当たり前のことだが、氷ってもらっては困る。
私はハスキーの凍結対策に、車のラジエターで使用されている「不凍液」を使うことにした。
普段、供給水用として使っている1,000リットルのポリタンクの隣に、不凍液を希釈した100リットルのポリタンクを用意した。
この不凍液をハスキーに供給し、超高圧ホースの中まで不凍液を通すことで、ポンプ内部の凍結を防止するのが狙いだ。
夕方四時四十五分、ハスキーのエンジン回転数をアイドリングまで落とすと、私は今回の為に用意した『双方向通信仕様 縦型四連回転灯』のスイッチを操作した。
これでミストエリミネータ内の四連回転灯の二段目、黄色回転灯が点灯し、ハスキーがアイドリング状態であることを、小磯とハルに伝えているはずだ。すぐにコンプレッサーの上に置いてある回転灯が、青色から黄色に変わった。小磯がハスキーのアイドリング状態を認識したことになる。
五分後、ハスキーのアイドリングを完了してエンジンを停止し、赤色回転灯用のスイッチを入れる。すかさず吸い込みポンプを隣の不凍液タンクの中に放り込み、今度は緑色回転灯用のスイッチに切り替える。もちれろん不凍液の色は緑色の物をチョイスしてあるので、視覚的イメージも完璧だ。
「お、来たね」
小磯からの回転灯が赤色から緑色に変わり、小磯たちがアイドリング状態でガンを発射していることが分かる。これでホースの先まで不凍液を通すのだ。
しばらくすると、こちらの回転灯が赤色に変わり、小磯が不凍液の完全通水の合図を送って来た。私はすぐにハスキーのエンジンを停止させた。
これでポンプ内の水は全て不凍液に置き換えられ、凍結はしないはずだ。
「小磯さん、不凍液の色、分かりました?」
「意外と分かるよ、な、ハル」
小磯はハルにカッパの上から水を掛けてもらいながら答えた。
「うん、綺麗な緑色だよね」
「ところで木田くん、不凍液の色はわざわざ回転灯の色に合わせたの?」
「当然です」
「がははは、そういう細かい所にこだわるね」
「そういうことは大事だよ、小磯さん!」
私の気持ちをハルが代弁した。
「二人とも細かい性格だからな。もしかして結構気が合うんじゃないの?」
小磯が茶化しながらハルに言うが、ハルは黙って何も言わない。私にはハルが、
「誰とも合わ無いよぉ」
と言っている様に見えた。
周囲はすっかり薄暗くなり、コンプレッサーの上で赤色回転灯が、ピカピカと点灯している。
「木田くん、この回転灯は既製品なの?」
小磯が使い終わったゴム手袋を洗いながら言った。
「回転灯本体は『パトライト』って会社の製品ですけど、ケーブル、コネクタ、スイッチ類の製作は、会社の近くの『加藤電気』って所に頼みました」
「加藤電気?R社の近くにそんな会社あった?」
「ああ、実際の店舗は『米屋』ですよ」
「米屋?」
「米屋です。米屋の親父の趣味の延長線です」
「がははは!これ、米屋の親父が造ったの?」
「ええ、米の配達の合間に。こんなのは電子工作が趣味の人間に造らせるのが、一番確実で安いかと思ったんで」
「がはははは!米屋の親父の手造りかよ」
元電気工の小磯が爆笑している。
「ハル、この回転灯、米屋の親父が造ったんだって」
「米屋?ダメだおぉ、小磯さんはそうやってすぐに嘘をつくんだから」
「がはははは!ホントだよ」
ハルは小磯の言葉を全く信じていなかった。
外はすっかり暗くなったが、コンプレッサーの上で、米屋の親父の回転灯がピカピカと光り続けていた。