今回夫と妹がビドゴシュチュに呼ばれたのは、 Międzynarodowe Studium Turystyki i Kultura という旅行関係の専門学校にて、日本についての講義をするためです。
この学校、とても変わっていて、授業がすべてエスペラント語で行われます。エスペラント語とは、当ブログ「ポーランドからの報告」でも以前紹介しましたが、ユダヤ人ザメンホフが作った人工国際共通語で、ポーランドやロシアを中心に、愛好家によって話されている言語です。校長の A.Grzębowski 氏は、自ら経営する 旅行代理店Flugo にて、通常のパッケージツアー旅行のほかに、エスペラント愛好家のために世界エスペラント大会へのキャラバンを出しており、その延長で1991年に授業をすべてエスペラント語で行う旅行専門学校を作るにいたりました。エスペラント愛好家の間でも、 INTERNACIA STUDUMO PRI TURISMO KAJ KULTURO (ISTiK) と呼ばれ、世界的に有名になっています。
建物は三階建てで、一階が旅行代理店Flugo、二階がA.Grzębowski 氏の自宅、三階が ISTiK の教室となっています。
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[写真] ISTiK 校長の A.Grzębowski 氏 (右)
今年の8月に、第92回世界エスペラント大会が横浜で開かれるため、Flugoでは、日本への旅行キャラバンを企画しています。そこで今回私の夫と妹が、学生や旅行希望者向けに、日本についての講義を頼まれたのでした。
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[写真] 日本旅行・参加希望者への説明会
そして下が学生への授業風景。写真のとおり、学生はもっぱら外国人です。中国人学生が非常に多く大多数を占め、アフリカ諸国からの留学生もちらほらといました。夫によると、エスペラント語での講義は簡単でしたが、教わる側の学生のエスペラント語のレベルが人によってさまざまで、どのくらい理解してもらえたのか不明とのこと。エスペラント語を上手に話せる人もいれば、まったくの初心者も結構多かったようです。とくに中国人学生に初心者が多く、あまりにも通じない場合は、エスペラント語ではなく日本語の単語を黒板に漢字で書くと、わかってもらえたようでした。それにしても 移民のほとんどいないポーランドですが、ここビドゴシュチュの ISTiK は、もはや他民族都市の様相を見せていました。
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[写真] 授業風景: 居眠り、途中退室なんでもありだったそうで...
しかもこの前の学期では、中国人学生の大部分が逃走してしまい、オドラ川を泳いで渡っているところを国境警備隊に見つかってお縄となったそうで、、 ISTiK入学の条件はエスペラントを理解すること、そして一年の学費は1200zl=約5万円と一般大学に比べ非常に手軽なことから、どうやら学問のためではなく、ヨーロッパ移住のためのビザ獲得手段として利用してる人もいるようなのでした。
とこんなわけで、夫と妹は、無事4日間の講義を終えて帰ってきました。ビドゴシュチュ滞在は、とても「濃い」体験になったそうです。