小磯はブツブツと言いながら、オキアミの付いた針を私が指示したブイの近くに投げ込んだ。
「こんな舐めた仕掛けで黒鯛を釣ろうなんて、木田君も良く考えるね、がははは」
小磯はまだ半信半疑な様子だ。
「別に最初から黒鯛を釣ろうなんてつもりは無かったんですよ」
私は小磯の後ろで円盤を持ち、じっとテグスの先を見つめた。
「これで釣れたら、ある意味凄いよ」
小磯は普段はきちんとした釣りをするのだろう。この小学生でも考案しないような釣りセットには懐疑的だ。
オキアミを一度交換した時だった。
「お、おお?」
小磯が大声を上げた。テグスが海中に向かってビンと張っている。
「来たぞ来たぞ、こりゃ結構大きいぞ!」
小磯は、右手だけその辺りに落ちていた溶接作業用の皮手袋をしているので、遠慮なくテグスを引きつける。
「小磯さん、今夜は刺身ですよ!」
「がははは、気が早いって!」
小磯は巧みに力を加減しながら、じっと耐えたかと思えば、いきなり豪快にテグスを引いたりする。その後ろで私は円盤にテグスを巻き付ける。
テグスを介しての攻防は、数分が経過した。
「よーし、いいぞいいぞ、そろそろ見えてこない?」
小磯の声に、氷室が海面を覗き込む。
「あ、来てますよ!多分黒鯛ですね」
「やっぱりそうか、この引きは黒鯛だな」
小磯は尚もテグスを引く。皮手袋にテグスが喰い込む。
「うははは、ドックで黒鯛とは最高だぜ!」
小磯は興奮しながら仕上げに入った。
「おお、でかいですよ!」
氷室が叫ぶ。海面近くに、ようやく黒鯛がその姿をはっきりと現した。
「よし、ここからが勝負だな」
小磯はテグスを引くスピードを少しだけ緩め、慎重に手繰り寄せる。問題はタモ網が無い事と、海面から岸壁の上まで五メートル近くあることだ。
黒鯛はかなり力を使ってしまったのか、あまり抵抗もせず、海面にその鈍く光る体を晒していた。
「ここでばらしちゃ何にもならねぇからな」
小磯は独り言を言うと、黒鯛が岸壁に当たらない様に引き上げに掛かった。私はテグスの円盤を地面に置くと、岸壁の縁に近づき、宙吊りになっている黒鯛を一気に引き上げた。
「おおっ!」
「うぉー!」
「やったぜ!」
ついに黒鯛が上がった。正真正銘の黒鯛だ。体長約35センチ、十分食すことの出来る大きさだ。
「やったね小磯さん、凄いよ、ありがとう!」
「がははは、でもこんな仕掛けで釣れるとは思わなかったよ」
氷室とシンジも一緒になり、岸壁は大騒ぎだ。他の会社の職人たちもやって来て、口々に感嘆の声を上げる。
「まさかこのドックで黒鯛が上がるとはね」
「いやぁ、この仕掛けで?竿もリールも無しで?」
小磯はかなり自慢げに職人たちに釣り上げた時の様子を話した。
騒ぎも一段落すると、肝心の黒鯛をどうするのかという問題が発生した。時間はまだ午前中、いくらなんでも夕方まで置いておけば必ず悪くなる。
「ところでどうすんの、この黒鯛」
小磯が私に聴く。そこへ氷室とシンジと交代した、江藤とトモオがやって来た。
「木田さん、黒鯛見せてくださいよ!」
二人は岸壁に横たわる黒鯛を見て驚きの声を上げた。
「この黒鯛、どうするんですか?」
トモオも聴いてくる。
「今夜の夕食のおかずに・・・」
正直、本気でこんな大物が釣れるとは思っていなかった。
「木田さん、ウチの旅館で料理してもらおうよ」
江藤が提案して来た。
「それはイイなぁ!大丈夫ですかね?」
「今から電話をしておけば問題無いですよ」
これで調理人は確保完了だ。
「え、本当にこれを食べるの?」
