_

 みたいな方法をとるとしても、結局のところ _ 部分は馬と同じだし、\から_にいたる部分に、いわゆる車は急には止まれません的な現実が関わるのではないか、と。

 刺突とか、そもそもドラゴンによる体当たりが一番じゃないの? 
 となってしまうが、それはそれでドラゴンも痛いだろう。
 可愛そうな。

天馬騎士と竜騎士 其の3

2013年10月28日 | (FE)創作日記
 さて、いい感じで酔ってきたので続ける。
 
 というか、最近理解した。
 酔っていないと書けない。

 なぜかといえば、シラフだと、

「なんでこんなアホらしいことができるんだ、恥ずかしい」

 と思うわけである。
 ほんとに「酔った勢い」にまかせている。

 さて。
 酔っていなくても思考錯誤しているのでがんばろう。
 
 知人Fの意見に責任をなすりつけるわけではないが、ドラゴンナイトは強くないとおかしいだろ。
 である。
 なぜかといえば、ドラゴンだからである。

 さて、
 何を悩んでいるか、ここではっきりとさせておく。

 FEにおける竜騎士の戦い方は、戦闘画面ONの状態で見る限り、バタバタと翼をはためかせて宙に浮いている竜に乗った槍もしくは剣を持つ人物が、竜を駆って相手に近づき、槍もしくは剣を振るう。
 また、竜騎士は(シリーズによっては違うが)弓攻撃に弱い。空を飛んでいるから、弓攻撃に弱いというのが建前であり、素直に納得するそれらしい理由であり、というか特に疑念を抱かなかった。

 早い話、「ゲーム」におけるドラゴンナイトの強さは、地形を無視した移動力と、ドラゴンゆえの(根拠のありそうでない)防御力の高さであって、ふと現実的に考えようとすると、そもそもゲームと現実は違うという常識にとまどうこと、である。


天馬騎士と竜騎士 其の2

2013年10月28日 | (FE)創作日記
 改めて。
(なお、現在は前回の最後の一文と同じ時間である)

 竜騎士としては、ロードス島よりもFEのほうが印象ぶかい。
 おそらくは、いわゆる当時、ロードス島における竜騎士に魅力を感じなかったからだろう。
 FEにおける竜騎士を語れば、話はわかりやすい。

 素直にミネルバをカッコいいと思った。あるいはパオラとカチュアとエスト、もしくはシーダ。いやいや「もしくは」とかで付け足すのは当時の自分に対して失礼かもしれない。
 あらゆる意味合いを込めて、ナバールになりたかった.


  ・・・
 ともかく、当時の気持ちを忘れてしまった現在、イメージで語るとしたら、最初の一言に尽きる。
 ミネルバがカッコいい。
 これに続くのがアルテナとなるし、しかし彼女よりもトラバントのほうがよりカッコいいとは思う。

 なんにせよ、このように竜騎士の特性ではなく、キャラの影響がロードス島よりもFEのほうが強かったというだけである。
 あるいはトラバントの例があるにしても、はっきりと言えば、女キャラに惹かれたから、になる。
 しかし、だからこそ言えることとして、ロードス島OVAのラストで竜にのって現れたシーリスにかなりの違和感があった。
 あるいは現代的・・・というか、いわゆる漫画的、アニメ的に言うとしたら、なんというか。
 まあ、具体的に言えば、かわいいシーリスがいきなりドラゴンナイトになっていたとしてもなんの問題もないのだろう。
 そういったわずらわしい設定的?な問題をすっとばした展開、というのはむかしからあったわけだ。それこそ例えば、いったいぜんたい、こいつら何度生き返っているのか、あきらかに死んでんだろ、この状況。というような魁☆男塾とかあるわけだ。

 なんにせよ、現在の自分にとって、もはや「どーでもいいこと」として些細な違和感で消費されてしまうことも、若い感性に満ち満ちていた当時の自分には、具体的にはわからなかったにしても、どうしても看過できない違和感だったのだろう。

