幸せに生きる(笑顔のレシピ) & ロゴセラピー 

幸せに生きるには幸せな考え方をすること 笑顔のレシピは自分が創ることだと思います。笑顔が周りを幸せにし自分も幸せに!

NHK「こころの時代」 第六回 人生のな中の出逢い ”妻エリーとの出逢いが、苦悩する人を愛する人に変えてくれた”

2024-09-15 07:42:07 | 生き方 考え方 笑顔 ロゴセラピー
家族に支えられながら40冊の本をだした。
それはロゴセラピー、生きる意味を問う心理療法です。
孫、フランクルはそれを実践していました。
いたずらしたら烈火のごとき怒っていたが、無邪気な子どもに怒っていることに気がつて態度が変わった。
空は人生の苦悩が人生から切り離せないことをよく言っていた。
『苦悩する人間』
苦悩する人は、もはや運命を外面的に変えることはできない。しかし、内面的に替えることを知っている。苦悩は成長です。苦悩は人間に見抜く力を与える。苦悩への勇気、それが必要です。
それをエリ―がフランクルに与えた。
エリーは戦後結婚した二人目の妻。
フランクルは愛によって生きる意味を考え続けた。

人間にとっての人生での出会いがどういう意味を持つのか。

二人目の妻、エリーとの出逢いが、どれだけ大きな意味を持っていたか。

もう一度会いたいと思っていた、母と妻が亡くなっていた。
再会することだけを目的にナチスの強制収容所で生きのびた。
絶望に追い込まれた。
自殺するかもしれないと心配する友だちが、ロゴセラピーの本を出すことを勧めた。
人生の達人でさえ、人生に意味を見出せなかった。
本を出すだけでは、空虚な穴があり、その穴を埋めてくれるものが見つからなかった。

故郷に戻ったフランクルを支えてくれたのは、友人たちだった。
仕事も見つけてくれた。
その職場で看護婦との出逢いがあった。
フランクルの精神科のベッドを使わせてくれないかと看護婦が言ってきた。
それが二人の出逢いだった。25歳ほどの年齢差があった。
エリ―は少女時代から行動的だった。

エリ―は自分を生かせる仕事、病院での仕事を見つけた。
エリーはキリスト教徒、フランクルはユダヤ教徒、

彼女はありのまま。フランクルは彼女に出逢ってあらたな道を見つけた。

「もっとも深く考える者は、もっとも生き生きとしたものを愛する」
フランクルは同情から自分に寄ってくるのを心配していた。
「同情からではなく、愛から」と書いたカードをエリーはフランクルに渡した。
強制所の辛い話をすると多くの人は逃げていtった。
しかし、エリーさんはずーっと聴いていた。
フランクルはエリーさんに「ロゴセラピーを広げていく仕事を手伝って欲しい」とお願いし、了承してくれた。講演旅行もずーっと一緒に、フランクルが死ぬまで一緒にいた。
二人はよく喧嘩していた。言い合いが激しかった。
お互いぶちまけて、そして仲よくしていた。

母は何でも「はい」という人ではなかった。
フランクルに「それでは伝わらない」とハッキリ言っていた。

『夜と霧』が出ると、講演や執筆を手伝った。
それにより、フランクルは外に向かった。
40冊、手紙は約11,000通。全てエリーがタイプした。

米国から名誉博士号を授与すると言われたとき、
「エリーだけがその名誉に値する。この私がよく知っている。
自分より、エリーにその価値がある」と言った。
エリーに名誉博士号が与えられた。

私(勝田)がロゴセラピーを学びだした1年前にフランクルは亡くなっていた。
ロゴセラピーを学んで3年後にエリーさんに会った。
「大変だったのよ」とざっくばらんに言う人だった。

フランクルは70歳以上でパイロットの免許を取った。
エリーも一緒に乗ったことがあるが、乗った時、墜落して一緒に死にたいと何度も思った。
フランクルが先に亡くなると分かっていたから。

フランクルは晩年目が見えなかった。エリーさんに読んでもらった。
孫が、「おばあちゃん大変だから、僕が読むよ」と言うと、フランクルは「おばあちゃんの声に慣れているからおばあちゃんに」と言った。

深夜に「死にたい」と電話がかかって来た。
フランクルはいろいろ死なないように言った。
その後手紙が来て、「私はフランクル先生との電話が終わって生きようと思った。フランクル先生が言ったことはほとんどわからなった。でも私のために一生懸命対応してくれたことが生きようと思った」と。