小磯は本気で驚いている。
「そりゃあ、釣り上げた以上は食べますよ」
「でもこんな基地の中で釣れたんだよ?」
「大丈夫でしょう、海は繋がっているんだから」
「がははは、お腹をこわしても知らないからね」
「小磯さんは食べないんですか?」
「がははは、遠慮しとくよ」
もしかしたら小磯はこのドックについて何か思い当たる節があるのかも知れないが、とりあえず私はこの黒鯛を食べることにしていた。
問題は夕方までの冷蔵庫の確保だった。
岸壁の縁に腰掛けての釣りはまだまだ続く。
私はオキアミを針に付けると、また海に投げ込んだ。何度か投げ込むと、またアタリが来た。
「また来たよ!」
私は慌てて糸を巻き上げ、小さな魚を釣り上げた。
「来るね、ここは」
「結構釣れますね」
氷室も見ているだけだが楽しそうだ。私はこの魚も小さいのでリリースした。
「次こそは大物を上げたいね。居るかな?」
「居ると思いますよ、この感じなら」
氷室はドックの海面を覗き込みながら答えた。
今度は、岸壁に繋がれている黒い巨大ブイの脇にオキアミを投げ込む。
すぐにはアタリが来ず、何度かオキアミを交換した時だった。不意に凄い力でテグスが海中に引き込まれた。
「何だ!?」
素手で持ったテグスに、びりびりと魚の暴れる感覚が伝わってくる。私はプラスチックの円盤にテグスを巻き付けようとしたが、引きが強くてそんな余裕は無かった。
「氷室さん、手伝って!糸を巻いて!」
私は円盤を氷室に渡すと、手前でテグスを引く事に集中した。氷室は後ろでキコキコと糸を巻き付けている。素手に掛かる荷重で、皮膚が切れるのではないかと思ったその時だった。
「あっ!」
一瞬で私の手から魚の感覚が消え失せた。
「あれ、ばれちゃいました?」
氷室は私の体に力が入っていない事に気付き、テグスを巻くスピードを緩めた。
「ばらしちゃったなぁ・・・」
私と氷室はガックリとした。今ばらしたのは、多分そこそこの大物だ。
「今の感じだと黒鯛かもしれませんね」
氷室がやや同情的な視線を私に向ける。
「こんなドックの中にも黒鯛が居るんだね。でも俺の技術じゃ、ちょっと難しかったなぁ」
正直な所、私には釣りの技術なんて物は何も無かった。
「今夜のおかずが・・・」
落ち込む私の前に、バラストタンクから上がった小磯がやって来た。
「どうしたの木田君、何を朝から騒いでるの?」
小磯はこういう遊びに関しては鋭敏なセンサーがあるみたいだ。
「あれ?そう言えば小磯さんって、確か釣りが趣味でしたよね」
「そりゃあ、自分で言うのもなんだけど、そこそこはやるよ」
私の問い掛けに、小磯は胸を張って答えた。
「これで黒鯛にアタックしません?」
私はテグスの円盤を小磯の目の前にかざした。
「は?」
小磯は理解不能な顔をしている。
「今、これで黒鯛をばらしちゃったんですよ」
「はぁ?」
「僕の技術じゃ無理です、手伝って下さいよ」
「こ、これで黒鯛?本気なの?」
私と氷室はやや自慢げな顔をした。
「本気も何も、さっきは後一歩の所だったんですから」
やや誇張はしているが、事実である。
私はオキアミを針に付けると、また海に投げ込んだ。何度か投げ込むと、またアタリが来た。
「また来たよ!」
私は慌てて糸を巻き上げ、小さな魚を釣り上げた。
「来るね、ここは」
「結構釣れますね」
氷室も見ているだけだが楽しそうだ。私はこの魚も小さいのでリリースした。
「次こそは大物を上げたいね。居るかな?」
「居ると思いますよ、この感じなら」
氷室はドックの海面を覗き込みながら答えた。
