ポーランドからの報告

政治、経済からテレビのネタまで、詳細現地レポをお届けしています!

イゴール・ミトライの、人を悩ませるエロス

2006年11月20日 | 文化

今、クラクフ市民の頭を悩ませているのが、これ↓ 彫刻家、イゴール・ミトライ(Igor Mitoraj)氏のブロンズ像、『エロス(Eros Bendato)』です。 クラクフ旧市街、中央広場の、旧市庁舎の塔の脇の一角に、写真のような、巨大な人間の頭部が、でーんと横たわっているんです。 脇にいる人間と比較すると、その大きさがよくわかります。このエロス像の置き場所を巡って、作者のミトライ氏と、クラクフ市側で、折り合いがつかない状態が続いています。

 

イゴール・ミトライ氏 は1944年ドイツ生まれのポーランド人で、クラクフの美術アカデミー(Akademia Sztuk Pięknych w Krakowie, ASP)で絵画を学び、その後パリへ移って、彫刻と現代アートの勉強を続けました。1976年に最初の展示会をパリで開催すると、その後、ヴェネチア、ニューヨーク、フィレンツェ、ローザンヌでも展示会を開き、いずれも大成功を収めました。祖国ポーランドでは、2003-04年にポズナニ、クラクフ、ワルシャワの三都市で屋外彫刻・絵画展覧会を開催、今や世界的に活躍する現代アート彫刻家の一人となった人物です。ちなみに氏の作品は日本にもあります。北海道・洞爺湖町にある、とうや湖ぐるっと彫刻公園の、『月の光』という彫刻で、やはり非常に高い評価を受けています。 現在ミトライ氏はイタリアに永住しており、年に数回ポーランドに凱旋して、講演会などを行っています。

そして問題のエロス像は、2003年の屋外展示会終了後、ミトライ氏から、クラクフ市に寄贈されたものです。それにより、再び、このエロス像が、クラクフの街中に展示されることになったのですが、いざ像の設置場所を決める段階になって、2003年の展示会の時と同様、中央広場を希望したミトライ氏側と、「 中世からの伝統的な街並み をよく保存している中央広場に、このような現代アート作品を常設するのは、著しく景観を壊す」として、隣接する小広場(Mały Rynek)など、別の場所を提案した市側とで、話しの折り合いがつきませんでした。しかし 「エロスを置く場所は中央広場以外ありえない」とミトライ氏が強気の姿勢を見せたため、まずは4ヶ月の期間限定で中央広場に置き、その間に正規の設置場所を決定する、ということでひとまず決着、2005年10月に、中央広場での除幕式を向かえたのです。

人間の頭部の銅像という、非常に奇抜な現代アートが、期間限定ならまだしも、中央広場の一角という一番目立つ場所に、常設されるかもしれない- 当然のことながら、クラクフ市民の意見も、賛否両論でした。クラクフは非常に歴史の古い街で、ロマネスク、ゴシック、ルネッサンス、バロック、などさまざまな建築様式の建物が見事に調和した街並みは、ユネスコ世界遺産にも指定されています。それゆえクラクフ市民も、クラクフの街並みを、非常に誇りに思っており、このエロス像の置き場所の話題も、相当高い関心を呼びました。「現代アートが加わって、クラクフがまた一歩進化する」と肯定意見が出たかと思えば、「中世からの伝統的な街並みが、現代アートによって破壊されるのは侭ならない」との批判も相次ぎました。とりあえず、現在の設置場所は一時的な場所であるということで、一刻も早い移転が望まれていました。正直私も、はじめてこのエロス像を見たときは、ビックリ仰天、景観が壊れてしまう、とかなりのショックを受けました。

それから何だかんだで一年以上が経過し... 今年の11月になってやっと、ミトライ氏と市当局の間で、エロス像の移転先についての話合いが持たれることとなりました。(ミトライ氏がやっとイタリアから帰ってきたんです。)

市当局側がまず提案したのが、先日オープンしたショッピングセンター、ガレリア・クラコフスカ に隣接する、駅前広場(写真)。今年の9月末に再開発が終わったばかりで、だだ広いだけで何もなく、確かにこの巨大な現代アートを移転するには理想の場所のように思えます。インターネットを通じて行った市民へのアンケートでも、希望の移転場所の第一位になった場所です。しかし「駅前広場は私有地なので何かと厄介だ」とミトライ氏が反対、あっさりお流れに...

   

次に候補に挙がったのが、中央広場に隣接する、小広場(Mały Rynek)と、旧市街のスオヴァツキ劇場前広場(写真)。とりわけ後者は、劇場ということで、ギリシャ神話の神であるエロスのイメージにもあうと、市側、ミトライ氏側ともに肯定的でした。 しかし結局話しの折り合いがつかず、最終的な決定権は市長にゆだねられることになりました。 (といっても市長の任期、もう終了間近なんですが...)

   

クラクフ美術アカデミーで学んだミトライ氏にとって、クラクフはいわば創作活動の原点ともいえる街。それだけに、氏の展示場所へのこだわりも一層で、なかなか移転場所が決まりません。(というか、中央広場から絶対に動かしたくない、というのが、ミトライ氏の本音のようです。)というわけで、まだ当分の間は、中央広場に横たわるエロス像が見られますので、像の前を通ったら、記念に写真を撮っておきましょう!

ちなみに私個人としては、旧市街西の三角形の野原、ブオーニア(Błonia)に移すのなどよいのでは、と思います。ブオーニアは、旧市街、中央広場から徒歩10分の所にある、巨大な三角形の原っぱで、隣には、国立博物館もあり、とてもよい場所です。(ローマ法王凱旋の時など、屋外ミサが開かれる場所です。)やはり私も、このような現代アートは、既存の街並みを壊すことがない場所-野原や自然公園など、背景に何もない所に置くのが、一番よいのでは、と思うのです。


ポーランドからの報告