明石寺、その二。 2007-06-21 09:09:23 | 建見楽学 まずは山門。 明治29年に起工し、同34年に完成している。棟梁は伊方中浦の亀井千代治と川永田の宇都宮梅太郎。 旧宇和町誌よりも、伊方町誌の方の記載に詳しい。 佐田岬半島の大工は、昔から岬(三崎)大工とか半島大工とか呼ばれ、宇和盆地の建築文化を支えている。例えば、国重要文化財となっている開明学校(明治15年)の棟梁都築熊吉も三崎の出身だし、農家の棟札にも半島出身の大工の名が出てくる。 « 第43番札所明石寺 | トップ | 明石寺、その三。 »