S社の下請けとして入ったB軍基地の工事が完了して一ヵ月後、いきなり次の工事が決まった。
渡はどことなく楽しそうに、私を応接室に呼び入れた。
「次の工事が決まったで」
私は無意識に嫌そうな顔をしたらしい。
「そんな顔をするなや」
渡は苦笑いをする。
「今度は何をやるんですか?またB軍ですか?」
工事が終わってから今日まで、私は営業として自分がやって来た仕事を、課長の小池に引き継ぐ作業に追われていた。五年間で作り上げたメーカーや下請鉄工所との信頼関係もこれで終わりだ。
いよいよ私は本格的に『工事屋』として生きて行くことになってしまったらしい。
「今度の仕事はK製鋼の硫酸タンクや!」
「硫酸タンクって・・・」
この段階で早くも警戒心が一杯になる。
「で、どんな経緯でK製鋼なんですか?」
渡は「うむ」という顔で話し始めた。
「お前と一緒にG工業に行ったやろ」
「ああ、あのゴム系の会社ですね」
「そうや」
私はB軍基地から戻ってすぐに、H県A市に渡と出張した事を思い出した。
「あの尾藤課長からの仕事ってことですよね」
「おお、そうや!」
渡は「ご名答!」という顔をした。
元々はG工業の尾藤が、F社の超高圧ポンプの載ったホームページを見てF社に電話をしたのが事の始まりだったらしい。F社はあくまでも製品を販売するメーカーであり、工事は行っていない。そこで営業の大澤がこの話を我々R社に振ってくれたらしい。
G工業生産課の応接室で初めて会った渡と尾藤は、年齢が近い事と、二人の『行け行けドンドン!』な性格が素敵なハーモニーを醸し出したことにより、とんとん拍子に話をまとめてしまったのだった。
「で、そのタンクの何を剥がすんですか?」
「ゴムライニングや」
「やっぱりゴムですか。それはタンクの内面ですよね」
「もちろんそうや。『軟質ゴムライニング』って言うてな、厚さは5ミリ程度らしいわ」
「剥がれるんですかね?」
「そんなもんお前、こっちは2,800kgf/cm2やで、負ける訳あるかい!」
「はあ・・・」
私にはいつから仕事が勝負事になったのかは理解できなかったが、とりあえず納得しておいた。
「ウォータージェットで剥がす前は何を使って剥がしていたんですか?」
「そりゃお前、バーナーやがな。この前尾藤課長に会った時も、そう言うとったやろ」
「それは工場でライニングする大きさの物の話じゃないんですか?」
「タンクもや」
「でもタンクなんかバーナーで炙ったら、外側の塗装も全部焼けちゃうじゃないですか・・・って、それが理由ですか?」
「そうや、正解!その分コストが安くなるらしいで」
「なるほど。しかしいきなりウチが工事をやって上手く行きますかね?」
「心配か?」
「そりゃもちろんですよ。大体僕なんて現場の世界じゃ『ひよっこ』ですよ?新入社員と似たような経験値しか無いんですよ?」
「あるがな」
「は?」
「一ヶ月もの立派な経験値が」
「・・・」
どうやら何を言っても無駄らしかった。私に残された道は腹を括ることだけだった。
「で、実際問題、KT社の職人たちは今回の工事に呼べるんですか?」
「それはな、俺がKT社に確認しといたわ。結果だけを言うと、あかんそうや」
「・・・」
「でな、お前が言うとったほら、あのS社の下請けの・・・」
「小磯さんですね」
「そうや、連絡取れるか?」
「じゃあ今すぐ連絡します」
私は携帯電話のメモリーを呼び出し、小磯の携帯に電話をした。
「もしもし、小磯さんですか?」
「おう、木田君か!元気か?」
「ええ、元気ですよ。ところで例のアルバイトの件ですけど、頼んだらやって貰えますかね?」
「がはは、大丈夫だよ!」
「T工業の仕事は大丈夫ですか?」
「大丈夫だ!俺、あそこは辞めたから」
「辞めたんですか?」
「がははは、辞めてやったよ!」
「じゃあ、ハルさんに頼むのは無理ですね」
「ん?大丈夫だよ。俺から言っておいてやるよ」
「ハルさんってT工業の社員じゃ無いんですか?」
「あいつはアルバイトだよ、だから事前に分かっていれば大丈夫!」
「小磯さんから頼んでもらったら来てくれますかね?」
「がははは、あいつは俺の舎弟みたいなもんだから大丈夫!」
小磯はやたらと簡単に「大丈夫」と言うが、今はそれを信じるしかなかった。
電話を切った私は渡に言った。
「大丈夫です」
渡は満足そうに頷いて言った。
「そうでっか、さすがですな!」
私には何が「さすが」なのかは理解できなかったが、今はS市で呑みまくった四十数万円分のネットワークに掛けるしか無かった。
