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思い立ったが吉日

たぶん魂の叫び

『世界の共同主観的存在構造』を読んだ

2013年06月30日 | もののあはれ
『世界の共同主観的存在構造』(広松渉 講談社学術文庫)を読み終えた。

 疲れた。
 ほんとに疲れた。

 どれぐらいの時間を費やしたのだろうか。
 単純に1頁に2分かかる計算で13、4時間となる。だいたい30頁で1時間かかっていたので、そんなものになるのか。
 とはいえ1日に1時間も読む日はなかった。せいぜい30分。休日でも1時間・・・は、内容的に読み続けることができなかった。

 そもそも大昔の、修士期の授業でテキストにされたのがきっかけである。めんどくさがり屋の自分は、そのまま修論のメインにすえたのだが、当時もまったくわからないまま進めていた。まして頭の悪くなった今、かなりの苦行だった。

 とにかくわからない。
 言葉の意味もわからなければ、何を言いたいのかを読み取ることもできない。なんのためにこんな話題を書いているのか、なんのために自分はこれを読んでいるのか。
 それでもとにかく読み進めた。ほとんど内容がわからないまま、わからないことがでてきても、わからないからそのまま読み進めて。
 一切の知識を吸収できないまま、ただ時間だけを無為に消費して。

 疲れた。

 それでも一つだけ発見があった。
 授業で最後まで使用しなかったので全部読んでいないと記憶していたが、それこそ最後の頁にドイツ語の単語の意味がメモしてあった。一応最後まで目を通していたんだなと、当時の自分にエールを送りたい。もっとも、それを覚えていたら、こんなにも義務感に苛まれた苦行とは無縁であったのかもしれないが。

 さて本来なら中身について何か書くべきところであるが、以上の通り、まったくもって理解していないので何も書けない。
 それでもあえて書くのだとしたら、これを読んで、では今の自分は何か変わったのかどうか。

 何も変わっていない。
 ただ苦行をやり遂げたという実益のない空虚な達成感のみである。

 が、当時、学生のときは違ったはずである。
 同じ実益のない空虚な達成感しか得るものがなかったのだとしても、それがまた何か一つのエネルギーとなっていた気がする。
 そういう気持ちが、わからなくなったなという感じがした。


 正直なところ、こういった難しい哲学書を読んでまったく理解できないというのが悔しい。こういった本を読んだことのない人に比べれば、読めるだけマシだという考え方もできるが、まったくもって内容を理解できないのだとしたら、「俺むかし哲学っぽいことやったんだよね」というセリフさえもおこがましい。
 かといって、今後こういった本を理解できるようになれるのか、と考えるとそれこそ難しい話である。

ぐるっと回って元に戻る。

2013年06月25日 | (FE)創作日記
 SRPGゲーム、ファイアーエムブレム聖戦の系譜の小説を書こうと決めた。
 今日、唐突に決めた。

 禁煙をきっかけに始めたこのブログも一年を経たわけであるが、ニコチン断絶の苦しみから幾分とも解放されてきた先年12月、些か、自分を変えようと努力を試みた。
 大したことをしたわけではない。ほんと、表現が大げさなだけである。
 が、ようやくにして、この思いに達することができたと、ほんの少しだけ嬉しい。

 さらなる喜びを求めるためには、小説を書き上げることが必要になってくるのではあるが、実際どうなるかわからない。

 いずれにしろ、数年来に及ぶゲーム三昧、および萌えアニメに堕され、埋没し、小説が書きたいというわずかばかりの気持ちを残しつつも、無為に過ごしてきたことを考えると感慨深い。

 なお、本当はオリジナルを書き上げたいわけだが、世界観設定等、とても難しいと判断した。それこそ文章からして初心者なのである。余暇時間を考えると、とにかく文章を練習したいという思いが強い。結果の二次創作である。
 
 ともかく、こうやって表出することによって後にはひけないだろう。いや、こっそり投稿消去という手もあるが、いやいや、とにかくここは堂々と宣言し、自分を追い込む必要があるわけだ。

 とにかく。
 構成と文章練習をメインに考えて、世界観設定のほとんどが決定している、楽のできる二次創作を行う。
 今回はこれを告げるのみである。

 次回はいつ更新されるか。
 さて。

後ろむきでいやではあるが。

2013年06月14日 | 雑文日記
 ようやくきづいた。掃除が苦手のようだ。
 ものを片付けることが出来ない。整理できない。
 結構な問題ではあるが、まあ、前々から気づいていたが知らないフリをしていただけだ。


