制度改正Watch

自立支援法・後期高齢者医療制度の「廃止」に伴う混乱を防ぐために

「障がい者制度改革推進会議」の初会合に先立って、基本的な考え方が明らかに

2010年01月11日 09時37分30秒 | 自立支援法・障害
毎日新聞の報道によると、12日に「障がい者制度改革推進会議」が開催され、「障害の定義」の見直しについての議論を始めるとのこと。このブログは、自立支援法の「廃止」に伴う混乱を防ぐことを目的に立ち上げたが、あまり関連する報道がなく、十分に考えることができていない。推進会議の会合が始まるので、多少は情報が増えてくると思われるが、しっかり追いかけていきたい。

「障害の定義」を「医学モデル」から「社会モデル」に転換する方針だと報じられている。「医学モデル」を「医療モデル」、「社会モデル」を「生活モデル」と置き換えれば、社会福祉学を学んだ人たちに馴染みのある考え方である。1ヶ月ほど前に、このブログで取り上げた時には、「国際生活機能分類」を紹介した。この考え方をわかりやすく説明することは未だ難しいが、これで世界的な標準にようやく追いつくことができると考えるべきだろう。詳しくは、厚生労働省のホームページを辿って確認していただきたい。国際生活機能分類は、人間の生活機能と障害の分類法として、2001年5月、世界保健機関(WHO)総会において採択された(厚生労働省による日本語訳とホームページの公開は、2002年8月)と書かれている。10年間かけて、ようやく... ということである。

障害者:政府が定義見直し 「社会の制約」考慮
http://mainichi.jp/select/today/news/20100111k0000m010108000c.html

誤った理解を広めないようにしなければならないが、自分自身の理解を深めるために書いてみたい。例えば、車椅子を使う人がいるとする。「医学モデル」は、その人の下肢に障害があり、その原因は、... と考える。つまり、障害の理解は、その人の心身の機能が中心である。対して、「社会モデル」は、車椅子を使うからという理由で、行けない場所があるし、参加したくても参加できないことがある。就職や結婚など、様々な場面で不利になる。ゆえに、車椅子を使うことは、車椅子を使わなければならないこと=ネガティブなことであり、それが障害だと考える。つまり、障害は、社会参加を難しくする社会の側にあり、その人の下肢の障害は、障害理解の一つとして組み込まれるという考え方である。

毎日新聞によると、障害者は「社会参加に支援やサービスが必要な人」との考え方を基に、一人一人の経済状況や住環境などを踏まえて障害者として認定する定義のあり方を検討する、としている。確かにそのとおりだが、極論すると、誰からの支援を必要とせずに社会参加できる人などいない、ともいえる。どこでどう線引きするかが大きな課題になりそうである。
また、検討するにあたって明確に区別しておくべきことがある。ここまで書いてきた「『障害者』とは誰のことなのか」の定義と、「社会参加を目的とする公的な支援やサービスを必要とするのは誰なのか。その量をどれぐらいにすれば、社会的に衡平かつ公平といえるのか」の2つの定義である。前者においては、理論的なモデルのため、極論すれば、国民の全てが障害者であるとしても構わない(生まれたばかりの頃は、家族の支援なしに生きられない。また、死ぬ前もそうである)。この理解の上で、障害者を支援するための公的なサービスを利用できるのは誰なのか、その線引きをどうするのかを現実的に考えていく必要がある。まさか、国民の全てが障害者なのだからフリーアクセスで、税金をどんどん注ぎ込むので使い放題に、とはできないだろう。
推進会議では、理論的なモデルの検討と定義から入っていくことになる。それに並行して、障害者自立支援法などで提供しているサービスや障害程度区分をどう再定義するか、限られた社会資源をどう割り当てていくか、利用者であり負担者でもある国民の理解をどう得ていくのかを考えていかなければならないということになる。