岡崎直司の岡目八目

歩キ目デス・ウォッチャー岡崎が、足の向くまま気の向くまま、日々のつれづれをつづります。

米博物館・パートⅩⅢ

2007-09-10 00:43:44 | 建見楽学


講堂の傍らには、同じく二度の引越し(植え替え)を余儀なくされた大銀杏も。

しかも、旧宇和町小学校校舎保存運動の際には、あわや伐採の憂き目に遭う寸前だった。何とか保存署名運動で移植となったが、その移し替えの際には見るも哀れな姿だった。
根切りをしてコモで包み、枝という枝は全て切り落とし、幹だけの蝋燭のような形で植え替えられた。活着するかどうかは半々というところで、当時は随分心配したものだ。
現在の葉っぱは、移植後に芽吹いた枝によって覆われたもの。銀杏(ぎんなん)が成ったのは6、7年ほど経ってからだったろうか。それが愛媛新聞の記事に載った時、どれほど嬉しかったか。

太い幹に斜めの窪みが走っているが、これはかつての落雷の後だと、旧宇和町小卒のOBの方から伺った。従って、移植前のこの木は、銀杏にしては上が寸止めされたような、横にこんもりと枝を広げた形をしていた。

ともかく、坪ヶ谷にあった頃から二度移植され、色んな憂き目を見てきた木で、推定樹齢は約90年超。
この木を見ていると、勇気と元気が湧いてくる。


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