 話が多少ずれてきているかな。

 竜に騎乗した竜騎士の登場する物語を、多分自分は、ロードス島とFEぐらいしか思い出せない。あるいは他にも少し知っているのかもしれないが、現時点で思い出せない。
 はやい話が、まずはこのことをハッキリとさせておきたかった。
 

天馬騎士と竜騎士

2013年10月26日 | (FE)創作日記
 前略。
 ストレス発散な気もする。

 しかし、まあ、真面目に考えようとしたら何もしないので、こうやって適当に考えよう。

 つまるところ、ペガサスナイトやドラゴンナイトが本当にいたら強いのだろうか。という疑問。
 というよりは、どうやって戦うの? っていう疑問。

 うーむ。
 しかし、そもそもの騎馬部隊の戦い方を知らないのに、いきなりその発展系みたいな云々。
 というか、戦争そのものを知らないのに云々。

 と、真面目に考え始めるとそうなっていく。
 まったくもって無知であることが悲しい。
 なので適当に、適当に、一休み、一休み。

 とりあえずペガサスナイトはおいておく。
 ドラゴンナイトをメインに考えよう。

 というわけで今回は、いわゆるドラゴンナイトについて思う自分のイメージをさらけ出してみる。

 一番ぴんとくるのがロードス島のあれ? バリスの左下ってなんだっけ。
 ドラゴンロードとか? ドラゴンスケイルとか思い出すのに国の名前を忘れてしまった。
 マーモじゃなくて、あれ。まあ、思い出すまでアレにしておこう。何時思い出すのかを楽しみながら。

 さて、金竜マイセンだっけか。
 古いほうのロードス島OVAで初めて動く竜騎士を見たのだと思う。
 ロードオブザリングに竜騎士って出ていたっけ? 覚えてないな。
 ハリーポッターには、なんか、空飛ぶ悪いやつらがいたっけか? こちらもあまり覚えてない。

 ほんと、記憶力がなくなっている。

 ぱっと思い出せる範囲では、竜に騎乗した戦士の映像はロードスぐらいだろうか。
 ネバーエンディングストーリーだったか、あれも竜にのっていたっけ?
 しかし、一応除外しておこうか。
 そういえば日本昔話でもでんでん太鼓をもった子供が竜に乗っていたっけ?
 覚えていない。

 他のイメージとしては、FEしかない。
 竜に騎乗したドラゴンナイトの映像は、基本FEだろう。
 竜騎士という名称で親しみ深いのはFFになるが、こちらは今回範囲外となる。
 あくまでも竜に騎乗している戦士ということで、称号的な意味合いでの竜騎士や、竜の末裔としての設定やらは無視する。

 さて眠い。
 すでに二日かけてここまで書いていたりする。この調子だとまだまだお目見えするのに日数がかかるのか。

 と書いてからさらに数日を経た。
 すでに何を書こうとしていたのか覚えていない。
 ここでいったんキって次に進もう。
 



小説がかけない理由5

2013年10月23日 | (FE)創作日記
 さて、前回までのストレス発散をもとにして、

 ? 


 まあいい。

 前回までのいろんなことをもとにして今回はがんばる。
 てか、前回、酔いすぎてオチもないから終わるとか、その状況の続きである。
 続き、というのはあくまでも自分の身体的状況のことを指している。

 そう、酔っている。


 シグルドとアルヴィスを少し書いてみる。

 一応、前提として、前にも書いたが、FE聖戦については大沢美月の漫画が多大な影響を与えてくれている。ああ、ああ、まあいい(変な日本語だよな、という意味で」

 6月末当初も、大沢美月とは違うFE聖戦を作れるのかと考えると、まったくもって無理という思いが強かった。それほどまでに、自分の思う聖戦キャラが大沢美月によって固定づけられている。
 
 たとえば、フォルセティを手にするレヴィンの話、偉大なる風の魔法を、強大な力として、人々を圧する力として使うことをせず、風が拾ってくれる人々の声を聞いていく、みたいな。それによって自身の敵さえも許していく、みたいな。
 それ以上のおもしろく感動できるような話を、とても考え出せない。

