昭和57年9月に入社し不満ばかりを募らせながら働いている私でした。そんな、ある日・・またまた消費者金融の○○ム時代に数日間でしたが一緒に働いていた女性が私の勤める家電量販の店に来たのです。驚きましたネ。『○○君!久しぶりやん!私・・羽曳野に住んでるから時々、八尾の西武にも来てるンやけど・・』その口ぶりは私が家電量販店に転職したことを知っていたかのようでした。『ほら・・あのUさん・・一緒に難波支店におったやん?八尾で店長してるんやで!』それを聞いた私は、おめでとう・・そう素直には思えず悔しさがこみあげてくるのを押し殺して『そ・・そうなんや。よかったやん。』そう返すのが精いっぱいでした。高校卒業し専門学校出の私がサラリーマンとして出世するためには、発展途上の会社を選んでいくしかありません。当時、M電化も出店は少なく規模は従業員数400~500名 33店舗くらいだったと思います。おそらく出店が増えポストも増えると予想しての転職でした。今にして思えば、その予想は的中しているのですが・・いかんせん給与が・・残業も手当が支給されず経済的不安が・・話はそれましたが、・・『私も○○ム、辞めたんよ。ところで、あの綺麗な奥さんも元気なん?』笑顔で聞いてくる女性に対し『うん、元気やで今は西武のラルフローレンに居てるから・・なんやったら会ってきたら?今日、出勤してるし。』そう言うと『いや・・やめとくワ・・今日は、チョット来ただけやし・・元気そうでよかった♪ほな、帰るし・・』彼女との会話も5分~10分・・その後、もう来ることはありませんでした。でも私の心に残ったのは○○ムのUさんが八尾支店の店長に昇進していたこと・・Uさんは元日興証券の証券マンで転職し○○ムに来た人なのです。誠実で頭のよさそうな印象でした。(私も出世したい!)この頃の私は焦っていたと思います。その後、近鉄八尾駅でチラッとUさんを見かけた時、M電化の制服であるブレザーを着ていた私は、なぜかUさんに声をかけることが出来なかったのです。もしかしたら・・・このときにM電化を辞める決意をしていたのかも知れません。