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琉球の幽霊話し 耳切坊主

2016-04-02 21:22:41 | 幽霊の話し

 

 

                  琉球の幽霊話し 耳切坊主

 

今回も続けて琉球の幽霊話し 耳切坊主の話しをします。

耳切坊主(耳ちりボウジ)、聞いた覚えがある方も多いと思いますが、ストーリーを知っているでしょうか?子供の頃、

「親の行くことを聞かないと耳切坊主に耳を切られるよ~」と脅かされたものです。

那覇の若狭の悟道院の住職、黒金座主という人がいました。説教も話しも上手で妖術を使う背丈が大きい坊主だった。

琉球でも一二を競う囲碁の名手でもありました。世間の評判では、若い娘や女性がこの寺に入っていくと、帰りに出てくる姿は

目がうつろになり、着物もはたけ乱れていたそうです。黒金座主は妖術を女たちにかけて乱暴していると悪い噂がありました。

那覇の築佐事(警察)をしていた北谷王子もこの噂を聞いていました。首里王府の王の耳にもこの噂が入るようになりました。

王は北谷王子に黒金座主を調べるように命令しました。

北谷王子は黒金座主の寺の外から出入りする女たちを観察していると、やはり世間で言われている通りのようです。

北谷王子も囲碁の名手です、黒金座主と囲碁を競いたいと申し出ると相手は承諾しました。

囲碁をやる前に提案しました、北谷王子は、負けたら武士の魂であるチョンマゲを切る、黒金座主は、自分が負ければ片耳を削い

でよいと約束しました。囲碁が始まり数時間が経つが勝負が決まりません。黒金座主は妖術を使い北谷王子を意のままにしようと

妖術をかけました。北谷王子も妖術にかかりそうになりフラフラした時に、黒金座主がひきような手を使い囲碁の場所を勝ってに

変えるのを見た途端、北谷王子はこれで勝負は決まりだと、刀を抜いて黒金座主の耳を切り落としました。苦痛に喘ぎながら北谷

王子に襲い掛かる黒金座主、北谷王子は返す刀でもう一方の耳を切り落としました。黒金座主は断末魔のごとく息絶えました。

最後の言葉が、「この恨み、晴らすぞ!」。その後大村御殿の屋敷の外の角に黒金座主の耳なし幽霊が出るようになりました。

北谷王子は首里の龍潭池の向かいの大村御殿を住まいにしていました。北谷家に男子が生まれても、幼少時に死亡したり死産など

で男子の跡取りが生まれません。北谷王子は、黒金座主の恨みが邪魔しているので、その恨みを外すことを考えました。

男子が生まれたら、首里・那覇で「大村御殿に大きな女子が生まれたよ~」と言いふらして回りました。黒金座主に分からさせな

いためでした。効を奏して、生まれた男子は13歳の元箙までは女子として育てて、元箙後は男子だと名乗ったそうです。恨みに

合わずに育つことが出来たのです。

そのようなことがあり、昔は男子が生まれても、女子が生まれたよ~と地域を練り歩いたそうです。厄外しの儀式だったようです。

tiger60

この顛末の時代背景は、不明だが北谷王子(朝愛)13代国王尚徹(1700~1752年)のようです。事実なのかも不明ですが、なんらかの顛末がありこのようなストーリーが生まれてきたのではと想像します。

耳切坊主、黒金座主は悪いナマ臭坊主の印象で描かれているが、別の資料からは、那覇若狭村では人気があり評判も良い立派な住

職だったそうです。ではなぜ北谷王子は黒金座主を退治したのかが疑問ですね。一説には、黒金座主が当時の尚徹王の時世方法を

避難していたので敵として殺したとの説もあります。真実がどちらにあるかは分かりません。tiger60はこの政治的な理由が正し

いのではと考えています。歴史を見ると巷で云われる伝説の逆が真実だったなんてことは沢山あります。護佐丸と阿麻和利の話し

も怪しいですね。話しが逆だったことはままあるものです。一方の見方だけでは真実は見えてこないものかも知れません。ブロ

ガーの皆さまはどう思われますか?

 耳切坊主の幽霊の立った場所、首里龍潭池の向かい、元の沖縄県立博物館後の角、カジマヤーの場所でもある。

(耳切坊主の時代には北谷王子の居住、大村御殿があった、明治初期に首里高校にあった中城御殿がその場所に移設して戦前、戦争で焼失するまではあった)、今後中城御殿の復元がされると聞く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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