日時;2015年12月18日(金)19時~21時
会場;大宮ソニック小ホール
<12月15日は谷川さんのお誕生日でした。対談形式で行います。対談者は埼玉いのちの電話理事長他>
<大宮まで来ていただきありがとうございます。>
大宮は遠いところですね。
<生きる 言葉 今 のテーマで行います。谷川俊太郎の方を好きな方、そしてもっと知りたい方。詩人としてどうされているのか。どういう方ですか?生きることについてどう考えておられるのか、苦しい時どうされているのか。示唆を受け取りたい。賛同されたら拍手をお願いしたい。>
(自己紹介という詩を朗読して)70歳バージョンで、14年前のもの。
無言を好む。樹木は大好きだが名前知らない。権威に反感を持っている。睡眠は快楽の一種。事実だけど、言葉にすると嘘みたい。私が書く言葉には値段が付くことがあります。
ひ孫一人増えた。
<84歳自身どう思っておられるか?>
人生はかまぼこ型(0から上昇してその後だんだん下がっていく)よりも年齢を年輪で考えている。真ん中が生まれた時。自分に0歳の自分も含めて今も持っている。どんな人にも幼児性を抱えている。それをもの書きの人はそれを抑えずにいる。
<20億光年の詩でデビューされたが>
二十億光年の孤独 谷川俊太郎
http://www.poetry.ne.jp/zamboa_ex/tanikawa/ より
人類は小さな球の上で
眠り起きそして働き
ときどき火星に仲間を欲しがったりする
火星人は小さな球の上で
何をしてるか 僕は知らない
(或いは ネリリし キルルし ハララしているか)
しかしときどき地球に仲間を欲しがったりする
それはまったくたしかなことだ
万有引力とは
ひき合う孤独の力である
宇宙はひずんでいる
それ故みんなはもとめ合う
宇宙はどんどん膨らんでゆく
それ故みんなは不安である
二十億光年の孤独に
僕は思わずくしゃみをした
微積分の計算式がわからなくなって、学校嫌いになった。父親は放送大学の学長をやった人で、大学行かないといけない雰囲気が家庭にあった。先生が三角定規で頭を打つので痛くて窓から逃げ出した。別の先生がお前は定時制に変わればと言われ定時制に行ったら、とても居心地がよかった。おばちゃんとかおじさんがいた。詩が好きな友達に言われ詩を書き出したら面白くなってきた。父親は詩人とか作家の友人がいたのでそういう詩集などの本が家にあった。中原中也の初発本があった。値段を確認したら150万円とか。その本に父親の名前が書いてあるから売るわけにはいかない。それで中原中也記念館に寄贈した。
<お母さんはピアニスト。お父さんは法政大学の学長も経験。>
模型好き。理系と思われるが、ハンダ付けが好きだった。
女性から質問を受けたい。
<鉄腕アトムの作詞をされていた。103歳になったアトムという詩をどんな思いで書かれたのか?>
百三歳になったアトム 谷川俊太郎
http://d.hatena.ne.jp/yokkukku/20111111/1321027720より
人里離れた湖の岸辺でアトムは夕日を見ている
百三歳になったが顔は生れたときのままだ
鴉の群れがねぐらへ帰って行く
もう何度自分に問いかけたことだろう
ぼくには魂ってものがあるんだろうか
人並み以上の知性があるとしても
寅さんにだって負けないくらいの情があるとしても
いつだったかピーターパンに会ったとき言われた
きみおちんちんないんだって?
それって魂みたいなもの?
と問い返したらピーターは大笑いしたっけ
どこからかあの懐かしい主題歌が響いてくる
夕日ってきれいだなあとアトムは思う
だが気持ちはそれ以上どこへも行かない
ちょっとしたプログラムのバグなんだ多分
そう考えてアトムは両足のロケットを噴射して
夕日のかなたへと飛び立っていく
息子がジャズピアニストで、息子と一緒にでて、鉄腕アトムを歌うことがある。詩を一つ書いてからやった方がよいと思って書いた。本当のアトムは人類のために死ぬ。でも私の中では死んでいない。アトムは強い。でもロボットであることでの哀愁があった。アトムの歌は先に曲があって、そしてそこに詩を付けていった。
20億年の孤独とアトムの哀愁、奥底は変わっていない。人間は宇宙内存在であり、社会内存在でもある。人間は生き物の一つ。ビッグバンが始まり。生き物が生まれ、そしてホモサピエンスが生まれた。社会の中でいろいろな役割をしてきた。しかし、人間は自然から生まれてきたので様々なものと共存している。
<詩を通しての谷川さんをもっと知りたい。最初に詩を作った頃、今の頃はとの違いは?>
18歳の頃は詩とは何か?は考えていない。頭に浮かぶことを言葉にした。大学に出ていないので、どうやって稼ぐかがわからなかった。詩を書いたら少しずつ仕事の依頼が入って来た。エッセイなども書くようになった。まずは食っていかないと行かないといけなかった。最初は詩人になりたいとの気持ちはなかった。
<ご自分の詩よりも、頼まれて書くことが増えたのでは?>