フランクルが強制収容所から戻ってきも、反ユダヤ主義は残っていた。
また同じユダヤ人仲間から「カソリックの女性と結婚した」ことを問題にする人もいた。
またフランクルが元ナチスの人と交流したことを非難する人もいた。
フランクルはその人が反省していると。

フランクルのブレのない人生。
彼自身が悩みぬいた人生を過ごしたことが大きな役割を担っている。

あるユダヤ人の人が、「イスラエルがカザの人々を攻撃しているのが苦しくて苦しくて辛い」と。そして今『夜と霧』を読んでいると言ってきた。(小野)

何に苦悩しているかではなく、どういう風に苦悩しているかが大切だと。
苦悩はとても大切なもの。苦悩は成長するために必要なもの。
苦悩の中にいる人はそれが分からない。
フランクルさえ苦悩に苦しんだ。
暗闇の中でも、光を見る気持ちが必要である。

チェスでその局面で必死に手を考える、でもまたする次の局面が来る。
苦悩も尽きないが、愛も尽きない。
人生に対するYES、それは人生への愛の形。

フランクルが大切にした出逢いが新たな出逢いを生んだ。
エリザベル・ルーカス先生、勝田さんの先生。
ルーカス先生は勝田先生を初め多くの弟子を育てた。
「学生の時にフランクルに出合えたのが大きい。ロゴセラピーは苦悩の対処だけでなく、予防にも大きな効果を果たせることができる」
「人間とは常に決定するものだ。人は状況だけに左右されるものではない。小さくても選択ができるのだ。平和が身近なところからもできる。ロゴセラピーは『平和』に繋がる考え方が多く含まれている。耐える人こそ英雄なのです。敵を理解しようとして妥協点を見いだそうとする。誰が戦争を辞めさせる勇気を持つ。人間は周りの世界に影響を与える。一人が平和にやれることがある」
ルーカス先生はフランクルの考えを正確に伝えることをしてきた。
私(勝田)は家庭で上手く行って行かなかった。そのことを相談した。
パートナーから別れたいと言われ、それをルーカス先生に言ったら「良かったじゃない」と言われた。
確かに別れがなかったら私はロゴセラピーを日本に伝えることはなかった。

ロゴセラピーをずーっと聴いていると、「予防」という考えが腑に落ちた(小野)。

自分が知り合った人をどう助けられるか。
それを見た人が自分も何かができるのではないかと考える。
小さな平和の連鎖が広がっていく。
平和というと、自分はできるだろうかと足が竦むが、もっと身近なところからできる。
ロゴセラピーを教育の場でどう生かしていくかが今の私たちに問われている。
相手を傷つけないでどう対応するか。

ルーカス先生に出逢たことはラッキーだったと思う。
ロゴセラピーは遠いものでも難しいものでもない。
生きているからこそ苦しみに出合う。自分がどうそれに気づくか。ロゴセラピーが大きなヒントを与えてくれると思った(小野)。

ハラルドさん、フランクルの晩年の助手を務めた。
フランクルは片目が完全に見えなくなったが、エネルギッシュだった。
何度も死にかけた。でも何があっても文句を言わなかった。

手術室に入る前に、フランクルはエリーに言った。「あなたに本をプレゼントしている」
手術の後フランクルの意識はもどらず、3日後92歳の生涯を終えた。
エリーは書斎を片づけていたとき本『苦悩する人』にフランクが書いた文字が。
「エリーへ あなたは苦悩する人間を愛する人間に変えてくれました。フランクル」
目が見えないフランクがエリーに書いた言葉が挟まれていた。






感想
  ルーカス先生は時々プールに行かれているそうです。
あるとき、大きな男性が激しく泳いでいた。水しぶきがこちらにかかって来た。
2回目も水しぶきがかかって来た。
3回目の時に、「泳ぎがお上手なんですね」と言った。
そうすると男性はその後の泳ぎは静かになり、水しぶきはかかって来なくなったそうです。
 このとき、「もっと静かに泳いで欲しい」というと、相手の男性は怒ってきたかもしれない。そうすると監視員に伝え、監視員がその男性に注意すると、男性は怒るかもしれない。

 この話は考えさせられました。
どう問題を解決するかには方法があるということなのでしょう。

 六回目は「出逢い」でした。
誰に何に出逢うかは大きいです。
そしてその出逢いをどう生かすか。
臨済宗の言葉に「有縁を度すべし」があります。
まさにその縁をどう生かすかが自分の人生なのかもしれません。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