渡はどことなく楽しそうに、私を応接室に呼び入れた。
「次の工事が決まったで」
私は無意識に嫌そうな顔をしたらしい。
「そんな顔をするなや」
渡は苦笑いをする。
「今度は何をやるんですか?またB軍ですか?」
工事が終わってから今日まで、私は営業として自分がやって来た仕事を、課長の小池に引き継ぐ作業に追われていた。五年間で作り上げたメーカーや下請鉄工所との信頼関係もこれで終わりだ。
いよいよ私は本格的に『工事屋』として生きて行くことになってしまったらしい。
「今度の仕事はK製鋼の硫酸タンクや!」
「硫酸タンクって・・・」
この段階で早くも警戒心が一杯になる。
「で、どんな経緯でK製鋼なんですか?」
渡は「うむ」という顔で話し始めた。
「お前と一緒にG工業に行ったやろ」
「ああ、あのゴム系の会社ですね」
「そうや」
私はB軍基地から戻ってすぐに、H県A市に渡と出張した事を思い出した。
「あの尾藤課長からの仕事ってことですよね」
「おお、そうや!」
渡は「ご名答!」という顔をした。
元々はG工業の尾藤が、F社の超高圧ポンプの載ったホームページを見てF社に電話をしたのが事の始まりだったらしい。F社はあくまでも製品を販売するメーカーであり、工事は行っていない。そこで営業の大澤がこの話を我々R社に振ってくれたらしい。
G工業生産課の応接室で初めて会った渡と尾藤は、年齢が近い事と、二人の『行け行けドンドン!』な性格が素敵なハーモニーを醸し出したことにより、とんとん拍子に話をまとめてしまったのだった。
「で、そのタンクの何を剥がすんですか?」
「ゴムライニングや」
「やっぱりゴムですか。それはタンクの内面ですよね」
「もちろんそうや。『軟質ゴムライニング』って言うてな、厚さは5ミリ程度らしいわ」
「剥がれるんですかね?」
「そんなもんお前、こっちは2,800kgf/cm2やで、負ける訳あるかい!」
「はあ・・・」
私にはいつから仕事が勝負事になったのかは理解できなかったが、とりあえず納得しておいた。
「ウォータージェットで剥がす前は何を使って剥がしていたんですか?」
「そりゃお前、バーナーやがな。この前尾藤課長に会った時も、そう言うとったやろ」
「それは工場でライニングする大きさの物の話じゃないんですか?」
「タンクもや」
「でもタンクなんかバーナーで炙ったら、外側の塗装も全部焼けちゃうじゃないですか・・・って、それが理由ですか?」
「そうや、正解!その分コストが安くなるらしいで」
「なるほど。しかしいきなりウチが工事をやって上手く行きますかね?」
「心配か?」
「そりゃもちろんですよ。大体僕なんて現場の世界じゃ『ひよっこ』ですよ?新入社員と似たような経験値しか無いんですよ?」
「あるがな」
「は?」
「一ヶ月もの立派な経験値が」
「・・・」
どうやら何を言っても無駄らしかった。私に残された道は腹を括ることだけだった。
「で、実際問題、KT社の職人たちは今回の工事に呼べるんですか?」
「それはな、俺がKT社に確認しといたわ。結果だけを言うと、あかんそうや」
「・・・」
「でな、お前が言うとったほら、あのS社の下請けの・・・」
「小磯さんですね」
「そうや、連絡取れるか?」
「じゃあ今すぐ連絡します」
私は携帯電話のメモリーを呼び出し、小磯の携帯に電話をした。
「もしもし、小磯さんですか?」
「おう、木田君か!元気か?」
「ええ、元気ですよ。ところで例のアルバイトの件ですけど、頼んだらやって貰えますかね?」
「がはは、大丈夫だよ!」
「T工業の仕事は大丈夫ですか?」
「大丈夫だ!俺、あそこは辞めたから」
「辞めたんですか?」
「がははは、辞めてやったよ!」
「じゃあ、ハルさんに頼むのは無理ですね」
「ん?大丈夫だよ。俺から言っておいてやるよ」
「ハルさんってT工業の社員じゃ無いんですか?」
「あいつはアルバイトだよ、だから事前に分かっていれば大丈夫!」
「小磯さんから頼んでもらったら来てくれますかね?」
「がははは、あいつは俺の舎弟みたいなもんだから大丈夫!」
小磯はやたらと簡単に「大丈夫」と言うが、今はそれを信じるしかなかった。
電話を切った私は渡に言った。
「大丈夫です」
渡は満足そうに頷いて言った。
「そうでっか、さすがですな!」
私には何が「さすが」なのかは理解できなかったが、今はS市で呑みまくった四十数万円分のネットワークに掛けるしか無かった。