岡崎直司の岡目八目

歩キ目デス・ウォッチャー岡崎が、足の向くまま気の向くまま、日々のつれづれをつづります。

旧日本軍のトーチカ。

2006-04-20 00:40:13 | 建見楽学
旧西海町、武者泊(むしゃどまり)にある、砲台跡です。

第二次世界大戦(太平洋戦争)の末期、地元の住民が徴用されて、米軍の本土上陸に備えて造られたらしい。
木立の合間から、目の前には宇和海から続く太平洋方面が眺められ、由良砲台(旧内海村)と共に、米軍の進入路への警戒網の一つであった。実際には、米軍は四国西南からでもなく、九十九里浜からでもなく、沖縄上陸を敢行するのだが、従って、例の話題の戦艦大和が特攻出撃をする際も、この目前の海を南下したのだった。
(写真の人物は、地元案内の方と、愛南町職員の方々)

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2 コメント

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コンクリ強度 (utsunomiyas)
2006-04-20 22:48:14
この時代のコンクリート物件に注目です。昨今のコンクリ物件ばかり話題になっていますが・・。

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シェルターハウス。 (オカザキ)
2006-04-23 21:43:46
実は同じものがこの地区にはもう一つあって、それは何年も前に壊されたらしいが、戦後しばらくは住居として使われていたのだとか。その頃を是非見てみたかったが、ある意味、恐らく日本一安全な住宅だったかも知れない。
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