「白秋」に想ふ―辞世へ向けて

人生の第三ステージ「白秋」のなかで、最終ステージ「玄冬」へ向けての想いを、本やメディアに託して綴る。人生、これ逍遥なり。

『恋の蛍 山崎富栄と太宰治―第5回 恋人、秘書、看護婦』

2009年07月12日 | Yuko Matsumoto, Ms.
『恋の蛍 山崎富栄と太宰治―第5回 恋人、秘書、看護婦』(松本侑子・著、光文社『小説宝石』2009年7月号掲載)

  恋は恐ろしい。性愛は人を狂わす。「第5回」を一読して、そんな言葉が真っ先に思い浮かんだ。これまで理知的な印象の強かった山崎富栄が、太宰と出会い、太宰との恋にのめり込んでいく。人が変ったように恋に溺れていく。松本侑子さんは富栄の日記を引用しながら、富栄のこころの動きを丹念に追っていく。同時に太宰と妻・美知子や太田静子との関わり合い、『斜陽』などの創作の舞台裏も描かれていく。
  それにしても、ほとんど一夜にして太宰に恋してしまった富栄が可愛く見えてくる。太宰の本を探しに新宿の書店をまわる富栄の姿など、恋したばかりの頃の“女学生”のように見える。やがて富栄は太宰を受け入れ、太宰の仕事を手伝い、太宰の身体を気遣うことになる。タイトルの「恋人、秘書、看護婦」がここから来ていることはいうまでもない。しかし、ときに恋は周囲への視野を狭くする。勤め先の美容院の店主が富栄に忠告するが、富栄は「文学を知らない無教養な経営者だと軽蔑」する。太宰に対して自分の母親を揶揄するかのようにもいう。以前の富栄からは口に出そうもない言葉である。そんな富栄に太宰は「おれと死ぬ気で恋愛してみないか」と口走る。富栄にとっては麻薬のようなものである。それも死へと誘う麻薬のような。
  「第5回」掲載の『小説宝石』7月号を買うほんの数日前、たまたまTBSテレビで「ドラマ特別企画 太宰治物語」を見た。2005年秋に放映されたドラマの再放送だった。太宰を豊川悦司、妻・美知子を寺島しのぶ、太田静子を菅野美穂が演じていた。山崎富栄は伊藤歩という若い女優さんが演じていた。伊藤歩さんは見覚えがあるようにも思えたが、はっきりとした認識はなかった。しかし、伊藤さん演じる富栄はなかなか見事だった。「恋人、秘書、看護婦」として献身的に太宰を支える富栄の姿は「さっちゃん」を彷彿とさせた。ところで「第5回」を読んで、富栄の“肉声”が聞きたくなってきた。そこでアマゾンを検索したところ『太宰治との愛と死のノート』―富栄の日記をまとめたものが古書として出展されていた。少々高かったがすぐに購入した。そこにメガネをかけた洋服姿の富栄の写真が載っていたが、伊藤さん演じる富栄はそのイメージをもとにしたのかもしれない。しかし写真の富栄はドラマと異なって整然とした印象を受ける。太宰、富栄、静子が顔を合わせる小料理屋の場面を思わせるシーンもドラマで描かれていた。酒を飲んで騒ぐ太宰、太宰を気遣う富栄、居心地の悪そうな静子、小説同様にそれぞれの表情が印象的だった。
  次号「第6回」では、いよいよ太宰と富栄が玉川上水へと向かうことになりそうだ。待ち遠しいような、まだまだ終わってほしくないような、複雑な気持ちである。

☆『恋の蛍 山崎富栄と太宰治―第4回 戦争未亡人の美容師』の感想はこちら

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