 それこそシグルドとアルヴィスの、ディアドラを巡る関係や、トラバントの心。

 自分の思うFE聖戦の全てが、しっかりと描かれてしまっているので、今更自分が何かをする! という気持ちにどうしてもなれない。

 ということを前置きとして。

 シグルドとアルヴィスを考えてみたい。

 自分好みとしては、
 グランベル内で正道を進もうと考えて、一見正しくみえるクルト王子やバイロンの政策を否定し、より良い道のためにアルヴィスはがんばろうとして、最大の仲間としてシグルドとともに云々。が、どうしても避けられない考えの違いから、アルヴィスはシグルドを排除せねばならなくなり、シグルドもやはり同じ気持ちで、最終的な直接対決に至る。

 みたいな?
 
 いやいや、やっぱりシグルドとしては最後までアルヴィスを信用しておいて欲しいというのはあるか。
 うむ。

 シグルドはアルヴィスを信用していたので、ランゴバルドらの討伐軍が来ても、アルヴィスの陰謀とは考えていなかった。それこそ5章の、ほんと、バーハラ王宮にいたってなお、最後の最後までアルヴィスが裏切ったとは思わなかった。
 そういうのがシグルドの設定ではないのだろうか。
 だからこそ、シグルドのそういったまっすぐな性格を理解してなお、裏切りという卑劣な手段を使う自身を憎むようなアルヴィス。

 そういった関係。


 というのは、リアルに、現実にありえないよなー、そういう人っていないよなー、そんな熱いやつら、いないよなー

 とか思うと、なんだかテンションがさがる。
 これが小説をかけない理由、だと思っている。

 たしかにおもしろいのかもしれないが、現実にありえないよな、と思う気持ち。
 うそっぱちでしかないよな、という気持ち。

 もう一度書くが、これが小説をかけない理由だと思う。

小説のかけない理由4

2013年10月23日 | (FE)創作日記
 ほんと申し訳ないほど酔っている。

 さて、前回までのまとめをする。
 てか、まとめとかすると、では前回までのぐだぐだは何だったのか、とかなる。
 いや、まあ、気にするな。ストレス発散もまじっている。

 今回考えた事として、
 12国記のおもしろさとは、

 現実にありえない幻想世界を舞台にして起こりえる事件の中における登場人物のリアルな言動を楽しむこと。

 しかし一方で、普通の人間のリアルな言動ではなく、英雄的、特別的な人物による言動を見ているほうが「より」おもしろい、と思う。
 ただしこの場合の英雄的、特別的とは、たとえば陽子のような普通の女子高生であっても、立場が「王」であるというような、身分、境遇が特異であれば構わないという思いもある。というのも、キャラの性格設定=テンプレート的キャラ=萌えキャラではなく、各種心が動き葛藤するような人物設定もしくは普通の人間が考えるような悩みしかしないよくいそうな人物設定だとしても、立場が王であったり他各種であれば、云々。(最後略した。申し訳ない。うまくまとめられない)

 他様々、読み返すごとにいろいろと思うところもあるが、あえて一旦終える。

 さて、「白河夜船」吉本ばななを読んでいる。
 26Pほど読んで、さすがに手を止めてこれをかき始めた。

 というか、辛い。
 はっきりいって読み続けるのが苦痛である。

 よくあることだが、たとえばミステリが好きだったとしても、いろんなほかのジャンルも読んだほうがいい、とか。
 
 ・・・読めない。
 単純に読んでいて辛い。

 なんなんだろうね、この嫌悪感は。いやいや、吉本ばななに限った話ではなく、たとえば三島由紀夫もそうだ。

 個人的な好き嫌いということなんだろうけど、興味のないものが読めないというのは、自分の性質として客観的にはあまりよろしくないものなんだろうな、とは思う。

 が、そもそも萌え~的なファンタジー小説以外読めないだけ、と考えるならば、しかしそれはやや違う。
 たとえばガチガチの論文も、あるいみで楽しく読めたりする。ただし歴史と哲学に限るが。
 ともかく、興味の向かうところであれば、普通に読める。という前提で考えるならば、白河夜船は、まったく興味がないから読めない。興味がわかないだけのこと、になるのだろう。