今度は、岸壁に繋がれている黒い巨大ブイの脇にオキアミを投げ込む。
すぐにはアタリが来ず、何度かオキアミを交換した時だった。不意に凄い力でテグスが海中に引き込まれた。
「何だ!?」
素手で持ったテグスに、びりびりと魚の暴れる感覚が伝わってくる。私はプラスチックの円盤にテグスを巻き付けようとしたが、引きが強くてそんな余裕は無かった。
「氷室さん、手伝って!糸を巻いて!」
私は円盤を氷室に渡すと、手前でテグスを引く事に集中した。氷室は後ろでキコキコと糸を巻き付けている。素手に掛かる荷重で、皮膚が切れるのではないかと思ったその時だった。
「あっ!」
一瞬で私の手から魚の感覚が消え失せた。
「あれ、ばれちゃいました?」
氷室は私の体に力が入っていない事に気付き、テグスを巻くスピードを緩めた。
「ばらしちゃったなぁ・・・」
私と氷室はガックリとした。今ばらしたのは、多分そこそこの大物だ。
「今の感じだと黒鯛かもしれませんね」
氷室がやや同情的な視線を私に向ける。
「こんなドックの中にも黒鯛が居るんだね。でも俺の技術じゃ、ちょっと難しかったなぁ」
正直な所、私には釣りの技術なんて物は何も無かった。
「今夜のおかずが・・・」
落ち込む私の前に、バラストタンクから上がった小磯がやって来た。
「どうしたの木田君、何を朝から騒いでるの?」
小磯はこういう遊びに関しては鋭敏なセンサーがあるみたいだ。
「あれ?そう言えば小磯さんって、確か釣りが趣味でしたよね」
「そりゃあ、自分で言うのもなんだけど、そこそこはやるよ」
私の問い掛けに、小磯は胸を張って答えた。
「これで黒鯛にアタックしません?」
私はテグスの円盤を小磯の目の前にかざした。
「は?」
小磯は理解不能な顔をしている。
「今、これで黒鯛をばらしちゃったんですよ」
「はぁ?」
「僕の技術じゃ無理です、手伝って下さいよ」
「こ、これで黒鯛?本気なの?」
私と氷室はやや自慢げな顔をした。
「本気も何も、さっきは後一歩の所だったんですから」
やや誇張はしているが、事実である。
S社の伊沢がアメリカから帰って来た。
伊沢は突然、朝の岸壁に現れた。
「あ、伊沢さん!おはようございます、戻って来たんですね」
「ああ木田君、おはよう」
「どうでしたか、資格は?」
「一つは取れたけど、もう一つがダメだったな。またアメリカに行かなきゃ」
「ええ?また行くんですか?」
「この現場に居る間とか、そんなにすぐの話じゃないよ」
「そうですか、安心しました」
「で、どう、R社さんの職人たちは」
伊沢はとにかく工事の進捗度合いが気になる様だった。
「かなり頑張っていますよ」
「一日何m2?」
「40~50m2は行きますよ」
「ほう、上出来だね」
伊沢はそう答えながら、早足で現場を見回りに出掛けて行った。
工事も中盤に差し掛かり、S社が忙しさを増すのに反比例して、私はだんだん暇になって来ていた。
KT社の江藤、氷室、トモオ、シンジはそれぞれこの作業に慣れ、
「木田さん、何か分からないけどガンの調子が!」
とか、
「なんとなく反動が大きい気がするんですけど」
とか言う、抽象的な呼び出しも少なくなって来ていた。ガンやホースを他のタンクへ移動させる『段取換え』も、それぞれの作業分担が自然と決まり、スムーズに運ぶようになっていた。
何よりもU温泉に一緒に行ったあの夜以来、私と江藤との間にははっきりとした信頼関係が出来上がり、それが全てをスムーズに動かしている気さえした。トップの人間と信頼関係が出来上がると、自然と他の三人とも信頼関係が出来上がって行き、今や我々は完全にチームとして機能していると言っても良かった。