圧倒的に頼まれて書いて行くことが多かった。初めてノートに書いた詩でお金を貰うことがショックだった。責任を感じるようになった。詩とは自己表現だけではだめだ。詩とは他人と人をつなぐものだと。歯医者さんの雑誌からとか、子どもの雑誌から依頼があったのが楽しくなった。最近、詩の注文が減って来た。自分で書いた詩が溜まって、Yahooオークションで売ろうかなと。工芸品と同じように詩が書けるといいな。雑草が可愛い。そこにあるだけで素晴らしい。そのような詩を書けたらよい。音楽(曲)は意味がなくても人を感動させる。小さい時から喜怒哀楽がある。そうじゃない感情。それを味わったのが音楽だった。
戦況がよいと“軍艦マーチ”、戦況が悪いときは“海ゆかば”の音楽。喜怒哀楽でない感情。ジーンとするもの。感動というもの、芸術が人に与える最高のものだと思う。クラシックを聴くことで自分を支えてきた。
河合隼雄さんがお弟子さんの話を聴く。河合隼雄さんは音楽が癒しになると。彼は講演会にいつもフルートを持って来られていた。吹くことで自分が癒されていた。上手くなかった。だけど、気持ちの込め方が違う。聴いていて感動するものだった。河合隼雄さんはくだらないダジャレが好きだった。こちらが嫌になって聴いていても、ダジャレを言い続けていた。「日本はわびさび、そしてかびですね。」「パリにもセブンイレブンがある。発音が違う。セボンイレボン。」目が笑っていない人だった。一緒に旅行したが夜電話で相談を受けていた。
真剣に聴いていながら、ぼあーと聴いている。全方向的に聴かないとだめなんでしょう。聴くこと。“耳を澄ます”という詩があるが、河合隼雄さんはそれをすごく評価してくれた。私が読んでいたら、ぜひ公認して欲しい。認定書を作成して差し上げた。彼が読むと関西弁なので、彼のを聴いているとずっこける。
みみをすます http://www.dcn.ne.jp/~nmizu/xiai/tintin.html
谷川俊太郎
みみをすます
きのうのあまだれにみみをすます
みみをすます
いつから つづいてきたともしれぬ
ひとびとの あしおとに
みみをすます
めをつむり
みみをすます
ハイヒールのこつこつ
ながぐつのどたどた
ぽっくりのぽくぽく
みみをすます
ほうばのからんころん
あみあげのざっくざっく
ぞうりのぺたぺた
みみをすます
わらぐつのさくさく
きぐつのことこと
モカシンのすたすた
わらじのてくてく
そうして
はだしのひたひた・・・・・
にまじる
へびのするする
このはのかさこそ
きえかかる
ひのくすぶり
くらやみのおくの
みみなり
詩というのは声だった。文字がない社会では詩は声で暗記していた。王様をほめる抒情詩は声を暗記していた。ところが文字にして、そして黙読が主流になった。声を出すと違う。小学校でも音読をよくやっている。それは大切。子どもたちに好かれて詩も多い。
<谷川俊太郎さんはどういう人かを尋ねていきたい。息子さんは「その時歴史が動いた」の曲を作られている。>
母親に120%愛された。それが自分にとって大きかった。父親は子どもどう話してよいかわからなかった。詩を書きだしたら、ようやく父親と接することになった。自分の書いた詩に○とか◎とか付けられた。その評価は当たっていた。
君子の交わりは水の如し。父親は大学に行かなくても何も言わなかった。一人息子を甘やかさない母親だった。河合隼雄さんいわく「父親は存在しているだけでよいんだ」と。母親は父親の浮気に苦労した。自分が生まれてから始まったようだ。ボケる前までは良妻賢母だった。父親はすごくハンサムだった。父親は京大生の時よく遊んだ。母が認知症になった時、父親は関わらなかった。
母親は盲目的に愛してくれた。初めて詩集をだしたことをものすごく喜んでいた。
学校嫌いになった。一人っ子で集団の仲で上手くやっていけなかった。東大を受けたが全部白紙で出した。親に対して受けたというために。大学に行くと語学を嫌でも覚える。大学に行くと友達ができると父親は言っていた。
<“好き”という言葉が好きについてお話しいただけたい。>
好きな言葉を言って欲しいと言われるので、「汝を知れ」とか言ったけど、好きということばが良いかな。愛以前のところでよい。愛に行くとこんがらがって来る。
<翻訳は?>
高校定時制の英語で頑張っている。それよりも日本語力で翻訳している。絵本を翻訳している。自分の感じたことを自分の言葉で表している。
<詩の朗読など活発にやっておられるのは?>
DNAですね。父親は94歳の死ぬ直前まで活躍していた。気をつけているのは、息子の音楽グループ リーバがある。ボーカルとピアノ。でも無名なので客が来ない。お前の父親は有名だから一緒に連れてくれば人が来る。そのため。一緒にやっている。規則正しい生活になって来た。ストレスは今一番大きい。歳を取ると欲がなくなって来た。仕事に対しても欲張りでなくなった。今は普通にしているのも。結婚3回、離婚3回してストレスだらけだった。一人っこだったので、真っ暗なところへ帰るとほっとする。寂しくない。一人でいると気楽。
詩は一つひとつ違う。結婚生活、離婚して詩が変わったのではなく、歳と共に変わって来た。日常生活と繋がっていることが詩には必要。通俗的。俗に通じていて良い詩を書きたい。悩みを詩にしたり。
<谷川さんの詩を読むと楽になったり、心が清められる。>
そういって貰えると嬉しいです。
