いつの間にか船体後部の岸壁に全ポンプが集結し、タンク内はガンの撃ち手で満員御礼状態になっていた。
指定された部屋に向かおうとするが、すでにその隣の部屋には別のチームが入っていて、壁に空いた穴から猛烈な勢いでジェットが噴き出ている。危険すぎて近寄れ無い状態だ。こっちも向こうも耳栓をしている上に、向こうはガンを撃っているので、声を掛けても全く聞こえない。
仕方が無いので相手の顔にマグライトの光を当て、何度も動かす。まぶしさで気が付いた相手に大声で話し掛ける。
「こっちの部屋に段取換えをするから、しばらくの間、向こう側の壁を撃ってくれる?」
だが、一本のガンが停まっても、他のガンがあちこちで動いている。凄まじい騒音で、相手には声が届かない。もう一度、激しいジェスチャー付きで話し掛ける。
「ミーは、今から、ここ、ガン、入れる。お前、向こう、壁、撃て!頼む!」
なんとか通じると、相手は頷き、再びジェットの音がタンク内に響き渡り、ミストサウナ状態になる。もはや、送風機での換気も追いつかない状況だった。
私はなんとか段取換えを終えタンクを出ようとすると、今度は出入り口の部屋の裏側からもジェットが噴き出している。その壁の穴に自分の足を掛けなければ、タンクからは出られない。
「うぉーい!」
私はライトを当てながら大声を出すが、相手は気付かない。ミストが凄すぎて、マグライトの光が十分相手に届かないのだ。やむを得ず、マグライトで壁をガンガンと叩き、再び相手の顔に光を当てる。
「?」
ようやく相手が気付く。
「出るよ、ここから出るから!」
激しいジェスチャーで、この穴に足を掛けることをアピールし、急いでタンクから這いずり出る。
「ふぅー」
思わずため息が出る。この現場では油断をしていると、自分の肉体に危険が及ぶ。
午後に入ると、タンク内の混乱はますます加速した。
「いやぁ、タンクの中は凄いことになってますよ」
江藤がドロドロに汚れたフェイスシールドを洗いながら、私に言った。
「油断していると、いきなり背後の壁からジェットが噴き出して来るからね」
「それはかなり危険ですね」
「ええ、思わずこっちも撃ち返して、自分の存在を伝えましたよ」
「本当ですか?」
ある意味かなり怖い状況だ。ただ、超高圧ジェットは十五センチ以上のオフセットになると、あまりにジェット水流が高速すぎて、霧になってしまうため、見た目ほどの危険性は無かった。
「俺なんか撃ち返したら、向こうもさらに撃ち返して来たんで、もう一発撃ち返してやりましたよ」
トモオがゴム手袋をジャブジャブとすすぎながら言う。
「あんまり無茶苦茶しないでね、頼むよトモオ君」
私は笑っているトモオに注意を促し、そのままS社のメンテナンスコンテナを覗き込んだ。
「伊沢さん、ちょっとイイですか?」
伊沢は他の職人と話をしていたが、それをすぐに終わらせた。
「なに、どうしたの?」
「バラストタンクですけど、かなり混雑していて危険な状況になって来たんですけど」
伊沢は腕組みをすると、右足に体重を載せ、左足を斜め前に差し出した。伊沢が脳の中で立体図面を広げている時のポーズだ。
「まだ、そんなに近くは無い筈だけどなぁ。船体中心側の部屋が四つは残ってるよね」
「いや、そこには別のチームが入ってますよ」
「あれ?おかしいなぁ、じゃああいつらは左舷に入って無いのかな…、左舷に入れって言ったのに」
伊沢はブツブツと言い出すと、コンテナから出て岸壁の縁に立ち、船内を見渡した。
「そうだなぁ、左舷側に入ってるホースが少ないなぁ。よし、一緒に来て!」
伊沢は言い終わる前に、スタスタと歩き出した。
夕方、我々は右舷から左舷への大掛かりな段取換えを行なった。
「うぉーし!次、そのエアホースを持って来いシンジ!」
昨日から復帰の柿沼センター長は、ここぞとばかりに全開で張り切っている。
「おしっ!ここで高圧ホースを分岐するぞ!T字の金物はどこに行った?」
柿沼は一人だけ暴走気味だ。
「柿沼さん、やけに気合が入ってるね」
私は江藤に小声で言った。柿沼が居ない間に我々の役割分担は自然と決まり、かなりスムーズに事が運ぶようになっていたが、今日は柿沼が張り切り過ぎて、あちこちに命令が飛ぶので混乱気味だった。
「いつもああなっちゃうからなぁ…、悪い人じゃないんで許してあげて下さい」
江藤は腕組みをして、笑いながら自分で頷いている。
「あはは、確かに悪い人じゃあ無いですよね」
私もクスクスと笑った。
「はい、柿沼さん!そんなに張り切らない!」
江藤が両手をパンパンと叩きながら、汗だらけの柿沼に近寄って行った。
職人さんたちは結構面白いと、私は思った。