脳出血で無職になった親父のブログ

脳出血を経験してスピリチャルに目覚めたオッさんのブログ

回復期へ

2014年05月11日 12時09分03秒 | リハビリテーション
脳出血で救急搬送されて1カ月リハビリの成果もあって何とか車椅子での移動と5~10mであれば杖での歩行もできるようになって手も開くこともできました。まだまだ身の回りは自立できませんが状態は良くなりつつ・・転院の日を迎えました。妻もパートを休んでくれ病院に迎えにきてくれ、お世話になった看護師さんやリハビリの先生に見送られました。看護師やリハビリの先生に『なんかさびしいですね。』と言うと『何を言ってるんです?病院を出る時は寂しくなくて喜んでください!また私たちの顔を見に来てくれたら嬉しいです♪』と看護師さん。本当に皆様には、お世話になりました・・お礼の気持ちで一杯でした。急性期病院を後にして回復期のリハビリ病院へと妻の車で向かっていく風景は見慣れた風景なはず・・であるのに、とても新鮮で建物・・川や山・・公園・・すがすがしく、今、こうして外の風景を見られることが、とても幸せな気持ちになれました。回復期リハビリは約5カ月の入院でリハビリ時間も多く、この5カ月はミッチリと言語・作業・理学それぞれあります。約30分で病院に到着し入院手続きを済ませ病室へと案内されました。部屋は6人部屋でしたが既に3名の方が入院し私と同じ脳疾患の人は1名で来週退院予定で、あとの2名は整形外科・・鞭打ちに腰だそうです・・新参者ですので妻と二人で、病室の同居人?ナースステーションへの、ご挨拶を済ませましたが・・この病院での5カ月・・結構、長く私にとってストレスとなることは、この時点では知るよしもなかった・・のです。
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可愛い作業療法士♡

2014年05月06日 11時10分54秒 | リハビリテーション
『○○さん、ほ~ら、また手・・グーしてる・・もうッ!装具作ってあげますね♪』作業療法・・主に肩から指先の動作です。とにかく腕は重く手は無意識に拳を握って肘が緊張してるので、いつも左手は肘をまげて丁度、胃袋のあたりに拳が自然に来てるのです・・作業療法士の先生・・まだ30歳になるか、ならないかで目のパッチリした小柄な可愛い先生。俄然リハビリも意欲的になるんですね~(*^_^*)最初は私の横に座って肩・腕・手の運動をしてくれるのですが、とにかく近い・・顔を向けると、すぐ横に先生の顔・・チョッピリいい匂いなんかも(*^_^*)私の背中に廻って後ろから運動・・この時、先生の身体が私の背中に少しふれるのですが入院中の私には刺激的??でも・・でも・・結構、この先生スパルタでして『は~い。今日も、このへんにしましょうか。あ!そうそう今日はベッドの上で グー・パーと手を広げる練習100回してくださいね♪宿題♪』これが意外とキツいのです。宿題を貰った私の顔色を見た先生・・『ちょっと左手(麻痺側)をホッペにあててみて!』と言われ、やってみるも腕をそこまで上げることができません・・思わず顔から手に近づけてホッペを手につけると『そうじゃなくて・・もう!これが現実なんですよ。必ず顔を洗えるようになりますから私の宿題してくださいね♪まず手を開くことが出来ないといけません。まだ若いんです。必ず回復すること・・信じて頑張ってくださいね♪』私は何となくですが頑張れるような気がしました。
看護師がリハ室に迎えにきてくれ車椅子で病室に戻り早速、100回 グー・パーを繰り返し先生が作ってくれた手の装具を付けて夜は寝ました・・とにかく動けない私はリハビリ以外はベッドの上で寝てる状態です。1日2回 看護師が付いて車椅子に移動する練習と立つ練習をしてました。生活はベッドの上で歯磨きも歯ブラシに歯磨き粉を付けてもらい水も予め用意してもらい行ってました。暇をみつけてはグー・パー手を開く運動・・暫く毎日100回 頑張りました。最初は10回もすれば疲れがドッと出てましたが少しずつこなせるようになった頃・・指の独立運動にチャレンジ。若い頃エレキギターを少しやってましたので右手の腕をギターのネックにたとえ、スケール練習をしました・・最初は全然でしたが、これも続けていくうち1本1本の指を、わずかですが動かせるようになってきたのです。人間、出来るようになると前向きに頑張れるんですね。また顔の表情もよくなってくるようです・・ある日、いつものように作業療法の先生にリハされてる時・・『○○さん、頑張ってますねぇ。宿題もしてくれてるし、いい顔つきになってきました♪今日から次の宿題をしてくださいね。グーパーも継続ですよ。』と笑顔で言うのです・・女性って結構、厳しいですね~『先生、かわいい顔してますね♪彼氏いるんでしょ?』と話しをそらしましたが『うまい事言って宿題なしにしようとしても駄目ですよ。』『いやホンマ可愛いですよ』と言った途端、『○○さん、芸能人のNさんに似てるって言われません??』と・・こんな会話も出来るようになったのですがリハはキツイんです・・いつもベッドの上で寝てるだけの私にとってリハビリで作業療法の先生に会うことは唯一の楽しみでした。
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入院当初は大変(@_@;)