 興味がわかず、読んでいて苦痛なものを読む意味はあるのだろうか。
 少なくとも、「苦痛」なのである。
 この感覚は嘘ではない。

 なお、この「苦痛」は、多分ライトノベルを読んでも感じるのだろうと思う。
 食わず嫌い、になるのかもしれないとは一応書いておくが、
 2000年前後にいくつか購入した電撃文庫は、はっきり言って、ブギーポップ以外読んでいない。いや、一応読んだものもあるが、二度と読む気にはなれない。
 ちょっと時代を下って、アニメでややはまったしゃくがんのシャナも、正直原作は読めない。というのは以前も書いたか。

 正直、「苦痛」で「苦行」である。

 しかし、と、ここで逆接詞をつけるのはどうかとも思うが、シャナのアニメは一応見られる。
 変な言い方をしているかもしれない、か。

 はっきり言えば、「アニメしか楽しめない」
 ということになるのか。
 先日ネカフェに言ったが、ほんと、久しぶりに漫画を読んだ、と思った。
 忙しいから、
 ゲームで忙しいから、

 ・・・・って、最初の忙しいは、仕事で、を入れろと。

 漫画を読むことがなくなった。ほんと、アニメばかりだ。

 たんに、文章になんらかの思い入れがあるのだろう。
 この小説は読めるが、この小説は読めない。

 漫画やアニメ的に言えば、絵が受け付けない、みたいなことなのだろうか。
 
 酔いすぎたせいにして、オチがなんにもないので中途だが、終わる。

小説のかけない理由3

2013年10月23日 | (FE)創作日記
 さて、何も考えていない現状、前回と矛盾するようなことを言うような気もするが、

 主人公が出ないと話がおもしろくない。

 この場合の主人公は、普通のリアルな人物ではなく、そうではない人物である。
 ヒショの鳥で言えば、やっぱり陽子が主人公としての物語が読みたいわけである。
 次の死刑の話も、あんな、下級ではないが、どこにもいそうなおっさんの気持ちとか、正直どうでもいいわけである。
 ちょっと前にも書いたことだが、陽子とか延王とかカナメとかタイ王とか。

 でてこいよ、オラァ!

 早い話、主人公陽子でヒショの鳥が描かれていれば、満足いったわけである。
 たとえば、
 ほんとたとえば、
 酔っているとかを言い訳にする訳ではないが、というか、言い訳にするが、
 たとえば、

 ヒショの鳥の何? ほんと流し読みなので適当だが、あの儀式のときの何らかの微妙な雰囲気を陽子が感じ取って、あれはどういうことなのか、というのを誰かに調べさせて云々。
 という方向性もあったのではないか、ということである。

 ヒショの鳥の悲しさについての長い物語(この長さは物量というよりも、なんというかねちこい文章的なくどさ)、それを陽子が分かったというオチ、これを「12国記」として、読者の期待にそうような構成を作るのだとしたら、上記・・・云々。

 ではダメだったのか?

 と今思ったことを、酔いのままに書き連ねてみた。
 それこそ刑罰の話も同じだ。
 ラクシュンとかが、リュウが傾きかけているからこっそり事情を探ろうとしてそういう話に偶然であった、とか。
 それだったらものすごく満足していたのではないか?

