「白秋」に想ふ―辞世へ向けて

人生の第三ステージ「白秋」のなかで、最終ステージ「玄冬」へ向けての想いを、本やメディアに託して綴る。人生、これ逍遥なり。

文学の香気―『手紙、栞を添えて』

2010年03月18日 | Arts
☆『手紙、栞を添えて』(辻邦生・水村美苗・著、ちくま文庫)☆

  あまりに子どもだな、と思った。

  辻邦生さんも水村美苗さんもお名前は知っていたが、著書を読むのは今回が初めてである。友人が辻さんの『西行花伝』を読み賞賛していたので、自分も後を追ってみようと思った。ところが『西行花伝』を実際に手に取ってみると、濃密な文章と分量に少々圧倒されてしまった。少し方向を変えて、辻さんのエッセイを紹介してほしいと聞いたところ、この 『手紙、栞を添えて』を薦められた。
  本書は故意に面識のない状況で交わされた往復書簡集である。テーマは読書体験と文学論で、古今東西のさまざまな小説などが紹介されている。お二人の紡ぎ出す言葉はけっして難解ではないが、文学に対する深い思い入れと、類稀な知性が感じられる。取り上げられている作品はどこかで名前を聞いたものがほとんどで、まったく知らなかった書名はごくわずかだった。とはいえ、実際に読んだものとなると、告白するのが恥ずかしくなる。文学とは疎い環境にいたことを、あらためて思い返してしまう。
  辻さんと水村さんのお二人は面識がないゆえか、あるいは文学の本質に関わるためか、想像力の翼を翻して東西を往復し、時間軸をも飛翔する。文学的想像力など露ほどなくとも、文学の時空旅行が楽しめるのは、お二人の想像力の翼の傍らに乗せてもらって旅をするからにちがいない。実際に文学作品を読んでいれば、肌身で感じた地上の起伏と重ね合わせて鳥瞰も深みを増すのだろうが、鳥の目から地上を想像する楽しみもあると思いたい。
  文学の旅はときに人生を深く抉る。エミリー・ブロンテの『嵐が丘』が当初酷評されたことに触れて、「書くということは、自分が書いているものの運命を知りえずに書くことにほかならない」と水村さんはいう。大志を抱えたまま、若くして貧困の中で世を去った樋口一葉にも思いを馳せる。辻さんの「見えない世界」の存在感、実在性の話題から派生したことだが、想像力や文学の神髄に深く関わることのように思える。
  お互いの読書遍歴を語りながら、辻さんと水村さんは通底で「文学とは何か」と問いかける。もちろん文学の何たるかを知らないものに、答える術はない。ここはお二人に添って歩を進めるしかない。しかし、お二人の跡からは香気が漂うのである。甘さとほろ苦さを合わせ持つ、文学の香気。陳腐な表現だが、銘柄を知らずとも美酒の香りに酔うようなものだろうか。美酒を味わうにはまだまだ子どもである。そのことは自覚せざるを得ない。それでも、香りを楽しむことは子どもにも許されるだろう。
  文学の香気とは奥深いものである。
  

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