 本を読むにしろゲームするにしろギターするにしろ、毎日するなら片付けなくてもいいが(この考えがすでに間違っているが)、ゲームとか、1回すると一ヶ月はしないのに出しっぱなしだったり、読んでいる本も、そのときは数日かけて読もうとかおもいながら、1,2週間ほったらかしだったり、それなのに別の本を読み始めたり、と。よくある。

 せめて本だけでも、うまく片付けられないかと、カゴをさがした。これさえあれば、2,3冊同時に読んで、数日放置するにしても、すぐに持ち運びができる。片付けられる。

 で、見つけ出した籠の中にはカセットテープがあった。
 結果的には46本のうち22本を手元に残した(少し数が違うかもしれないが)
 どうにも捨てられない。

 内訳。
 永井真理子、パーソンズ、ジュディマリ、リンドバーグ、ルナシー、エックス、ボーイ
 は、捨てることにした。地味に永井真理子は歌がいいなと思ったが、まあ、捨てよう。

 大学時の英語教材、高校時のバンド仲間での麻雀中録音テープ、他バンド関係、それからTMN
 が、捨てられない。教材は、まあ、捨てようと思えば捨てられるが、他は、ねぇ。

 ただTMNはアマゾンでCD探すと地味に中古しかなくて、そのうち散歩がてら近場をうろうろ探そうかと、それまでの猶予で。

 しかし実際こういうのは悩む。
 以前DVDレコーダーに変わった時にビデオテープを処分したことがある。(銀英伝とかそういった長編のシリーズものはのこしてあるが)
 が、何気にとった中に、懐かしいCMだったり、そういうのが入っているのもあったわけで、まあ、そんなに貴重なものは多くなかっただろうが、なんとなく見直して昔を懐かしむ程度のことができたのになぁ、とか思ったりする。

 この程度なら、まあ、まだよかったが、もう二度とドラム叩かないだろうしバンドも組まないだろうなぁと思った結果、SYOW-YAやら他各種の楽譜を捨ててしまったのは、かなり後悔している。まさかギターを始めてしまうとは。

 でも、便利な世の中で、楽譜がネット上にあったりするので、そこまで気落ちすることはないかと思ったり。
 
 ああ。
 酒飲んでないのに、なんか、酔っ払いの文章だな。

 

歴史物が好きであること。

2013年06月05日 | もののあはれ
 副題としては「独眼竜政宗」と「織田信奈の野望」の違いになるか。
 まあ、しかし、しょせんはヨッパのたわごとなので、説明不足もひらにご容赦。

 そのうち信奈のほうはまとまった文章をあげるだろうから、今は「独眼竜政宗」のほうをば。
 自分が歴史物がすきだというのを改めて思い知ったのであるが、その中で、いい機会だと思ったわけだ。

 当時は小学生だったが、ドラマの最初のほうは結構見覚えがある。
 というか、うぃきぺでぃあの伊達政宗は、この大河ドラマの影響が大きいなと思った。

 と、話が逸れているか。

 ようは、「独眼竜政宗」が大変おもしろいということだ。
 近年であれば「平清盛」があったわけだが、それとはまた少し違ったおもしろさがある。

 とはいえまだまだ13,4話しか見てないから、適当になってしまうが、

 台詞回しというのか、講談口調というわけではないが、聞いていて大変心地よい。
 さらに、やはり役者が違うのだろう。
 どこが? と言われるとまったく説明できないが、演技が上手い。気がする。
 少なくとも、清盛を見ていて、なんかなぁと思うようなことがない。

 とくに、なんだかんだ勝新太郎は凄い。
 いやいや、正直なところ、勝新はなんとなく嫌いである。なんとなく偉そうで嫌い。
 その勝新が秀吉、というのは嫌いだから、という次元を超えて、イメージが違うわけである。それこそ秀吉は竹中直人みたいな。
 
 しかし不思議なもので、勝新が出てくると、ヘンな表現だが、画面がひきしまる。

 うーむ。適当な話になっていく気がする。
 今回は単なるメモ、記録である。
 歴史物だから、という理由ではややおかしくなるが、ノブナはおもしろい。
 が、それ以上に独眼竜のドラマのほうがおもしろい。


 なお、あの後藤久美子はめちゃくちゃ可愛い。