私は不用意に現場をうろつく必要が無くなり、岸壁から船体内部が見える位置にさえ居れば良かった。毎朝車を停める位置からは開放された後部ハッチを通して、右舷内壁が良く見える。溶断された小さな穴からレモンイエローのカッパを来た人間が這いずり出して来れば問題発生、その時は私が岸壁をダッシュして用件を聞きに行けば良い。修理が必要なら工具を持って船内に入るだけだ。
そしてそれ以外の時は基本的に暇である。初期不良を吐き出した新品のハスキーは、何のトラブルも無く動き続け、新品のガンもほとんどメンテナンスは不要な状態で落ち着いていた。
ここ数日は岸壁に腰掛けて、ぼーっとする毎日だ。時折S社の樋口のメンテナンスの技を盗みに行くが、ひたすらガンを修理するだけなので、それもいい加減に見飽きていた。
今日もドックの中は穏やかな陽気に包まれ、海面は日差しを反射してキラキラとしていた。岸壁から海面までは約五メートル、黒色の巨大な防舷用のブイが、プカプカと揺れている。
岸壁の縁に腰掛けていた私は、ふと水中の魚影に気が付いた。
「魚だなぁ」
その時私の頭の中に最高の暇つぶしが閃いた。
翌日、私はワクワクしながら岸壁に腰掛けていた。
必要な道具を取り出し、出勤前に立ち寄った釣具屋で手に入れた、小さなプラスチックのパックを開いた。
「釣り、ですか?」
いつもは無口な氷室が声を掛けて来た。今朝の一番手は江藤とトモオなので、氷室とシンジは休憩だ。
「毎日ここに居るのも暇だからね、どうせなら夕食の友を釣ろうかと思って」
「いいですね」
氷室はニコリとすると、隣に座った。
私の仕掛けは実にシンプルだ。テグスに針と錘をセットし、冷凍のオキアミを付けてドックに放り込むだけだ。テグスは店に売られているプラスチックの円盤のまま、岸壁の縁に腰掛け、テグスを手で巻き出して股間から海に落とす。遠目には釣りをしている様には全く見えないはずだ。
「ねえ、遠くから見て釣りをしている様に見える?」
氷室に聴くと、氷室は岸壁を歩き、S社のメンテナンスコンテナの前から私の方を見てくれた。
「大丈夫です、絶対に分かりませんよ」
氷室は釣りが好きなのか、なんだか協力的だ。
とりあえず黒い巨大ブイの下を狙って糸を垂らし、何も考えずに適当にテグスを動かす。そこへいきなりアタリが来た。
「お、来た!」
私は慌ててテグスを引き、手でプラスチックの円盤に巻き付ける。一巻の長さが短いので、非常にじれったい。キコキコと一生懸命巻き付けて行くと、ようやく水面に小さな魚が上がって来た。後は岸壁の上まで一気に手繰り上げた。
「おお、釣れたね!」
「凄いですよ」
氷室も嬉しそうだ。
「え、何ですか、釣り?」
シンジも近寄って来た。
「こんな所で釣れるんですね」
シンジも驚いている。
「釣れるというか、入れ食いだったけどね」
私は十数センチしかないこの魚を、ドックにリリースした。
「次は大物だね!」
氷室も頷く。
仕事中だが、冷凍のオキアミはまだまだ残っていた。
伊沢は突然、朝の岸壁に現れた。
「あ、伊沢さん!おはようございます、戻って来たんですね」
「ああ木田君、おはよう」
「どうでしたか、資格は?」
「一つは取れたけど、もう一つがダメだったな。またアメリカに行かなきゃ」
「ええ?また行くんですか?」
「この現場に居る間とか、そんなにすぐの話じゃないよ」
