・年を取ったら忘れっぽくなるとはいえ、私たちが過去の物事を忘れることができるのはありがたいことだ。そう言えるのは、記憶を扱う多くの研究者や医師と同じように、私も忘却について誤解していたことがわかったからだ。神経生物学や心理学、医学、コンピューター科学における最近の研究によって、忘却に対する理解は明らかに変わってきた。今では、忘却は正常な現象ということにとどまらず、私たちの認知能力や創造力、精神的安定にとって、さらには社会の健全性にとって役に立つことがわかっている。
・患者の症状や病歴をじっくり聞くことは、私たち神経科医が第一にやるべき務めだ。患者の話には、診察のおもな目的である「病変部位の特定」に行き着くのに必要な情報が豊富に含まれている。
・認知機能の老化を治療するには、医薬品よりも運動や食事の改善といった生活習慣への介入のほうがふさわしいと今でも思っている。
・自然が私たちに、記憶に専念する分子ツールボックスと、忘却に専念する分子ツールボックスという別々のツールボックスを授けたという発見は、忘却は単なる記憶の衰えだという一般的な見方を明らかに覆すものだ。・・・
最善の研究から、忘却ツールボックスは、実際には有益な目的を果たしており、現代の複雑な世界にすばらしく合った明らかな利点をもたらしていることが示されている。忘却は認知機能にとって恵みなのだ。
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アルチンボルドの肖像画がどうしても顔に見えてしまうのに対して、それらの刺激が顔に似ている度合いに変化をつけた。それから、自閉症の子どもたちと、そうでない子どもたちに刺激を提示した。すると、平均して、自閉症の子どもではそうでない子どもよりも、それらの果物や野菜が顔に見えるまでの時間が長かった。時間がかかったのは、自閉症の子どもは皿に置かれた個々の果物や野菜にばっかり注目し、部分を全体に統合する心の働きが遅かったからだと解釈された。
・ホルヘ・ルイス・ボルヘス(作家、詩人)
「考えるということは、さまざまな相違を忘れること、一般化すること、抽象化することである」
・忘れることのない心は、不変の世界ではうまくやれるかもしれない。しかし今では、記憶とバランスを取りながら忘却をおこなうように心が進化したのは、流動的でときに激動するこの世界にとってまさに好都合だとわかっている。私たちみなが、ある程度ものを忘れるのは、ありがたいことだ。なぜなら、忘れることのない心は、変化をなくして世界を固定し、何一つ変わらないものにしたいという必死の思いで麻痺してしまうからだ。
・PTSDの症状は、衝撃的な出来事の数か月後に現れ始めることが一般的で、大きく四つに分類される。
①その衝撃的な出来事を思い出させる状況を回避することだ。
②自分や世界に対して否定的な考えを持ち続け、将来を悲観して絶望的になることだ。
③感情的な反応が過激なことだ。
④「消去」と呼ばれる反応における障害だ。消去は心理学用語で、トラウマを忘れる能力を意味する。・・・。たとえば、フラッシュバックや悪夢が怒ったり、トラウマ体験を思い出させる何かに触れたときにひどい精神的苦痛が生じたりする。
・PTSDの一般的な治療法は、正常な忘却のメカニズムを利用して偏桃体を再教育し、正常が活動状態に戻すことだ。これが代表的な認知行動療法である暴露療法の論理で、この療法では、安全な状況のなかで、不安を引き起こす刺激に患者を何度もさらす。すると、正常な忘却のメカニズムが活性化され、慢性的な過敏状態が抑えられるのだ。
・PTSDの治療では必要に応じて、認知行動療法だけでなく、偏桃体の活動を抑える効果のある薬が使われることもある。それによって、正常な忘却の機能の回復がさらに促進される。
・感情の忘却は、精神疾患の発症リスクを下げるだけでない。私たちを苦痛や苦悩、憤りの認識からも自由にしてくれる。そのような負の感情は、一つ一つはわずかなものだとしても、積もり積もればどんな人間官益にも悪影響を与える。
・似たような生息環境で育った
ボノボとチンパンジーを比較すると、ボノボの方が生まれつき利他的思いやりがあり、親切で寛大な傾向がある。ボノボは成長しても子どものころの遊び好きなところを失わず、霊長類学者フランス・ドゥ・ヴァールによる多くの記述から拝借すれば、争いよりも性交渉をおこなう。社会学者は、こうした友好的な行動をまとめて「向社会的」と表現する。というのは、そのような行動は全体として社会のためになると考えられるからだ。
では正直に答えてほしい。(人間に最も近い現存種である)チンパンジーとボノボの違う性格のうち、あなたはどちらによく当てはまるだろうか?
(チンパンジーは違うグループに排他的)
・不慮の事故によって偏桃体が損傷したり、実験で偏桃体を損傷させたりすると、恐怖に対する反応が消失することが発見された。凍結反応も逃走反応も起こらないのだ。それからの数十年間に、危険の感知に関与するほぼ術の脳領域が偏桃体に集中していることが見出され、偏桃体から出力された情報が、恐怖の表出にかかわる視床下部や脳幹のほかの部位に直接送られることがわかった。1970年代には、偏桃体が脳の危機管理の司令塔だということが明らかになった。
・認知的ヒューリスティック
ニューヨーク州とペンシルベニア州の州都で、高いビルがあるのはどちらでしょうか?
ほとんどの人が、早とちりして「ニューヨーク州」と間違った答えを言うかもしれない。ゆっくり考えれば、ニューヨーク州の州都はオールバニで、ペンシルベニア州の首都はフィラデルフィアより高い居るが少ないと思い出させるだろうが、前頭前皮質は賑やかで派手なニューヨーク州という情報を記憶貯蔵庫から手早く取り出す。
感想;
忘れることは良くないと思っていましたが、実は生きていくために忘れる機能がとても大切なことがわかりました。
その忘却機能が働かないと、変化に対応できなくなるようです。
自閉症は忘却機能に障害を持っているとのことでした。
またその忘却機能が強い刺激で正常に働かないとPTSDになる可能性があるようです。
正常な忘却機能が必要ですね。
自分が考え自分で行動していても実は脳の機能に左右されているようです。
悟るとは脳の機能やホルモンの影響を受けながら適切な対応が出来る状態なのかもしれません。
恐怖心が強いのは偏桃体が敏感だからかもしれません。
でも考え方でその恐怖心はさらに大きくなったり小さくなったりします。
川を渡れずに困っている女人を背負って川を渡り女人を降ろした僧侶とずーっと、女人を背負い続けている僧侶の話を思い出しました。
忘れないと次のステップに進めないですね。
上手く、自分の心を囚われないようにしたいですね。
5/2刊行予定『忘却の効用:「忘れること」で脳は何を得るのか』冒頭部分を公開 no+e