四十数万円の接待交際費問題をクリアした私に、ポンプメーカーのF社から連絡が入った。
電話をしてきたのは営業の大澤だった。
「S市での工事、お疲れ様でした」
「ええ」
「そろそろハスキーの超高圧時の稼働時間が、200時間を越えていると思うんですが」
「ええ、確かに超えていますね」
私は、まだなんとなく大澤には好感が持てないでいた。
「200時間メンテナンスをやりませんか?」
「やりませんかって、私はまだ完全にはやり方を覚えていないんですけどね」
「いえ、木田さん一人でという意味ではありません。もちろんこちらの技術の人間からレクチャーさせて頂きますんで」
「あの三浦って人?」
「それはまだ決まっていません」
「あ、そう。あの人俺の事が嫌いみたいだよ」
「・・・」
すっきりとしない会話のまま、ハスキーの200時間メンテナンスを行う日取りが決まった。
当日、R社からは私と常務の渡、部長の幸村が参加し、F社からは営業の大澤、なぜか関西方面技術担当の佐藤が来ていた。場所はKT社の機材センター、もちろんセンター長である柿沼や、現場が入っていなかった江藤やトモオも居た。
「ちーす!」
「木田さん、元気でしたか!」
「元気、元気!風俗パワーで!」
「うははは!」
柿沼や江藤たちと、久しぶりに盛り上がる。
「すっかり馴染んどるな」
渡が私を見て、笑って言った。
「ところで、どうしてKT社の機材センターにウチの機材一式が置いてあるんですか?」
私は渡に訊いてみた。
「あれ、お前に話しとらんかったか?」
「何の話をですか?」
「この機材一式は、ウチとKT社で共同購入したんや。厳密には機械一式はウチの金で、消耗部品等はKT社の金や」
「そんな話は初めて聞きましたよ」
「そうか?そらぁ失礼しましたな」
「それで機材一式をここで保管してもらうって話になっているんですよね」
「そういうことや」
R社は大事なことを社員に話さないという、変な社風があるのだ。
気持ち良く晴れた青空の下、屋外で超高圧機器の第一回メンテナンス講習会が始まった。最初はガンのオンオフスイッチ制御を担う、タンブルボックスのメンテナンスからだ。
佐藤はタンブルボックスのホースを接続する部分を指して言った。
「この部分はスイベル機構になっています。ホースのねじれ回転をこの部分で吸収します。しかし汚れによる固着や、内部のシールがダメージを受けると、回転機構が死んでしまう事があります。このタンブルボックスは、完全に動かなくなっていますね」
佐藤は淡々と進める。
「この部分にレンチを掛けると、スイベル部を取り外す事ができます」
その時誰かが大声を出した。
「ああ!あー、ちょっとその部分をもう一度!」
それはビデオカメラを構えた柿沼だった。
「今ちょっとね、陰になってきちんと映らなかったから」
佐藤はやや困惑をしたが、もう一度レンチを掛ける所を演じて見せた。
「進めてもいいですか?」
「ああ、ありがとう!」
柿沼はビデオカメラの液晶画面を見つめたまま答える。
「続いて、外したスイベルのこの部分と端の部分にレンチを掛けると、スイベルをばらす事ができます」
また柿沼が大声を出した。
「ちょ、ちょっと待って、今の部分が綺麗に映ってない気がする!」
佐藤はさらに困惑する。
「柿沼さん、そんなの大体でイイんだから」
江藤が思わず口を挟んだ。
「でも後から見た時に、きちんと分かるようにしとかないとさぁ」
「イイから、じゃあ俺が録ってあげるよ」
「え、でもせっかく俺が準備したのに…」
「もう、いいの、ハイ!」
江藤は苦笑いをしながら、上司である柿沼からビデオカメラを奪い取った。
「はい、どんどん進めて」
佐藤はホッとした顔をすると、スイベル部のシール交換を始めた。
「はい、これで完了です。これで正常に動くので、ホースのヨレを取ることができますよ」
だが佐藤の説明を聴いているうちに、なぜか私はイライラとして来た。実際、現場では壊れたスイベルのおかげでホースのヨレが取れず、みんなに、
「ガンが撃ちにくい」
「ひじが開くような力が加わる」