「そうですか、安心しました」
「で、どう、R社さんの職人たちは」
伊沢はとにかく工事の進捗度合いが気になる様だった。
「かなり頑張っていますよ」
「一日何m2?」
「40~50m2は行きますよ」
「ほう、上出来だね」
伊沢はそう答えながら、早足で現場を見回りに出掛けて行った。
工事も中盤に差し掛かり、S社が忙しさを増すのに反比例して、私はだんだん暇になって来ていた。
KT社の江藤、氷室、トモオ、シンジはそれぞれこの作業に慣れ、
「木田さん、何か分からないけどガンの調子が!」
とか、
「なんとなく反動が大きい気がするんですけど」
とか言う、抽象的な呼び出しも少なくなって来ていた。ガンやホースを他のタンクへ移動させる『段取換え』も、それぞれの作業分担が自然と決まり、スムーズに運ぶようになっていた。
何よりもU温泉に一緒に行ったあの夜以来、私と江藤との間にははっきりとした信頼関係が出来上がり、それが全てをスムーズに動かしている気さえした。トップの人間と信頼関係が出来上がると、自然と他の三人とも信頼関係が出来上がって行き、今や我々は完全にチームとして機能していると言っても良かった。
私は不用意に現場をうろつく必要が無くなり、岸壁から船体内部が見える位置にさえ居れば良かった。毎朝車を停める位置からは開放された後部ハッチを通して、右舷内壁が良く見える。溶断された小さな穴からレモンイエローのカッパを来た人間が這いずり出して来れば問題発生、その時は私が岸壁をダッシュして用件を聞きに行けば良い。修理が必要なら工具を持って船内に入るだけだ。
そしてそれ以外の時は基本的に暇である。初期不良を吐き出した新品のハスキーは、何のトラブルも無く動き続け、新品のガンもほとんどメンテナンスは不要な状態で落ち着いていた。
ここ数日は岸壁に腰掛けて、ぼーっとする毎日だ。時折S社の樋口のメンテナンスの技を盗みに行くが、ひたすらガンを修理するだけなので、それもいい加減に見飽きていた。
今日もドックの中は穏やかな陽気に包まれ、海面は日差しを反射してキラキラとしていた。岸壁から海面までは約五メートル、黒色の巨大な防舷用のブイが、プカプカと揺れている。
岸壁の縁に腰掛けていた私は、ふと水中の魚影に気が付いた。
「魚だなぁ」
その時私の頭の中に最高の暇つぶしが閃いた。
翌日、私はワクワクしながら岸壁に腰掛けていた。
必要な道具を取り出し、出勤前に立ち寄った釣具屋で手に入れた、小さなプラスチックのパックを開いた。
「釣り、ですか?」
いつもは無口な氷室が声を掛けて来た。今朝の一番手は江藤とトモオなので、氷室とシンジは休憩だ。
「毎日ここに居るのも暇だからね、どうせなら夕食の友を釣ろうかと思って」
「いいですね」
氷室はニコリとすると、隣に座った。
私の仕掛けは実にシンプルだ。テグスに針と錘をセットし、冷凍のオキアミを付けてドックに放り込むだけだ。テグスは店に売られているプラスチックの円盤のまま、岸壁の縁に腰掛け、テグスを手で巻き出して股間から海に落とす。遠目には釣りをしている様には全く見えないはずだ。
「ねえ、遠くから見て釣りをしている様に見える?」
氷室に聴くと、氷室は岸壁を歩き、S社のメンテナンスコンテナの前から私の方を見てくれた。
「大丈夫です、絶対に分かりませんよ」
氷室は釣りが好きなのか、なんだか協力的だ。
とりあえず黒い巨大ブイの下を狙って糸を垂らし、何も考えずに適当にテグスを動かす。そこへいきなりアタリが来た。
「お、来た!」