 前回の12国記のところで確か書いたと思うので重複をできるだけさけたいが、カショの夢は許せる。あれは麒麟の話である。
 なんとかの手紙の話も許せる。あれは、陽子の友達のショウケイ?だっけ?の故郷の話だからである。

 が、ヒショの主人公は誰? 次の刑罰の主人公って誰?
 しかもとりとめて、「キャラ」的になんの魅力もない、普通の、リアルな人物でしかなく。


 12国記新作(最初の2作のみだが)を読んで思ったことは以上である。
 酔いのまま思いつきのままで恐縮だが、とか、そんなゴタクかロクタク並べてもそれこそ無為に文量が増えるだけでなんの意味もない。か。
 なんにせよ、ようは、

 リアルな人間の描写と、典型的キャラ(=萌えキャラ)の表現と、自分はどちらを好むのか。

 という二択における答えは、

 ときと場合による、ということになるのではないか、ということである。
 この場合の「ときと場合」とは、人物のおかれた状況。この状況は事件に遭遇するとかそういったいみではなく、世界観になる。この世界観では許される、許されない。という自分における興味の境界線。

 結局のところ、単純に自分の興味、趣味の問題に成り果てるのか、という葛藤である。

小説の書けない理由2

2013年10月23日 | (FE)創作日記
 最初に、すこし前の12国記で言いたかった事を簡単にまとめておく。

 なお、いつものことだが、酔っている。
 というか、最近はかなりやけ酒かもしれない。
 なにごともおもしろいと思う気持ちを維持できない。

1 物語の軸に適合している主役級主人公がでないとつまらない。
2 幻想世界設定における現実すぎる話はどうでもいい。

 思ったのはこの二つである。が、これはあくまでも自分のおもったことであり、客観的な分析を加えて客観的な事実を出せるのだとしたら、もしかしたら同じこと言っているのかもしれない。

 自分勝手に検証してみよう。

1について。

 例えばなんとか陽子は普通の人なのか否か。
 やばい苗字忘れた。

 「月影」は、普通の女子高生が異世界の王として、しかし自身はそれを知らず、異世界のいろんなことに巻き込まれていく、みたいな話である。

 と書くと少し違和感ある。

 多分、自分がおもしろいと思ったのは、とても人間らしい、人間の醜さをうまく表現していたことだと思う。多分。

 生きていくためにはどんな卑劣な事も、生きていくためならどんな卑劣な事をしても許されるんじゃない?・・・というような思考状態になっていきながら、しかしなお、やはり酷いことをするのは嫌だ、という気持ちをもって行動しはじめること。

 単なる異世界ファンタジーだとしたら、・・・どうだろう。
 額づいてくれるキリン設定やら、不老不死の王様設定やら。
 いやしかし、やっぱりそういった異世界設定よりも上述、心の動きを上手く描いたことについて、自分の心が絡め取られたのではないか。というか、そうである。

 が、ただしかし、「それでもなお」という部分。
 仮に陽子が醜い心のまま話がすすむのだとしたら、いやいやそういった方向では絶対話が進まないだろうが、それがわかっていてもなお、つまり、最終的に醜い心のまにまに突き進めばいいだろうという考えは間違っている! という思考に至ることが、

 大変おもしろいわけである。

 ああ、
 書こうと思った次の話が、一瞬にして忘却された。
 まじで。
 笑える。
 酔いすぎか。

 思い出した。

 つまり、陽子の心の動き、生きるためなら云々、いややっぱり云々、というのは、この現実世界ではとうていありえない状況-自身は知らないが、実は一国の王として異世界に召還され、しかし、略するが、嫉妬によって王の座につけさせまいとした陰謀に巻き込まれた結果、生きるか死ぬか、殺すか殺されるかの状況に落とされてしまう。

 この状況は現実にはありえない。少なくとも現在の日本においておや。

 が、仮にありえたとしたら、陽子の葛藤は、しごく現実的である。
 1人のリアルな少女が、彼女にとってのリアルなさまざまなことに遭遇し、リアルな答えを出していく。

 それこそ自分が今ここでこうやっているような、思考遊戯というのか。
 自分はそれを好む。
 と書いておく。

 だからこそ、テンプレートとさえ言われるような、萌えキャラが嫌いなわけである。少なくとも大昔の自分は。
 しかし、こういった思考遊戯的な、幻想世界におけるリアルな人物描写の作品を、いやしかし、結局のところ興味がなかったのかもしれないが、こういった作品に出会えなかったことによって、その代替を別のものに求めて、

 だんだんと萌え~に毒されたのだろう。
 そしていわゆる中二病的に。