と言われていたからだ。結局そこにスイベル機構を持った部品があることすら分からず、KT社の皆には我慢をして貰っていたのだ。
「どうしてこれを教えてくれなかったんですか」
「え?」
私の怒気を含んだ口調に、佐藤は固まった。
「なぜ現場に来た時に、これを私に説明しなかったんですか」
「いえ、あの…」
「KT社の皆は、このスイベルという部分が壊れていたから、ずっと撃ちにくいままガンを撃っていたんですよ。もちろん僕にはこんな部品があることも、その修理方法も分からなかった」
「ええ…」
「なぜこんな重要な部品の話を、今頃こんな所でしているんですか」
「それは、時間もありませんでしたし・・・」
「この部品は撃ち手にとって、作業性が大きく変わる重要な部品だと思いますけど。それとも技術の人は、自分じゃガンを撃たないからどうでもいいって思っているんですか?」
「そういう訳ではありませんけど…」
しばらく嫌な沈黙が漂った。
「おう、ちょっと休憩しようや」
突然、渡が大声で言った。ふっと緊張していた空気が緩み、ある者はタバコを吸いに、ある者は自動販売機に向かった。
私は自分の中で煮えたぎっている、怒りの行き場所を探していた。なぜ、どいつもこいつも現場に居る人間に対して無責任なんだと、怒りが収まらなかった。
そこへ幸村が私に近寄って来た。思わず私の口から怒りが飛び出した。
「部長、この機械のメンテナンス方法、ちゃんと覚えて下さいね!」
幸村の表情が一変する。
「なぜ私が覚えなきゃならんのだ!」
普段は温厚な幸村も、一皮向けば瞬間湯沸器なのだ。
「冗談じゃないですよ、俺だって一ヶ月前は単なる営業だったんですよ!きちんとしたメンテナンス方法を習ってからならともかく、何の説明も無しに現場に放り込みやがって!そんな無責任な事をするんだったら辞めてやるよ!」
私は完全にブチ切れてしまった。自分でもこめかみの血管がピクピクしているのが分かる。私のあまりの怒り様に、幸村は黙ってその場から立ち去ってしまった。
もはや、自分でも収集がつかない状態だった。
電話をしてきたのは営業の大澤だった。
「S市での工事、お疲れ様でした」
「ええ」
「そろそろハスキーの超高圧時の稼働時間が、200時間を越えていると思うんですが」
「ええ、確かに超えていますね」
私は、まだなんとなく大澤には好感が持てないでいた。
「200時間メンテナンスをやりませんか?」
「やりませんかって、私はまだ完全にはやり方を覚えていないんですけどね」
「いえ、木田さん一人でという意味ではありません。もちろんこちらの技術の人間からレクチャーさせて頂きますんで」
「あの三浦って人?」
「それはまだ決まっていません」
「あ、そう。あの人俺の事が嫌いみたいだよ」
「・・・」
すっきりとしない会話のまま、ハスキーの200時間メンテナンスを行う日取りが決まった。
当日、R社からは私と常務の渡、部長の幸村が参加し、F社からは営業の大澤、なぜか関西方面技術担当の佐藤が来ていた。場所はKT社の機材センター、もちろんセンター長である柿沼や、現場が入っていなかった江藤やトモオも居た。
「ちーす!」
「木田さん、元気でしたか!」
「元気、元気!風俗パワーで!」
「うははは!」
柿沼や江藤たちと、久しぶりに盛り上がる。
「すっかり馴染んどるな」
渡が私を見て、笑って言った。
「ところで、どうしてKT社の機材センターにウチの機材一式が置いてあるんですか?」
私は渡に訊いてみた。
「あれ、お前に話しとらんかったか?」
「何の話をですか?」
「この機材一式は、ウチとKT社で共同購入したんや。厳密には機械一式はウチの金で、消耗部品等はKT社の金や」
「そんな話は初めて聞きましたよ」
「そうか?そらぁ失礼しましたな」
「それで機材一式をここで保管してもらうって話になっているんですよね」
「そういうことや」
R社は大事なことを社員に話さないという、変な社風があるのだ。
気持ち良く晴れた青空の下、屋外で超高圧機器の第一回メンテナンス講習会が始まった。最初はガンのオンオフスイッチ制御を担う、タンブルボックスのメンテナンスからだ。