私は慌ててテグスを引き、手でプラスチックの円盤に巻き付ける。一巻の長さが短いので、非常にじれったい。キコキコと一生懸命巻き付けて行くと、ようやく水面に小さな魚が上がって来た。後は岸壁の上まで一気に手繰り上げた。
「おお、釣れたね!」
「凄いですよ」
氷室も嬉しそうだ。
「え、何ですか、釣り?」
シンジも近寄って来た。
「こんな所で釣れるんですね」
シンジも驚いている。
「釣れるというか、入れ食いだったけどね」
私は十数センチしかないこの魚を、ドックにリリースした。
「次は大物だね!」
氷室も頷く。
仕事中だが、冷凍のオキアミはまだまだ残っていた。
事の起こりは、岸壁での会話からだった。
「いやぁ小磯さん、S市には全然まともな風俗店がないんですね。おかげで二回もU温泉まで出掛けちゃいましたよ」
「がははは、わざわざU温泉まで行ったの?凄いねその情熱は」
小磯は腕を組んで、体を前後に揺さぶり笑っている。
「高速を使って、片道一時間ですよ」
「がははは、U温泉まで行かなくても、ここにピンサロがあるでしょうが」
確かにそれと思しき店はあったが、呼び込みのオジサンが怪しすぎて、眼中には無かった。
「なんか怪しくないですか?あのお店」
「怪しいというよりも、化物みたいな女が居る店はあるよ」
小磯は実体験があるのか、急に眉間に皺を寄せた。
「じゃあその店に行きますか」
「がははは、行ったらしばらく立ち直れないよ!」
小磯は私の冗談に大笑いする。
「あ、じゃあ今夜一緒に行く?俺もそろそろ行こうと思っていたんだ」
「溜まってるんですか?」
「がははは、キミも一緒!」
小磯は分厚い手で、バシバシと私の肩を叩く。
「もちろん別の店だよ」
「いいですね、行きましょう」
小磯は私の返事を聞いて、また大笑いをした。
その夜、私と小磯は、街外れの通りを歩いていた。
「こんな場所にあるんですか?」
私は小磯の後ろに付いて、ひびの入ったアスファルトの上を歩く。Y町の中でもかなり外れのほうで、通りもやや暗いイメージだ。
小磯に付いて行くと、その先には薄汚れた建物と、くすんだピンク色の看板があった。そこには、『大都会』と書かれていた。
「小磯さん、ここが妖怪の居る店ですか?」
「がはは、外見で判断しないの。中はまともな店だから」
この店も一応呼び込みのオジサンが、外に立っている。
「おう、二人な!今は空いてる?」
小磯はまるで常連のように呼び込みのオジサンに話しかける。
「はい、お二人様でしたらすぐにご案内できます」
オジサンは丁寧に答えた。
「いい?木田君」
「もちろんですよ」
私と小磯は店内に吸い込まれた。
『大都会』の店内は薄暗く、いかにも「ピンサロ」という雰囲気だった。
もちろん小磯とは離れたボックスシートに案内される。こういう店で連れとお互いが見える席だとプレイに集中できないし、お互いに見せ合うほど仲は良くないし、今後その部分で仲良くなる予定も無い。
すぐに女の子が席にやって来た。
「こんばんは、ニューヨークです」
女の子が自己紹介をする。
「入浴?」
「にゅーよーく!」
女の子がもう一度自分の名前を言った。
「・・・えー、アメリカのニューヨーク?」
「そう!お客さんはこの店初めてなんだね」
暗がりの中で見ると、女の子はかなり若い感じだった。私は『ニューヨーク』ちゃんが差し出したおしぼりで自分の手を拭き、同時に彼女の手で股間を拭いて貰った。
「なんでニューヨークなの?」
「この店の女の子は、全員都市の名前が付いているの」
