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驚愕の粘り腰を発揮する斎藤知事を見ていて得られた4つの気づき ”なるほど”

2024-09-15 03:11:11 | 社会

 他人の失敗を、単に野次馬として眺めるか他山の石とするかは後に大きな違いを生むだろう。コラムニストの石原壮一郎氏が考察した。 

 * * *  世の中の多くが「これは、さすがに辞職かな」と思い始めてから、もう2カ月ぐらいになるでしょうか。パワハラやおねだりなどの疑惑が次々に飛び出し、激しい批判を受け続けている斎藤元彦・兵庫県知事は、驚愕の粘り腰を見せ続けて今も知事のままです。  
 パワハラやおねだりも十分に問題ですが、それ以上に重大なのが、知事の問題点を告発した「公益通報者」に対する対応や、阪神・オリックスの優勝パレードの際の補助金キックバックに関する疑惑。もし報じられている通りなら、警察や司法の出番です。一連の疑惑と深く関係していると思われる悲しい事態も、複数起きてしまいました。  
 しかし、どれだけ批判が高まっても、百条委員会で厳しく詰められても、もはや知事の役割が果たせる状態ではなくなっても、斎藤知事は「県政を担わせていただきたい」と言い続けています。最近では、そのメンタルのあまりの強さに感心する声も出てきました。  いろいろ理解が追い付きませんが、前代未聞の事態が起きているのは確か。報道の内容や顔写真を見てムカムカしているだけではなく、せっかくなので何か学んでしまいたいところ。というわけで、個人的に「斎藤知事を見ていて得られた4つの気づき」をご紹介します。あくまで勝手に気づきを得ただけなので、ご本人の実際の心情はわかりません。

 ●気づきその1〈人はどんなに四面楚歌の状況でも自分を正当化できる〉  
 ここまで来て、斎藤知事が辞めないのはなぜでしょうか。続けることが責任を果たす道だと本気で思って、責任感の強い自分に誇りを覚えているのかもしれません。もしかしたら「この絶体絶命の状況で耐えしのげるなんて、さすが俺」と、戦う自分の姿がカッコよく見えているのかもしれません。「悪いのは側近たちや一方的な報道に精を出すマスコミだ。ここで辞めたら自分が悪かったことになる」と考えている可能性もあります。  
 いずれにせよ、ご本人の中で自分を守ったり正当化したり美化したりする何らかの理屈を構築していないと、今の状況には耐えられないでしょう。斎藤知事のおかげで、あらためて「人間とはなんと強くてしなやかな生き物だろうか」という気づきを得ました。 

●気づきその2〈世の中には「責任を認めたら負け」と思っている人がいる〉  
 さんざん報じられている「疑惑」が真実かどうかは、たしかにまだわかりません。それはさておいても、9月6日に行なわれた百条委員会の2回目の証人尋問の場で、委員から一連の問題の道義的責任をどう考えているかという質問に対して、「道義的責任というのが何かというのがわからない」と答えたことには多くの人が呆れました。  ご本人としては、きっと深い意味を込めて言ったのでしょう。ただ、聞いている側としては、あらためて「なるほど。『責任を認めたら負け』と思う人って、実際にいるんだな」という気づきを得ました。この一言は大きな反発を招いて、斎藤知事をますます追い詰めることになります。「責任」をめぐるこの流れは、以て他山の石としましょう。

会見でいきなり嗚咽を漏らした理由
●気づきその3〈他人のために泣かない人でも自分自身のことでは涙を流す〉  
 それまでクールな表情を保っていた、というか表情がうつろだった斎藤知事が、9月11日の会見ではいきなり嗚咽を漏らしました。それは、かつて知事選で斎藤知事を支援した議員が、辞職要求に名を連ねていることをどう思うか聞かれたときでした。  斎藤知事は「自分自身に悔しい思いではあります」と言いつつ、かつて支援してくれた議員への感謝を述べます。涙を流したのは、つまりは自分をめぐる状況が悔しくてもどかしいから。けっして、無念の思いで自ら命を絶った職員に対する涙ではありません。クールな知事も自分事では泣くことができるんだという驚きとともに、自分のために泣かれたって見ている側は鼻白むばかで心打たれないんだなという気づきを得ました。

 ●気づきその4〈政党というところは風向きが変わるとすぐに手の平を返す〉  
 あの手この手で斎藤知事を強引に擁護して、告発文も怪文書扱いしていた日本維新の会ですが、風向きが変わった途端、見事な手の平を返しました。9月9日には、真っ先に辞職と出直し選挙の実施を申し入れます。選挙の際に維新の会とともに斎藤知事を推薦した自民党も、シレッと「あんなヤツ最初から知らない」みたいな顔をしています。  
 政党がそういうことをしても、とくに驚きはありません。私たちの多くは政党とは縁がありませんが、たぶんどこの会社もどんな組織も本質は同じ。斎藤知事と変わり身が早い政党のみなさんのおかげで、誰かに「何があっても俺たちが守ってやるからな」と言ってもらっても、それは何の保証にもならないという気づきを得ました。  兵庫県で起きている一連の問題は、たくさんのモヤモヤやイライラを与えてくれています。いっぽう、図らずもたくさんの大切な気づきも与えてくれました。今後の人生でもし機会があったら、大いに役立てましょう。  
 この先も斎藤知事が粘り腰を見せ続けた場合、定例議会が開会する9月19日に「不信任決議案」が提出される見込みです。すでに県議会の全議員が辞職を求めているので、可決される公算が大。その場合、斎藤知事は静かに失職する道を選ぶのか、あるいは議会を解散するのか、もしかして次の知事選に出馬するのか……。まだまだ目が離せません。  
 私たちはきっと、この問題を通してまた新たな気づきを得ることができるでしょう。ありがたいのかウンザリなのか、そこは微妙なところですけど。

感想
 なるほどと思いました。
自分を正当化しないと逆に苦しいのでしょうね。

 インパール作戦の牟田口廉也司令官は死ぬまで「正しい作戦だった」と言い続けていたそうです。3万人のほとんどが餓死と病気で亡くなった無謀な作戦でした。
 自分を正当化しないと良心の呵責に耐え切れないのでしょう。
 問題は誰もインパール作戦の責任をとっていません。
多くの人が亡くなったのに、無謀な作戦を行い、多くの人を死なせても、立案者は戦後も生きのびています。

 自分の責任でないのに自責の念や自分を追いつめて自殺人も多いですが、斎藤兵庫県知事のようなしたたかさで生きる力も必要なのでしょう。
 そしてやはり問題行動にはきちんと責任をとるようにすることだと思います。

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