
キューバ最後の日である。
イービスの夫が早朝に大きな箱を置いていった。中味は洗濯物!
パン・バター・ゆで卵・ミルクの朝食。ダニエーラの父親の親族が近くに住んでいる。イービスとも親戚づきあいである。ダニエーラと同じくらいの女の子もいる。イタリアに住んでいるダニエーラの父親もたまに来ることがあるらしい。
その親族の家を訪問。娘2人と母親、祖母。父親は仕事らしい。一室だけ冷房してあった。母親は入れ墨の職人で、道具やデザイン帳を見せてくれた。イタリアでは仕事としてやっていたが、キューバではやっていない。唇や目の周辺など、化粧としての入れ墨があることを初めて知った。
そのあとロドルフの家へ。もともとは中庭があったのではないかと思うが、建て増しをして狭い通路で奥の家に入る。すべて同一番地である。通路脇の家は親族なのだろうか。
大会と大会後遠足だけでは触れることのできないキューバに触れたいと思って個人宅に泊めてもらったのだが、それだけのことはあったと思う。もう少し長く滞在すればもっといろんなことがわかったのだろうが・・・。
飛行機の時間を1時間以上早く勘違いをしてタクシーを頼んでいたが、そのタクシーがさらに1時間早く12:30に来てしまった。アルバーニャと一緒に空港へ。タクシーは15CUC。ずいぶん高いが、アルバーニャは値切り交渉もしない。ほとんど乗ったことがなくて分からないのか、これが相場なのか。
サンドイッチとMALTAという飲み物(「濃厚で甘いノンアルコール黒ビール」のようなもの)で昼食。アルバーニャとしばらくおしゃべり。空港税を払ってチェックインを済ませて、また少し雑談。時間は充分あるが、あまり長く引き留めても迷惑だろうと、さようならをして出国。
待合室でオーストラリアの夫婦に会った。彼らはこれからメキシコを17日間の予定で旅行するという。
18時過ぎに離陸、メキシコシティには現地時間19:45頃到着。余談だが、グアテマラ~メキシコ~キューバ~メキシコの区間はメキシカーナ航空利用である。このメキシカーナ航空が最近経営難ですべての定期運航便を停止した。ネットには「すでにご旅行を開始されているお客さまにつきましては、WEBサイト上で状況のご確認をしていただくか、下記問合せ先までご相談・・・」などと書いてあるが、旅行中だったらエライ目に遭っていたかもしれない。
アメリカを通過するのにキューバの痕跡があってはならないという。パスポートにもキューバのスタンプは押してない。キューバで買ったものはアメリカで押収されるとも聞いた。というわけでE-チケットも別になっている。いったんここでメキシコに入って、あらためてチェックインするわけである。もちろん預けた荷物もいったん受け取らねばならない。
関税も無事通過してメキシコに入国したが、ダラスへの飛行機は翌朝の6:50、アメリカン航空のチェックインカウンターは朝の4時にならないと開かない。大きな荷物を持ってどこかで夜を明かさねばならない。 空港内にホテルがあって、1室204ドル、1人8500円少々である。あとで思うに、ここに泊まるんだった。
食事用に10ドルをメキシコペソに替えた。タマリンドジュースなるものを飲む。
アメリカン航空のチェックインカウンターの近くに静かな場所を見つけて横になる。冷房が効いているから対策に簡易シュラフを持っていたが、床が固くて背中が痛い。それでも2時間くらいは寝たであろうか。
8月2日になった。
3:30、チェックインが始まり、何事もなくするすると出国。冷えたのかノドがおかしくて咳が出る。念のために風邪薬を飲む。食欲もないので残ったペソでメキシコ産のコーヒー豆を買った。
7:30頃離陸、ダラスには現地時間9:40着陸。グアテマラに行くときと同じ手続きが始まる。まず出国手続き、MKさんは「係官によって対応が違うかもしれない」とまた赤インクで書いて書き直しさせられた。荷物のターンテーブルは通過だが、関税通過に並んでいた。さらに出国の荷物検査に並んで、搭乗口についたときはもう11:27、すぐに搭乗が始まった。
成田までの長い飛行。疲れていてしんどい。本もあまり読めないし、眠れない。かなりつらい時間だった。
そして8月3日、14:40頃成田到着。名古屋行きのゲートで5時間ほどの待ち合わせ。名古屋までは何とビジネス席だった。時間が短くて充分には楽しめなかったが、シートだけでなくサービスも格段にいい。もうこの歳になったらアメリカやヨーロッパなどへの長時間の旅行にはビジネス席を考えるべきかもしれない。どれくらいの値段になるのだろう?
順調に名古屋へ。出国・関税手続き。長い旅の終わり。
ここまでおつきあいいただいた読者のみなさんに感謝。
美術館にて。ん? 撮影禁止だっけ?