地味に結構かなり。
無駄にワードファイルがある。
性格的に消すに消せないのでいっそここに残すことにした。
●H25.6.19のメモをもとにして作成。
小説家になりたいなと考えると恥ずかしくなる。
絶対的に他人に誇れる知識があるわけでもなく、取材等アクティブな行動をするわけでもなく。
何一つ、得意と思える武器がない。
それでも仮に、考えて。
効率的な方法としては、何か一つだけ、とにかくとことんそれだけを追及して、仮に成功した暁には、そこからさらなる見聞を広めていけばいい。
では、この自分は、何を選ぶのか。
つまらない現実を逃避するものとして楽しい物語を求めている。
しかしリアリティーのない非現実を見せられても面白くはない。
現実的には可能であるという意味での前提のもと、現実的にはありえないであろうおもしろい展開を好む(? 少々意味がわからない。おそらく、無茶な設定だとしてもありえそうな設定であれば気にならないということか? 深くは考えないことにする。そのときの思い付きの発言だろう)。
なんだかんだ、ハーレムアニメを見ているとおもしろいと思ってしまう。
ものによるが。
なお、ロードス島戦記のおもしろさは読後感となる。
●同6.9のメモをもとに作成
伝説の剣と永遠の命をもつ魔女をテーマにした作品を考えていた。
ゆえの上記ロードス島の話題につながるわけだが。
強い力の設定でリアリティーを問題にする。
例えとして灼眼のシャナと佐藤賢二を出す。
好みとしてどっかんばっかんを求めるのは、リアルな人の話が描けないからだろう。
●同6.8の以下略
(なるほど、文章書こうと奮起したのがこの前年7月で、それから1年近くがたった頃なのか)
自分がどんな雰囲気のものを書きたかったのか。自分に問う。
銀英伝が好きで、ファイアーエムブレムが好きで、あるいはメガテンが好きで、信長の野望が好きで。
そういったイメージでの「ライト」な雰囲気の剣と魔法のファンタジー世界を舞台とした戦争物語が作りたかった。
そこにさらに、不完全燃焼のマダラを昇華するための転生物の要素も加えて。
と、そういったことをつらつらと思っていた。
●同5.22の以下略
(ブログ内でも書いたような話だが)
学生時代である90年代後半から00年代最初期に比べ、00年代中期から10年代にかけて、かなり萌えに惑わされてしまったが、その中に、自分の見たかった、作りたかった何かが多く目についた。
自分だけではなく、他の誰かも、自分が見たいと思ったようなものを、見たいと思ったのだろう。だからそういったものを作ったのだろう。
これが次第に、自分の世代ではなく、どんどんと下の世代に移っていくのだろう。
彼らが見たいと思うものとして。しかしそれが自分にとって見たいと思えるものなのかどうか。
無駄にワードファイルがある。
性格的に消すに消せないのでいっそここに残すことにした。
●H25.6.19のメモをもとにして作成。
小説家になりたいなと考えると恥ずかしくなる。
絶対的に他人に誇れる知識があるわけでもなく、取材等アクティブな行動をするわけでもなく。
何一つ、得意と思える武器がない。
それでも仮に、考えて。
効率的な方法としては、何か一つだけ、とにかくとことんそれだけを追及して、仮に成功した暁には、そこからさらなる見聞を広めていけばいい。
では、この自分は、何を選ぶのか。
つまらない現実を逃避するものとして楽しい物語を求めている。
しかしリアリティーのない非現実を見せられても面白くはない。
現実的には可能であるという意味での前提のもと、現実的にはありえないであろうおもしろい展開を好む(? 少々意味がわからない。おそらく、無茶な設定だとしてもありえそうな設定であれば気にならないということか? 深くは考えないことにする。そのときの思い付きの発言だろう)。
なんだかんだ、ハーレムアニメを見ているとおもしろいと思ってしまう。
ものによるが。
なお、ロードス島戦記のおもしろさは読後感となる。
●同6.9のメモをもとに作成
伝説の剣と永遠の命をもつ魔女をテーマにした作品を考えていた。
ゆえの上記ロードス島の話題につながるわけだが。
強い力の設定でリアリティーを問題にする。
例えとして灼眼のシャナと佐藤賢二を出す。
好みとしてどっかんばっかんを求めるのは、リアルな人の話が描けないからだろう。
●同6.8の以下略
(なるほど、文章書こうと奮起したのがこの前年7月で、それから1年近くがたった頃なのか)
自分がどんな雰囲気のものを書きたかったのか。自分に問う。
銀英伝が好きで、ファイアーエムブレムが好きで、あるいはメガテンが好きで、信長の野望が好きで。
そういったイメージでの「ライト」な雰囲気の剣と魔法のファンタジー世界を舞台とした戦争物語が作りたかった。
そこにさらに、不完全燃焼のマダラを昇華するための転生物の要素も加えて。
と、そういったことをつらつらと思っていた。
●同5.22の以下略
(ブログ内でも書いたような話だが)
学生時代である90年代後半から00年代最初期に比べ、00年代中期から10年代にかけて、かなり萌えに惑わされてしまったが、その中に、自分の見たかった、作りたかった何かが多く目についた。
自分だけではなく、他の誰かも、自分が見たいと思ったようなものを、見たいと思ったのだろう。だからそういったものを作ったのだろう。
これが次第に、自分の世代ではなく、どんどんと下の世代に移っていくのだろう。
彼らが見たいと思うものとして。しかしそれが自分にとって見たいと思えるものなのかどうか。