3回結婚、3回離婚、離婚はお金もかかるし。離婚ごとに心身負担があった。内面で消す方向に行こうとしている。現代社会の問題どれもストレスになっている。宇宙内存在と社会内存在を両面で考える。いつかは地球は滅びるんだ。それが自分が救われる。全てがいのち。ステーキもいのち。ゴキブリもいのち。一人っ子なので人に相談しない。相談を受けることがある。河合隼雄さんから悩みは聴くことで誰もアドバイスを求めていない。
電話で思い出したけど、相手が沈黙して相手が完黙したのをどう受け止めるか。昔付き合っていた彼女が電話で沈黙になり、駆け付けたことがある。いのちの電話は心身をすり減らすものだと。電話線がいのち綱だという詩を書いている。声の持っている温かさが伝わる。黒電話で線が繋がっている。ネットはヘイトスピーチが出てくるから怖い。
<いのちをどう考えておられるか?>
いのちは人間だけでない。牛に対してありがとうという本。いのちを食べて生きているのが人間。ヒューマニズムを超えたところで考えないといけない。いのちを損なうような生き方をしているのは人間。自然が人間を滅ぼすことがあってもそれが自然。題名が死んでくれた。食べ物となるために死んでくれたという詩。家が古くてネズミがでてきた。フレデリックと言う絵本が合ってネズミは好き。しかし、ネズミが絵本をかじった。でも2万円の本をかじったので、そこで業者に駆除をお願いした。そうしたらネズミが出なくなった。ちょっと心苦しくなった。ゴキブリはあまり悪さをしないので。
<ゴキブリをとってもとってもでてくるけど。>
だから獲らなければよい。自分の芯みたいなものを通すのが大事だけど、今はそれが難しい。人間関係の中で生きるのが当たり前だったのが、生きるのはなぜとか、若いころのコモンセンスがもう一度考えなければならないのか。全てを言葉にしなければならなくなった。言葉が出ると安心する。でも本当は行動だと。ところが言葉が出た時点で終わってしまっている。
大きなつながりで考える。コンスティレーション、星座で考える。自分はその中の星の一つ。自分の周りにいろいろな星が存在している。星座的に考える。
<通俗的な表現で、谷川さんの詩は日常生活にもつながっている。>
悩んでいる時に料理するとか掃除するとかで気持ちが変わる。日常生活が大切。リアルなのは身の回りの生活。そして人との関係。そして社会との関係。カタリシス。
<呼吸法、一日一食について。>
呼吸法と言ってすごく自由。呼吸がすべての基本。「呼吸の本 | 谷川 俊太郎, 加藤 俊朗共著を出している。南雲さんが一食をやっているのでやり始めた。それほど苦にならない。夕食がすごく楽しみになる。いい加減にやっている。友達に会ったらランチも食べる。あいまいに適用してやる。人それぞれ。自分に何が向いているかを発見するのが大切。身体が嫌なことはやらない。身体の言うことをやる。身体に耳を澄まして聴く。頭の言うことを聴いているとなかなか大変。身体は網目状でつながっている。経絡とか足のツボを押すと身体の部分が効く。脈をとるだけで漢方を処方する。西洋医学と違うアプローチ。高血圧の薬を飲んでいる。飲まなくても関係ないように思うが、先生に悪いと思って飲んでいる。
会場からの質問
<気楽に人を殺すことかと>
戦争がなくならない。人間の特徴かもしれない。遠隔で爆弾を落としたり、あれは気楽かもしれないが、どんなに変わっても戦争はなくならない。テロはなくならない。
<“生きる”を朗読してもらいたい。>
生きる 谷川 俊太郎
http://zawameki.org/poem/poem2.html より
生きているということ
今生きているということ
それはのどがかわくということ
木もれ陽がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみをすること
あなたと手をつなぐこと
生きているということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ
そして
かくされた悪を注意深くこばむこと
生きているということ
いま生きているということ
泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ
生きているということ
いま生きているということ
いま遠くで犬が吠えるということ
いま地球が廻っているということ
いまどこかで産声があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ
いまいまが過ぎていくこと
生きているということ
いま生きているということ
鳥ははばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりははうということ
人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ
感想;
谷川俊太郎さんはスヌーピーの翻訳を最初から今もされています。
学校が嫌いになり、定時制に移られて勉強されたそうです。
大学行かなかったので、どう稼いでよいかわからない状況で、その時できた詩を全力で取り組まれたからこそ、今があるように思いました。生きるとは今を精一杯することだと改めて思いました。