「だから店名が『大都会』なのか、…経営者の趣味?」
「うん、多分ね。じゃあ失礼しまぁす」
そう言うと女の子は、私の下半身に顔を持って行った。これ以上の会話は物理的に不可能だ。
この後私は『ロンドン』を経由して『横浜』に到着、なぜか頭の中に『ブルーライト横浜』が流れる中、花びら大回転の旅を終えたのだった。
「いやぁ小磯さん、S市には全然まともな風俗店がないんですね。おかげで二回もU温泉まで出掛けちゃいましたよ」
「がははは、わざわざU温泉まで行ったの?凄いねその情熱は」
小磯は腕を組んで、体を前後に揺さぶり笑っている。
「高速を使って、片道一時間ですよ」
「がははは、U温泉まで行かなくても、ここにピンサロがあるでしょうが」
確かにそれと思しき店はあったが、呼び込みのオジサンが怪しすぎて、眼中には無かった。
「なんか怪しくないですか?あのお店」
「怪しいというよりも、化物みたいな女が居る店はあるよ」
小磯は実体験があるのか、急に眉間に皺を寄せた。
「じゃあその店に行きますか」
「がははは、行ったらしばらく立ち直れないよ!」
小磯は私の冗談に大笑いする。
「あ、じゃあ今夜一緒に行く?俺もそろそろ行こうと思っていたんだ」
「溜まってるんですか?」
「がははは、キミも一緒!」
小磯は分厚い手で、バシバシと私の肩を叩く。
「もちろん別の店だよ」
「いいですね、行きましょう」
小磯は私の返事を聞いて、また大笑いをした。
その夜、私と小磯は、街外れの通りを歩いていた。
「こんな場所にあるんですか?」
私は小磯の後ろに付いて、ひびの入ったアスファルトの上を歩く。Y町の中でもかなり外れのほうで、通りもやや暗いイメージだ。
小磯に付いて行くと、その先には薄汚れた建物と、くすんだピンク色の看板があった。そこには、『大都会』と書かれていた。
「小磯さん、ここが妖怪の居る店ですか?」
「がはは、外見で判断しないの。中はまともな店だから」
この店も一応呼び込みのオジサンが、外に立っている。
「おう、二人な!今は空いてる?」
小磯はまるで常連のように呼び込みのオジサンに話しかける。
「はい、お二人様でしたらすぐにご案内できます」
オジサンは丁寧に答えた。
「いい?木田君」
「もちろんですよ」
私と小磯は店内に吸い込まれた。
『大都会』の店内は薄暗く、いかにも「ピンサロ」という雰囲気だった。
もちろん小磯とは離れたボックスシートに案内される。こういう店で連れとお互いが見える席だとプレイに集中できないし、お互いに見せ合うほど仲は良くないし、今後その部分で仲良くなる予定も無い。
すぐに女の子が席にやって来た。
「こんばんは、ニューヨークです」
女の子が自己紹介をする。
「入浴?」
「にゅーよーく!」
女の子がもう一度自分の名前を言った。
「・・・えー、アメリカのニューヨーク?」
「そう!お客さんはこの店初めてなんだね」
暗がりの中で見ると、女の子はかなり若い感じだった。私は『ニューヨーク』ちゃんが差し出したおしぼりで自分の手を拭き、同時に彼女の手で股間を拭いて貰った。
「なんでニューヨークなの?」
「この店の女の子は、全員都市の名前が付いているの」
「だから店名が『大都会』なのか、…経営者の趣味?」
「うん、多分ね。じゃあ失礼しまぁす」
そう言うと女の子は、私の下半身に顔を持って行った。これ以上の会話は物理的に不可能だ。
この後私は『ロンドン』を経由して『横浜』に到着、なぜか頭の中に『ブルーライト横浜』が流れる中、花びら大回転の旅を終えたのだった。