2014年04月29日 13時24分36秒 | リハビリテーション
脳出血を発症した当初は・・病室に理学療法士の先生が来てくれて背の高い私をベッドから車椅子への移動をしてからトントンと麻痺足の膝下を軽く叩いて『これ、わかりますか?・・はい、では足首をこう・・足の甲を上に・・向けて・・』言われるようにしようと力を入れるのですが・・いっこうに動きません・・『無理ですか・・そうですよね・・では左腿を・・こうあげてください。』ものすごく重く、まるで鉄の塊のような重さに感じ、ピクリとも上がりません・・『わかりました、これが現状です。○○さん、でも心配いりませんよ。必ず動けるようになります。そう信じて努力してください。努力しないと本当に歩けなくなるんでね。』と笑顔で言うので(この先生なら大丈夫)『わかりまひた』と返事をすると『言葉も多少しんどそうですねぇ言語療法もありますから頑張ってください。』と励まされリハビリ室へと連れていってくれました。初めての日・・とにかく、ハツラツと話す先生は『さ~て、これからですよ♪まず隣のベッドで座る練習をしましょう!!』ベッドの上に腰を下ろすと同時に先生が私の横に座るのです(ん??男同士が横並びに座ると何とも絵になりません)『はい!では○○さん手を離しますから、踏ん張ってくださいね。お尻に力を入れてください。はい!!』先生の手が私の肩から離れると・・ふ~っと横に倒れるのです・・先生にもたれかかってしまい『お尻の筋肉が全く弱くなっているからです・・』自分でも座ることすら出来ないのは【まさか!!】でした・・何度か頑張ってみたものの・・ふ~ッと先生にもたれかかるだけ・・『はい、では平行棒に行きましょうか・・歩くのではありませんよ。立つ練習です。』車椅子から自力で立ち上がることもできません。平行棒で先生に支えられ右手で平行棒を握り何とか数秒程、立てる程度・・数回繰り返しただけで『ハァ~』とため息が出る程の疲れが・・『今日は作業療法士が休みなので少し私が代行しますね。』と言い場所は机らしきものが、あるところまで移動しようと車椅子を先生が押そうとした時、『○○さん左手を膝に置いてください。タイヤに手が挟まるので』はっとして左側に目をやると車椅子のスポークに指先が・・手を動かそうにも全く左手は重く動きません・・右手で左手を取って膝に置きました『○○さん全然、感覚ないでしょ?最初は、そうなんです。リハビリやって感覚を取り戻しましょうね。』と言いながら机の前に到着・・目の前には高さ20センチくらいのプラスティック製のコーンが幾つか重ねて置いてありました。先生が1つ1つを並べて私の前に置くと『では、目の前のコーン1つを左手で取ってください』私は、な~んだと思い左手で取ろうとするも肩は動きますが肘から先が全くうごきません。ただ目の前のコーンを見ているだけでした。『はい。いいですよ。まだ無理ですよね。いまの状態だけ知っておいてください。明日から作業療法もしますからね。今日は、このくらいにして手足のマッサージで終わりましょう。』初日のリハビリは気持ちが落ち込み不安だけが残っただけでした・・帰りに『暫くは病室のベッドで座る練習をしますから私が病室へ迎えにいきます。今日はショックだったでしょう・・ま、最初は、あんなもんです。頑張れば歩けるようになりますから』と明るく言われ病室のへと向かう途中、看護師が『お疲れ様~リハ初日どうでした?頑張ってくださいね♪』と励まされ少し気をよくしながら病室に戻りました。急性期の入院中は、ホンマ気持ちの抑揚も激しく身体が動けない食べ物は流動食、風呂にも入れずストレスまみれ・・この先生の、おかげで頑張れたリハビリでした。
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