佐藤はタンブルボックスのホースを接続する部分を指して言った。
「この部分はスイベル機構になっています。ホースのねじれ回転をこの部分で吸収します。しかし汚れによる固着や、内部のシールがダメージを受けると、回転機構が死んでしまう事があります。このタンブルボックスは、完全に動かなくなっていますね」
佐藤は淡々と進める。
「この部分にレンチを掛けると、スイベル部を取り外す事ができます」
その時誰かが大声を出した。
「ああ!あー、ちょっとその部分をもう一度!」
それはビデオカメラを構えた柿沼だった。
「今ちょっとね、陰になってきちんと映らなかったから」
佐藤はやや困惑をしたが、もう一度レンチを掛ける所を演じて見せた。
「進めてもいいですか?」
「ああ、ありがとう!」
柿沼はビデオカメラの液晶画面を見つめたまま答える。
「続いて、外したスイベルのこの部分と端の部分にレンチを掛けると、スイベルをばらす事ができます」
また柿沼が大声を出した。
「ちょ、ちょっと待って、今の部分が綺麗に映ってない気がする!」
佐藤はさらに困惑する。
「柿沼さん、そんなの大体でイイんだから」
江藤が思わず口を挟んだ。
「でも後から見た時に、きちんと分かるようにしとかないとさぁ」
「イイから、じゃあ俺が録ってあげるよ」
「え、でもせっかく俺が準備したのに…」
「もう、いいの、ハイ!」
江藤は苦笑いをしながら、上司である柿沼からビデオカメラを奪い取った。
「はい、どんどん進めて」
佐藤はホッとした顔をすると、スイベル部のシール交換を始めた。
「はい、これで完了です。これで正常に動くので、ホースのヨレを取ることができますよ」
だが佐藤の説明を聴いているうちに、なぜか私はイライラとして来た。実際、現場では壊れたスイベルのおかげでホースのヨレが取れず、みんなに、
「ガンが撃ちにくい」
「ひじが開くような力が加わる」
と言われていたからだ。結局そこにスイベル機構を持った部品があることすら分からず、KT社の皆には我慢をして貰っていたのだ。
「どうしてこれを教えてくれなかったんですか」
「え?」
私の怒気を含んだ口調に、佐藤は固まった。
「なぜ現場に来た時に、これを私に説明しなかったんですか」
「いえ、あの…」
「KT社の皆は、このスイベルという部分が壊れていたから、ずっと撃ちにくいままガンを撃っていたんですよ。もちろん僕にはこんな部品があることも、その修理方法も分からなかった」
「ええ…」
「なぜこんな重要な部品の話を、今頃こんな所でしているんですか」
「それは、時間もありませんでしたし・・・」
「この部品は撃ち手にとって、作業性が大きく変わる重要な部品だと思いますけど。それとも技術の人は、自分じゃガンを撃たないからどうでもいいって思っているんですか?」
「そういう訳ではありませんけど…」
しばらく嫌な沈黙が漂った。
「おう、ちょっと休憩しようや」
突然、渡が大声で言った。ふっと緊張していた空気が緩み、ある者はタバコを吸いに、ある者は自動販売機に向かった。
私は自分の中で煮えたぎっている、怒りの行き場所を探していた。なぜ、どいつもこいつも現場に居る人間に対して無責任なんだと、怒りが収まらなかった。
そこへ幸村が私に近寄って来た。思わず私の口から怒りが飛び出した。
「部長、この機械のメンテナンス方法、ちゃんと覚えて下さいね!」
幸村の表情が一変する。
「なぜ私が覚えなきゃならんのだ!」
普段は温厚な幸村も、一皮向けば瞬間湯沸器なのだ。
「冗談じゃないですよ、俺だって一ヶ月前は単なる営業だったんですよ!きちんとしたメンテナンス方法を習ってからならともかく、何の説明も無しに現場に放り込みやがって!そんな無責任な事をするんだったら辞めてやるよ!」
私は完全にブチ切れてしまった。自分でもこめかみの血管がピクピクしているのが分かる。私のあまりの怒り様に、幸村は黙ってその場から立ち去ってしまった。
もはや、自分でも収集がつかない状態だった。